ゴブリン騎士と農民姫   作:照喜名 是空

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ゴブリン騎士、邪龍から娘を救い出すこと その②

◎竜人の祠、ふもとの村

 

竜人のねぐらがあるという村までの道のりは楽ではなかった。

近くはある。だが山が険しく、獣もまた多かった。

山賊を切り伏せ、野犬の群れを蹴散らし、熊を倒した。

熊肉で体力を回復せねば竜人と戦う前に疲労困憊になっていただろう。

 

二つ手前のシモンズ氏の暮らす村で軽く補給をする。

熊肉の余りを売り払い、より冒険に向いた高栄養の食料と交換する。

熊肉を見せることで己の力を見せつつ慎重に聞き込みを行うと、実際にシモンズ氏には隠し子らしき娘がいること、竜人が現れた事を確認できた。

 

「あんた……本当に竜人さまに挑むのかい?」

「ああ、そういう依頼だ。個人的にも、女子供を誑かすものは許せぬ。とはいえ……その竜人は貴公やこの村にとって大切な者やもしれぬ」

「いや……そこまで竜人さまに入れ込んでもいないさ。だけど驚いてるよ。悪い人じゃあないとは思ってたが、そんなことをするなんて、ってね」

「そうか……すまない。手加減はできぬかもしれない」

「仕方ないさ。さすがに女をさらったんじゃ庇い立てはできないしね。まあ頑張ってくれよ」

 

酒場のマスターはそう言って話を切り上げようとした。そこにゴブリン騎士は金貨を2枚ほど手に握りこませて声も低く尋ねる。

 

「ああ。それで、すまぬのだが……竜人はどのような力を?」

「ん……ああ。そうだなあ、力は強いよ。でっかい岩をまるで綿みたいに持ち上げるんだ。爪も翼もあって……その熊でさえあの方なら紙のように引き裂くだろうね」

「……そうか、魔法などもおしえていただければ追加を出すのもやぶさかではない」

「あー……回復魔法と、あとは雷やら炎やらだね。からめ手は見たことない」

「ご協力、感謝する」

 

追加の金を払いつつ、ゴブリン騎士は席を立った。

酒場のマスターは独り言のようにそっと言った。

 

「まあ、あれだよ。うまく行くなら、半殺しで穏便にすましておくれよ。乱暴だし高慢ちきだけど、根は悪い人じゃなかった」

「……善処する」

「あんたも、いいやつだね。ああ、なんでこんなことになったんだか……誰も死なずに帰ってくればいいんだが」

「……わたしも、そうおもう」

 

やりにくい。やはり時間をかけてでもコボルト術士に協力を頼むべきだったか。

あのすばらしく頼りになる友人であれれば、いつものように不思議な術でうまいこと騙くらかしてくれただろうに。

だが、事ここに至っては自分と愛犬でやるしかない。

手は限られている。だが、最善を尽くそう。

 

まず、娘を連れ帰る。

そのためには己が生きていなければならぬ。

できうるならば竜人とも穏便に解決したい。

優先順位は決まった。ならばあとはやるだけだ。

 

「いくぞカナリアンテ」

「ワンッ!」

 

ゴブリン騎士は愛犬にまたがりつつ、さらに険しい道を行く。

 

◎対決

 

竜のねぐらは大きめの洞窟だった。

見ればわかる。

洞窟は木材でふさがれ、只人よりはるかに大きな者がくぐるように作られた豪奢なドアが。

竜語で書かれているらしき扉に書かれた表札……

相手が並々ならぬ教養と富を持っていることがわかる。その富を守れるだけの力もきっとあるのだろう。

 

「カナリアンテ。はなれた場所でかくれていよ」

「……クゥン」

「あんずるな。私は勝つ」

「ワフッ」

 

カナリアンテは心配そうにしばらく見つめた後、草むらに消えた。

そこでゴブリン騎士は大音声を発する。

 

「竜人どのはおられるか!私はゴブリン騎士!貴公にさらわれた娘の父、シモンズ氏より依頼を受けてここにいる!私は貴公に挑戦し、娘を父のもとに取り戻す!もし竜人どのがこのゴブリンの身を畏れるのであれば、存分に不意打ちなりからめ手なりを使うがよいだろう!だが私は、そして貴公は知っている!貴公が騎士の挑戦に無礼で返す男かどうかを!」

 

しばらくの沈黙の後、ドアが開いた。

大柄な男だった。竜の頭に頑健そうな肩幅、体躯。手にはナイフのように鋭く頑丈そうな爪が。

背中には大きな翼が。

身に着ける黒いシャツとズボンはまぎれもなく上質なものだ。

ネックレスや指輪として輝く宝石類もただならぬ気配を放っている。

偉丈夫だ。若く、精強で、高貴な竜人であった。

 

「そう喚かずとも、お相手しようというものだ。すまんな、貴様のもてなしをするために少々ふさわしい身なりを選んでいた」

「そうか。ご丁寧なあいさつ、痛み入る……さあ、拐かした娘を返してもらおう」

 

ゴブリン騎士はすらりと月明かりの小剣を抜いた。

 

「ふむ……よいか、ゴブリンの騎士よ。第一にあの娘は人の世では生きてゆけぬ。故に我が寵愛せんと奪ったのだ。第二に竜は奪った宝を決して手放さぬ」

「承知の上だ。奪い返させてもらう」

 

じり、とゴブリン騎士が間合いを詰める。相手までの距離はわずかに間合いの外か。

相対して解った力量は……やや分が悪い。承知のことだ。

だが、決して理解できぬほどの強さではない。相手は強い。だが、殺せぬほどではない。

だが今は相手も言葉で返してきている。可能ならば、交渉できるかもしれない。

くそ、舌戦は苦手だ。やはりコボルト術士を呼んでくるべきだった。

 

「……が、貴様が来たことで少々事情が変わった。我は貴様にならばあの娘を下賜してやってよいと思っている……だが、我が宝を受け取るにふさわしい勇者か……試練を課そう。こんな所で本気の殺しあいなどしたくはないのでな……乗り越えてみせよ!ゴブリンの騎士よ!」

 

そう言うと竜人は己の左手の薬指を無造作に引きちぎった。

まるで痛みを感じさせない動きだった。それだけの豪胆な男なのか。

それとも竜人とは痛みに鈍いものなのか。

だが好機だ。相手の試練とやらを乗り越えられればだれも死なずこの場を解決できる。

場は整った。あとは己が奮戦すれば解決する。

これでいい。これならば、自分はどこまでだってやれる。

 

「委細承知いたした。試練をうけよう。我が剣をご照覧あれ」

「よい!よいぞ!さあ暴れるがよい!」

 

それは、ぼこぼこと沸き立ち、牛ほどの小さな竜になる薬指に投げた言葉か。

それともゴブリン騎士に投げた言葉か。

いずれにせよ、賽は投げられた。

竜とゴブリン。

常であれば笑ってしまうような差の、しかし今は笑えぬほどに縮まった差。

そうして、戦いが始まる。

 

◎試練

 

「GYAOOOO!」

「なんの!」

 

指竜が獰猛に吠えたてる。それだけでもシャウトとして成立した。

ビリビリとゴブリン騎士の体にしびれが走るが、ゴブリン騎士もまた裂帛の気合で抵抗(レジスト)した。

 

「GIII!」

「これしきで!」

 

指竜が口から火球をいくつも吐く。しかしゴブリン騎士にはそれは一度見たものだ。

あの古竜の弾幕はこんなものではなかった。

そしてあの頃の自分とは違う。

瞬歩にて軽々と避け、近づく。

 

「GISYAAA!」

 

指竜が爪を振れば斬撃が光波となって飛んでくる。

だがこれはもはや特別な技を使う必要もなかった。

ただ転がり、伏せ、時に跳び、軽々と避ける。

さあ、もうゴブリン騎士の間合いの中だ。

 

「こちらの手番(ターン)だ」

 

ゴブリン騎士は一瞬、だらんと手を揺らし、そして仙歩(ゴーストステップ)からの跳躍(ジャンプ)

指竜の頭上を取った!

 

「巨人殺し流、屠龍の三『月隠の舞』が序曲『跳び』」

 

まず自由落下で片方の翼の付け根に剣を突き立てる。さらにそこから最も弱い翼の皮膜を横薙ぎに切り裂く。

返す刀で眼球を上から突き刺す。

 

「GIIII!!」

 

指竜も懸命に振りほどこうと頭を振る。

それに付き合わず、ゴブリン騎士はあえてその力を利用してさらに上に高く飛ぶ。

 

「間奏『穿ち』!」

 

上り始めた月を背に、月夜にゴブリン騎士の全身甲冑が舞う。

引き絞られた弓のような構えから、『纏い』で剣を魔力光で伸ばし、もう片方の目も切り裂き、さらに何度も剣を伸縮させてミシンのように刺し穿つことにより、豪雨のように剣の突きが指竜に降り注いだ。

 

「終曲『月隠』!」

 

そして最後に竜の頭を蹴ってそこから地面に着地する。

盲目になった竜は頭の感触から上に炎を吐く。

だが地面に低く伏せるような姿勢からゴブリン騎士が渾身の切り上げを繰り出した。

『纏い』により太く大きくなった剣は見事に指竜の逆鱗を喉笛ごと横に真っ二つにした。

 

「GI……GOBOBOBO」

 

ずしん、と指竜の牛ほどもある体躯が地面に倒れた。

だがゴブリン騎士は油断せず、瞬歩でゆらりと離れると、とどめの一撃を繰り出す。

 

「そなたももう休まれるがよい。『立待月』!」

 

三〇(フィート)の距離をわずか一秒。

仙歩(ゴーストステップ)の勢いに乗せ、月の光を纏った突撃が喉笛の傷口から指竜の脊髄を断った。

 

「GU……」

「……おわりだ」

 

指竜は息絶え、ゴブリン騎士は剣を振って血を払う。

 

「竜人どの、私は試練を果たしたぞ。貴公が約束をまもる時だ」

「うむ!よくやった勇者よ!貴様の力を認めよう」

 

竜人の方を振り向けば、椅子を出してさらった娘と共にゴブリン騎士の戦いを観戦していた。

パンパンと拍手をよこす指はもう治っているようだ。

そして娘に手を貸してそっと宝物を扱うように立たせると軽く背中を押す。

 

「褒美だ。娘を受け取るが良い」

「……承知した、貴公を倒す事までは依頼に入っておらぬ」

 

奇妙な娘だった。背丈は低く、ゴブリン騎士と同じほど。

全身の肌を隠すように手袋にローブ、フードの下は銀色の仮面をつけている。

 

「あなたは……私を助けに来て下さった冒険者様でしょうか?」

 

娘はゆっくりと確かめるように歩みを進め、優雅な淑女の一礼(カーテシー)で軽くスカートを持ち上げる。

 

「ああ、貴公の父君より依頼された。こんな身なり故落ち着かぬだろうが……安心召されよ。無事に父君の元に送ろう」

「……ああ、あなたはもしやゴブリン騎士さまではありませんか?」

「そうだ。すまんな、助けに来たのがこのようなゴブリンで……」

「いいえ、私はあなたをお待ちしておりました……」

 

娘はゆっくりとゴブリン騎士に歩み寄る。もう、数歩手を伸ばせばつかめるほどに。

 

「娘よ、勇者にその顔を見せてやるがよい」

「……はい」

 

銀の仮面が手袋によって掴まれ、手から落ちた。

そこにはあのロケットにあった絵画通りの美しい(かんばせ)

だが、二つ違うことがある。

額に小さな角、顔の色はつややかな緑だ。

 

「貴公は……貴公が、そうなのか。貴公もゴブリンであったのだな……」

「はい、お噂を聞いてからずっとお会いしたく思っておりました」

「そうか……!貴公、初対面でたいへんに無礼ではあると解っているが……どうか、私の妻になってはくれまいか」

 

ゴブリン騎士はかつてテイマーにしたように、しかし今度は明確に違う意図でひざまずく。

その手にはポケットにしている小袋から出した指輪が。

かつて、占い師の老婆に予言されたとおりに。

 

「はい、よろこんで。ゴブリン騎士さま……」

 

ゴブリンの少女はうれしそうに微かに微笑んで指輪を手に取り、薬指にはめる。

ゴブリン騎士は兜の面頬(フェイスガード)を上げて素顔を見せる。

少女の顔は、さらに笑みを深くした。

 

「アランだ。私の本当の名はアランという」

「私はジャクリーヌと申します。どうぞ末永くよろしくお願いします。アラン……」

「ああ、ジャクリーヌ。ともにゆこう」

 

拍手がまた大きく鳴った。

竜人は満足したというように大きく何度もうなずいている。

 

「うむ、良きかな、良きかな……これが見たかった。この我が祝福しよう。結婚にはそれが必要だ。大変に結構だ。我をこれからも楽しませよ、簡単に死んでくれるなよ。幾久しく健やかであれ!」

 

ぱぁっと竜人の手元が光ったかと思えば、光が雪のように舞い散った。

たしかにこれは祝福なのだろう。ゴブリン騎士の疲労が回復していく。

そしてその様子を見ると竜人はまた深くうなずいて飛び去っていった。

月夜にはばたくその姿は、どこか寂しげだ。

 

「さあ、帰ろう。私たちの街へ」

「はい!」

「カナリアンテ!さあゆこう!私は見事かちとってみせたぞ!」

「ウォン!ウォンウォン!」

 

カナリアンテは草むらから嬉しそうにゴブリン騎士の下にはせ参じ、返り血にまみれた兜を舐めた。労わる様に。

ジャクリーヌは驚いていたが、すぐにそれがゴブリン騎士の愛犬であり乗騎だと理解し、また笑った。

 

「うふふ、その子はアランの?」

「ああ、愛犬だ。さあ、こやつに乗ってゆこう。白馬の騎士とはいかぬが、これもまた得難い相棒だ」

「ええ、私も一緒に乗っても大丈夫でしょうか?」

「いけるな?カナリアンテ」

「ウォン!」

 

カナリアンテは自信ありげに吠えた。わかるのだろう。この少女は主の伴侶だと。

主は見事に戦いに勝って、伴侶を得たのだと。

彼は誇らしげに主を見る。

 

「だそうだ。いけるだろう」

「いきましょう。あなた」

「ああ!」

 

月夜に、二人のゴブリンが狼犬に乗って走る。

それは何か、とても祝福された絵画のようだった。

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