ゴブリン騎士と農民姫   作:照喜名 是空

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ゴブリン騎士の結婚その②良き日の誓い

◎台所の魔女

 

「ようしこのお金は受け取った!急な宴だけど精一杯やってみるさ!まずは僕からのお祝いだ!結婚式といえばこれだ!蜂蜜酒(ミード)の樽を開けちゃうよ!」

 

ギルドの酒場「魔女の台所亭」のおかみさんがカウンターの上に積み上げられた金貨をつかみ取って掲げる。

おかみさんといえど、エルフだ。うら若い美女に見える。

 

『よっしゃあ!』

 

冒険者たちはそれぞれに杯をかかげる。

 

「弟子くん!さあ蜂蜜酒の樽とハンマーを持ってくるんだ!それから使い魔猫たちは燻製を切ってじゃんじゃん持ってくるんだ!」

「は、はい!」

「ニャア!」

 

巨人族の血でも混じっているのか、大柄でありながら童顔の弟子の青年と人間のように直立二足歩行する猫たちがあわただしく準備を始める。

 

「すまんな、おかみ。なにしろ急な話だ。前祝いがそのまま結婚式になるとは……」

「なあに、ギルドで急な宴はいつものことさ!とはいえ結婚式となると久々かな。こういう時のためにとっておいた食材を思う存分使えるってものさ!」

「すみません、おかみさん。ありがとうございます……どうぞ、夫ともどもよろしくお願いします」

 

ゴブリン騎士と妻が申し訳なさそうに頭を下げると、エルフのおかみさんは少女のような顔でにっこりと嬉しそうに笑った。

 

「燻製、できましたニャア!スモークサーモンとチーズのカプレーゼ!燻製肉のピクルスソースがけ!おまちニャア!」

 

それぞれのテーブルに料理が運ばれてくる。

まずはスモークサーモンとチーズの切り身を交互に挟み、その上からレモンとオリーブオイルソースをかけたカプレーゼ。

燻製した牛肉の切り身にみじん切りにしたキュウリのピクルスと酢をメインにしたドレッシングをかけたもの。

どちらも簡単に作れる上彩りも良い。酒のつまみには最適だ。

冒険者達はごくりと喉を鳴らした。

 

「ようし、忙しくなるぞ!黒猫!ボクの魔女小棚は?」

「ここにありますニャア!」

「さすがだ!じゃあ皆、食べる前に少しだけお祈りだ。いいね?」

『ウス!』

 

エルフのおかみさんは魔法のポーチからとんがり魔女帽と節くれだった杖を出して装備する。

そう、古来から台所と竈は女性の聖域。竈には女神がおわすのだ。

そして、魔女の技には料理に関係したものも多くある。

おかみさんは料理で魔法を使う実践的な『台所派の魔女(キッチンウィッチ)』なのだ。

 

「おお、かわいいオレンジとレモン、リンゴ、アンズの花実、シナモンの香木、タイムとパセリ、ジンジャーにミントとバジルよ。

どうか私の魔法を助けてほしい。

我が言葉により、さらに強力な魔力をもつのだ。

より強く、さらに強く!おお、この場に選ばれたハーブたちよ!」

 

呪文で名前が読み上げられるとともに弟子や使い魔猫たちによりテーブルの上に置かれた柑橘類の実や乾燥ハーブたちが光を放ち始める。

 

「リンゴよリンゴ。ゴブリン騎士とその妻の愛を大きく育てておくれ。ロウも溶ける炎のように。

アンズよアンズ。その妻ジャクリーヌのしとやかで優しからんことを。愛をとこしえに保て。

小麦よ小麦、二人の子宝を豊かに実らせておくれ。健やかで優しく誠実な子を願う。

チョロギよチョロギ、その夫アランの誠実で妻に柔和であらんことを。もし二人に諍いがあるならば、お前の力で鎮めておくれ。

チシャよ、チシャの葉よ。夫アランの愛を大きく育てておくれ。精力たくましく、その喜びの多きことを」

 

食材の一つ一つから、幻のように虹色の光が出て、その光の中にゴブリン騎士とその妻ジャクリーヌの幸せな結婚生活の情景が見えた。

仲睦まじく散歩する様子、愛し合う様子、子を身ごもったジャクリーヌの腹を撫でるゴブリン騎士……

それは未来の光景ではなく、祈りだ。

おかみさんとこの場の全員がそうあってほしい、という祈りを魔法が幻にして見せたのだ。

そしてこれは祝福である。その幻の未来を手繰り寄せるのだ。

 

「この食卓に出されるすべての食材よ!ゴブリン騎士とその妻ジャクリーヌの婚姻を祝福したまえ!『竈女神の祝福』!」

 

虹色の光に浮かぶ幸せな光景がまぶしい光と共に皆に降り注いだ。

魔法は終わり、皆は夢から覚めたようにかぶりを振った。

目をしばたけば、そこにあるのはやはり普通の食材たちだ。

魔法は、きっと果たされたのだろう。

 

「さぁ料理だ!料理を始めよう!白猫、君は肉屋に行ってきて子豚をまるまる一頭買ってくるんだ!」

「はいニャ!」

「いいかいみんな、テイマーさんたちが来てからが本番だ。それまでつまみをダラダラ食べて、酔い過ぎないように蜂蜜酒を薄めて飲むんだ、いいね?」

『はいおかみさん!』

「よし!」

 

胃袋を握る女性は強い。冒険者は基本的におかみさんには逆らえないのだ。

そして、弟子の青年が蜂蜜酒の樽を持ってきて、中心にいるゴブリン騎士たちの前に置いた。

 

「さぁ、二人の共同作業だ。このハンマーで樽の蓋を割ってしまうんだ!おっと、でもちゃんと手加減するんだよ。樽を割っちゃったら笑い話にしてやるからな!」

 

どすん、と大きめのハンマーが目の前に置かれる。ゴブリン騎士にとっては軽いものだが、ジャクリーヌにとってはかなり重いだろう。

 

「ジャクリーヌ、おおむねのことは私がやる。手を添えてくれ」

「はい、わかりました……なんだか、こういったことは初めてで……奇妙な気持ちですね」

「ははは、いずれなれるとも!さあいくぞ!」

「はい!」

 

ぱっかーん!と樽の蓋がちょうどよく割れる。

 

「さあご両人が最初にそこから酒を組むのだ!乾杯だ乾杯!」

 

重装騎士が笑顔で二人に杯を渡す。

二人は顔を見合わせて笑い、酒を組む。

 

「ささ、義父どのもどうぞどうぞ」

「あ、ああ……ありがとう。冒険者のしきたりというのも悪くない」

「さあ皆も汲むのだ!私が回すぞ!」

 

重装騎士が皆から杯を受け取り、汲んでは隣の席の者に回していく。

 

「ではでは二回目の乾杯はゴブリン騎士に頼もうかのう!期待しておるぞーっ!」

 

狐人巫女がケラケラと笑う。

すでに琵琶(イースタンリュート)も出して余興の準備は万全だ。

 

「うむ、では……我が誓いと、皆の祝福、そして我が妻に!幸福あれ!」

『乾杯!』

 

重装騎士は高らかに、狐人巫女ははしゃぎまわりながら、烏羽の騎士はゆったりと椅子に背を持たせかけて控えめに。

それぞれが笑顔で杯を掲げた。

 

「やれやれ、これで少しは間が持ったかな?ごまかしごまかし料理を出してくから、早く来るんだぜテイマーちゃん」

 

おかみさんが微笑みながら台所に引っ込んでいくと、宴がまた一段と盛り上がりを見せた。

 

◎魔物使いとは魔女であり、魔女とはすべからく巫女であり司祭である。

 

テイマーたちと黒革鎧の斥候が戻ってくるのは日が沈み、夜になったころだった。

大慌てでギルドの扉を開けると、すでに狐人巫女により音楽が鳴り、酒と肉が酌み交わされる宴の最中だった。

 

「おめでとうございますゴブリン騎士さん!」

「やー、急いだねえ。僕たち間に合った?」

「俺の肉と酒はとってあるだろうな?」

「おう斥候の!安心せい、たっぷりあるぞ!はっはっは!めでてえこった!まったくこいつが初めて俺の武器屋に来た時を思い出すとよぉ……年取ると涙もろくなっていけねえや」

 

先についていた武器屋のドワーフが目に涙を溜めながらまた酒杯を干した。

 

「ったく武器屋の親父さんが先かよ。飲みすぎじゃねえのか?」

「馬鹿野郎、今飲まないでいつ飲むってんだ!めでてえ席じゃねえか!おいゴブリン騎士おめえも何か言ってやらんか!」

 

武器屋のドワーフに小突かれてゴブリン騎士は赤い顔でうっぷとえずきながら晴れやかな笑顔で手を振った。

 

「おお!テイマー殿!コボルト術士どのも!うっぷ、すまぬなこのような姿で……ああ、斥候殿。ちゃんととってある」

「どうぞ、斥候様。私たちのためにわざわざすみません」

 

ジャクリーヌが肉が山と盛られた皿と蜂蜜酒の杯を立ち上がって黒皮鎧の斥候に渡す。

 

「おお、悪いな奥さん。うめえ!今日の肉はいいのつかってるじゃねえか!」

 

斥候が席に着くとまたわはは、と笑い声がそこかしこで上がる。宴はたけなわだ。

 

「だいぶ飲んでるねえー。ちょっと二人に解毒かけるよー『偉大なる白銀の騎士神よ。毒に苦しむものにあなたの慈悲を。『解毒』!」

 

さっと白い光が窓から差し込み、ゴブリン騎士とジャクリーヌを照らすと二人の酔いが覚める。

 

「おお、かたじけないコボルト術士どの。ところで我が師は?」

「いつもみたいにお留守番だって」

「そうか……我が師にも見て欲しかったのだが」

「それより誰か司祭呼んで来いよ!俺ぁもう呑むぞ!小銭やっから誰か行け!」

 

黒皮鎧の斥候が肉をがつがつ食べながら杯を干す。

 

「いえ、ここは私が!」

「ほう、できるのか?テイマー」

 

烏羽の騎士が興味深そうに視線を送る。ほとんど酔っていない様子だ。

 

「はい。テイマーは有角の男神と月の女神の力を借りて獣を従えます。おかみさんが竈神に仕える魔女であるように私も魔女なんですよ。そして魔女とはみんな神に仕える神官でもあるんです」

「なるほどな。神の力を借りる者、皆魔女であり魔女は皆神官である、か……一つ勉強になったぞ」

「テイマーどの……かたじけない。とても、うれしく思う」

「ありがとうございます。テイマー様」

 

テイマーとジャクリーヌの目が合う。その一瞬でいろいろな意味の視線の交錯があった。

女の戦いと値踏み、そして和解と信用があった。

要はお互いにちゃんとしてそうだ、と見てわかったのだ。

 

「これなら用意してたドレスも着れそうですね!狐人巫女さん、着付けをお願いします!」

「はえ?ほーうお色直しかや。よいぞ、手伝ってやる。めでたい席じゃからな。対価はなしじゃ!」

「あ、ありがとうございます……このようなものを着るのは初めてです……」

 

テイマーの手には白い小さなドレス。この日のために用意していたのだ。

 

「テイマー殿、そんなものまで用意していただいていたのか……感謝を。そしていっそうの忠誠を」

「いえいえ、ゴブリン騎士さんの夢を応援したいとこっそり作ってたんですよ。喜んでくれたみたいですね」

「ああ、その気持ちが、とてもうれしい」

 

とても珍しい物が見れた。ゴブリン騎士の涙だ。

主からの気遣いに感極まったのだ。

臣下としてこれほどの光栄はない。必ず報いねば。そう決意を新たにした、

 

「さあ、お色直しじゃお色直しじゃ!こっちに来るのじゃジャクリーヌどの」

「は、はい……あの、テイマー様も狐人巫女様も、ありがとうございます」

「よいのじゃよ。うひひひ」

「さあ野郎共、お片付けの時間だ!さっとここを式場にすんぞ!」

『おう!』

 

祭壇に丁度よさそうな小さな舞台を片付け、布をかけたり、ランタンの火を消したりして準備があっという間に整っていく。

そうして準備ができてしばらくして。

 

「さあ、新婦のご登場じゃ!ここから先はお父上がエスコートを頼むのじゃ!」

「ジャクリーヌ……綺麗になって……本当に……ありがとう。うう、ううう……」

 

白いドレスに身を包んだジャクリーヌは輝くように美しかった。

小さくもスタイルの良い体。緑でありながら艶やかな肌。

シモンズ氏はこらえきれぬようになきながらジャクリーヌの腕をとって舞台の上にいるゴブリン騎士に向けて歩き出す。

 

「お父様……ありがとうございました。私は、幸せです……」

「ううっ!ううう……」

 

舞台を片付けて作られた簡易な祭壇には蝋燭が灯され、中心にゴブリン騎士、その後ろに司祭役としてテイマーがたたずんでいる。

ゆっくり、ゆっくりと新婦が歩き、やがて、舞台の上で父からゴブリン騎士へと渡された。

祭壇の前で向かい合う二人。

白いドレスと白銀の鎧。神聖な空気があった。

 

「さて、と……新郎ゴブリン騎士アラン・スミシー。汝、良き夫として誠実に妻を愛し、虐げること無く円満に家庭を作ることを誓いますか?」

「ああ、誓う」

「新婦、ジャクリーヌ・シモンズ。汝、良き妻として誠実に夫を愛し、柔和に尽くし、子を育み。幸せな家庭を作ることを誓いますか?」

「はい、誓います」

「しからば、この婚姻は有角の男神と月の女神により認められます。また、ゴブリン騎士の主たる私の名によっても認められます。二人の絆のとこしえたらんことを!この場の全ての者、この証人なり!異議なきものは拍手を!」

 

割れるような拍手がギルドにとどろいた。

 

「では、この誓いをとこしえのものにするために、誓いのキスを……」

「……ああ」

 

ゴブリン騎士がジャクリーヌのベールをとると、ジャクリーヌがゴブリン騎士の面頬(バイザー)を上げた。

そして絡み合う熱い視線。吸い寄せられるように二人の顔は近づき……

触れあうような、しかし長いキスをした。

二人は強く抱きしめ合い、そして名残惜しそうに離れる。

一連の誓いのキスが終わるとヒューヒューとはやし立てる声と指笛が鳴る。

 

「さあ!皆さん祝祭をともに!今日は存分に呑み食べましょう!祝いましょう!」

「ちょうど良かった!子豚の丸焼き、おまちどう!中は詰め物(スタッフィング)入りだよ!ザクザク切って食べよう!」

 

使い魔猫二匹とおかみさんがどでかいお盆にのせた豚の丸焼きをどかんと中央のテーブルに載せると宴は最高潮になった。

 

「ささ、テイマーどの、コボルト術士どの。斥候殿。存分に食べられよ。我々はもうかなり食べている故」

「そうですね、お腹がすきました!今日はめでたい日ですしね!思い切り食べますよ!」

「わあ、この豚の丸焼き、中身の詰め物すごいねえ。おいしいよぉ」

「ああ、今日は本当に良き日だ……」

 

ゴブリン騎士はしみじみと蜂蜜酒を飲んだ。なんだか、今は辛い酒が飲みたい気分だった。

感傷だ。だが、今感傷せぬならばそれは騎士にあらざるべきだろう。

ゴブリン騎士は拳をあげ、大きく叫んだ。

 

「私は誓おう!この良き日を生涯忘れぬと!」

皆、腹一杯食べ、呑み、騒いだ。そこには笑顔があった。幸せがあった。

きっと、誓いは果たされた。

またその初めての夜も、すばらしいものだったと記しておくにとどめておこう。

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