◎夜明けから朝まで
ゴブリン騎士のもとにジャクリーヌが嫁いでから、おおよそ一月がたった。
冬が近い。もう少しすれば雪も降るだろう。
ゴブリン騎士夫妻は「離れ」の小さな家で暮らし、コボルト術士と幽霊剣士は馬小屋を改築した「従魔部屋」で暮らす。
どちらも十分に広い。
特に「従魔部屋」は今後の増加も見込んで雑魚寝部屋まであるので、部屋を使い切れないほどだ。
コボルト術士はついに地下室まで作りそこで寝起きしている。
「……ジャクリーヌ、いってくる」
「……ぇぇ」
ゴブリン騎士の朝は早い。
夜明けと共に起き出し、妻のいるベッドからそっと抜け出す。
ジャクリーヌが起き出るにはまだ早い時間だ。それでも、彼女は半分眠りながら返事を返す。
水瓶から洗面器に水をくみ出して顔を洗い、気合いも新たに庭へと木剣を持って出てくる。
「シィィィィッ!」
かこーん、かこーん、まるで木こりのような音が牧場に響く。
ゴブリン騎士が地面に打った木杭にひたすら木剣を叩きつけているのだ。
それもでたらめではない。きれいに模範的な剣筋をなぞっている。
「……精が出るな、ゴブリン騎士」
「おはようございます、先生」
後ろから幽霊剣士が近づいて声をかける。
アンデッドたる彼の眠りは浅いのだ。
そして、元々剣士であり、朝の鍛錬はそもそも彼がかつて教えたことだ。
「……見ておこう、修正すべき点があれば言う……」
「ありがとうございます、先生!」
「……よい、続けよ……」
「はい先生!」
鍛錬にも一層の熱が入る。
ゴブリン騎士が打ち込みを続け、幽霊剣士がそれを見守る。
「……もう少しゆるりと握れ……こうだ」
「こうでしょうか、先生」
「……それだ」
「はい先生!」
ゴブリン騎士はうれしそうに指導を受ける。
かつてはただ見て盗むしかできなかった。だが今はこうして師弟として指導を受けられている。
師がいる、仲間がいる。そして妻も、主もいる。
たった一人ゴブリンの変わり者であった頃から考えればただ感謝しかない。
「……そろそろよかろう」
「はい、先生!キェェェエエエイ!」
日が昇る頃になると「
さすがに日が昇る前には遠慮しているのだ。
木杭を打つ音も高らかに、思い切り鍛錬に打ち込む。
「……そんなものでよい。組み手だ……」
「キェェエ……ッ!はい先生!よろしくお願いいたします!」
少し広めの開けた場所に幽霊剣士とゴブリン騎士が木剣を持って立つ。
「おっ!またセンセイたちがやってるぜ-!」
「すっげえなー」
この頃になると早めに起き出してきた村の子供たちが見物に来る。
実際、見応えのある組み手なのだ。
ゴブリン騎士と幽霊剣士はちらりと子供達を見て軽く手を上げ、そして向かい合う。
組み手が始まった。
「よろしくお願いいたします」
「……来るが良い」
「はい!」
二人はまるで暴風のように高速戦闘を繰り広げる。
まるで舞踏のような剣舞は、大抵は幽霊剣士の勝ちで終わる。
今朝もゴブリン騎士の胸元に幽霊剣士が剣を突きつけることで終わった。
「まいりました」
「……また少し、腕を上げたな」
「ありがとうございます!」
双方が一礼をして朝の鍛錬は終わる。
「……子供達よ、飯はまだであろう……食べてくるが良い……数がそろえば、稽古だ……」
「はーいセンセイ!」
「やっぱすっげえよな!」
幽霊剣士が指導者らしくやさしめに子供達に声をかけると解散していく。
いつからだろうか、子供達が二人の稽古を見に来るようになったのは。
そうして、一人二人と幽霊剣士に剣を教わるようになったのは。
「子は、よいものだな……」
「ええ、先生」
「お前も早く作れ……とはいえ、心配はいらんようだがな……」
「せっ、先生!……騒がしかったでしょうか?」
「気にするな……若い夫婦など、どこもそのようなもの……それでよい」
「はあ……」
辺りは、すっかり明るくなっていた。
だんだんとどこの家からも朝餉の煙が立ち上りはじめ、良い匂いが漂ってくる。
それは牧場も例外ではない。
「あなた!朝食をもってまいりました」
「おお、すまんなジャクリーヌ。さあ家で共に食べよう。先生、失礼いたします」
「うむ……」
牧場ではテイマーと使用人のいる「主屋」でまとめて朝食を作り、それをジャクリーヌが「従魔部屋」と「離れ」に持って行く。
主に鍋に煮物や粥、そして
「ジャクリーヌ、なべは私がもとう」
「まあ、あなた……これは私の仕事ですのに……」
「よいのだ、私が持ちたいのだ」
「では、お願いします」
たっぷりと汁物のつまった重い鍋をゴブリン騎士が持ち、軽いバゲットを妻が持つ。
このやりとりもいつもの朝のやりとりだ。
ところどころ、木の柵や、物置小屋など沢山の建築物が建ち並ぶ牧場はもうすっかり豪農のそれだった。
今はそこら中にトウモロコシの実を逆さづりにして乾燥させている。
水分の抜けて軽くなったトウモロコシがさわさわと風にゆれていた。
空はどこまでも青く、真っ白な雲が浮かんでいる。
「では、温め直してまいります」
「ああ」
ゴブリン騎士たちの暮らす「離れ」は全体的に作りが小さく、そしてその割に広い。
ドアの取っ手やキッチンの高さ、椅子や机などがゴブリンサイズなのだ。
端から見ればまるでかわいらしい小人族の家だ。
そしてその割には部屋数がとても多い。ゴブリン騎士の部屋はもちろん、妻の部屋、そして今は使われていない子供部屋が4つもある。
外にはカナリアンテの小屋……というより屋根をつけて三方に壁をつけた東屋のようなものがある。
「ワフッ!ウォンウォン!」
「おお、よしよしカナリアンテ。朝食を食べたら見回りがてら散歩に行くとしよう」
「ウォン!」
窓の外からカナリアンテの鼻が見える。ゴブリン騎士は窓を開けてカナリアンテの顔を撫でた。
「あなた、できましたよ」
「おお、うまそうだ。今日はトウモロコシの肉粥か……」
「ええ、あなたが昨日鳥を狩ってくださったので、テイマー様もお喜びでした」
「それはよかった。ではいただこう」
「はい」
朝のメニューは軽めだ。
なお、カナリアンテには塩ぬきしたウインナーが与えられている。
「うむ、うまい……今日は何かひと味ちがう」
「ありがとうございます。鶏肉に加えてクリームチーズを入れてみました」
「おお、そうか。シモンズ家の味というわけだな。これは良い物だ」
「うふふ」
故にやや粒は堅めで粉っぽい。そのままでは砂を噛んでいるような粥は、味付けするのを前提とした物だ。
今日はゴブリン騎士がとってきた鶏肉とジャクリーヌが山羊の乳で作っていたクリームチーズが塩と共に入れられている。
なかなかに滋味深い味だ。ウインナーをのせて肉丼にするとよく合う。
「ふう、うまかった。馳走になった」
「いえいえ、お粗末様です」
シメにポトフで口を潤し、ゴブリン騎士は立ち上がる。
「では、私は見回りに行ってくる。そなたも気をつけてな」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「ウォン!」
ゴブリン騎士はカナリアンテに鞍を乗せると、颯爽と草原を駆ける。
ジャクリーヌは、それを玄関から見送っていた。
この辺りで午前も半ば。さあ、新しい一日の始まりだ!