■道化
ゴブリン国軍が撤退する少し前、夜明けの光の中を見ながらハーピー娘が歌を歌っていた。
城壁に腰掛け、それはとても美しい声で。
あるゴブリンがそれに気づき、ふらふらと近寄っていく。
不思議な感覚だった。歌を聞いて心が温かくなっていく。人生で初めて経験する感動である。
歌は歌う。
『あなたがどこの誰であっても、人生のどこかで誰かの助けが必要になる時がある。だから愛しい人、側に居て』
そのゴブリンは思った。俺がいやす、どうかその時に側にいさせてくだせえ、と。
気がつけば、頬を暖かい涙が伝っていた。
だが、そのゴブリンは考える。素直にそれを言ってもこの身は醜いゴブリン。
さて、何か良い方法はあるか。そうだ、自分は軍楽隊だ。
この歌に比べると拙いが、今自分は
だから、声をかけるのだ。
「あの!
「ついてこれる?」
「へえ、ではお耳よごしになりやすが」
ぽこぽこと木の筒に獣の皮を張っただけのドラムの音が響く。
曲調は素直で、原始的といえる段階の軍楽隊の技術でもついてこれた。
暖かい、心安らぐ歌が戦場の跡に響いていく。朝の日の光の中に解けていく。
爽やかな時間がそこにあった。
「悪くなかったわ……ゴブリンにしては」
「ありがとうごぜえやす」
「あなた、名前は?」
「へえ、軍楽隊のザンニともうしやす。それで、そのう……もしよけりゃ、おいらに
「いいわ。楽しそうね。あなたにはとりあえず私のバックバンドになってもらおうかしら。でも、頑張ってもらうわよ。ダメそうなら食べちゃうかも」
ザンニは精一杯の笑顔で必死に考えた冗談を言った。
「そりゃあ、がんばって太らないとだめでやすね」
「食べられる前提?ふふ、少しは気が利くゴブリンね」
「あなたを笑顔にするためにゃなんでもしやすとも!ですから……そのう、あたしゃ、あの歌みたいにあんたの側に居たいんでさ」
本心であった。この人の側に居たい。この人の側で歌を歌って、ゴブリンと魔物娘たちを笑顔にするのだ。
それがきっと自分の使命なのだと。
「気に入ったわ!あなたと私で歌を歌いましょう。私たちの歌物語がここから始まるの。ゴブリンの国を笑いで満たすような歌が。皆が笑えるようなコメディを二人で奏でるのよ」
「そいつはすてきでやすね!」
「そうでしょう?」
「そうですとも!ええっと、お名前は?」
「シエラ。シェヘラザードから取った名前なのよ」
「そりゃすごい!どんな歌を歌った方で?」
「やっぱり、あなたちょっとおかしいわね。そうね、千と一つの夜の物語。いつかきっとあなたにも歌えるようになるわ」
「へい!がんばりやす!」
しばらく、歌とドラムの音色が響く。
目覚めたゴブリン達と魔物娘たちに割れんばかりの拍手をもらうことになるのはその後のこと。
こういった『出会い』がそこかしこで起き、ゴブリン国の技術力が飛躍的に進歩するのがさらに帰還して数日の後。
ザンニがゴブリン楽師の称号をもらい、新設された楽師隊を率いるのがその数ヶ月後である。