ゴブリン騎士と農民姫   作:照喜名 是空

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ゴブリン騎士と託された使命その①休日の終わり

◎なんてこと無い休日の終わりと新たな冒険

 

ゴブリン騎士は朝に家を出るとカナリアンテに乗り牧場の見回りに出る。

冒険のない日はたいていそのようにしている。

山を切り開いて作ったなだからな草原の丘を走る、走る。

風を切る感触と草の匂いがなんとも心地よい。

空は青く、真っ白な雲が浮かんでいる。

 

「カナリアンテ、楽しんでいるか?」

「ウォン!」

「よしよし、良い子だ」

 

柵で囲まれた放牧地には羊や山羊がぽつぽつと放牧されている。

柵が壊れていないか、家畜が怪我をしたり狼に襲われていないか。

そういったことを確認するのも見回りの大事な仕事だ。

 

「テイマー殿!おはようございます」

「あっ、ゴブリン騎士さん。おはようございます。見回りは順調ですか?」

「ああ、今のところは異変はない。テイマー殿も順調か?」

「ええ、今放牧が終わった所なんですよ。今のところ病気とかもないし……今年はもう少しお財布に余裕ができそうですよ」

「それはよかった。ではまた昼におあいしよう」

「ええ!また!」

 

放牧地を回り、畑を見回る。

トウモロコシ畑は今はニンジンやジャガイモ、カブといった根菜類が中心に植えられていた。

休耕地も多い。元より家畜の餌をある程度自前で用意するための片手間の農場だ。

農薬と魔法を惜しみなく使った上、テイムした小動物を使い雑草を駆除している。

 

「農薬をまいたときは大変だったなカナリアンテ。いずれまたやってもらう、すまんな」

「ウォフ?」

 

そうしているうちに今はコボルト術士と幽霊剣士が暮らしている従魔小屋につく。

かつてゴブリン騎士も暮らしていた馬小屋を改築したものだ。

庭では子供達が幽霊剣士に剣を教えてもらっている。

 

「イヤーッ!」

「うむ、その調子だ……トニー、脇が開いているぞ……うむ、そうだ……ジョン、もう少し前に足を踏み出せ……」

 

今は素振りをしているようだ。

子供達は庭の開けた場所で適度に距離を取りながら集団で稽古をしている。

その前には幽霊剣士が監督をしつつ、横でコボルト術士が子供達に飲み物やお菓子、薬を販売する準備をしていた。

 

「あっ、ゴブリン騎士。おはようー」

「うむ、コボルト術者どの、おはよう。薬の売り上げは順調か?」

「ぼちぼちだねー。ご近所づきあいになるし、お小遣い稼ぎだと思えばまあまあかなー」

 

コボルト術士はポーションを村に販売している。

その流通経路となるのがこの剣道場だ。

道場に通いに来た子供達に家まで持って帰ってもらうのだ。

もちろん、村の薬師や宿屋にも卸している。

最近は道場でジュースやお菓子の販売も始めたようだ。

 

「そうか、近所づきあいは大事だぞ」

「まあねー。ところで今度オモチャとかカードとか売ろうと思うんだけど、どう思う?」

 

小さな出店を用意しているコボルト術士が見せたのは色とりどりのカードと、木のオモチャだ。

ゴブリン騎士はカナリアンテの騎上からそれを見る。

 

「おお、これはコボルト術士どのが作ったのか?貴公にこれほどの画才があったとは知らなかったぞ」

「ううん、絵は街の絵師さんに版画を描いてもらったの。僕が作ったのはルールだけー」

「ああ、あのクエントとかいうむずかしいやつか……私にはそういったむずかしいゲームは苦手だが、それでも楽しかった。流行るであろうな」

 

カード1枚1枚に違う効果があり、集める事自体が楽しいゲームでもある。

しかもどうやら、モデルに冒険者たちを使っているようだ。

 

「これは……私か?こっちは貴公……烏羽の騎士殿まであるな」

「うん、ギルドの皆から許可もらったよー」

「すごいな……しかし私のカードが強すぎないか」

「こんなもんだと思うよ?これからもっと強いカードも出すからねー」

「そうか……まあ、ほどほどにな」

「うん、気をつけるよー」

 

コボルト術士と話し終えると、幽霊剣士に目礼をしておく。幽霊剣士もまたうなずき返した。

 

「……ゴブリン騎士、少し顔を出して行け……組み手の稽古を手伝うのだ……」

「はい、わかりました師よ」

 

ゴブリン騎士はカナリアンテから降りて、木に繋いで木剣を取る。

 

「……よし、素振りそこまで。これより組み手を行う……まずは全員一度ゴブリン騎士とするのだ……一戦するごとに私とゴブリン騎士が反省点を述べる……初めよ」

「はい、ではジョン。来るが良い」

「おう!いくぜ-!」

「ふむ、悪くない剣さばきだ」

 

ゴブリン騎士は相手に応じて手加減してまずは防御に徹していく。

 

「えいっ!このっ!」

 

もちろん、一切の闘技や魔法、歩法などを使わずともただ軽く体を動かすだけで回避できる。

人間の子供と熟練のゴブリン騎士。腕力はそう変わらずとも、差は圧倒的だ。

 

「ジョン、半端はいかん。丁寧に攻めるか、徹底的に勢いに任せるか。よいか、力攻めとはこのようにやるのだ。キェエエエイッ!」

「うわっ!」

 

ゴブリン騎士の二ノ太刀不要による大上段からの振り下ろしが決まった。

ジョンは木剣をはじき飛ばされて尻もちをつく。

 

「大丈夫か?」

「えっ、あ、うん……」

「様子見は序盤までにしておけ。中盤からは貴公の場合勢いに乗った方が良い」

「はい!」

「……うむ、最後にものを言うのは気迫だ。今のゴブリン騎士の気迫……覚えておくが良い……」

「はい!ありがとうございました!」

「……うむ……では次、ボビー」

「う、うっす!」

 

この調子で十人ばかりの子供達と組み手を行い、批評を加えていく。

青空と、子供達によって踏み固められた野原。軽く汗を流した肌に鎧の隙間から秋めいた涼やかな風が心地よい。

 

「……よし、ではゴブリン騎士はそろそろ戻るが良い。これより私が組み手を行う……」

「はっはい!」

「師よ、お手柔らかに……では、失礼いたす」

「うむ、加減はわかっている。ではな……」

 

ゴブリン騎士はカナリアンテに乗り、再び村を、牧場を駆ける。

牧場の従業員たちが作物を近所の人と交換しあったり、お使いに行っているのが見える。

軽く挨拶を交わして野原に向かう。

ああ、なんとすばらしい。このゴブリンの身が村で受け入れられているとは。

 

「カナリアンテ。何か見つけたのか?……これは」

「ウォフッ」

 

そんな爽やかな気分は、牧柵についた血塗れの手形で一瞬で吹き飛んだ。

何かが起きている。少なくともけが人がいる。

気分は一瞬で戦いの緊張感に変わる。

 

「カナリアンテ、この血の匂いを追え。ゆっくりとな」

「ワンッ!」

 

足跡や手形の大きさから相手を推察する。

重く、大きい。大の男だ。そして、かなりの手傷を負っている。

戦士が敗走している、と考えるのが妥当だろう。

相手は?正規兵が相手ならばこいつは賊だろう。あるいはその逆か。

 

「ワンッ!」

「これは……よくやったカナリアンテ」

 

馬が血に濡れ、倒れている。息はないのが遠目にもわかる。

周囲を索敵すれば、すぐに木陰で座り込んでいる騎士がいるのがわかった。

軽装の鎧。伝令兵だろう。王国の紋章に見慣れぬ紋章がある。

とりあえずは正規兵らしい。

ゴブリン騎士はゆっくりと伝令騎士に向けてカナリアンテを進ませる。

 

「なんとしても、たどり着かねば……ゴブリン騎士に……託さねば……!うう……」

 

伝令騎士はぐったりと木に体をもたせかけ、血の出る腹を押さえている。

呼吸はかなりつらそうだ。

ゴブリン騎士はカナリアンテを降りて、伝令の肩を軽く叩く。

 

「貴公、貴公!大丈夫か!何があったのだ。敵は近くにいるのか!?」

「いや……まだ、遠くにいる……はずだ……実験棟が……敵襲に……私は、伝令だ……それより、君……ゴブリン騎士を……君が、そうなのか?」

「ああ、私がゴブリン騎士だ!」

「おお……それは、よかった……君に、使命を託したい……!ゴブリンとはいえ、同じ騎士の身だ……たのめるか」

 

伝令騎士は心底安心した様子で苦しみながらもうれしそうに言葉を絞り出した。

ゴブリン騎士は、これはどうも厄介事に関わってしまったようだ、と理解したがそれ以上に死にゆきながらも任務を忘れない伝令騎士の高潔さに心を打たれた。

これは心して聞かねばならない。

 

「……わかった、聞かせてくれ」

「死にゆく男の頼みだ……観念して聞いてくれよ……この……魔法のポーチを城塞都市の領主……サイラス公に届けてくれ……中身は、大事なものだ……ゴフッ!」

 

逡巡は一瞬だった。もう乗りかかった船なのだ。どっちみち、追手とは戦わなくてはならない。

村に来る追手を撃退しつつ、届け物を届けねばならない。二正面作戦だ。

だが、やらなくてはならない。

困難だが、それでもやせ我慢してこの勇敢な伝令騎士を安心させてやりたい。あえて明るく応えた。

 

「そのくらいであれば、たやすいとも!わかった。このゴブリン騎士なんとかしてみせよう」

「この……軍旗(バナー)があれば……証明になる……だが……追手がきている。気をつけてくれ……相手は……ゴブリン……訓練された、ゴブリンだった……だが、君なら……ううっ!」

「……なんと」

 

伝令騎士はたすきのようにかけた紋章の書かれた布を指さす。

もはや渡す気力ものこっていないのだ。

それよりも、訓練されたゴブリンという言葉でどうしても奴の姿が思い出される。

ゴブリン英雄の言っていたゴブリン国。それはいつのまにか自分の足下まで迫っていたのだ。

 

「ハァ……ハァ……報酬は……ポーチそのものと……私の財布だ……!だが、中身は……中身だけは確実に……ゴフッ!」

「もう楽にされよ!痛み止めを飲むが良い」

 

念のために持っていた痛み止めのポーションを出そうとするが、もはやそんな状況ではないのは理解していた。

効く前に彼は死ぬだろう。

 

「かまわない……ひどい話だが、君に使命を託せてよかった……!気が、楽になったよ……これで、死ねる……ありがとう……」

 

伝令騎士はそれから少しの間浅い呼吸を繰返して死んだ。

ゴブリン騎士は伝令の目を閉じさせ、祈るような形に手を組ませると自らもわずかに黙祷した。

 

「名も知れぬ騎士よ……男と男の約束だ。たしかに、託された。立派な死に様であった」

 

ゴブリン騎士はすぐ近くに迫っている戦いに思いをはせ、ともかく魔法のポーチと軍旗を確保してカナリアンテに乗り牧場へと急いだ。

 

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