ゴブリン騎士と農民姫   作:照喜名 是空

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ゴブリン騎士と託された使命その②死の追走

◎招集

 

牧場の主屋に戻ったゴブリン騎士ははしごで屋根の上まで登り、そこにある鐘を鳴らした。

おおよそカボチャほどの大きさの鐘はしかし牧場の全てに音を届けられる。

『何かあれば鐘を鳴らす』そのような取り決めがこういった村ではよくあるのだ。

カーンカーン、と高い音が鳴り響き、ゴブリン騎士ははしごを下りると主屋の玄関に近づく。

いつも通り、カナリアンテは近くにつないである。

 

「おわっ、急に鐘なんかならしてどうしましたべ?」

「何かあったんスね?敵っスか」

 

錆猫と赤毛が玄関を開けてゴブリン騎士を出迎えた。

屋内で家事をしていた二人にもさぞかしよく聞こえた事だろう。

 

「ああ、行き倒れがいた。賊におそわれたようだ。ゆえに、賊がくるならば迎え撃たねばならぬ。子細はみながそろってからはなす」

「ウス」

「ひえっ……戦になるだか?」

「わからぬ。すぐにはならんだろう。だが、覚悟はしていてほしい」

「あわわ……」

 

錆猫は目が据わり、すでに冒険者の頃の空気を出している。

赤毛は怯えながらもすぐに倉庫からハンマーを取り出して戦いに備えようとした。

やがて程なくして皆が集まってきた。

新たなる冒険の始まりだ。まずは準備といこう。

 

◎作戦会議

 

「……というわけだ。荷物を届けつつ、しかし追手から村を守らねばならん。テイマー殿、采配をたのむ」

 

食堂にある大テーブルに皆が集まり、近辺の地図と、伝令騎士からあずかったポーチ、軍旗を机にのせて知恵を絞り合う。

全員分の椅子はあるが、座る者はいない。皆立ってテーブルを囲む。

ゴブリン夫妻とコボルト術士は小さな台に乗って会議に参加するほどだ。

 

「なるほど、状況はわかりました。なら……幽霊剣士さんと私は村の防衛に。いいですか?」

「……了承した……」

「錆猫さんは赤毛さんとジャクリーヌさんをまもって下さい。助け合って生き延びましょう」

「ウス」

「がんばりますだ」

「私の癒やしの技がお役に立てるならば良いのですが」

 

皆がうなずいた。テイマーも大きくうなずく。

 

「ゴブリン騎士さんは荷物を届けてください」

「任されよ。すまない、勝手にこのようなことを引き受けてしまい……」

「遅かれ速かれ、ですよ。追手は来たでしょうし、死ぬ人の頼みなら仕方ないです」

「すまぬ」

「それで、コボルト術士さんですが……悩ましいですね。できれば村の防衛をして欲しいですけど、敵が多いならゴブリン騎士さんについた方がいいでしょうし……コボルト術士さんはどっちがいいです?」

「うーん、そうだねえ。村の防衛かな。ここで出来るだけ減らせればゴブリン騎士の負担も少ないだろうし。何より、活躍が目立つからね!」

「あはは、コボルト術士さんらしいですね……わかりました。それで行きましょう!」

 

テイマーがテーブルの中央に手を出す。

皆もまた意を察して手を出した。

 

「無事の帰還を。また、皆でここに帰れるように」

『無事の帰還を!』

 

さあ、冒険だ。

ゴブリン騎士の城塞都市までの道は昼下がりである現在から半日。

つまり夜中に都市にたどり着き、朝一番で都市内に入る算段だ。

都市の門前まで来れば門前町がある。朝一番の入場を待つ人々もいる。

賊はそこで堂々と襲っては来ないだろう。おそらくは。

 

「……というわけで一番危険なのが夜の森だね。罠を仕掛けられるかも」

「ありうる。襲撃に対してはなんとかなろうが……」

「というわけで対策用のマジックアイテムをいくつか渡しておくね」

「かたじけない」

 

ジャクリーヌもまた、出来る範囲で準備を行っていた。

 

「あなた、これはお弁当とお守りです。どうか、無事の帰還を」

「ああ、必ず帰ってくる。そなたも、どうか無事で。すまんな。私の勝手で」

「いいえ、これはもう皆の冒険です。さきほどそうなりました」

「そうか。そうだな……ありがとう」

「ええ、ご武運を」

 

それからゴブリン騎士はテイマーといくつか細かい打ち合わせと、コボルト術士からいくつかのアイテムをもらった後、出発した。

 

 

◎ゴブリン暗殺小隊

 

村から飛び出してゆく大灰狼とその背に乗ったゴブリン騎士。

それを森から双眼鏡を使って監視している影が3つ。

 

<やはりな。『荷物』はゴブリン騎士にわたってしまったようだ>

<では、追いますか。村はどうします>

<ここがゴブリン騎士の拠点だと確認が取れただけでも手柄だが……一当てもしないうちから退く選択はない>

<さようですな>

 

赤黒いフードに手足と胸に皮鎧。下半身には黒いズボン。

ゴブリン王国の精鋭中の精鋭、ゴブリン暗殺者のパーティーだ。

リーダーは『鷹』とよばれるゴブリン暗殺クランの当代の長である。

残り二名もその側近と言える精鋭だった。

 

<そうだな、村にも探りは入れておけ。見つかるか、ない事を確認したら撤退。『蛇』お前が行け>

<はっ。もし『荷物』が一部でもあれば?>

<盗み出せるようならば盗め。ただし無理攻めはするな。あくまでも我々はここにいなかった。そういうテイでいく>

<承知>

<『蜂』は俺とゴブリン騎士を追う。森を突っ切って先行して罠を仕掛けるぞ>

<ははっ、騎士様とやらに暗殺者の手並み、見せてさしあげましょうぞ。長>

<油断するな。相手も手練れだ。時間も少ない。行くぞ>

<ははっ>

 

三人のゴブリンはそれぞれみずからの乗騎である大狼に乗ると森の中を駆けだした。

あるいは、ここで退いておけば彼らの運命はまた違った物になったかもしれない。

だが賽はふられてしまったのだ。

 

◎死の追跡

 

ゴブリン騎士はほどほどの速さでカナリアンテを走らせる。

最高速ではへばってしまう上、追手の襲撃に対し脆弱だからだ。

見覚えのある木ばかりの深い森、足下は苔むした石の街道。

道は時に曲がりくねりながらもさしたる障害もなく続いていく。

 

「日が暮れるな、カナリアンテ」

「ウォフッ」

 

血のように赤い太陽が木々の中に埋もれていく。

ここまでは何の障害もなかった。だが、もし追手が来るならば仕掛けるのは夜だろう。

村から都市までおおよそ馬で半日。人の足で7時間ほど。人が1時間で歩ける長さがおおよそ1里。

出たのが昼下がりで、今が夕暮れ。もう2里か3里は走っただろう。

残り半分。夜の早い時間……店や関所が閉まるギリギリの時間にはたどり着ける……はずだ。何も無かったら。

残りおおよそ3時間。長い3時間になりそうだ……

 

「残り半分……そして夜が来る……敵にとってはここからが仕掛け時か」

 

したたっ、したたっ、とカナリアンテの走る音が響く。

ランタンはあるが、あえてつけない。

ゴブリンと大灰狼である自分たちには夜目がきき、そしてランタンをつけていていては暗闇に目が慣れるまで時間がかかる。

 

「カナリアンテ、もう少しゆっくり走れ」

「ウォフッ」

 

手綱を引こうとしたその時、ゴブリン騎士の腰につけた小さなベルが鳴る。

きぃん、きぃんと涼しげな音は罠を知らせる合図だ。

『罠告げ鐘』これがコボルト術士がゴブリン騎士に持たせたアイテムの一つだった。

 

「カナリアンテ、右だ!」

「ウォン!」

 

左後方でトラバサミがバチンと音を立てていた。

あれもまた何かしがの仕掛けがあったのだろう。

 

「首を下げろ!」

「ウォォ!」

 

気がつけば、目の前の森にはツタを偽装したくくり罠……絞首刑の縄のようなやつが無数に垂れていた。

 

「くっ、仕掛けてきたか!『纏い』!」

 

ゴブリン騎士は月明かりの小剣を鞘から抜き、素早く伸ばして横凪ぎに縄の群れを切る。

暗闇に、蛍色の線が走った。

二十や三十では効かない数あったくくり罠は全て切り裂かれて地面に落ちる。

だがそれで安心してはいけない。

 

「ウォォォン!」

「臆するな、カナリアンテ。信じろ!走れ!」

 

縄を切られることで発動する罠が一斉に作動した。

横の森から毒矢が無数に飛んでくる。

頭上から棘つき丸太がスイングする。

火炎瓶まで飛んできた。

 

「うおおおお!!」

 

その全てを槍よりも長大に伸ばした月明かりの小剣で切り捨てる。

毒矢を弾き、丸太を切り捨て、火炎瓶を叩き返す。

 

「……先は長いな」

 

前方にはさらなる罠が沢山待ち構えているのが察せられる。

『罠告げ鐘』はさっきからなりっぱなしだ。

 

「カナリアンテ、森だ!森に入れ!」

「ウォン!」

 

森の方向には『罠告げ鐘』の反応が薄い。賭けだが、森を突っ切るしかない。

実際、それは正解だった。

ほんの数分の間には。

 

「敵は一…いや二か」

 

したたっ、したたっ、という狼の足音が増えている。

後ろと、前だ。

目をこらせば、黒い狼に乗った黒いフードの小さな影が見える。

後ろをちらと見れば、かなり遠くにもう一騎いるのもわかる。

囲まれた……というわけだ。

 

「カナリアンテ!左だ!」

 

ひゅ、という小さな風切り音がして短い矢が飛んでくる。

ゴブリン騎士は巧みな手綱捌きで避けたが、同時に前を行く暗殺者から火炎瓶が投げられる。

 

「くそっ!」

 

なんとか腰の小盾を持って火炎瓶を割らずに受け流す。森の木に火がついた。

 

「山火事にならねばよいが……だが、気にしている余裕はなさそうだ」

 

それからも街道にでれば罠が山とあり、森に入れば挟み撃ちで陰湿な飛び道具が飛んでくる。

かといって距離をつめようとすれば森の中での騎乗術はあちらが巧みで引き離される。

だが、確実に前には進んでいる。

 

「このまましのぎきれば逃げ切りで勝ちだが……させてくれるものか……?」

 

あと数時間この陰湿な嫌がらせをしのぎ続け、街までいけばもう勝ちだ。

だが、そんな事は相手もお見通しだろう。

相手の狙いはこのまま弱らせ続け、こちらが疲労困憊した所を一気に襲ってくるのだろう。

 

「ならば取れる手は……」

 

ゴブリン騎士はまだ疲れ切っていないうちに思考を巡らせる。敵の襲撃と罠に注意しながらだ。

 

その①このまま罠をと襲撃を突破し続けて街まで勝ち逃げする

その②なんとか相手に接近し、討ち取る

 

「やはり逃げ続けるのは性にあわん!②だ!しかしどうやって……?そうだ!」

 

ゴブリン騎士の頭にひらめくものがあった。こんな時に丁度良いアイテムがあったではないか!

 

「罠にはめるのが貴公らだけだと思うなよ……!」

 

逆転の秘策、果たして通じるか。

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