■王としての目覚め
その頃、ゴブリン王はゴブリン王国である森の居城に帰り、自室で略奪品を検品していた。
外からはゴブリン達と魔物娘たちの戦勝の宴の声が終わること無く聞こえてくる。
良い気分だ。とくに奪った金貨や剣を数えていると幸福感すら感じる。
種族の本来の特性と言えるだろう。
そこで、ノックの音が聞こえた。
「王よ、お目当ての物がありました!」
「おお、悪魔術士!よくやった!入れ」
「はっ」
悪魔術士は手に布に包まれた腕ほどもあるキノコと、いくつかの腐った薪を持って入って来た。
細長い指と鋭い爪、スーツの悪魔にはなんとも不似合いな物だ。
「ほう、それが洞窟でもたやすく栽培できる飯か。なるほどキノコとはな」
「ええ、これならば滋養もたっぷりと含まれておりますし、無学な民でも作れます」
「すばらしい!これでまた一歩、侵略計画が進むというわけだ」
ゴブリン王は頑丈で巨大な木の椅子に背をもたせかけ、痛快でたまらないという様子で唇をつり上げた。
悪魔術士も気取った仕草で大いにうなずく。
「さようでございます。説明をお聞きに?」
「ぜひ頼む」
悪魔術士はまるで洋服を説明する商人のように大げさにうなずき、ゴブリン王もそれに合わせた。
この王にとって略奪品の説明を聞く時間ほど楽しい物はない。
「この『洞窟腕キノコ』ですが、元は歩きキノコから配合を掛け合わせ、より滋養深く、より容易に栽培できる品種です。元々は山村の救荒作物として作られました」
「それはいい!人間共の餓えを満たすためのものが、ゴブリンたる俺の手にわたり、人間を倒す一助になるわけだ。それで、それはどのくらい滋味があるのだ?それだけで兵が、民が養えるか?」
「なんと主食としても代用可能です。多少の肉は必要でしょうが、麦の代わりに食べても問題ない程度には」
「生産性は?」
「キノコの生えた原木を他の木くず、可能ならばおがくずや落ち葉、少量の麦と一緒に置き、水に浸すだけです。生えなくなれば水と肥料を足せばいいのです」
「それだけで繰り返し生産が?」
「可能です」
「お前は最高だ悪魔術士!これは誰が見つけた?褒美を与えねばな」
わっはっは、とゴブリン王はご機嫌で笑う。すばらしい。我が国は恒久的な食糧生産が可能になったのだ。
「ゴブリン暗殺者の手の物です。褒美はそうですね……無難に食糧と酒、あとは貴金属に武器、でしょうか」
「では、そいつに一等良い塩漬け肉と酒をくれてやれ。武器はそうだな……まあ手頃なものを下賜しておこう」
「かしこまりました。表彰物ですな」
「ああ、まったくだ。今日は良い酒が呑めそうだ。そうだな、今夜にでも妻に言ってみよう。手頃な娘たちにでも作り方を教え、まずは安定した生産を目指す。他にも簡単な作物があればそれも試す。そう、簡単、簡単だ。ゴブリンでもできる農業を作らねばならん」
「さようでございますね。その後はいかがいたしますか」
ゴブリン王は気が良くなり、壁際の棚からワインを取る。
親指でコルクを外してジョッキに注いだ。
ぐびりと一口飲むと、にやりと笑って答えた。
「フン、わかりきったことを確認するか。兵を休ませた後、次は鉱山をいただく。まずは廃坑からでいい。ロンド王国内の廃坑を占拠し、王国内のゴブリン諸部族を制圧する。そいつらは農奴というわけだ。まあ、使えそうな奴がいれば官僚やら軍人には取り立ててやっていいがな」
「ええ、ゴブリン王国流の生活というものを教えてやりましょう。文明と食糧を引き替えに終わらぬ労働生活を!実に気分が良いですね」
かくして、侵略の計画と国作りが着々と進んでいるのだ。
ロンド王国民には不幸なことであるが。
夢物語が、だんだんと現実味を帯びてくる。
たった一度の戦勝でここまでの成果を手にできるとは!
笑いが止らないとはこのことだ。勝利の美酒がこんなにも美味いとは!
「ああ、それに鉱山といえばドワーフもいるだろう。奴らの技術が少しでも手に入れば心強い。せめて家の建て方くらいは我が国民も覚えねばな」
「衣食住の持続可能な自給自足!すばらしい。またゴブリンという種族が発展するというわけです。楽しみですね」
「それは良いな。我が国の国是としよう。後はさっき言った人材登用制度と……教育だな。いずれは文字と歌、絵くらいはできねばならん」
「すばらしいお考えかと」
「そうだ。待っていろゴブリン騎士、そしてロンド王国……お前らの度肝を抜いてやる」
ふと、窓の外を見る。
月夜に宴の煙と肉の匂い、笑い声が響く。
それはゴブリン王に王国の発展という未来を夢見させるに足る光景であった。
「見ろゴブリン騎士!これがお前が選ばなかったものだ!見るが良い、我が国の国民は笑っているぞ!」
ゴブリン王の心に、王としての自覚が芽生え始めていた。