二年目の春、新人歓迎会
◎二年目
そうして、しばらくの時が過ぎた。
アーサーは3ヶ月ほどでふらつきながらも捉まり歩きができるようになった。
一番の地獄のように忙しい時は終わったのである。
産まれてすぐの頃はゴブリン騎士はもちろん、テイマーたち総出で赤子の世話をしたが、もうそろそろよい頃だ。
少なくとも、テイマーはそう思った。
「もうそろそろ良いでしょう。冒険者活動再開です!」
「いや、しかし……せめて乳離れしてからでも……」
ゴブリン騎士は心配そうに妻と子を見る。
アーサーはうー、と喃語をしゃべり、きゃっきゃと笑った。
「あなた、私は大丈夫です。何より、たとえ人であったとしても赤子を置いて父親は働かねばなりません」
「う、うむ……」
「その通りです。ですが心配ももっともなので……さらに従業員を増やします!そしてその分稼ぎましょう!」
「そうか……それでジャクリーヌの負担が減るのであれば、そうしよう」
ゴブリン騎士はいつのまにか騎士としてだけではなく父親の顔をするようになった。
それをコボルト術士は興味深げに見る。
「じゃああれだねえ、赤ん坊のことは錆猫さんと赤毛さん、奥さんに任せてー、新しい従業員さんには畑や家のことを任せないとね。で、僕らはガンガン稼ぐ」
「うむ……やろう」
「やりましょう!」
そういうこととなった。
◎ギルドの定例行事
やはり半日かけてギルドに到着する。
ギルドに来るだけで半日。依頼は泊まりがけ。すなわち冒険は出張や遠征に近しいものだ。
時間も金もかかるが、見返りは大きい。大きなものを選ばねえばならない。
「むむ……テイマーどの。これはいかがか」
「うーん、これは時間に見合いませんね……もっと割の良い仕事にしましょう。せっかく3人そろっているんですし」
故に依頼の品定めは慎重にならざるを得ない。
ギルドの依頼板を真剣に眺める三人。
そんな時に、ぎゃあぎゃあと酒場の方から声がする。
「そっちからぶつかっておいて金貨5枚って……ムチャクチャすぎるわよ!」
「おいおい、貴族の子女様なんだろ?5枚くらい出せないのか?」
騒いでいるのは魔女帽子に仕立ての良いマントとシャツ、スカート姿の赤髪の少女。
魔法学校を卒業したてだろう。まだ子供の背丈だ。
「出せるけど、それは別問題だ!あんたから因縁ふっかけてきたんだろ!下げたくない頭は、下げられねえ」
「なんだぁ?お嬢ちゃんのおつきの小性が何か言ってらあ。おい小僧、じゃあどうするってんだ?んん?」
魔法使いの少女の従者と思しき黒髪の少年が少女を守るように立ちふさがる。
こちらも軽装の皮鎧姿だが、腰には鉈を下げていた。
剣士見習いと言ったところか。
「冒険者の流儀、なんだろ……決闘だ!俺が負けたら金貨5枚でも何でも払ってやるよ!」
「ようし良い度胸だ表出ろ。演習場で待ってるぜ」
「いいえ!私もやるわ!私だって冒険者よ!」
どうも
黒皮鎧の斥候はニヤニヤしながら割れた瓶を横目に実に楽しそうに新人たちをおちょくっている。
「烏羽殿……あれは?」
「ああ、ゴブリン騎士。貴公は2年目だったのだな。であれば知らんか。覚えているか?貴公も去年ああして斥候に因縁をつけられただろう」
「まさか……斥候殿は毎年あれを?!」
何故、という思いがゴブリン騎士に過ぎった。
そして思い出した。
新入りとはどこでもああした扱いを受けて、実力を見せれば認められる。
種族が変わっても群れというものはそういうものなのか。
しかし毎年こんなことをやっているのか。
律儀なのか偏屈なのかわからぬ男だ。
「ああ、その通り。ああ言ってはいるが、実際には5枚もとらんだろう。あの態度もフリだ。賊の真似事だな。ああして世の中にはそういった人間もいるのだと教えているのだよ」
「憎まれ役を毎年……?」
偏屈な先輩だ。偏屈なのは知っていたがここまでとは。やや呆れにも苦笑にも思える気持ちがわいてきた。
「その通り。やりすぎれば私か他の者が割って入る。そのようにしている。貴公も慣れるのだな」
「ううむ……理解にくるしむ」
「まあそうだろうな、貴公はそういうまっすぐな男だ」
「うむ……」
と、そこで斥候と目が合った。嫌な予感がした。
「おっ!丁度良いところに……ゴブリン騎士!コボルトちゃんはいるかい?」
「ああ、そこにいるが」
「ちょっとこのちびっ子魔法使いにお灸をすえてやりたくてな。ちょっとコボルト術士ちゃん貸してくれや」
「貴公という男は……」
苦笑とため息が出てくる。なんて面倒臭い男なのだ。だが、全くの悪意でやっているわけでもない。ただただ面倒臭い。
「え、いいよ。金貨2枚で加勢してあげる。ゴブリン騎士の奥さんが子供産んだから物入りなんだよねうちのパーティー」
「かーっ!しっかりしてやがんな!いいさ、ご祝儀だ感謝しろよ!その代わりしっかりわからせてやってくれ。先輩冒険者の威厳ってやつをな!」
「じゃあいいよーやろっか」
「コボルト術士どの……まったく……」
何やら、そういう話になったらしい。
「よいのか?テイマーどの」
「えっ、なんですか?あー……そういう……いいんじゃないですかね。金貨2枚でも今のうちのパーティーには必要です。それより割の良い仕事があったんですよ!」
「う、うむ……そうか。新人達が心配なのだが」
「ああ、決闘するんですか。じゃあ賭けが始まりますよね!行きましょう行きましょう」
そういうこととなった。
冒険者たちは中庭の練兵場へ集まる。
◎新人への洗礼二年目
「はいはーい、賭けがはじまるのじゃよー!
「賭けます!コボルト術士さんが魔法使いちゃんに勝つに金貨1枚。黒皮鎧さんチームそのものに銀貨5枚です!」
テイマーが狐人巫女の前にある机の上に金を叩きつける。
「おおっ、賭けにでるのう!景気がいいのじゃあ!他は!他はいるかえ!」
「新人剣士、いやあれは猟師か?猟師少年が黒皮鎧に銀貨3枚。引き分けに金貨1枚」
烏羽が静かに金貨を置いた。
「よいぞよいぞー!ほれもっと賭けるのじゃうひひひ」
狐人巫女が楽しそうに黒板に賭けの記録をしていく。
「ウワッハハハ!毎年よくやるものよ。少年、これで負けても全てを失うわけではないぞ!気楽にやるのだ!」
「我が友重装騎士よ。よいのかこれは……?」
「なあに、我が友ゴブリン騎士よ。これは勝っても負けても大事にならんように皆加減しているのだよ」
重装騎士は背をかがめてこっそりとゴブリン騎士に耳打ちした。
「ううむ……そういうものか」
「そういうものだ!なに、どちらかがやり過ぎれば我らと烏羽殿で止める。それでよかろう?」
「うむ……そうだな」
練兵場の東屋に作られた
「何よみんなして賭けまでして……魔法使いの決闘は見世物じゃないのよ!」
「しょうがないだろ、これが冒険者ってやつなんだろうぜ」
少年猟師も不満そうだが、それよりも戦いへの高揚が勝っているようだ。
「さて、双方準備はいいか?立会人はこの烏羽の騎士が務める。ルールは互いの前衛は木による武器を使い、頭部に一撃、もしくはそれ以外に三回攻撃が
さらっと烏羽の騎士がルールを説明する。去年とほぼ同じだ。
毎年の事で手慣れているのだろう。
「ああ、いいぜ」
「わかったわ!まったく、『死の託宣』に『おぞましき虫たかり』なんて悪辣な呪文を誰が覚えてるのかしら」
少女術士は気に入らない、という様子でつぶやく。その声をコボルト術士の耳はしっかりきいていた。
「ああうんそれ僕の呪文だね。大丈夫だよ-使わないよー」
「あ、あんたなんて黒い魔術を……異端よ異端!」
「でも違法じゃないんだよねえ」
まったく悪びれる様子がない。けろりとした態度に少女術士はますます苛立った。
「かわいい顔してこいつもヤバいわ……絶対こてんぱんにしてやるわよ!サム!」
「ああ、やってやろうぜリゼットおじょ、ごほん、リズ!」
双方、武器を構える。
「用意はいいかあ?んじゃ、頼むぜ烏羽の旦那」
黒皮鎧の斥候は短槍の長さの木の棒を構えていた。
コボルト術士はいつも通り木の杖を。
「ではこのコインが地面に落ちたら開始とする……はじめ!」
最初に動いたのは少女術士だった。
「いくわよ!『
「いってぇ!」
黒皮鎧の斥候の目と花の先で小さな爆裂が弾けた。その隙に少年猟師が獣のような身のこなしで突っ込んで行く。
「どりゃあ!」
「クソ!」
真上から首を狩るように振り下ろされる鉈の長さの木剣を辛くも転げ回って避ける斥候。
頭部に
「もいっちょ『
「んー、『
今度はコボルト術士に向かって発動したであろう爆裂がコボルト術士のシャウトによりかき消される。
「竜魔術の
「『
シャウトによる圧倒的音波が少女術士を五歩は吹き飛ばす。
強烈な音と風で踏みとどまるのがやっとだ。
「うっ……二重詠唱!?でも詠唱の速さじゃ……学校で負け知らずなんだから!『
「話してる暇あったら魔法となえようねー。『
癇癪玉より先にコボルト術士の
「なにこれ……!魔力がうまく動かない!まさか打ち消し魔法!?」
「おっ、よく知ってるねー。まだまだいくよー。『雷の落とし子よ、その太鼓を聞かせておくれ。その光を見せておくれ。『雷精』』!」
静電気が集まり、小さな雷球になって少女術士を襲う。
ばちん!という音と共に電撃で少女の身体がはねる。
「きゃあっ!痛い……っ!なんで……まだ打ち消し魔法が効いてるから魔法は……」
「魔法は使えないねー、でも
「ううっ……ならこれで!」
少女術士は杖を剣のように構えた。どうやら武器としての杖術も少しは使えるようだ。
「待てよ犬野郎!俺を!俺を狙え!」
「んー、そっちは任せられる?黒皮鎧の斥候さん」
「いって!てめえこの野郎!ああ任せとけ!そっちはやりすぎんなよ!」
黒皮鎧の斥候と少年猟師はつかみ合って殴り合っていた。
双方、すでに良いパンチが入っている。おそらくはあとどちらか一方のパンチが一発入れば決着はつくだろう。
「んー、まあやってみるよー『火の精よ、仕事の時だ。その舌で獲物に食らいつけ『妖火噴流』!」
「黒皮鎧の!今パンチが入ったぞ。貴公の負け、退場だ」
「くそっ……良いパンチ持ってるじゃねえか小僧がよ……」
烏羽の騎士による判定で黒皮鎧の斥候が退場になる。と、同時にコボルト術士の祈祷が完成して炎が少女術士の方に向かっていく。
「うおおお!どけ!お嬢様を守るんだっ!」
「んー……そうだねえ『
その炎が向かう前に少年猟師がコボルト術士に向かっていくが、シャウトが飛んでいく。
だが、炎と咆哮が届く前に割って入るものがいた。
「……やりすぎだ、コボルト術士どの」
「おう我が友よ!炎の残りはこっちで防いだぞ!」
ゴブリン騎士の月光の小剣による青い光が瞬き、炎を切り捨てた。
残った炎は少女術士に向かう前に重装騎士が盾で受け止めた。
だが、すでに発動していた『
「ま、まけるかよ……おれは、おれは!」
「ひえっ……うう、サム、サム!」
「ふんっ!やれやれ……双方怪我がなかったからよかったが」
竜による直伝の『
ゴブリン騎士と重装騎士は気合いと慣れで
「あーごめんねー。やりすぎたかもだね。大丈夫?みんな」
「子細ない。コボルト術士どのの咆哮には慣れているゆえ」
「ウワッハハハ!少々肝が冷えたが、なんのこれしき!」
ここで烏羽の騎士が裁定を下した。
「うむ……少女術士は我ら立会人の判断によりこれ以上の続行は危険として判定負けとする!残ったのは少年猟師とコボルト術士だが……まだ続けるか?」
「やー、やりすぎたからやめとくよー。棄権ってやつだね」
「では少年猟師、君は?」
「まだ……まだやれる!元気いっぱいだ!でも……もらった勝ちは拾えねえ!」
「では引き分けということでよいか双方」
「ま、しゃあねえな。認めてやるよ小僧とお嬢ちゃん」
「わ、わかったわ……」
烏羽は大きくうなずくと少女術士と黒皮鎧の斥候の手を取り、高く掲げた。
「この勝負、引き分けだ。敢闘を遂げた4人に拍手を!」
冒険者達は盛大な拍手を行った。ゴブリン騎士は大きくため息をついた後、拍手をした。
「お疲れ様です。ゴブリン騎士さん、コボルト術士さん。少し休んだら依頼に行きましょうか。割が良いんですよこの依頼」
「ああうん、なんかごめんねえー」
「いや、よいのだ……ところでテイマーどの、依頼とは?」
「いやーそれがですねえ、新人への戦闘指南なんですよね……」
「なんと」
このあと師匠面して彼らと会わねばならないのか。これは面倒な事になったとゴブリン騎士は唸った。