ゴブリン騎士と農民姫   作:照喜名 是空

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新人研修その④オーク詩人

◎荒野の歌合

 

アッシュピーク村で一日の休憩を挟み、一行は国境の町にたどり着いた。

その間に多くのモンスターを討伐したり、アッシュピーク村でののどかな日々など様々な出来事はあったが、おおむね順調であったため、特筆すべきことはない。

 

「なるほど、オークの群れですか」

「ああ、群れと言うほどもない。おそらくは一家族。10人もいないだろう。こっちに被害がなければ手段は何でもいい。なんとかしてくれ」

「わかりました。良さそうなら欲しいですね、そのオーク」

 

テイマーは国境砦の警備隊長と話している。

砦とそれを維持するための最低限の設備しかないような岩と砂だらけの荒野だ。

ひび割れたような岩山は素晴らしい壮大な自然を見せてくれるが、それだけだ。

植物は膝丈くらいの小さな物がまばらに生えてたり、たまにサボテンがあれば良い方。

そんな所だった。

 

「テイムするということか?別に構いやしない。今は食糧をちょろまかす程度だが、いずれ放っておけば行商人を襲い出すだろう。頼んだぞ」

「わかりました。なんとかしましょう」

 

そういうこととなった。

 

「というわけでですね、我々はあえて野営をするふりをします。肉をいっぱい焼いておびき寄せましょう」

「そんな単純な作戦でいいのかしら……?」

「うーん、探し当てるスキルがあればよかったんですがね。おおよその見当はつきますから、できるだけ相手のそばでやってやりましょう」

「なあに、こんだけ人数いるんだし俺たちもちょっとは強くなったんだから安心しとけって!」

「そういう言動は不運の先触れ(フラグ)といって縁起が悪いのだが」

 

その間にも、ゴブリン騎士たちは火をおこし、魔法のバッグから肉を用意していく。

大角鹿、魔牙猪、一角兎(アルミラージ)首狩り兎(ポーヴァルバニー)

元は様様だが、今はどでかい肉の塊でしかない。

そこにあらかじめ用意しておいたグレイビーソースを塗り、鉄串に刺して炭火で焼く。

 

「良い頃合いだ」

 

じゅうじゅうと肉は焼け、星空は明るく、岩山ばかりの砂漠は美しい。

ここで野営(キャンプ)する無防備な冒険者と見せかける……その作戦だが、気を抜くと本気で食ってしまいそうだ。

酒は赤ワインを用意したが、これは実はブドウジュースが9割であり、油断を見せかけるための演出である。

 

「うーん、おいしいねえ」

「うめえ!油断してると腹一杯になっちまいそうだ」

「ほどほどに抑える……ほどほどに抑える……うーむむずかしいな」

 

ゴブリン騎士も抑えながら食べていたが、横にいるカナリアンテが最初に気づいた。

ウウウ、と低く唸り、怒りの形相を見せる。

ゴブリン騎士も声を低く抑えて言った。

 

「来たな」

「いるねえ、5人か6人くらいかな」

 

ぴたりと少年猟師の食べる手が止る。

 

「マジかよ……もう?」

「気づいておらぬ振りをせよ。もう少し引きつける。コボルト術士どの、細工は?」

「いけるよ。いつでも退路をつぶせるねー」

「そうか」

 

緊張の一時。オーク達が奇襲をしようと思ったまさにその瞬間の殺気を捕らえてゴブリン騎士はオーク達に声をかけた。

 

<そこのもの、隠れておらずに出てきてはどうか>

 

一瞬の動揺。駆け引き。

果たして幸運(ダイス)はゴブリン騎士たちに傾いた。

草むらの影から大柄なオークが出てきて、斧を肩に担ぎ、必死の形相で絞る出すように言った。

 

「にくを、おいてけ。ころすぞ」

<さて、それはどうだか……貴公しだいだ>

 

ここでオークはふと戸惑ったような声を出した。

 

<お、おまえ……もしかして、ゴブリンか?>

<ああ、そうだとしてそれが悪いか?>

<おまえ、おまえもしかして、名前はアランか?>

<貴公……貴公はもしや、ドラグか?>

 

双方の間に蘇る記憶。

ゴブリン騎士がテイマーに仕える前、そういえばエルフを嫁にする、と言って各地を旅しているオークが居た。

しばらく旅をして別れた記憶があるが……

ずいぶんと痩せた。まともに食っていないのだろう。

 

「知り合いですか?ゴブリン騎士さん」

「あ、ああ……ずっと以前、少しばかり旅を共にしたことがある。だが、彼は北方の鉱山に行ったはずだが」

<ああ、ああ……そうだ。俺は、俺は……あの後夢を叶えた。エルフの嫁をもらい、家族を作った。だが……北の山で妙な奴らに追われたんだ。たのむ、もううんざりだ……その人間はお前が手下になるくらい、良いやつなんだろう?恥を承知で頼む!俺は、俺たちはお前に降る!だからおお……飯を食わせてくれ。もう限界だ>

 

テイマーも蛮族語は知っていたので、内容は大方わかった。

ゴブリン騎士はすがるような目でテイマーを見たが、テイマーは大きくうなずいた。

 

「ええ!もちろんいいですよ!沢山食べて、沢山私の村で働いてください。私たちや村の人に手を上げるなら……わかっていますね?」

「わかった……あんたに、したがう……」

 

テイマーは笑顔で肉串をオークに差し出した。

ドラグは目に涙を浮かべながらそれを受け取り、一気に食べた。

契約が成ったのである。

そこに異論を唱える声がした。

 

「待てよ親父!ふざけるな!ヘンなゴブリンなんかに従えるか!あたしは信じない!あたしらはそいつらに追われたんだぞ!」

 

荒野の暗闇の中から、美しい顔立ちに赤い肌のオークの美女が現われた。

筋肉隆々で、目に毒なほど薄着だ。戦化粧だろうか、肌には何かしらの文様が描かれている。

 

「……よもや、ゴブリン王の?だとすればあれば私の宿敵。共に戦おう。信じぬと言われても、私にはこの剣しか証立てするものがないが……」

「あのくねくねした剣術か……お前がいくら強かったとして、それが何だってんだ!ああ、お前らはゴブリンのくせに強いさ!でも何人殺されたと思っている!」

「だから、それは私の敵だ。ゴブリンとて、派閥くらいある」

「……お前の言いたいことは、わかった。じゃあ言わせてもらうが、あたしらにだって、誇りという物がある!戦いもせずに下れるかい!」

「ドラグ。かまわないか」

 

ゴブリン騎士は旧友のドラグを見た。

 

<腕の一本くらいでなっとくさせてくれ。あれでも俺の娘だ>

<あいわかった>

 

ゴブリン騎士はここで初めて立ち上がり、ゆっくりと月明かりの小剣を鞘から抜いた。

 

「来られよ。ならば決闘で決めよう」

「良い度胸じゃないか!やってやらあ!」

 

オークの美女は背中に背負った大弓と槍と思っていた巨大な矢をつがえる。

おそらくは、何かの骨でできているのだろう。ゴブリン騎士の剣より長く大きな矢は3本あった。

ぎり、と鋼のような硬い弓の弦がいとも簡単に引かれる。

 

「『さあ、武器を取れ!我ら当千の兵よ。今貴様の前に立ち、挑む者なり。いざ、灰になれ我が敵よ!』」

 

それは歌だった。悠々とした声で歌われる軍歌は、オークの弓手を何倍にも大きく見せ、また弓手自身の闘争心を奮い立たせる。

いや、これは間違いなく詩人(バード)の呪歌だった。

おそらくは母のエルフがそうなのだろう。

 

「ほう、よき歌だ。皆、手出しは無用。やってみせる」

 

対して、ゴブリン騎士はその呪歌にも平然と抵抗(レジスト)してみせる。

なぜなら、コボルト術士の咆哮(シャウト)で慣れているからだ。

びょう、と弓が鳴り、大矢が飛んでくる。

 

「『撃て、撃て、弓手よ!戦の嚆矢こそ我が誉れ!自由への一矢!』」

 

槍のような大矢をゴブリン騎士は軽くいなして剣で弾く。

オークの弓手詩人は舌打ちすると驚かずに次の矢をつがえる。

びょうと弓が鳴る。弾く。弓が鳴る。弾く。

ここでこれまでゆっくりと歩んでいたゴブリン騎士がやや足を速めた。

オーク弓手詩人はナイフを取りだし叫びながら飛びかかってくる。

 

「おおお!」

「ぬるい」

 

ゴブリン騎士は悠々と地面を蹴ってオーク弓手詩人の背後に立つと、剣を足裏にあてがった。

 

「降られよ。その若さで足を失いたくはあるまい」

「畜生……!」

 

オーク弓手詩人はぎり、と歯を食いしばった。

そこに、キャンプの方からコボルト術士の咆哮が響いた。

 

「『(ひれふせ)』『戦士よ、決着を受け入れよ。刃交えて勝負あらば、遺恨無し』」

 

オーク弓手詩人はコボルト術士の方を向き、さらに歌った。

 

「『我ら勇敢なる兵!手足ちぎれども、我らの歩みは止らず!敵よ心臓を捧げよ!』」

「『誰が勝者なるや。誰が上なるや。貴様の命をつなぎ止めているは我なり。(ひれふせ)(ひれふせ)(ひれふせ)』」

 

そこからはまるで歌劇だった。

オーク弓手詩人がその美声で苛烈に歌い上げれば、コボルト術士が竜を思わせる強大な咆哮で容赦なくこき下ろす。

罵り合いのようで、実際そうなのだが、それでも歌の文法と作法に則ったそれは、紛れもなく美しい歌劇だった。

 

「美しい……」

 

いつの間にか、脇役となった事を知ったゴブリン騎士はそっと離れて座って様子を見ていたが、やがてその魔力のこもった呪歌と咆哮の美しさに聞き惚れていた。

歌というものがこれほど美しくなれるものなのか。そう思った。

やがてどれほどたっただろうか。星空の下の演奏会はコボルト術士の勝利で終わったようだった。

 

「あんたやるねえ!あんたの咆哮(シャウト)、しびれたよ。それに、ゴブリンの騎士もね。悪かったよ……たしかに、あんたはあいつらとは違った。これだけ負ければ納得もできるってもんだ」

「んー。まあねえ、歌えるんならこうした方がわかりやすいかなって。ごめんねゴブリン騎士、手出しはしてないけど口出ししちゃった」

「いや、美しいものが聞けた。ならばそれでよいではないか」

「そういうことだ。おいまだ誰かもんくがあるやつがいるか!いないな!なら母をつれてこい。今日はめでたい日だ!宴だ!」

 

ドラグは飯と酒にありつきながら笑顔で吠えた。

誰ももはや文句はなかった。

 

「ではドラグよ。貴公の娘の美しき歌と、我らの再会に」

「ああ、乾杯だ!」

 

そういうこととなった。

 

「ねえなにこれ」

「俺もわかんねえよ……」

 

少女術士と少年猟師は呆然とブドウジュースを啜った。

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