◎帰還
「はい、宵闇草一袋。確かに受け取りました。ところで、ずいぶんボロボロですが、何かありましたか?……というかまた従魔が増えましたね。何かあったんですね?」
ギルドの受付。とにもかくにも帰還したテイマーはギルドに宵闇草を納品した。
依頼達成だ。
テイマーとゴブリン騎士の横には魔法使いのとんがり帽子にローブ姿のコボルト術士がいる。
「えっと……説明するよりも、これを見ていただいた方が……」
古竜がギルドへあてた手紙を受付に渡す。
「どれどれ……これは、古竜の……なんと……ええ、確認ですが。まず古竜から支度金などの便宜と引き替えにそのコボルトをテイムすることを受託。それから『遊び』で古竜と取っ組み合ってええと、そこのゴブリンが一太刀入れた褒美にこれをしたためた、とありますが……」
「はい、本当です」
テイマーは困ったなあ、という様子だ。受付嬢も困ったなあという顔をしていた。
「『嘘感知』を使っても?」
「はい、お願いします」
「……本当のようですね。わかりました、この手紙はお預かりし、功績に入れておきましょう。お疲れ様でした。こちらは報酬の金貨8枚です」
「ありがとうございます……」
とにかく疲れた。騒ぎになる前にこっそりと帰ってしまいたい……とテイマーが立ち上がった時。
「おいおい、マジかよ?竜と『遊んで』生きて帰ってきて、オマケにテイムしたゴブリンが一太刀いれましただぁ?おーい皆!すげえことになったぞ!」
「うへっ、黒皮鎧の斥候さん……」
スキンヘッドに目つきの悪い男が騒ぎ出した。
この男、ベテラン冒険者だがいわゆる『新人への洗礼』をやりたがるような類いの男として知られている。
今回はゴブリンとコボルトが『洗礼』の対象になったのだろう。
その代わり、洗礼に耐えた相手にはわりと面倒見はいいとされているのだが……
まあ、面倒な類いの男である。
「そんでこのコボルトが魔法使いだぁ~?ホントかよ?おい何か使ってみろよコボルトちゃん」
「ん、いいよー。『氷結』!『浄水』!おみずのむ?」
コボルト術士が腕ほどもある大振りな杖を振ると、机の上に氷でできたグラスが出現し、中にあっという間に水が溜まる。
「へっ、氷結まで使えるってことはまるっきり素人じぇねえってことか……いただくぜ。ああ、うん。うまいな。浄水もまともに使えるのか」
この時点で何人かが騒ぎを聞きつけて近づいてきたり、遠巻きに視線を向けてきた。
「ほおー!コボルトも身ぎれいにしてると可愛いのう!ふかふかでまるでパンみたいな色じゃあ!」
東国から来た狐人巫女が尻尾をゆらす。
「ふーむ、ゴブリンの騎士か……まことに騎士というならばぜひ話をしてみたいが……しかしゴブリンとは……」
普段は気のいい重装騎士が首をひねる。
「で?お前さんがゴブリンの、騎士だって?ホントかよ?見た目だけは鎧を着れば騎士になれるもんなあ!」
黒皮鎧の斥候がテイマーのいる机に近づいてくる。ゴブリン騎士はスッとテイマーの前に出て守る体勢に入る。
「私へのふしんも侮辱もけっこうだ。だが、お前……もし主を侮辱してみろ……」
「はっ!口も一丁前みたいだな!だけどな、力がなきゃ何も守れないんだぜ!おい、俺がテイマーの姉ちゃんを侮辱したらどうなるんだ?」
「事をあらだてたくはないが、決闘だ。わが剣のするどさをしることになるだろう」
「はっはっはっ!聞いたかよ!決闘!?ゴブリンが?おいおい……」
黒皮鎧の斥候は大笑いして騒ぎを大きくしようとする。
そこに一人の騎士が割って入った。
「おい、黒皮の。何をしている……」
「げっ!烏羽の旦那!いやあ、これは……」
それは異様な騎士だった。兜は上品かつ一般的な
腰にはサーベルと魔法のポーチ。
異様なのは、背中にまとった大鴉の羽マントである。
烏羽の騎士。それはこのギルド最強の一角とされる上級冒険者である。
「大方、そのゴブリンが信用に足るだけの性根と強さがあるか試したかったのだろう?いつもいつも貴公が悪役になる必要もあるまい……」
「へっ、こりゃ好きでやってることで……」
「ゴブリンの騎士よ。非礼は詫びよう。そういうことだ。皆が貴公の実力を知りたがっている……故に、一手、手合わせというのはどうか」
ゴブリン騎士は感動していた。なるほどこれが本物の騎士というものかと。
となれば、うかうかはしていられない。こちらも騎士たらんと証明してやるのだ。
「わびをうけとろう。主よ、あなたに捧げた剣だが、今ひとたび、私の……いや、我々の名誉のために振ることを許してくれるだろうか?」
「えっと……そのう……えーいもうやっちゃってください!この際そのほうが手っ取り早そうです」
「承知した。烏羽の騎士どの、主の許可がでた。ひとつ、手合わせといこう」
「大変結構だ。テイマー殿、そういう訳でしばし貴公の従魔を借りるぞ」
「はい!」
「さあ、いつまでもここにいてはギルドの邪魔になる。裏の練兵場に行こう。騒ぎは終わりだ」
どよめきと笑い声、そして興味からテイマー達と烏羽の騎士の後ろにぞろぞろと見物人が集まって練兵場に移動していく。
◎決闘
練兵場は硬く踏み固められた土に、四方を囲む堅牢な石垣の壁、あとは弓の射撃場や試し切りのカカシが置いてあるかなり広い場所だ。
その一角、広く作られた東屋が試合用のステージだ。
周囲には長めのベンチがいくつもあり、今はまばらに人が集まりつつある。
皆、食いかけの夕食や酒のコップを持ち寄り、早くも宴会が始まっていた。
「さて、そろそろいいだろう。ルールの説明をしよう。三発攻撃を入れるか、頭部に一撃、もしくは降参で勝利だ。二回勝った方の勝ちで、最大三試合やる。いいかね?」
「りかいした」
「試合にはこの木剣を使う。貴公の剣だとこの長さだろう。私はこれだ」
ゴブリン騎士は木のショートソード、烏羽の騎士は木のロングソードを持つ。
「もんだいない」
「魔法なし、小道具なし、剣と盾だけの純粋な勝負だ。この場にふさわしかろうさ……では、始めよう」
「むねをおかりする……」
「ああ、一手指南させていただこう」
二人は顔の前に剣を立てる。これは試合の際の開戦礼だ。
剣を構え直し、試合が始まった。
「むう……」
「ほう」
最初は静かな探り合いだ。
じりじりと円を描くように双方が移動する。時折ゴブリン騎士が踏み込もうとしては寸前で引いた。
あるいは、烏羽の騎士が距離を詰めようとして、やはり踏みとどまってまたじりじりと横に移動する。
「ねえなにやってんのあれ?」
「あー、コボルトちゃんか。ありゃあ隙を探り合ってんのさ。静かに見えるが、お互いにフェイントを仕掛け合ってるんだよ。思ったよりやるなあのゴブリン」
「ふーん……斥候さんありがとうね」
動いたのは烏羽からだった。
地面を蹴り、突撃からの横に一閃。
当然ゴブリン騎士もただではやられない。素早く姿勢をかがめて回避、そのまま足を斬ろうとする。
だがそれも烏羽の計算の内だ。突進中であるにも関わらず、空高くジャンプするとゴブリン騎士の背中を狙う。
ゴブリン騎士は振り向きざまに小円盾で烏羽の剣を殴りつけようと振り抜いた。
「ぬうっ」
「くっ」
ばちん、と剣と盾が弾き合い、それからは凄まじい
烏羽が猛攻を加えるとゴブリン騎士は盾で弾き、時に隙を狙って攻撃する。
ゴブリン騎士が攻勢に出ようとすれば鴉羽の騎士は
「おーなかなかやるのうあのゴブリン。烏羽とまともに試合になるとはのう」
「ふーむ……よい太刀筋だ。私はあのゴブリンは案外いいやつかもしれないと思えてきたぞ」
「へっ、騎士は剣で語る、ねえ。本当かよ?まあ雑魚じゃあないみたいだけどな」
観客はゴブリン騎士がおもったよりまともに戦えていることに盛り上がっていた。
元より烏羽はこのギルド最強格。ゴブリン騎士が勝てるとは思っていない。
ただどれほど戦えるかが皆の興味であった。
「おおお!」
「クックック……」
やがて剣戟の応酬は激しさを増し、とうとう烏羽の騎士の連続切りがゴブリン騎士の手足に決まった。
二人は荒い息を整え、立ち上がると一礼する。
「素晴らしいな。その剣、巨人殺し流と見受けるが?」
「ああ、そうだ。あなたの剣もさぞや名のある流派なのだろうな」
「私のはごった煮だよ。一般下級騎士流をベースに狼流派や竜狩り、騎士殺し流などを良い所取りした節操のない剣さ」
「餓狼の如き剣か……見事だ。だが、まけっぱなしというわけにはいかない」
「その心意気や良し。もう一勝負といこうか」
「ああ!」
第二試合が始まった。
序盤は最初と同じ、探り合いから。流れが変わったのは中盤の斬り合いからだ。
「ほう、これは……」
「せっそうがないか?」
「いや、良い……!」
ゴブリン騎士が烏羽の技を真似始めたのだ。
最初はフェイントに使うのが精一杯の拙いものだったが、だんだんと精度が上がっていく。
形を真似、術理を理解し、ついには効果的に使ってくる。
「戦いの中でさえ成長するか……いい戦士だ」
そしてついにゴブリン騎士の剣は烏羽を捕らえる。
「おほめにあずかり光栄だ……」
三対二、ギリギリの中でわずか1ポイントの差で勝った。
この結果にギャラリーが沸きたつ。
「ふーむ……やるではないか!ゴブリンであるのに、一端の騎士の魂をもっているのだな……ぜひ友誼を結びたいが……」
「よし!わらわの予想的中なのじゃー!さあ賭け分をわたすのじゃ……」
「へっ、実力だけは認めてやるしかねえか……チッ、わかったよ持ってけ女狐!」
「ゴブリン騎士さん、さすがです!ここまで来たら、勝っちゃいましょう!」
酒と金、肴が飛び交い、楽しげな笑い声が響く。
ゴブリン騎士のこれまでの生にはついぞなかったことだ。
ゴブリン騎士は片手をあげて主に見せる。
「ああ、勝利をあなたに!」
「クックック……では、私も少々大人げなくやらせてもらおうか!」
最終試合は打って変わって烏羽の騎士の猛攻から始まった。
虎や狼のように飛び跳ね、時に鴉のように宙を舞い、獅子のようにとてつもない膂力を振るう。
まさに餓狼の本領発揮だ。その猛獣のような剣にそれでもゴブリン騎士は善戦した。
一対三。
一撃は取ってからの敗北だった。
「……良い戦士だ。清廉な剣でもある。だが少し素直すぎるな。もっと
「……よき試合だった。かんしゃを」
「ああ、いつかまたやろう」
二人は一礼をして剣をしまった。
「お疲れ様でした!すごい試合でしたよ!あれならゴブリン騎士さんを馬鹿にする人なんていないです!」
「そう、か……ならばよかったのだが……私はまけてしまった……主の名誉をまもれただろうか……?」
「バッチリです!むしろあれで勝っちゃったら怖がられてたかもですし。結果オーライですよ」
「そうか……それはよかった……」
ゴブリン騎士はぐったりとベンチに座り大きく息をついた。
「だいじょうぶ?おみずのむ?あれがきしの戦いなんだねー。ボク初めてみたよ!おもしろいね!」
「コボルト術士どのか……ああ、ちそうになる……ふう、つめたくてうまいな」
「どうだった?やっぱりくやしいの?」
「いや……むろんくやしくはある。つぎはもっとうまくやる……そういうきもちもあるが……なんだろうな、悪くない。そう悪くないきぶんだ」
「そっかあ」
へっへっへっとコボルト術士が舌を出して笑った。
夕暮れの優しい風が、ゴブリン騎士を撫でた。
「ゴブリン騎士よ!見事な戦いだった!私は重装騎士!貴公と騎士として友誼を結びたい!」
「おまえ……いや、あなたは?」
「私はこのギルドに登録している冒険者である。どうだろう、私と友になってくれるか?貴公の戦いは見事であったからな!」
「ああ、あなた……いや、きこうさえよければ」
「よし乾杯だ!烏羽殿も来られよ!我らが剣、貴公らの武勇、そして今日という日に!」
烏羽の騎士や、その他の宴好きな人々が集まってくる。
「クックック……相変わらず、お人好しなことだ……まあいい、私の奢りだ。皆飲まれよ!テイマー殿には特に良い酒を」
「えっ……ありがとうございます。あっそうだ!古竜さんからもらったフルーツがあるんですよ。食べちゃいましょう!」
「よっしゃあ!宴なのじゃあ!」
「チッ、俺も戦りゃあよかったぜ……まあこうなったからには遠慮なく飲ませてもらうけどな!」
烏羽の騎士やテイマーが魔法のポーチから酒と肴を出していく。
どこかからか野営用の絨毯まで出されて練兵場は宴の席に変わっていく。
「では、わがあるじと、わがけん、そしてきょうのであいに……」
『乾杯!』
金属のカップや樽形カップがガツンと打ち鳴らされ、ぐびりと皆の喉が鳴った。
さあ宴会だ!