◎飛行船
結局、青年猟師たちは不合格を言い渡され、重装騎士を含むベテランとわずかな新人が残った。
中にはゴブリン騎士の弟子であるトニーも残り、ゴブリン騎士は誇らしい気分になった。
そして、勇者による旅は驚きの連続であった。
まずは移動手段。
「これが我が飛行船グラン・オーラムだ!見て驚き、乗って感動するがよい!これこそ我が財、我が領地なり!」
最初は空の彼方に点が見えた。
やがてそれはあっというまに大きくなりながら近づいてきて、その威容を誇った。
いくつもの巨大な風船につり下げられたガレオン船。
そう形容するにふさわしい。
船体自体も豪華で美しく、彫刻や船首像も実に格調高いものだった。
「なんだァ……こりゃァ……」
トニーの呆然とした声が皆の心を代弁していた。
「ダーリン、下ろすでー!着陸準備やー!」
「アイ・マム!」
艦橋には聖女エヴリンが乗り、乗員に元気よく指示を出している。
青い空、真っ白い雲。そしてそこに浮かぶガレオン船。
船は冒険者達が集められた城塞都市外の野原にゆっくりと着艦し、渡し板が地面にかけられる。
「これは……なんという……」
「あー、これが飛行船ね。ボクも本で読んだことはあるけど本物は初めてだなあー。たしか綿石をあの風船に詰めてるんだっけ」
「理屈はわからないが、こりゃあすごいねえ……一つ歌でも作りたくなってきたよ」
「これ、すっごい豪華な船ですよ!大貴族だっていくつも持てないのに……これが、勇者……すごいですね……」
ゴブリン騎士一行もまた、驚きそしてこれからの飛行に胸を躍らせていた。
「さあ、益荒男たちよ!勇敢なる乙女たちよ!乗るが良い!俺が許す!」
「お、おお……」
冒険者達は絶句しながらも物珍しげに乗り込んで行く。
「どうした?友よ。このような物に乗れる光栄、そうはないぞ」
ゴブリン騎士は立ち尽くす重装騎士に尋ねた。
「いや、友よ……貴公、恐ろしくはないのか?空の上だぞ?落ちれば死んでしまう……」
「なるほど、たしかに……だが、勇者はこれに乗ってきたのだろう?ならばそうそう落ちるものではないのだろう」
「う、うむ……」
ゴブリン騎士はテイマーにテイムされてからの驚異の冒険の数々で驚くことになれてしまい、これは『そういうものだ』と受け止める事とした。
つまり、考えるのをやめて、楽しむことにしたのだ。
「それに友よ。私は恥ずかしながら、心が躍っている。ここから先、どのような冒険が待っているのか、とな」
「う、うむ!違いない!ウワッハハハ!なあに戦場に出て死ぬも、落ちて死ぬも同じよ!ここは勇者殿を信じ、旅の楽しみを考えようではないか!」
「うむ、その意気だ友よ!」
騎士二人は馬鹿笑いをしながら船に乗り込んでいく。
「やれやれ、人間馬車で死ぬ方が多いのじゃぞ。これだけ大きな船、そうそう沈まぬわ」
「まったく、男ってのは馬鹿だねえ……まあ、だからいいんだけどさ」
狐人巫女とオーク詩人苦笑して乗り込む。二人は歌を教え合うことでいつのまにか打ち解けていたのだ。
「さあ、皆乗り込んだな!離陸だ!いくぞ!慣れぬ者は客室内に入っていろ!」
勇者の号令でゆっくりと飛行船が空に上がっていく。
風が吹き、地面が離れ、家々が小さく見える。
「よし!帆を張れ!取り舵いっぱい!」
「アイ・サー!」
びゅうびゅうと吹く風、一面の青空、地面は遠く。
「これほど高く飛ぶのか……と、友よ。雲が間近に見えるぞ……雲とはこんなものだったのか……美しい。しかし……」
今度はゴブリン騎士がやや恐れをふくんだ声を出した。
「どうした友よ。臆したのか?なあに、落ちはしないのだ。下を見なければ、ほれ、これほど空が美しいぞ!」
重装騎士はやや空元気を含みながらも笑ってみせる。
「う、うむ!美しい空だ!」
「ああまったくだ!」
騎士達二人は良い。だが、他の冒険者にも怯えるものが少しづつ出始めていた。
「やれやれ……少し早いが、皆に酒を出したまえ。それからこの中に
勇者のパーティの戦士が王子のような顔で声を上げた。声も麗しくよく張った声である。
「あいよ、『
「わしもやるんじゃよー戦士どのは何ができるのじゃ?」
「頼りになるね、お嬢様たち。僕はリュートを弾く。君達は?」
「あたしはこのバンショーってやつさ。ドラムもできる。こっちの狐は
「じゃあ、僕に合わせて。できるかい?」
「もちろん」
「やるんじゃよー」
詩人戦士とバードたちが手早く打ち合わせをして、音楽が奏でられる。
『ヨーホー!ヨーホー!宝探しへ!雲分け波分け進め!勇気一つが羅針盤!』
それは古い陽気な船乗りの歌だった。
故に、冒険者の中にも知っているものが少なからずいた。
その機を勇者は見逃さない。
「さあ杯を取れ!知っている者は歌え!我らの船旅に乾杯だ!」
「か、乾杯!」
歌は続き、船は空を行く。
『風を追いかけ追うは銀の月。帆を掲げ敵を追い越せ!海に鳴る舟歌、勝利をもたらす!』
気がつけば、恐怖はなくなっていた。
◎客室
やがて勇者の「風にいつまでも当たっていては身体を壊すぞ。冒険者は、客室に入れ」との声にどこかほっとした様子で皆キャビンに入っていった。
「おおーすごいのじゃ!船の客室じゃというのにふわっふわの絨毯じゃぞ!」
狐人巫女は船室の雑魚寝部屋でごろごろ転がる。床には絨毯が広げてあり、とても快適だ。
小さな丸い窓からは外の空が見える。
「ふむ、船とはそういうものなのか?」
「ああ、友は船に乗ったことがなかったな。大概の大きな船はこんな豪華なものではない」
「なるほど、勇者殿のおかげ、というわけか……」
騎士達もまた、床に座りもはや慣れた様子で歓談をしている。
「でも先生さァー、空の旅つっても暇だよォー。一日中こんな感じなのォ?」
「船に乗った事がない私に言われてもな。だが、騒ぎを起こさずじっとしてるのは偉いぞ。しかし、どうなのだ?友よ。船とはそういうものか?」
「ああ、そういうものだ。のんびりと暇を潰しながらただただ目的地につくのを待つ……私の知る海の船旅とはそのようなものだ」
「だ、そうだ。時間があるならば瞑想でもするか?トニー」
「えェー退屈だよアレェー」
「じゃあ、カードゲームやろうよー。クエントだけじゃなく、新発売のボードゲームもいっぱい持ってきたよー」
「おォ!さすがコボルトのおっちゃん!俺のデッキは強いぜェー!」
「おっ、ゲームかや。わしもやるのじゃあ!」
「やれやれ……」
騎士達は顔を見合わせ、苦笑し、横になって寝始めた。
そしてコボルト術士のほうでは人が集まってゲームが始まる。特別な、しかしありふれた船旅の光景だった。