■宵闇の誓い
時は少し前にさかのぼる。
場所はゴブリン騎士とゴブリン英雄が戦った森の中。
月も沈んだ真夜中に、礼服を着た男がゴブリン英雄の死体に歩み寄り、呪文を唱える。
やがて、ゴブリン英雄は薄く目を開けた。蘇生の魔法だ。
<起きましたか。私は
ゴブリン英雄の前に豪勢な絨毯と、その上に食事が出現する。
煙と共に現われたそれはとても豪勢で、しかし毒々しい。
脂身や香辛料が大量に使われた、一時の疲労を癒やすのに良く、長年の病に悪い。
いわば『悪い』料理だ。悪魔風とでも言おうか。
<……用件はなんだ>
ゴブリン英雄はゆっくりと体を起こし、腕を回したりして凝りをほぐしていく。
しかし用心深く料理には手をつけない。相手は悪魔だ。どれだけ用心しても足りない。
<惜しかったですよね。ゴブリン騎士は本当に強い……ゴブリン騎士の物語の序章、と言ったところですかね。
あれはたぐいまれな幸運の持ち主ですよ。もはや呪いと言っても良い。
彼が望み、運命が彼を選んだ。だから彼は使命を成し遂げ英雄と歌に歌われるでしょう>
悪魔は歌うように楽しげに語る。それはどこか営業のための会話を思わせる。
しかし、この悪魔ただ営利のためだけではなく、情熱があった。
大仰に手を振り、尻尾を振る。
<ですが、私はあなたをゴブリン騎士の英雄譚の端役で終わらせる気はない!
あなたもまた詩歌に詠われる英雄となる資格があるのです!
運命が彼に味方するというのであれば、そのライバルにも肩入れする者がいないと不公平というものでしょう?>
まるで演劇のような仕草は、ゴブリン英雄の功名心を刺激した。
いくら用心を重ねようと所詮はゴブリン。真正面からの賞賛には弱いのだ。
それは、彼らが得たくとも得られないものであるが故に。
<ほう、ずいぶんと持ち上げてくれる……>
<あなたは王になれる!私が財と知恵と力を貸しましょう。あなたは手下を集め、手下を魅了する英雄であればいい!
私には知恵も財もありますが、あなたのもつ英雄の風格はないですからね>
ゴブリン英雄はあぐらをかいて前のめりに悪魔と視線を合わせる。
<詳しく聞こうか。しかし、どうする?俺は手下を集め何をさせればいい。街でも襲うか?>
<いいえ、あなたはゴブリンの国を作るのです。田畑を耕し、獣を狩り、魚を捕り、村を作るところから始めましょう。やがてそれは街になり、多くの我ら混沌の種族が集まるでしょう。我々の歌が作られ、我々のための料理が振る舞われ、我々のための娯楽が提供される我々のための街!あなたは王になるのです……誰にも出来なかったことですよ。どうです?>
真っ暗な空に、悪魔術士はそれが見えているかのように語った。
夢。そんなすばらしいものが自分に与えられる。ゴブリン英雄はまさにそれを使命と野望として受け取った。
<俺のための詩歌が作られ、俺が英雄として歌われ、俺が国の王になる……か。大きく出たな!だが、面白そうだ。こんな所でくすぶっているのも飽きていたところだ。いいだろう乗ってやる!お前が計画し、俺がやる。俺たちは相棒だ>
<すばらしい。契約成立ですね。では、祝杯を>
<いただこう。契約は成った>
二人は料理の山の中から酒の杯を取って乾杯する。
血のように赤いワインは、ゴブリン英雄の体を温め、胸に消えぬ野望を植え付けた。
騎士が冒険の夢を見ているとき、邪悪もまた野望を得たのだ。
かくして、これより先長い因縁とされる関係が人知れず始まった。
「
混沌の勢力の中でも特に知恵と魔術に秀でた種族。
彼らの中ではエルフか只人に値する。
悪魔の中でも
はるか昔、神々が只人を連れてこの地にやってきたとき。
地に広がる泥のような混沌は知性なく、しかしゆえにすべての可能性に満ちていた。
混沌は神々と出会い、彼らを真似て自らの姿を作った。
それが原初の大悪魔たちであり、この遭遇は双方に不幸でもあった。