ゴブリン騎士と農民姫   作:照喜名 是空

72 / 83
はじめての組み手

◎夏の気配

 

それから、数ヶ月がたった。

季節は春を越え、初夏にさしかかりつつある。

 

「きええええい!」

「うむ、そうだ。良いぞ。どれ、父もやるか。キエエエエイ!」

 

日が昇り始めるとゴブリン親子はもちろん、幽霊剣士の門下生たちがあちこちで猿叫(ウォークライ)をしながら杭に向かって木刀を振り下ろす。

武家者により授けられた東国の鍛錬法だが、今やアッシュピーク村の名物だ。

アーサーも当然これを授けられた。

 

『怒り、悲しみ、恐怖。そういった黒い気持ちが腹の中に渦巻くときも、これをやりなさい。黒い気持ちを決して人に向けぬように』

 

ゴブリン騎士はそう自らの経験を元に語った。

実際、アーサーの情操教育と剣の鍛錬には役立っているようだ。

 

日がすっかり昇ると、牧場の一角にある鍛錬場は弟子達が集まってくる。

 

「……そろそろよかろう。鍛錬を始める。まずは型稽古からだ……」

「はい先生!」

 

まずは基本の型を100回。いまやアーサーもキッチリとした剣筋でついてきている。

 

「……よかろう。組み手を始める。今日からはアーサーもだ……昨日話した通りだ。よいな?ゴブリン騎士」

「はい、息子にはきちんと言い含めてあります。アーサー、父の昨日話した事をかいつまんで話してみなさい」

「はいですのだ!えーっと……『敗者を辱めてはならん。敵なれど一握の慈悲、忘れるなかれ』……でしたのだ?」

 

実際はもう少し長い話だったが、アーサーは要点を理解していたようだ。

 

「……理解しているようだな。ならば良い。勝利の喜びに酔うのは良い、しかし敗者を辱めるな……怨みを買って良いことは一つもない……」

「はいですのだ!」

「……ではクリス。お前が相手をするのだ……」

「はーい、むねをかしてやるってやつだな!いつでもいいぜー!」

「おー!クリスとやるのだ?わかりましたのだ!」

 

二人は少し開けた所に出て、立ち会う。

 

「……では、礼!」

「よろしくたのむぜ!」

「よろしくなのだ!」

 

互いに剣を突きつけ合う『開戦礼』をして組み手が始まった。

 

「うおー!いくのだ!」

「よーしこい!」

 

闘技を用いぬ体術による『立待月』による突きを繰り出すアーサー。

対してクリスはアーサーの木刀の切っ先を木刀を当ててそらし、すれ違い様に一撃入れる。

 

「おらっ!」

「ぐぬっ!まだまだいくのだー!」

 

またもやアーサーは闘技ではない『弄月』を繰り出すが、練度の低いそれは牽制にしかなっていない。

 

「なんのー!『跳び』!」

「のだっ!」

 

クリスは飛び上がって『弄月』の隙間から剣を振り下ろす。

クリスの木刀はアーサーの肩にあたり、アーサーの木刀をはね飛ばした。

 

「……クリスの勝ちだ。互いに、礼!」

「まあ最初はこんなもんだぜ!ありがとうございました!」

「……ありがとうございましたのだ」

 

互いに頭を下げる。

アーサーは目元に涙を浮かべていた。

 

「……立ち杭のところにいってきますのだ!」

「……好きにせよ……」

 

アーサーは木刀を持って脱兎のように杭に向かっていく。

やがて遠くで声がした。

 

「あーん!負けたのだ-!くやしいのだ-!うえええん!」

 

そして木刀で杭を打つ音。

 

「……やれやれ……クリス、気にするな……誰とて最初はあんなもの……」

「えーっと……うん、大丈夫だぜ!」

「すまんな、クリス。気をつかわせてしまった」

「い、いえ……」

「……さあ、組み手を続けるぞ……ゴブリン騎士、後で声をかけてやれ。少しは優しくな……」

「はい、お手数をおかけいたしました」

「……だが、この場で当たらぬだけ……子にしては我慢ができている……やはり、お前の子だな……」

「ありがとうございます」

 

弟子達は再び稽古に戻る。最初の組み手で負けた子供が泣くことなど、ありふれたことだ。

 

◎おうちにかえろう

 

稽古が終わったあとゴブリン騎士はアーサーの元に向かった。

手には二つのレモネードだ。

 

「アーサー」

「……父様」

 

杭のある場所には、しょぼんとしてしゃがんでいるアーサーがいた。

 

「……稽古をぬけて、ごめんなさいですのだ」

「ああ。それと、あとでクリスにも謝っておけ。それから、遺恨は残すな。尋常に立ちあって負ける……よくあることだ」

「……はいですのだ」

「くやしいか。だが、くやしさを一つ飲み下すたびにお前は強くなる。これは戦いではない、稽古だ。負けることは恥ではない。敗北の一つも知らずに強くなる者などいない」

「……父様も?」

「ああ、何度も涙を呑んだことがある」

「……あとで、クリスと先生にあやまりますのだ」

「うむ、それで良い。帰ろう、家に」

 

ゴブリン騎士はアーサーにレモネードを渡した。

アーサーはこくりとうなずいてレモネードを飲んだ。

 

「はいですのだ」

 

やがて、アーサーもいつの日かこのレモネードの味を思い出すだろう。

喜びも悲しみも共にあった故郷の味として。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。