◎組み手
アッシュピーク村、初夏の早朝。
子供達は今日も剣の鍛錬に励む。今はアーサーとクリスが何度目かの組み手をしていた。
「うおーっ、いくのだ!『立待月』!」
「すぐにつっこむのは悪いクセだぜ!『弄月』!」
アーサーが突進からの突きを放ち、待ち構えていたクリスの乱撃に剣を弾かれる。
かつてであれば一撃もらっていただろう。だが、アーサーは成長していた。
弾かれた勢いを利用して空中に飛び上がり、落下しながら下に突きを放つ。
「『穿ち』!」
「おっと!」
下に向けた剣は地面をえぐり、土煙を飛び散らせる。
「からの……『月隠』!」
アーサーは立ち上がる勢いを利用してクリスに土埃もろとも切り上げを浴びせる。
「うおっ!いってー!」
アーサーの一撃はクリスの脛に当たり、怯んだ隙にアーサーはたたみかける。
素早く後ろに回り込み、背中から首筋に剣を突きつけた。
「はあ、はあ……まだやるのだ?」
「うわーっ!やるなあ……今日はおれのまけだ!」
「やったのだー!」
アーサーは飛び上がってうれしがるが、すぐに居住まいを正し、一礼した。
「ありがとうございましたのだ!」
「ありがとうございました。ちぇーっ!だんだん勝率追いつかれてきたぜ……やっぱ成長はやいなあ」
実はアーサーの勝利はこれが初めてではない。他の弟子達とも当たってすでに3割から2割は勝っているのだ。
剣術を始めて数ヶ月。ゴブリンらしい早熟さといえるだろう。
「ほんとか!?アーサーはちゃんと成長してるのだ?」
「うん、でも俺も負けねーからな!」
「もちろんなのだ!クリスはしんゆうだからな!」
「おう!」
人狼の獣人であるクリスの黒い尻尾がふさふさと揺れた。
そのすべてを見ていた幽霊剣士が大きくうなずく。
「……アーサー、今回はよく考えられていたな……『技を放つとき、その終わり方まで考える』……前回私が言ったことを……よく考えたようだ……賞賛に値する……クリスも……対応は悪くない……だが勢いに負けるようではいかん……そう言うときはまず
「はい先生!」
「先生ありがとうございましたのだ!」
「……うむ……励むことだ……」
そう言うと幽霊剣士は今は依頼で村を開けているゴブリン騎士のいるであろう方向、都の方の空を見て大きくうなずく。
ゴブリン騎士よ、お前の息子は健やかに育っているぞ……
◎交渉判定成功
「ふひ……ひひひ、アーサーくん今日もかわいいね……よくがんばったね……はいレモネード……」
「エレインおねえさんありがとうございますのだ!でもほんとにタダでいいのだ?」
「フヒ、タダじゃないよ……君のおとうさんが家族全員毎日飲むからって月単位で契約しててくれるから……」
「父上が!そうなのかー。帰ってきたらお礼言うのだ!」
「うん……それがいいよ……フヒヒ……アーサーくん良い子だね……」
魔女見習いはアーサーの頭を撫でつつレモネードの入った木のコップを渡す。
「えへへ……で、でもあまり撫でないでほしいのだ。ちょっと恥ずかしいのだ」
「フヒヒ……モテる男の子はそういうの、素直に受け取った方が良いよ……フヒ」
「エレイン、そういうのセクハラって言うんだぜー。あんまりアーサーが嫌がるならコボルト術士先生に言いつけるぞー」
「うっ、クリス……はい……調子に乗ってました……でもあせる気持ちも理解して欲しいです……」
「うーん……もう素直にお前からプロポーズしちゃたら……?」
「そういうの本人の前で言うのはどうかと思うのだ……」
ここまで言われればにぶいアーサーでもなんとなくわかる。エレインは自分と「けっこん」したいのだなと。
しかし早熟とはいえ3才のアーサーには色恋はまだわからなかった。
「あ、あわわわ……あっ、アーサーくんはどう思いますか……?私みたいな陰気な女は嫌いですか……?」
「エレインおねえさんは嫌じゃないのだ……でもそういうのまだピンとこないのだ……」
「だよなー!エレインは気が早すぎるぜ!それよりアーサー、今日は何してあそぶ?」
「うーん、穴掘りしてひみつきちを大きくするとか……?」
アーサーは種族的特性からか、穴掘りや土いじりが好きだった。
そうして、こういった年頃の子供は村と森の境界あたりに自分たちのグループだけの秘密基地を作るのが定番の遊びだ。
「あっ、あっ、あの!秘密基地にこれはどうですか……?灯り石……暗くなっても灯りが取れて便利だよ……」
魔女見習いが取り出したのは乳白色の丸くつるりとした石だ。
これは灯り石と呼ばれ、ちょっとした魔力で長時間ほのかな光を出す。
照明器具によく使われ、河原などにもまれに落ちている。
故に非常に安価で時にこれを集めるのは子供の小遣い稼ぎになるほどだ。
しかし、その光量はほやけたほのかな灯りであるが故に、その場しのぎや貧者の灯りとして扱われている。
「あー、灯り石なのだ?それ、術式ちゃんと刻まないと妖精がよってきてあぶないって乳母様が言ってたのだ」
「あっ、そうだね……乳母さん呪術師だものね……さすが詳しいね……それかなり古い本にしかないのに……エルフだからかなあ……」
「それに俺ら別に真っ暗でも普通にみえるしなー」
「あっ、そうでした……」
「そういうわけでいらないからいいや。じゃあなー」
「またなのだ!」
普段であれば魔女見習いはここで意気消沈しただけであっただろう。
だが何かが
「ねっ、ねえ……!三人で魔法……やってみない……かなー、なんて……」
「えー、別に俺ら剣士でやってくし別にいらないよなー?」
「うーん、アーサーも別にいらないけど、エレインお姉さんはなんでそう思うのだ?」
それは、陰気な彼女には勇気と言える一歩だっただろう。
「だって、もったいないよ……アーサーくん、普通に魔力あるし……何より乳母さんとお師匠様っていうすごい魔法使いが近くにいてやらないの、すごくもったいない……魔法使えればやれること多くなるよ……?」
「えー?俺は?」
「く、クリスは……種族的に素質あると思うし……使えて不便なことないし……」
「うーん……アーサーはどう思うよ?」
「うーんうーん……あんまりみりょくてきではないのだ……でもやれることが多い方が良いとも父様は言ってたのだ」
「魔法、たのしいよ……?えっと、あ!それに……『暗い魂の小人』とか……『竜騎士の冒険』の勇者ってだいたい魔法も剣も使えるよね……あんな風に魔法使えたらかっこいいと思うな……」
「うーん、たしかにそうなのだ……ちょっとやってみるくらいなら……うーんでも半端はよくないし……とりあえず父様に相談してみるのだ!」
「俺も親父に相談しないとなー。それにお金だってかかるかもだろ?」
「う、うん……」
クリスは魔女見習いの落ち込んだ顔を見て困ったように頭をかくと、こう切り出した。
「それよりエレインも暇になったら一緒に遊ぶか?」
「え、うん!いいの……?」
「アーサーはどうする?」
「もちろんいいのだ!それに、お姉さんがそんなにさびしそうな顔をしてるのならそのために何もしないのは騎士としておかしいのだ!だからいっしょにあそぶのだ!」
「あ、あ、ありがとう……」
魔女見習いはぽろぽろ涙を流しながら何度もうなずいた。
それは、どこにでもある青春の一風景であった。
◎魔法のはじまり
「貴石の輝きよ、幽けき妖精よ、ここに宿れ。芽吹け、育て、咲き誇れ。お前は美しい」
魔女が灯り石を埋めた秘密基地の一角に歌うようにささやきかけると、かがやく光の粒が優雅に舞い、時にはかなげな妖精のような形を取り、やがて地面にしみこんでいく。
そうして、光が収まるとゆっくりと乳白色の芽が出てきて淡く輝く。
「育て、育て。優しげな輝き。貴石の花よ。我は汝を祝福する。咲き誇れ」
芽は伸び、やがて一輪の純白の花を咲かせた。
スターフラワーや大甘菜に似た星形のそれはやさしく輝き、心地よい香気が漂う。
「星花よ。汝はなんと美しくかぐわしいことか。我は汝を祝福する」
神秘がここにあった。幻想の美がここにあった。
その輝きはアーサーを惹きつけ、その香りはクリスを魅了した。
「スッゲー!これも魔法?」
「おおーすっごいのだあ!」
「フ、フヒ……がんばったよ……!ど、どうかな……魔法、興味もってくれた……?」
「ちょっとな」
「うん、少しなのだ」
魔女見習いはやはり詰めが甘かった。少年が相手では美やロマンよりも、きっと実利を見せた方が良かっただろうに。
「えー!」
魔女見習いの声が秘密基地に響いた。
これは彼女が「ま、魔法見てくれる……?」と言い出して披露したものだ。
この小さな花は、きっと彼らが秘密基地という遊びを忘れるまでここに咲いているのだろう。
他愛のない思い出と共に。
その夜。
アーサーは夕食の時、ゴブリン騎士にこの話を切り出した。
「なるほど。魔法を習いたいか。コボルト術士が良いといえばよかろう。しかし、よく習う前にちゃんと言えたな。良い子だ」
「えへへ、前にたしか剣も魔法もちゃんとつわなきゃ危ないって父上が言ってた気がするのだ!危ないことはちゃんとする前に父上に言うのだ!」
「そうだ。『力を畏れよ』よく覚えていたな」
「はいですのだ!……でも、父上はアーサーが剣と魔法両方やることはいいですのだ……?」
「ふむ、私の場合は魔法を習う機会がなかったからな。テイマー殿に仕えてからすぐにコボルト術士殿が仲間に入った故、習わなかったのだ。だが、私は習えるならば習っておいた方が良いと思う」
「その、軽い気持ちで習っても続くかどうか心配なのだ……」
「ふむ……それはもっともだが、半端にせよ何も知らぬよりはマシだろう。親というのは子が学びたいと言った事がうれしいものなのだ。とはいえ、やるからにはきちんとやるのだぞ」
「わかりましたのだ!わーいやったー!」
アーサーは太陽のように笑い、双子の兄弟もそれに習う。
「えー!いいなー!」
「にーにーいいなー!」
「こらこら、レオナールも、ゴドリックも。魔法は剣と同じ、武器だ。3才になるまで待ちなさい」
「はーい」
「さんさいになったらおれたちもけんやまほう、できる?」
「良い子にしていればね。そうでしょう?あなた」
「ああ。よく学びなさい。アーサーのように」
「はーい」
「はーい」
「きっとできるのだ!アーサーもがんばったのだ!レオとゴドリーも兄ちゃんにつづくのだ!」
「うん!」
「ねー」
和やかな夕食の後、ゴブリン騎士はアーサーを外に呼び出した。
「アーサー、父も実は魔法に近い闘技を使える。コボルト術士に習う前に少しだけ私からも教えられることがあるだろう」
「おおー、魔法に近い闘技ですのだ?」
「そうだ。魔法と闘技の違いは呪文と契約の有無だが……最終的には近しい形になる。どちらも魔力を根源とするからな」
「うーん……?」
アーサーにはすこし難しい話だったようだ。
星空の下でゴブリン騎士が続ける。
「まあ良い、いずれ解る。これも学びの助けになるだろう。父の技を見てみなさい」
「はいですのだ!」
「闘技……『かりそめの刃』!」
あえてゆっくりとゴブリン騎士は闘技を発動させる。
宙に蛍のような緑の淡い光が集まり、ナイフの形を形成し、すばらくすれば儚く崩れる。
その神秘的な光はどこか月を思わせた。
「おお-!きれいなのだ!アーサーにもできるのだ?」
「学べば、必ず」
「がんばるのだ!」
「とはいえまずは魔力を感じ、回すことから始めよう。父もこのようにして先生から教わった」
星空の下、レクチャーが始まった。
それはきっと、最初に教えるのは父である自分でありたいという小さな誇りだったのだろう。
「むむ、むずかしいのだー!魔力のかんじってよくわからないのだ……」
「ふむ……魔力の感覚、か……ここにテイマー殿がいれば魔力を分けていただけるのだが……ああ、そうか」
自分は最初にどのようなきっかけで魔力を感じる事ができたか。ゴブリン騎士はそれを思い返した。
ああ、そうだ。武器屋から借りた剣で『溜め』を練習した。
その時にはコボルト術士に学んだのだった。
思い返せば、多くの人に助けられたものだ……そう、感慨深いものを感じた。
「アーサーよ。お前には少し早いと思うが……父の剣を貸そう。これで魔力の感覚を掴みなさい」
ゴブリン騎士は腰に差した月明かりの小剣を抜き、アーサーに柄を向けて渡した。
「い、いいですのだ……?父様の、剣……アーサーが?」
「ああ、今一時だけ貸そう。どうだ?」
アーサーはおそるおそる剣を手に取った。重い。重量もそうだが、それよりも何か迫力のようなものを感じる。
「何か……思ったより重いですのだ……」
「そうか。それで良い。それが武器を持つ重さだ。よく覚えておきなさい」
「……はいですのだ」
月明かりの小剣は美しくも重厚だった。それはきっとこの剣があまりにも多くの命を奪ったものだからだろう。
血を吸った剣独特のゾッとするような迫力があった。
アーサーがその恐ろしさを感じたことをゴブリン騎士は理解した。
「……いつかお前もゴブリンや人間の悪党を相手にするときが来る……人を斬らねばならん時がな。騎士たるもの、心のねじれた邪悪から人々を守らねばならん。もしお前がその剣を重く感じるのであれば、その責任の重さのせいであろう」
「これが……武器の重さ……」
「今は恐ろしいろう。だが、いずれお前は大きくなり、心もまた育つ。案ずるな」
「そうですのだ……?」
「ああ、私はそう信じている。さあ、話が横にそれてしまったな。『溜め』の感覚はだな……」
こうして、しばらくの間アーサーにゴブリン騎士が時々闘技を教える夜ができた。
いずれ双子の兄弟もそれに続くだろう。