◎撤退戦
「やはり見つかっていたか!」
「やむを得まい、ゴブリン騎士、オーク詩人、強行突破だ!」
ゴブリン騎士たちは洞窟の都ギギルのずっと手前、前線基地のそのまた見張り台といえる小さな砦にまでたどり着いた。
その時点で数百のゴブリンがうろついているのを見たため、引き返そうとした。
しかし気がつけば遠巻きにゆっくりと包囲されて後をつけられていた。
「向こうから仕掛けてくるとはな……すでに包囲されている」
「前にいる雑魚共を蹴散らすよ!『赤の蝋燭、燃える石炭袋、火の妖精よ、我が鏃に集え!『赤の矢』』!」
三人はそれぞれ乗騎を走らせながら来た道を引き返していく。
ゴブリン達は森の中から円形に取り囲んで執拗に弓矢を射かけてくる。
「街道だ!街道を狙え!」
行く時に来た街道にはすでにゴブリン達によりバリケードが設置され大勢のゴブリンが大盾と槍を持って待ち構えていた。
そこにオーク詩人の槍のような長大な矢が飛んでくる。
コボルト術士により作られた魔道具の矢は着弾と同時に地面とゴブリンを巻き込んで爆発し、ゴブリン達のファランクスめいた封鎖に穴が開いた。
「いいぞ!ゴブリン騎士、私と前に出てくれ。切り伏せるぞ!」
「ああ、おそらく他の道は罠だらけだろう。正面から帰らせてもらおうではないか」
「あいよ!後ろは任せな!『赤の蝋燭、弾ける火精の尻尾!『武神の弾雨』!」
オーク詩人は魔法の鞄から新たな魔道具の矢を取り出して撃つ。
今度は数重に分裂し、追手たちに着弾して爆発した。
ほとんどのゴブリンはそれだけで頭や肩を破裂させて死んだ。
盾を構えて耐える者もいたが、とうてい戦闘続行はできない痛手を受けている。
<やれ!やれ!これだけ強いやつらだ!いいもの持ってるぞ!>
<冒険者……ゴブリン王国を焼きに来たんだな!人間共め……>
<生かして帰すな!殺せ!殺せ!>
待ち構えるゴブリンたちの士気は高い。陣形を崩されつつも急いで再集結しようと動く者、ゴブリン騎士たちに矢や石を投げる者。
ゴブリン騎士は鎧で石や矢を受けつつ烏羽の騎士の前をゆき、烏羽の騎士は巧みな手綱捌きで馬を回避させる。
「やつらは何と?まあ、おおよそはわかるが」
「生かして帰すな、と。士気は高いようだ……そろそろだ、烏羽殿。合わせてくれ!『穿ち』!」
「ああ、共に突撃といこう『岩の槍』」
激突!
ゴブリン騎士は月明かりの小剣を槍のように長大に伸ばし、カナリアンテに乗りながら突きを放った。
『纏い』による魔力の光波がゴブリン達の隊列を縦に切り飛ばす。
烏羽の騎士はいつもの刀ではなくコレクションの魔剣から適切なものを見繕って振るう。
分厚い斧槍から繰り出された紫の魔力は地面から岩の棘を繰り出し、破裂させゴブリン騎士が切り開いた活路を広げた。
「おや、ゴブリン騎士。どうやら彼らはどいてくれるらしいぞ」
「そのようだな……オーク詩人、突破するぞ!離れるな!」
「あいよ!こいつはおまけだ!『起きよ、魔力の矢筒よ!』」
オーク詩人は背中にくくった魔道具の矢筒から魔力の光でできた矢を三本、弓につがえて前に撃つ。
槍のような大きさの光の矢はその大きさによる突進力だけで何人ものゴブリンを巻き込んで地面に縫い付けた。
混乱する隊列の中をゴブリン騎士たち三人は襲い来るゴブリンを切り伏せながら突破する。
「包囲を抜けたぞ!」
「ならばあとは追手を撒きながら追走劇だな……『清き水の女神よ。傷ついた者に手を触れたまえ『中回復』』!今のうちに回復しておきたまえよ」
「あいよ!助かるね!ケツまくって飛ばすよ!『風精よ追い風となれ 馬よ疾駆に駆けろ 緑の野原 川を越え 軽やかに とどめなく 遥か遠くへ 我らを運べ』!」
烏羽の騎士が回復をかけ、オーク詩人が素早さを増す
ゴブリン達の隊列はあっという間に後ろへと遠ざかり、ゴブリン共の罵声が背中から聞こえる。
<突破!突破されたぞくそったれ!>
<早く狼に乗れるやつらを出せ!追うんだ!>
<砦に伝令を急げ!逃げられるぞ!>
<もう無理だ……どうすればいい?>
<とにかくもっと上のやつに連絡しろ!急げ!>
ともあれ、この場は乗り切った。急いで人類の文化圏まで逃れねばならない……
◎予兆
冒険者に逃げられた。この情報はいち早く洞窟の都ギギルの幹部達に伝わった。
「王子、問題がおきました」
「ああ、聞いたよ。見つかっちゃったみたいだね」
「王子、いかになさいますか」
「パパには当然連絡するよ。でもどっちみち遅いか早いかだ。前々からこういうときのために準備してたじゃないか」
洞窟都市の大広間、いわば『宮殿』内部で幹部達は長机に向かい座り、上座の方にいるゴブリン王子と近衛騎士となった『鷹』の会話をきいている。
二人の言葉を聞き、広間にはどよめきが広がる。
「おお……ではいよいよ……?」
<戦争か?>
<やるのか……いよいよだな……>
<人間共を……>
<勝てるんだよな、俺たち……>
<勝つんだ。作戦は幹部様が立てる。俺たちは闘う>
王子はこの戦意に満ちたどよめきを満足そうに聞き、笑顔で静かに、と仕草をする。
「結論から言えば、僕は戦争をする。もちろん、パパの許しはいるけど。作戦や筋道は僕等幹部会が決めるとして……おほん」
共通語がわかるゴブリン達の顔に驚きとも希望とも笑顔ともつかない戦意に満ちた明るさが広がっていく。
ゴブリン王子モルドレッドは咳払いを一つするとよく通るゴブリン語で演説を始めた。
<えーっと、お集まりのみんな。ざっと説明するけど人間共に僕らの居場所がバレた。冒険者共のしわざだ。でも!なにも恐れることはない。いずれこうなるのはわかっていたことだからね。僕らは十分に準備ができてる。だから……>
一息吸ってまるで役者のように腕を振り回して熱弁する。
<戦おう!人間共と!今回の『
ここで『鷹』がいち早く演出に協力した。
<ここにいます王子。我々暗殺衆、近衛隊は勇敢に戦います。お前達はどうか!ゴブリン王国の民として勇敢に戦うか!王子はそれを問われている!>
そうすれば群集心理と政治というのは現金なもので、早く名乗りを上げた者が偉いとなる。
<おお!この時をまちわびたぜ!ゴブリン王国軍ギギル隊は勇敢に戦う!>
<軍楽隊ザンニは賛成ですぜ。おいらたちも勇敢についてきまさ>
<ゴブリン職工ギルド!賛成だ!>
<む、ぬう……シャーマン赤教会も賛成ですじゃ>
次々と賛成の声が相次ぎ、満足そうに王子はうなずく。
<君達の声はよくわかった。じゃあ、ここで我らが王の裁定を聞こう>
モルドレッドは上座のさらに上、背後の壁につけられた巨大な鏡に向き直り呪文を唱える。
「『自由なる旅人神よ。御身の力を貸したまえ、千里の道を今一時つなげたまえ『万里の鏡』』!」
鏡面が水のようにゆれ、そしてゴブリン王の厳つい顔が写る。
その瞬間に王子以外のゴブリン達は跪いて平伏した。
「どうした、モルド。んん?何かあったのか?」
「パパ、バレたよ」
その一言でゴブリン王の顔つきが真剣なものに変わった。
戦意の匂い立つような獰猛な笑顔だ。
「そうか。戦争準備の進捗はどうだ?今いけるのか?」
「もちろん!モノはそろってるし今合意も取り付けた。後はパパの裁定を待つだけさ」
「そうか……<おい、見ているかギギルの民よ。大方冒険者にでも見つかったのだろう?いずれバレることだ。俺は今機嫌が良い。不問にしよう。それはともかくとして……お前達はこの不当な差別に対して怒り、戦おうというんだな?素晴らしい……筋道や作戦は俺たちが考えてやる。今は戦争の準備をして待て。そして……その時が来れば勇敢に戦え!お前達はただ目の前にいる敵を打ち倒すことだけを考えれば良い!>」
ギギルのゴブリン達はその王子とは違う豪快な声を聞き、さらに士気を高めた。
<俺は王として裁定する!我がゴブリン王国はこの人間達による不当な迫害に対し報復する!戦争だ!>
そこに王子がさらに声を重ねる。
<賛成の者は叫べ!>
おおお、とギギルの都そのものが震えた。
<戦争だ!>
<戦争だ!>
<俺たちは勇敢に戦う!>
<万歳!万歳!ゴブリン王万歳!>
<賛成だ!賛成だ!賛成だ!>
<うおおお!>
万歳、万歳と歓声はいつ終わるとも知れず続いた……
なお、このやりとりの前にすでにゴブリン王と王子で事の次第は連絡済みであったのを知るのはごく少数である。