◎宴の後
その後、ゴブリン騎士たちは町外れの自宅で目を覚ました。
雨がしとしと降る薄暗い朝である。
なにやらずいぶんと饒舌に騎士物語について重装騎士と話し込んでしまった気がする。
妙に楽しく浮かれた気分だった。あれが酔いというものか。
そしてこの気分の悪さと疲労感。これが二日酔いというものか……
「騎士たるもの、酒はほどほどにせねばならんな」
「あっ、おきた?パーティーってあんなかんじなんだね。たのしかったねえ」
「コボルト術士どのか……ああ、すこし飲みすぎたようだ」
「ごはんおいてあるよー。あっためなおす?」
「ああ、ぜひたのむ」
二人が寝床としている家畜小屋は真ん中に通路、その横に部屋がある形だ。
今はその通路の土に簡易なかまどが作られ、小さな鍋が二つ火にかけられている。
琥珀色のものはトマトスープ、白いのは卵入りの麦粥だ。
腹にやさしい、二日酔いメニューといえよう。
「ふう……ちそうになる」
「どうぞどうぞー」
ゴブリン騎士は自室の木箱から食器を取りだし、鍋からすくって入れる。
ふわりと塩気の香りが小屋に満ちた。
「うむ、しみいるな……やはり主の飯はうまい」
「おいしいよねえー。あっ、そうだ。今日は休みだってー。あれだけ大暴れしたんだもの。やすまなきゃ!」
「う、ううむ……たしかに疲れはあるが……まあ、そうだな。やすむべきだ」
しばし、ゴブリン騎士が黙々と粥をすする音が聞こえた。
コボルト術士はしばしそれを眺めていたが、やがて自室から本を一冊持ってくると竈の灯で読み始める。
「ちそうになった……それは?」
「魔女のはなしだよー。『魔女と聖女と白の騎士』の2かんだったかなー」
およそ30ページもあればいい、薄い絵本だ。表紙は鮮やかで写実的な絵が描かれている。
ゴブリン騎士はその鮮やかな表紙に目を奪われた。
なにしろ騎士と魔女の姿がとても格好良く描かれていたから。
「ああ、それか……たしか、聖女のやまいをなおす秘薬をさがす騎士と、彼をだらくさせようとする魔女だったか……?」
「そうだよー、さいごは病を治すほうほうはなくって、騎士と魔女がくっつくんだよね」
「そうなのか?私がきいた話では、しろの騎士の物語はおおく悲劇でおわると……」
「あー、魔女がしんじゃうやつね。それは古い版だねー」
「なるほど……では、その幸せな終わりのそれをきかせてくれ……というか、コボルト術士どのは字がよめるのか?」
「うん、こりゅうさまにならったー」
「そうか……わたしから、何かさしだせるものがあれば、いつか字をおしえてくれ」
「ん、いいよー」
雨の中、朗読会が始まった。
しとしと振る雨音、ゆめらく竈の炎、静かに響くコボルト術士の甲高い声……
「こうして、だれからもあいされず、だれもあいさなかった魔女は、生きることの意味、愛することの意味をしり、白の騎士とともに生きていくことを誓いました……」
「ふーむ……そういう話もあったのか……いや、わるくない、わるくない……かんしゃするぞ、コボルト術士どの」
ゴブリン騎士はあぐらをかいて大きく何度もうなずく。どうやら気に入ったらしい。
「ん、いいよー。やっぱり魔法使いの話はいいよねえ、ぼくはすきだなー」
「そうか、私は騎士の話がすきだが……そうか、コボルト術士どのもそういった物語からあこがれて?」
ゴブリン騎士はちょこんと座るコボルト術士の方に首を向ける。
目が合った。へっへっへっ、と笑っていた。
「さいしょはそうかなー。『暗い魂の小人』の魔女とか、『灰の姫』の魔法使いとか。すてきじゃない。こまっているひとを魔法でぱぱっとたすけちゃうの!ふしぎで、おもしろい!」
「そうか……私も、よく母から騎士物語をきかされたよ……あこがれたんだ、ただしいこと、大切な人のために戦う騎士に……」
「そっかあ、じゃあボクたちいっしょだね」
「ああ……騎士と魔法使い。あいしょうがいいんじゃないか?」
「そうだねえ。いつかボクたちも物語にうたわれるといいねえ」
ほんのわずかだが、ゴブリン騎士はコボルト術士と打ち解けられたように思えた。
これから長く仲間として共に戦っていく相手だ。仲は良い方が良い。
「ああ……よし、すこし鍛錬でもするか」
「がんばってねえ」
「うむ!」
ゴブリン騎士は自室に戻ると、黙々と剣を振り始める。
今まで一日たりとも欠かした事の無い鍛錬だ。素振りの数は一日に千は優に超える。
コボルト術士が別の本を取り出し、まためくる音が一日続いた。
◎装備を鍛えよう!
そしてまたもう1日が過ぎた。
その間、ゴブリン騎士は力仕事を手伝い、コボルト術士は魔法で家事を手伝った。
テイマーはほぼ一日眠って、食事はきちんと作っていた。
こうして休日が過ぎ、次の日の朝に三人は街へと出発した。
用事は多い。食事の買い出しや、
ゴブリン騎士はいくばくかの金を渡されて先日に剣を買った武器屋へと来ていた。
「じゃあ、装備の修理はお任せしますね!お金はこれを親方さんに渡してください。お昼までに迎えに来ますから」
「あいわかった、まかされよ」
重厚なドアをくぐり、テイマーが武器屋の親方に手を振る。
ドワーフの親方もぱっと顔を明るくして手を振った。
「おう、良く戻ったな!はっはっは、派手に壊しやがって!」
「ああ、すまない……だが、約束ははたせた。手柄をたて、こうして生きてもどってきたぞ」
「へっ、覚えていやがったか。それで十分よ!なんだ、竜と戦ったんだって?やるじゃねえか!」
ドワーフの親方は兜の上からぐりぐりとゴブリン騎士を撫で回す。
ゴブリン騎士はあまりいい気はしなかったが、これも親愛の表れと思うことにした。
「うむ、そこで武器と防具をなおしたい……それから、これも」
ゴブリン騎士が背伸びしてカウンターにいくつかの小袋を渡す。
「こりゃあ……竜の爪に、鱗、それから貴石じゃねえか!こんだけの量があればすげえのが作れるぞ!」
「ああ、主もそういっていた。よさんないであればすきに強化してよいと」
「ふーむ……じゃあお前さんには説明が必要だな。強化には二種類ある」
「ほう?」
まあ座れ、と親方は小人用の椅子を渡し、自分も椅子に座った。
「まずは単純強化。捕食強化とも言われるんだが……要はモンスターの血肉を食わせるのさ。砥石に使ったり、鋳溶かして混ぜ込んだりな」
「そうするとどうなる」
「単純に武器として性能がよくなる。より頑丈に、より鋭く、折れず曲がらず、刃こぼれしない。っていうか、だんだん剣は生きてくる」
「いきてくる?」
「斬った血肉を糧に自分を修復するようになるのさ……ある種の魔剣だな」
「ほう」
魔剣聖剣妖刀。それは古今東西、男を魅了してきた。ゴブリン騎士もその一人にもれない。
興味がないと言えば、嘘になる。
「しかしていれはどうする?いらないのか?えさはいるのか」
「まあそのへんは任せときな。一月に一回も手入れすれば剣は死なねえ。俺がやってやる」
「かたじけない」
ドワーフの親方はへっ、と笑うと今度は小袋の中から貴石を出して光に当てる。
「もう一つは、変質強化だ。この貴石を使うと剣はほんとうに魔剣になる。炎の貴石なら斬れば炎を吹き出すし、氷の貴石なら斬った相手が凍るってな具合にな」
「ふむ……おもしろいな」
「変質強化も重ねれば重ねるほど強くなる。聞いたことぁねえか?『一度の強化で斬ったものを変える。二度の強化で剣にまとわりつき形を変える。三度の強化でとうとう光波を発し。四度で刀身が光波となり、五度で持ち主の体を変える』こいつがそうさ」
「たしか……『暗い魂の小人』の鍛冶屋の段、だったか」
「おお、知ってるか。だが注意しなきゃならねえ。単純強化も、変質強化も、合わせて五回だ。どっちも五回はできねえ。2種類の変質強化もな。剣が耐えきれなくなるのさ」
「ほう……」
ゴブリン騎士は言われたことを静かに頭の中で消化していた。
しばらくふーむとうなった後、こう切り出した。
「ではてんしゅよ、貴石はなにがどれだけある?」
「おう、なかなかのもんだぞ。どれも5個づつありやがる。炎、氷、雷、水……それからこいつは、ほおう……」
最後に取り出した貴石。それにゴブリン騎士は目を奪われた。
蛍のように淡い緑。それはあの結晶洞窟で見たものだが、角度によって星空のような暗い青にも見える。
月のように、星のように淡く優しい光……それに、妙に魅せられた。
「それは?」
「こいつぁ月の貴石だね。効果を聞いとくか?」
「ああ」
「こいつは剣に魔力を溜めることで威力を上げる。第一段階からわずかだが光波が出せるのもこれだ。そんでもって、その光波はあらゆる敵にある程度効く。アンデッドだろうが、幽霊だろうがな」
「ほう……それは、いつも光るわけではないのか?もちぬしのいしで光をおさえることは?」
「できるさ。慣れればな」
「ふむ……ふーむ……すこし、考えさせてくれ」
「ああ、好きなだけ考えな」
しばし、ゴブリン騎士は椅子に座って考え続けた。
直感は月の石を使えと言っている。だが他の石も便利そうだ。
予算的にはおそらく1本剣を鍛え、鎧を修理し、テイマーの装備を修理するのが限界だろう。
予算、強化限界、予備の剣はどうすべきか……ぐるぐると頭を回る。
「で、決まったか?」
「ああ、単純強化を三かい、変質強化を月の貴石で二かいだ」
「よしきた!いい選択だな。単純強化は二回はやっといた方が良い。三回なら問題なく大業物になるだろうさ」
「かたじけない。それで、いつごろできる?」
「そうさな、1週間は欲しい。その間はこいつを使っときな」
ドワーフの店主は予備のショートソードを渡す。
鞘から抜いたその刀身は星空のように輝いていた。
「これは……」
「昔に手に入れた月の貴石の欠片で半回分だけ強化したもんだ。習作だな。そいつで慣れておくこった」
「……かたじけない」
「へっ、その代わりまた約束だ。必ず返しに来い。壊れててもいいからな」
「わかった。やくそくしよう」
店主が火事場に引っ込むとき、思い出したようにゴブリン騎士がたずねた。
「てんしゅよ、そういえば貴族の娘の病はなおったのか?」
「貴族の娘ぇ?……ああ、宵闇草の。治ったらしいぜ。昨日見た。元気そうだったぞ」
「そうか……それは、よかった」
「ああ、何よりだ」
かくして、ゴブリン騎士は魔剣を手に入れる。
成し遂げたことと、次なる冒険に思いをはせながら……
『月の貴石』
時に星空のように青白く、時に蛍のように淡く暗い緑色に輝く石。
月明かりを何百年も浴び、月の魔力を宿した。
月の明かりは陽の光のように温めることはない。だが、闇の中で導きとして輝くものだ。
故にその優しい光は闇に属する者を引きつける。それは、人間も例外では無い。
『トウモロコシ、じゃがいも、トマト』
大繁栄期の終わり「審判の日」に多くのものが失われた。
だがこれらの農作物は神々によって「保護」された。
神々はこの日にそなえて種子庫を複数つくっていたのである。
それでも、いくつかの野菜は失われたが。