◎決戦
「立待月と月隠が崩し……『月輪』!」
それは、軽やかな突進からの光波を纏ったなぎ払い。
その剣は鋭く広く。槍よりも長く空を切り裂き、ゴブリン王に迫る。
「巨漢拳法!『南仙斬猫』!」
対するゴブリン王が取った手段もまた薙ぎ払いからの一撃。迫り来る蛍色の光波に対しこちらも赤黒の光波で跳ね返し、飲み込まんとする。
「なんの!」
ゴブリン騎士は津波のように迫る光波を波乗りのようにして蹴って飛び越える。
息子のレオナールの技を真似た、魔力を纏った蹴りがそれを可能とした。
ゴブリン騎士が剣王との戦いで目覚めた魔眼『鑑定』は数度技を見れば模倣可能となる。
ゴブリンという種族の高い学習能力を象徴する力だ。
「ここからは私の間合いだ!『穿ち』!」
「それはどうだろうな?!『黒炎拳』!」
双方の光波を乗り越え、ゴブリン騎士は直接剣が届く距離まで跳びながら近づく。
放たれる技は『穿ち』。魔剣の光波纏いを鋭く伸ばして突くのだ。
無数の光波による切っ先がミシンのようにゴブリン王に降り注ぐが、ゴブリン王はその全てを手に纏った黒炎による拳の一撃で破壊した。
「ほう……ただの炎ではないな」
「そうだ。貴様の月の魔剣に対抗するために俺も技を練り上げた!」
「そうか……そうか!」
ゴブリン王は片手に大鉈、残る手足で蹴りと拳を放ってくる。その全てが一撃で決着がつく魔力による黒炎を纏っている。
対するゴブリン騎士もちょこまかとゴブリン王の放つ手足を足場にしてまるでお手玉のように逃げ回る。
それはゴブリン王が着地させまいとしているのか、ゴブリン騎士が空中戦を望んでいるのか。
見ている衆目にはわからない。だが、極めて高度な戦いが行われているのは誰の目にも明らかだった。
「くそっ……あたしがこの場でただ見ているだけなんざね……!」
「まあねえ。信じようよ」
「信じてるさ……!」
「きっと戦う場面が巡ってきますよ。備えていてください」
一党の仲間たちは手に汗握り、固唾を呑んでその光景を目に焼き付ける。
これは男同士の一騎打ちだ。仲間とて、入れるものではない。
「すっげえな……なあ、烏羽の旦那。どう見る?」
「黒皮のか。互角、といった所だろう。まだわからん。お互い手札を切ってからが勝負になるだろうな」
「なあ、思い出さないか?ギルドでの賭け試合をよ」
「奇遇だな。私も思い出していた……ああ、強くなったものだ。ゴブリン騎士よ」
黒皮の斥候と烏羽の騎士は感慨深く戦いを見ていた。
あれから七年……早いものだ。ゴブリンの騎士とて、成長するはずだと。
あれから、アランといくつもの思い出ができたのだと。
くだらないことで笑い合ったり、共に戦ったり、飯を食ったり……その時間こそ、人生においてかけがえのない何かだったのではないかと。
「はえー……とんでもないのじゃあ。これ、歌にできるかのう……」
「なに、その時はこの重装騎士ジーク。命ある限りこの戦いを語り継ごう」
「重いのじゃあ……」
狐人巫女と重装騎士はその気迫に押されつつも静かに見守っていた。友の晴れ舞台だ。無粋などできない。
「先生ェ……」
「これが、ゴブリンの戦いだってのかよ……追いつけるかな、猟師の俺も」
「追いつくのよ。でもそれだって今日生き延びてこそよ」
「先生ェ……!たのむ勝ってくれよォ……」
あれから少したくましくなった若人たちも祈るように。
<な、なあ……大丈夫なのか……?あの騎士つよくねえか……?>
<そりゃあ王のライバルだからな。信じようぜ、王様を>
<あ、ああ……ところであの悪魔術士様はどうしちまったんだ?>
<さあ……>
ゴブリンたちも。言葉をなくし歓喜に震える悪魔術士も。
ただ、見守る事しかできない。とても割って入る余地のない伝説そのものの戦いがそこにあった。
「ぬぅん!『黒炎斬舞』!」
「なんの!『弄月』!三連!」
あれからゴブリン騎士とゴブリン王は互いの剣が触れあう間合いで斬り合い、打撃をかわしあっていた。
ゴブリン王が巨大な鉈を振り回すように幾度も振れば、ゴブリン騎士はその全てを避け、弾き、いなしていた。
蹴りや拳が飛べば、それもまたかわしている。
ゴブリン騎士が避ける度にゴブリン王のわずかな隙を見つけ、わずかな傷をつけていく。
少しづつゴブリン王は傷が蓄積していく。だが、ゴブリン騎士とて避ける度に体力を消耗している。
純粋な殴り合いでは、互いに決着がつくような一撃を放つ隙がない。
「小手調べはここまでか……ならばそろそろ上げていくぞ!受けてみろアラン!」
「そのようだな……来い、バザデ」
ここからは、意表を突き、裏を掻き合う戦いだ。
「これはどうだ!『黒き弄月』!」
「ほう、私の技をか……甘い!」
ゴブリン王が繰り出したのはゴブリン騎士の技の真似だ。
彼はゴブリン暗殺者にゴブリン騎士や幽霊剣士を観察させ、その技を盗ませてさらに暗殺者から自分が習ったのだ。
全てはただこの場において勝つため。並々ならぬ執念のたまものだ。
「便利な技なんでな。盗ませてもらった」
「そうか、ならば私が同門相手と組み手もしていたのも知っていよう。自分の流派の技だ。返し方も知っている『弄月返し』!」
二人の弄月による斬撃の球体がぶつかり合う。
この技は自らを中心に剣を振り回す事で斬撃の球体を作り出すもの。
「なんの!速さ比べだ!その小さな身体でいつまでついてこれる?」
「舐めるな。巨人殺し流の奥の深さをお見せしよう」
故に、術者の体格と膂力が大きく物を言う……はずだが、ゴブリン騎士はその無数の斬撃を全て目で捕え、すべてに適切な返しを行っていた。
しゃりんしゃりんしゃりん、と剣同士のぶつかり合う音が止んだ後、わずかな手傷を負っているのはやはりゴブリン王だった。
ゴブリン騎士の兜の奧から、魔眼の光がわずかに漏れていた。
「ふん、やはり猿真似では貴様を殺しきれんか。その目、魔眼か何かか?一体貴様は何なら持っていないというんだ」
「……さてな。手札はそれだけか?」
「いいや!ならばこれを食らえ!『血炎のいぶき』!」
ゴブリン王が放ったのはゴブリン暗殺者の『毒のいぶき』に近しい技だった。
これもまた、彼がゴブリン暗殺者からたゆまぬ訓練を受けていた証拠に他ならない。
血煙のような赤い煙のブレスがゴブリン王の口から吐かれ、着火する。
「どうだ!さあどう切り抜けてくれる?」
「こうだ」
血煙の向こうから3本の投げナイフが飛んでくる。蛍色の魔力で作られた『かりそめの刃』だ。
「フン!投げナイフか……苦し紛れの手で!」
「さてな」
ナイフは3本だけではなかった。四方八方、血煙の向こうから無数に投げられ続ける。
その数、百か、千か。
「チッ……こうも投げられてはたまらん。『黒き弄月』!」
ゴブリン王はうっとおしくなって弄月を繰り出す。はじき返し、血煙もろとも吹っ飛ばそうというのだ。
そうして、血煙が晴れた瞬間にゴブリン王は見た。視力の弱い左目側から。
光波で
「武家者殿、技をお借りする……『二ノ太刀不要』!チェストォォオオオオ!!」
「くっ!いいだろう!正面からの勝負だ!赤肌の武神よ、我が祖霊よ!ご覧あれ!俺の全てをかけた一撃をここに!『黒炎の斬撃』!」
血煙がある間にゴブリン騎士は十分な『溜め』を行っていたのだ。
巨大な光波と共に何度も剣を振り下ろしてくる。
一度のチェストで仕留め切れぬ場合は、何度でも叩きつぶすべし。
ゴブリン王もまた光波を鉈から出して対抗するが、『弄月』を出した直前の隙で『溜め』が不十分だった。
「チェエエエストォオオ!!」
「ぐっ……ぬう……」
ゴブリン騎士の光波が王の光波を押している。このままでは負ける。王は直感した。
「ゴブリン王よ、バザデよ。貴様の全てを賭けた一撃はあの夜に出しただろう。故に、終わりだ!」
「く……ぬうう……チッ、そうだったな。俺の、負けか……ああ、良い夢だった……なあ、悪魔術士。お前の見たいものは見れたのか……?」
その瞬間、ゴブリン王のすぐ耳元で悪魔術士の声がした。
「ええ、存分に。だからこれは……素晴らしいショーに感動した観客が、演者になった気で舞台に飛び出した。そういうものです。お気になさらず……お逃げください!王よ!『キャスリング』!」
ゴブリン王と悪魔術士の位置が一瞬にして入れ替わった。魔術による瞬間移動だ。
舞台に血が、飛び散った。
「ぐうっ……!手段を選ばず王の撤退を!ゴブリン暗殺衆決死隊!私と共に殿を!残りはなんとしても王を逃がしなさい!急げ!!」
悪魔術士に深い傷ができる。右手はちぎれ、左手もズタズタだ。胴も深い傷が肩から腹にかけてざっくりとついている。
<ど、どうする?>
<どうもこうも……負けだ!逃げろ!撤退!撤退だ!>
<お、おい近衛の。あんたら逃げないのか?>
<……我々は残る。王と頭が残れば我々にとっては負けではない。ゴブリン暗殺衆、これより死兵となる。暗殺者の手並み、見せてくれよう>
<そ、そうか……わるいな!がんばれよ!>
<……ああ、王を任せる>
ゴブリンたちはわあわあと恐慌状態で逃げていく。比較的忠誠心のあるものはゴブリン王に撤退を促した。
<お、お逃げください。王よ。逃げるのです!>
「おのれ、おのれぇええ!おい!勝負は……勝負は、クソッ!お前に預けておく!悪魔術士……」
悪魔術師が凄絶な顔で王に微笑む。臣下の最後の礼だった。
「お逃げ下さい。それが王のつとめです」
「ならば王として命ずる!必ず生きて帰ってこい!」
「拝命しました。努力はしますよ」
さっ、と黒いフードを被ったゴブリン暗殺者たちが悪魔術士を守るように冒険者たちの前に立ちはだかる。
「さあ、第二ラウンドです。ここからは一騎打ちとは言いません。全員かかってきなさい、
冒険者たちは、武器を構えた。今度の主役は彼らだ。