あれから、さらに月日がたった。
思えば、テイマーとの出会いから15年だ。
15年。ゴブリンの寿命では短くない。
ゴブリン騎士は老いを感じていた。あと数年すれば剣を振るうのはままならなくなるだろう。
だが、恐れはない。
「さあ、今日は父が剣を教えるのだ!」
「わーい!」
「じいちゃんは?」
「じいちゃんは……父上、ここはわたしがやるのだ!」
息子も、孫も大きくなった。もう、任せていける。
ゴブリン騎士は大きくうなずいた。
「ああ、好きにやりなさい。アーサー」
「よーしでは、三歩必殺のおさらいからなのだ!」
「はーい!」
ゴブリン騎士は椅子に座って孫達の姿を見る。
丘の上の家。そのテラスからは、大きくなったアッシュピーク要塞都市の様子がよくわかる。
オーク達の集落が、テイマーの放つ獣たちが。コボルト術士とその家族が。
そして我がゴブリン騎士団の姿が。
後ろには、師が立っていた。
「師よ……」
「ああ、大きくなったものだ……これだから、人の世というものはなかなか死にきれん」
「約束を、果たせず申し訳ありません」
「よいのだ。また生きる理由が増えてしまった。そして……来るぞ」
「ええ、そうですな」
ゴブリン騎士は静かに剣を携えて立った。
魔力の匂いがする。これは、転移だろう。
丘の家の近く、野原の辺りに今やおなじみとなった転移の鏡が見える。
「父上!」
「アーサー、師と共に下がっていなさい。孫達を守れ。そして見ていてくれ……父の最後の戦いを」
「父、上……」
死ぬ気だ。そう察したアーサーの顔から表情が抜け落ち、そして理解と覚悟が顔に表れた。
「皆、下がるのだ! 早く!」
「とうちゃん!」
「私も後から行くのだ。手出しはしないのだ……これは、私が見届けなければならないことなのだ!」
ゴブリン騎士は満足げにうなずき、『月明かりの小剣』を腰に差して軽く手をほぐす。
ぬるり、と転移の鏡から出てきたのはゴブリン王だった。単騎である。
だがきっと遠くからはゴブリン王の息子が見ているのだろう。
「久しぶりだなゴブリン騎士」
「ああ、久しいな……ゴブリン王よ」
「老いたな」
「お前こそ。国は良いのか?」
仇敵同士の再会は、久しく会った老人同士のような和やかな会話で始まった。
いや、実際にそうなのだ。
彼らは仇敵であり、好敵手であり……だからこそ、友であったのだ。
「ああ、ガキ共はうまくやっている。お前のほうもそのようだな」
「そうだ。自慢の子、自慢の孫だ」
「未練は?」
「ただ一つを除いて」
ゆっくりと互いが近寄り、2間ほど離れて正面から向かい合った。
にやり、とゴブリン王の皺だらけの顔が笑う。ゆらり、と大鉈を肩にかついで構える。
「ああ、俺もただ一つを除いて未練は何も無い」
「……死ぬには良き日だ」
「まったくだとも! さあ始めよう! わが友よ!」
「ああ、始めよう……! 貴公もまた、友であった」
そうして、伝説に残る戦いが始まった。
二人は子供のように笑い合いながら斬り合い、殴り合った。
斬撃ひとつで地面が割れ、空の雲すら切れた。
だが、街や子供たちには何も被害がなかった。事態を察したコボルト術士の術により守られていたからだ。
そして、戦いの終わりは……
「決着をつけよう、
「ああ、最後の勝負だ……『つかの間の剛力』『俊足』……立待月!」
やはり、最初の戦いと同じ。
ゴブリンの老王は大上段から大鉈を叩きつけた。
ゴブリン騎士は鎧を使い、左手でそれを受け止め、そのまま突きを放った。
そうして、互いの魔剣の効果でゴブリン騎士は左腕が肩から吹き飛んだ。
逆に、ゴブリンの老王は心臓がこぶし大にごっそりと穴が開いた。
「ああ……終わりか」
「その……ようだな……」
「俺は満足だ……よいじんせいだった……」
「ああ、わたしもだ……」
どさり、と二つの影が丘の上で倒れた。
戦闘の終わりを察し、アーサーと他の子孫達が駆け寄ってくる。
「父上ー!」
「みな……ぶじか……?」
「はいなのだ! 幽霊剣士先生とコボルト術士先生がなんとかしてくれたのだ!」
「そう……か……皆に……そしてテイマーどのに……ありがとうと……わたしは、まんぞくだ……」
「父上……!」
「じいちゃーん!」
「なくな、みな……これで、よかったのだ……」
「……語り継ぐのだ……私がきっと、父上の生き様を語り継ぐのだ!」
「ああ……それは、よいな……」
ゆっくりと、息が弱くなっていく。テイマーとジャクリーヌが息を切らして走ってきた。
ああ、二人とも、もうおばさんになってしまったのだな……
「ゴブリン騎士さん……! どうして……!」
「ていまー……どの……すまない……わかってくれ……さようならだ」
「あなた……!」
「じゃくりーぬ……子らと……すこ……やかで……」
「さようなら、ゴブリン騎士さん……『有角の王よ。月の女神よ。契約は果たされた。この魂に、安らぎを……』う、ううっ!」
「あなた……あなた!」
「……さよならだ……これで、よかったのだ……」
後ろからゆっくりとコボルト術士がやってきて手を振った。
「じゃあねー、ゴブリン騎士。ま、そのうち僕もそっちに行くんじゃないかな。満足そうでよかったよー」
「あばよ、ゴブリン騎士の旦那。あたしらがそっちに行くまでたくさん土産話をつくっとくさ。安心しな」
まったく、この仲間は最後まで……そう苦笑して、気が遠くなる。
最後の息が吐かれ、二人は死んだ。友と子に囲まれて死んだ。
そうして、伝説が残った。
ここまでおつきあいいただきありがとうございます。
最後の方は駆け足になってしまいましたが、おおむね満足のいく形で終えられました。
このラストがずっと書きたかったのです。
とても楽しい冒険でした。
いずれどこか別の物語でお会いしましょう。
それまでは、しばしのお別れです。
またお目にかかる日を楽しみにしています。