「……さて、まずは自己紹介からですかね。俺の名前はH/K、本名は梶光って言います。俺は何故呼び出されたのか教えて貰って良いかな?」
今、俺の目の前にはH/Kがいる。
俺の前には紅茶が、彼の前にはコーヒーと大量の砂糖とミルクが置いてある。
「星乃アクアです。いつかこうして話をしたいと思っていた。黒川あかねの古くからの知り合いとしての興味本位だ。あと敬語は良い。」
「……了解。で、改めて聞かせて貰うけど、人気沸騰中の俳優の人が、どうしてこんなしがない弱小絵師の俺に話があるんですかねぇ?心当たりが無さ過ぎて。」
そう言いつつ彼は大量の砂糖が入ったコーヒーに口を付ける。
「Xwitterフォロワー数50万超え。人気ライトノベルの挿絵と、有名Vtuber事務所のキャラ担当している人間が弱小だと、ほとんどの絵師が弱小だと思うがな。」
「お、意外と調べているのね。俺も有名になったもんだ。」
「まぁ前座はこの位にしておいて、……ご注文は俺の描いた星野アイだったか。本来は誰にも見せるつもりはなかったが、血縁者だから特別サービスだ。だがデータを渡すのも撮影は勿論禁止だ。」
彼の信用を失うつもりは無い。俺はそれを了承する。
彼はpadを操作し、こちらに画面を映す。
そこにいたのは、生前の星野アイ。誰よりも輝いて皆を魅了して、そして堕ちてしまった一番星。死んだ筈の彼女はその中ではまるで今も生きているかの様で、今もどこかで皆を魅了し続けているかの様で、でも今はそんな事は無いことに寂しさを俺に感じさせる。そんな絵だった。
「これをアンタが描いたのか?」
「勿論。」
「お前は、星野アイの何を知っている?」
「いや、何も。小さい時に憧れて見てただけ。小さい時ほど、その時に見た輝きは強く感じるもんだ。俺は忘れないうちに、その輝きを絵にしたかっただけ。」
俺は拍子抜けしてしまった。たったそれだけで、と。
いや、裏を返すと驚くべきはその情報だけで、これほどの作品に仕上げられる彼の才能の方か。あかねが贔屓目込みでも絶賛していたのは頷くしかない。
俺は確信する。コイツは使える。コイツは俺と同じ方向を向いている。
「そうか。あと、星野ルビーのあの絵、お前が描いたんだろ?」
「勿論。傑作だっただろう?」
あのMVのシーン以上に踏み込んだ意味を含ませた絵は異質だった。彼の意思までもがその絵の中に組み込まれているかの様で。
「……一つ提案だ。俺と組まないか?アンタも恨んでるんだろう?星野アイを殺した奴の事を。」
彼の目が少し細まる。
「……と、言うことは俺の予想は外れて無かった訳だ。星野アイを殺した奴はまだ生きている、か。」
あの絵はまるで確信している様だった。
彼の反応を見るに、確信めいた推測を絵に落とし込んだという方が正しいか。
「犯人はまだ生きている。まだ誰かまでは分かってはいないが。」
「簡単に見つかったら苦労しないよな〜。」
「直ぐに見つけるさ。」
「ふ〜ん、そう。で、最終的にどうするか決まってるのか?」
「……いや、まだだな。俺の知っている情報は逐次流す。そっちでも分かった事があれば教えてくれ。」
「了解。」
彼は畑違いで俺との関係は無きに等しい。犯人に動きを悟られる可能性は薄い。だからこそ、泳がせる人物には丁度良い。
ふと一人の人物について思い出す。
「そういえばあの絵、黒川あかねから反応はあったのか?」
俺でも直ぐに気付いたのだ。絵をずっと見てきた彼女が気付かない筈が無い。俺に対してもあそこまで踏み込んできた黒川あかねが、あの絵の意思を汲み取れない筈が無い。
「あぁ、あの絵を投稿した後に乗り込んで来た。俺の意図は見抜かれてたよ。分かる人間には分かっちまうもんだな。」
「あかねは聡いからな。ずっと見てきた幼馴染の絵なら尚更分かるんじゃないのか?」
「流石彼氏さんだ。……俺はあかねの事は分からん。この曖昧な関係をどうしたいのか?俺にどうして欲しいのか。ずっと隣にいたはずなのにな。」
俺は二人の過去は知らない。10年以上の付き合いがある幼馴染。彼は分からないとは言っているが、あかねの態度から俺と有馬かな程度の積み重ねだとは思えない。
関係は複雑なのだろう。男女の関係だってあり得る。今、あかねと形式上彼氏彼女の関係の俺が言うのも難だが。
「意外だな。長いんだろ?本当に只の幼馴染だったのか?」
「まぁまぁ鼻に付く皮肉言ってくれるねぇ……アンタが想定してる関係は無かったよ。本当に良くある幼馴染さ。ま、そーゆー関係にならなかったのは幾つかあるが、近すぎて気付かなかったり、俺が絵に熱中し過ぎて周りが見えていなかったり、なぁなぁな関係が心地良かったり、まぁいろいろと、だ。そんで躊躇ってうだうだしてる間に、今はこんな感じの摩訶不思議な関係が続いてる感じよ。」
「……なんか悪いことをしたな。」
「いやいや二人はお似合いというか妥当というか。良い所に落ち着いたな、ってのが俺の感想よ。横にいるのはアンタの方が良い。何も見えていなかった俺よりはな。」
彼は意外と割り切っているというか、振り切っているというか。
心の整理が付いているのかそれとも只の強がりか。
紅茶で唇を湿らし、口を開く。
「ひとつ、誤解を解くために言っていいか?」
「何?」
「殴らないか?」
「殴られる事をこれから言うつもりなのか?」
彼の纏う雰囲気が変わる。
約10年俳優業を続けて幾人も目にしてきたから分かる。その道のプロは皆持っている特有の雰囲気。この歳で出来る人間は稀ではあるが。
「……ゼロでは無いから確認だ。」
「……まぁいいや。取りあえず聞かせてもらおうかな。」
ふっと彼は口を綻ばせる。張り詰めた空気が霧散する。
「……俺らの関係は付き合ってはいるが、厳密には付き合っているとは言えない。言うなればビジネス的な付き合い、と言った方が正しいか。あかねもそれを承知の上で付き合っている。」
「とんでも無い事言うのかと身構えてたけど拍子抜けしたわ。……で?続きは」
彼は特に意に介した様子は無い。想定内だったらしい。
「俺は黒川あかねを使える人間だと判断して付き合っている。役者としても黒川あかねに興味があると本人にも言っている。あかねもそれを理解してる。」
俺の言葉のどこがツボに入ったのか分からないが、彼は大笑いする。
「……ここ、笑う所か?」
「はーっ面白。ま、悪い男に捕まったなあかねは。」
「……俺のセリフでは無いがそこは同意する。というか、意外に冷静だな。」
普通、激昂しても可笑しくは無い話だと思うのだが。
「まともな人間なら確かにぶん殴ってるかもな。だが、俺はそちら側では無かった訳だ。」
ニマニマとした表情で残りのコーヒーを飲み干す。クリエイターの精神構造は常人の俺には理解し難い。彼もそちら側の人間か。
「俺はビジネスな関係でも良いと思ってる。二人が納得してるのなら尚更だ。というか口出しした所で俺は部外者っしょ。何も言うことは無いさ。」
俺が疑問だった、コイツの考えを知りたかった。
俺は俺の復讐にあかね以外も巻き込んであまつさえ不幸にするんじゃないかと。
そして一番懸念していたのは目の前のこの男。
俺が黒川あかねに目を付けなければ、彼女を有用な人間だと利用しなければ、二人の関係は違っていたのかもしれない。
おそらく、俺はどこかで彼女を切り捨てる。自由になれば落ち着く所に落ち着くだろう。
最後に不幸になるのは俺一人で十分だ。
「……話が逸れたな。他に何か聞きたいことはあるか?」
「俺も無いかな。……あ、最後俺から一つ聞かせて、……ヤッたの?」
「……ノーコメントだ。」
……とんでもない事をぶっ込んで来やがったぞコイツは。
「ははっ、やっぱダメか。……ん?これはもしかして俗に言うネトラレという奴では無いのか古今東西新旧R-18含め幼馴染が作品主人公持ってかれるのは鉄板ではある所だかよもやもよや自分がその当事者になるのなんて滅多に無い訳で残念ながら脳が破壊される経験は得られなんだけれどもいやそう思い込む事によって擬似的にでも体験することは出来るのではないか後でやってみようそうしよう……おっとスマン。悪い癖が出てしまった。気にしないでくれ。」
「お、おぅ……。まぁ……たまにあり得る事だと、思うぞ?」
変なスイッチを入れてしまったらしい。話したからこそ分かるが、彼は相当な変人だ。いや、変人だからここまで突き抜けられるものがあるということか。
「なして疑問形?」
「ハァ……お前と話すのは思ったより疲れるな。」
「そう?俺は思ったより仲良くやれそうだけど。」
「俺はそうは思わないな。」
「堅い事言うなって。これからは同じ穴の狢じゃないか。」
そうではある。が、この男は好きにはなれなそうだ。
お互い初対面ではあるが物怖じもしないし、ふとした会話のきっかけから想像以上に踏み込んでくる、というか馴れ馴れしい。シモの話を初めて会う人間に普通するか?能力はあるが扱いを間違えればこっちが怪我をさせられそうだ。
初対面も済んだし主目的の話は終わり、もう彼とは話す事は無いので解散となった。
スマホを取り出す。
そろそろ動きがある頃か。