黒川あかねに幼馴染がいたら   作:さっきのピラニア

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うまくいかない

『今から行くね。』

 

彼にメッセージを送る。しばらく待っても返信は無い、家に居るときはいつもこう。逆に出掛けているときは直ぐに連絡がくる。滅多に無いけど。

 

「こんにちは、ひーくん。」

 

「……おう。」

 

彼は今日も何かを描いていた。どうせ私のことは今日も話半分で、目の前のイラストに没頭するんだろう。

 

ベットに腰掛けてわざとらしく溜息を一つ、傷心の女の子が幼馴染が慰めてもらう。どこかの漫画の世界みたいなワンシーン。

これはリアルなんだけどさ。空気を重くしてしまっても部屋に居づらくなっちゃうし、ここはライトに。鍛えた演技力を無駄にここで発揮してしまおう。

 

「アクア君と別れちゃった。」

 

軽い感じで言葉を紡ぐ。

ピンチはチャンス。悪いこともあるなら良いこともきっとある。

 

少しずつ良い方向に進んでいたと思っていたのに。

復讐する人は既に死んでいて、もうやることは無くって。

彼は徐々に復讐の事を忘れてくれて。そんな都合の良いシナリオになって欲しかった。

でも、彼は気付いてしまった。

 

「私の声は届かなかった。彼を、助けたかったなぁ……」

 

「で、傷心を慰めてもらいに来たと。」

 

「半分はそうかな。……ひーくんは居なくならないでね。」

 

「……」

 

「……ひーくんまで居なくなっちゃったら、私、どうしたら良いか分かんないや……」

 

彼には止まって欲しかった。

あの時の絵に写った、彼の激情は忘れてくれないだろうか。

あの絵に全部写し取られていてくれないだろうか。そう願いたかった。

 

 

 

「……カミキヒカル。」

 

「!?……どうしてその名前を……?」

 

でも、彼の口から出たのは、一番知られたくない人間の名前だった。

 

「星野アクアから教えてもらった。」

 

「そっか、私の知らない所で二人は会ってたんだ。」

 

彼の事はアクア君と雑談で話した程度だった。

頭の回転は速いなとは思っていたけど、復讐の為なら彼は更に聡くなる。

私のせい?

いや、彼らはいつかは出会ってたんだと思う。私がその話をしなかったとしても。私がそれをほんの少し早めてしまっただけ。

 

彼に会わせたくない人間、知られたくない名前、その二つを私は隠し通せなかったんだ。

 

アクア君が抱えているものを、少しだけでも預けられる人間は私じゃなかった。

彼の抱えているものを預けられる人間は、相応の思い入れが無いといけなかった。

でも、ひーくんは進ませたくなかった。私が言えた口ではないけれど、彼はアクア君ほどの肩入れは無い。引き戻せる可能性はあった。

 

「私がさ、止めてって言ったら、復讐なんて無意味な事しないで、って言ったら、ひーくんは止まってくれるの?」

 

「……前も言ったろ、俺はカミキヒカルに法にのっとって罪を償わせるだけだ。」

 

やっぱり言葉では彼も止まってくれない。

 

「それでも、駄目だよ。」

 

彼の手を握る、ペンの動きが止まる。

 

「離してくれ。気が散る。」

 

気が散る、か。

彼は画面から目を離さない。私とは見えているものが違ってて、私と話している今も彼の絵は進んでいる。

 

無視して続ける。

 

「駄目だよ。そんな事しても、星野アイは帰って来ない。そんな事に時間と労力を使っても、何も得るものなんて無いよ。」

 

彼にはもっと大事なものに時間を使って欲しかった。

 

「……あかねには分からないさ。星が堕ちる悲しみを。明日もそこにあるって、当たり前に思ってたのが無くなる虚脱感が分かるか?描きたいものが無くなる恐怖が分かるか?俺は俺を守るために、俺が描くために勝手にやってんだ。」

 

「だけど!」

 

私は今まで気付かなかったんだ。彼は怖がっているんだ。

 

「だから俺は止まる気は無い、やりたいことをやらせてもらう。」

 

「駄目!何でもする!何でもするから!発信機を付けて監視したって良いし!役者を辞めろって言うなら辞めるし!アクア君とも別れたからエッチな事だって!」

 

頭の中の冷静な自分がその言葉に意味なんて無いと否定する。それでも小さな可能性にかけたかった。

 

「だが断る。あかねには関係の無い話だ。アクアとは形だけでの関係でもヨリを戻した方が良い。俺も微力ながら協力するから。」

 

「何なの……止めてよ……もう止めてよ……みんな私を置いて……危ない事なんてしないでよ……」

 

 

 

「……そういえば、一つ、伝えておかなけないといけない事があったな。」

 

「……何?」

 

「俺は、この街出るから。」

 

「……え?」

 

「高校卒業したら、この街出るから。関西の芸大に進学する。」

 

「……なんで……」

 

「もう食うには困らないが、勉強は出来る時にしておくのが良いって判断だ。何かあった時の為にもな。」

 

全身の力が抜けそうになるが何とか踏みとどまる。

彼はこんな所で冗談を言う性格でもない。ついでと言わんばかりのタイミングで、彼はこの街を離れると言った。ただの事務連絡だと言わんばかりに。

 

以前、私はアクア君に自分の事は自分で決めないと、と言った。

 

私はここで口を挟むべきなのか?

アクア君とは真逆の事を言ってしまって良いのか?

彼の選択は間違っていない。その選択を否定する材料は見つからなかった。

蒙昧なふりをして、なあなぁにこの関係を続ける為の言葉を紡ぐべきなのだろうか?

 

いや違う。彼は自分で決めたのだ。自分で決めて歩み出そうとしているのだ。

私の私情だけで、彼の選択を変えてしまうのは、彼への冒涜だ。

 

みんな、みんな居なくなってしまう。

あの時、カミキヒカルを止められなかったせいで。

 

「あかねはもう何もしなくて良い。お前は関係無い。復讐は、星野アクアと俺で終わらせる。そして全部終わった後に、自分達が行きたい道に進めば良い。」

 

「……ごめん。帰るね。」

 

頭の中はぐちゃぐちゃだ。

こんな状態で何を言っても彼には届かない気がした。

 

 

 

「ごめんな。」

 

部屋の扉を閉める時、彼の小さなつぶやきが聞こえた気がした。

 

 

 

〈光視点〉

 

以前俺には周りが見えていなかった。目の前の事に手一杯で、それを完成させることだけに執心してしまって。

 

気付けば彼女は道を見つけ、努力し、軌道にも乗ってきた。有名になってきた。それを応援してくれる仲間もいる。今も俺と関係がある事自体が奇跡みたいなもんだ。

……ずっと隣に居たはずなのに。どこで間違えたんだろうな。

 

でも、俺は決めたのだ。彼女に拒絶の言葉を告げたあの日に。決めた言葉は無かったことにはならない。それは過去の自分自身への裏切りだ。

 

あかねにも未来があるのだ。俺とは違う輝かしい未来が。俺は俺の出来ることをして次に行く。このぬるま湯みたいな関係は過去にしてしまえば良い。

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