私と彼の最初の出会いはいつ頃だっただろうか?
あれは3歳位だったかと朧気ながら記憶している。
隣に新しく引っ越してきた家族との挨拶が彼との最初の出会いだった。
お母さんからは同じ年と聞いていて、出会う前からはしゃいでいた事を覚えている。
いざ出会った彼は右手にスケッチブックを持って、左に鉛筆を持って。楽しい事を邪魔されて不貞腐れてる子供の様な表情をしていた。勿論あの時は感情なんて自分で制御できる年ではお互い無かったけれど。
お互いの両親から挨拶を促され、お互いに自己紹介をする。
「くろかわあかねです。なかよくしようね!」
「かじ、ひかる。」
表情は相変わらずで最初は仲良くなれるか少し不安だった。でも私達には共通点があった。
子役の有馬かなのファンという繋がりがあった。私たちの共通の話題はもっぱら彼女だった。この共通点が無ければ直ぐに関係は終わっていたかもしれないから、いろんな意味で有馬かな様様だ。
彼は出会った時から、絵に関する執着は子供だった私から見ても異質だった。
お家に遊びに行った時には何時も破れたスケッチブックの破片が散乱していた。
違う違うって泣きながらずっと女の子の絵を描いていた。
私に絵の才能は分からないけれど、彼は少しずつだけど上達していった。
小学校低学年過ぎた頃からだろうか、泣き虫な彼の姿は無くなり、視界に入るありとあらゆるものを絵へと変えていった。多くは漫画やアニメの女の子ばかりだったけれど。
私も有馬かなへの憧れから女優を目指すようになり、中学に上がる頃には二人でいる事は大分減ってしまったけれども、悪く言えば惰性的な関係は続いていた。
継続は力なり。先に努力が形になり結果に表れ出したのは彼だった。いつの間にかSNSを始めており、定期的に投稿される絵は何千、何万RTされファンを確実に増やしていた。特に人気なのは漫画やアニメのヒロイン格の女の子がメインだったが、時折メジャーではない作品のヒロインの投稿してSNSでトレンドに引き上げていて、いつも隣に居る人間が実は凄い人間なのを認識させられる事があった。
そんな才能のある人間を社会は黙って放置しておく筈が無かった。気付けば出版社からライトノベルの挿絵を仕事を貰い、それをきっかけにサブカルチャー方面での知名度を上げていった。今は人気イラストレータH/Kとして活動している。それを除くと只の口の悪い幼馴染なんだけどさ。
彼の絵には華があった。今にも動き出しそうな躍動感。そして込められた強烈なメッセージ。何時からこんな絵を描けるようになっていたのだろうか?何だか私の知らない彼を知った様な、置いてけぼりにされた様で、何故か悲しかった。
それを一番感じたのは高一の時の事。彼がやたら上機嫌な日があった。
その日の彼の部屋は違和感だらけだった。
閉め切られている事が多いカーテンは開いているし、注意しても中々直してくれないゴミ箱から外して転がっているゴミも無く、普通に片付いた部屋になっている。彼が荒れている日には折れたペンが落ちている日もあったのに。で、彼はというとモニターに真っ白な画面を映したまま、デスクチェアで爆睡していた。
近くに学校のテストは控えていないからセルフハンディキャッピングの線は薄い。彼女が出来た可能性はどうか?学校が違うので生活は確かに謎だ。絵以外には興味が無いというかガサツと言えば良いか、要は他は適当なのでその線も薄め。
残るは大きなお仕事が貰えたか何か良い絵が描けたか、だ。でも今まで真人間の部屋になった事は見た事無い(失礼)。
う~ん、気になる。とりあえず起こそうか。
「お~い起きて~」
ぺちぺちぺち、と顔を軽くはたいてみたが無反応。続いて鼻をつまむ。10秒ほど変化は無かったが次第に苦しそうな表情に変わっていき、ガバっと飛び起きる。
「っぷあぁーー!溺れる!……っと夢か助かった。……あかねいつの間にか来てたんか。……鼻になんか違和感が。」
くしゅくしゅと鼻を弄り、ハッと気づいてこちらを睨む。
「俺、殺されかけてましたね。」
「おはようひーくん。さぁ何のことかな?」
彼に視線を合わせずとぼけておく。
「まぁいいや。俺はもうひと眠りするからオヤスミ~。」
いつもなら嫌味の一つや二つ言われる所だったが、マイペース過ぎるぞコイツ。
物理的に揺さぶり、再度夢の中に入るのはキャンセルさせてもらった。今はこの違和感の正体を付き止めたいのだ。何だよ、用があるなら手短にしてくれよ……と、私に話を促してくる。
「何か良い事あったでしょ?」
「また演劇に連行されなくて安心したわ……まぁまぁプライバシーな話なんで聞かないでくれない?」
「彼女出来た?それともおっきな仕事貰えたとか?」
「違ぇよ。あと仕事はこれ以上抱えたら学校行けなくなるわ。」
「じゃあ、良い絵掛けたんだ?どんなの?見せて見せて。」
露骨に嫌な顔をするかと思いきや、逡巡した後、見せても減るもんじゃなし良いかと呟いてマウスを握る。意外と簡単に折れてくれた。
「今、俺の持ってるのを全部乗せられた。」
PC画面のカーソルを目で追う。カーソルは止まった先のフォルダには、『傑作_高校一年生』と書いてある。中には2枚の画像データが入っていた。一つはB小町のセンター、星野アイ。もう一つは子役時代の有馬かなだった。
「凄い……!」
弾けるような笑顔。
絵の中の空間にいる彼女たちは、当然の自分が主役だと、輝きを放っていた。
『私を見て!もっと!もっと!もっと!』
絵の中の彼女たちは自分の時間が永遠に続く様に、そこに存在していた。
昔を切り取った一枚の絵は、変わらずに魅力を振りまいていた。
私はちょっと悲しいなと思った。それはこの二つは二度と現実で見る事は無いだろう。
片方は故人で、もう片方は今は売れっ子では無くなり、メディアで見る事は殆ど無くなってしまっている。彼は気付いているだろうか?傑作と銘打った2つの絵の続きは、もう描くことが出来ないという事に。
それに気付いた様子の無い彼は描いただけで満足した様で、2つの絵はSNSに投稿する気は無いようだった。理由を聞いても彼は答えなかった。ま、そのうち気が向いたら、とだけ言っていた。気になったのは描かれた二人は10年以上前だったこと。最近の有名人で彼が何かを描いた様子は無かった。理由は描きたいのが無いとしか答えてくれなかったけれど。
2つの絵を見た以前にも、彼には何度か私の絵をお願いしたことがある。嫌そうな表情でプライベートでは描きたい絵しか描かないと全て断られてしまっていたけれど。
力づくで描いてもらうのは出来るかもしれない。
でもその絵には、この2つみたいに、彼の全部を入れたなんて言葉は使われず。満足のいかない絵が出来てしまうだろうから無理強いはするつもりは無かった。
舞台に立つ私は、彼の目にはどんな風に見えているのだろうか?
それを彼に描いてもらうのが、密かな私の目標だったりする。