黒川あかねに幼馴染がいたら   作:さっきのピラニア

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歪み

私が自殺しそうになった日。アクア君に止められて、皆にも迷惑かけて。

今は解散して自分の部屋にいる。

 

一人の夜は寂しい。静寂の中で耳を澄ますと、誰かが誹謗中傷している幻聴が聞こえてしまう。

どうして仕事を受けてしまったんだろう、と後悔してしまう。演者として今まで活動してきて、徐々に仕事も貰えるようになって。この仕事は女優としての大切なチャンスだった。全然上手くいかなくて皆を失望させてしまった。

 

どこかへ消えてしまいたかった。誰かに縛っていて貰いたかった。

また同じことをしてしまわないように。

深呼吸して、ほんの少しだけ気持ちを落ち着かせ、スマホに指を走らせる。

 

『今から、い?』

 

スマホを握りしめ、返信を待つ。もう寝てしまっているだろうか。何時間の様にも感じてしまう。

 

『ああ。親には適当に話しとく。鍵も開けとく。』

 

彼から返信があった、今日は起きているみたいだ。

お母さんにひーくんの家に行ってきます。と書き置きし、こっそり家を抜け出す。

彼の家の扉を開け、囁くように小声でお邪魔します、と言ってから靴を脱ぐ。

不法侵入してしまっている様な高揚感を感じつつ部屋に向かう。

階段を駆け上がってしまいたい気持ちを抑えながら。

 

「お邪魔します。こんばんは、ひーくん。」

 

扉を開けると彼がいた。

いつもと変わらずペンを握って何かを描いていた。

そんな事は無い筈なのに、彼がここから居なくなってしまっていたら、と不安になっていた。

 

「……おう。珍しいなこんな時間に……夜更かしを注意するなら今日はあかねも同罪だぞ。」

 

「そうだね。今日は特別に許してあげましょう。」

 

強がってお姉さん口調が出てしまう。

 

「今日もいつものやつか?ま、話だけは聞いてやるよ。」

 

昔から、演劇で自分の思い通りに行かなかったりしたとき、こうしてお邪魔して愚痴を聞いて貰っていた。彼はいつもの事だと思っている様だった。

 

彼はまだ知らなかった。

今日の事を口に出すのが怖かった。

本当は心配させたくなかった。もっと早く打ち明けていればこんな事にならなかったのに。

 

そして、少し期待もしてしまっていた。最近の彼は素っ気ない。自分の弱みを使うのはズルいとは思うけど、ちょっとは心配してくれる、と私は踏んでいる。

 

「『今ガチ』、全然上手く、、出来なくて……自分なりに頑張ったんだけど全然駄目で……自分の事で手一杯で、、、私、不器用……だから。何を……しても空回っぢゃって。

ネットの評判も、、、悪くて……もういい゛や、、っで、、づかれたって……なんぢゃって……死んじゃおうと、、、じじゃった……ゴベ、、、ズッ……ゴメン……ナサイ……」

 

打ち明ける内に、どんどん声が変になってくる。もう大丈夫だと思ったのに。平穏の仮面を付けて、ここに来れたと思ったのに。

後悔が、悲しみが、自分への失望感が溢れてくる。

さっきあんなに泣いた筈なのに、涙が止まらなかった。

 

「……」

 

彼からペンの音が消える。

 

「『今ガチ』は見てたよ。ずっと見てた。上手く行ってないって知ってた。ゴメンな。俺が気付いていれは、守ってやれてたら、ここまであかねは追い込まれなかったのに。」

 

「ひぃぐんは悪ぐない!、、、全部、、、全部私のせい……わたじがわるがったの!」

 

ぽんぽん、と頭を撫でられる。

彼の掌の体温が伝わってくる。

 

「今は泣いて良い、我慢しなくて良い。」

 

「ゴメン、、、ナサイ……うわぁぁぁぁん!!!」

 

感情が止まらなかった。

溜め込んで溜め込んで、爆発してしまって。

いろんな感情がぐちゃぐちゃになって。

女優になるって決めた日から、こんな事もあるって覚悟してた筈なのに。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

ひとしきり泣いて、少し落ち着いた。ひーくんには酷い顔をしてしまった。

彼はデスク作業を再開していた。一杯彼の時間を取ってしまった。邪魔をしてしまって申し訳ないなと思う。

 

「……落ち着いたか?」

 

「うん。ごめんね、情けない姿見せちゃって。駄目だね私。」

 

「気にすんな。」

 

「何描いてるの?」

 

「企業案件だから秘密だ。俺の中じゃデカイ仕事だから、そのうち町のどこかで見るかもな。」

 

企業案件、と言われて画面から目を逸らす。

私がいても気にする様子は無いけど、ちょっと気を使ってしまう。

 

「そういや、今ガチの奴らとは仲は良いのか?」

 

「うん。ホント良い人たちだよ。私にはもったいない位。」

 

「そうか。良い奴らに出会えたんだな。」

 

「うん。とっても良い人達だよ。」

 

撮影でも助けてもらった。そして今日も。

でもいつもという訳にはいかない、皆にも生活がある。

家に帰ったら一人で過ごさないといけない。

しばらくは炎上は収まらないのだろう。次の番組次第で更に火に油を注ぐ事になるかもしれない。

たまらなく不安だった。

今は孤独が、一番怖かった。

 

「そろそろ帰った方が良いんじゃないか?明日に響くぞ。」

 

「……今日は、帰りたくない……かな……一人だと、また同じ事しちゃいそうだから。」

 

「…好きにしたら良い。今日は多めに見てやるよ。」

 

ありがと、と小さく言い、鼻を啜ながら、ベッドに横たわる。

こんな風にこの部屋の天井を見るのはいつ以来だろうか?

 

「なんか、昔に戻ったみたい。ちっちゃい頃、この部屋でいっぱい遊んでいっぱい過ごしてさ。」

 

「忘れちまったな、そんな昔の話。」

 

「なにおう。」

 

彼は忘れた風にとぼける。

少し調子が戻って来たかもしれない。

 

時間は巻き戻せない、良い事も悪い事もあって、交友関係もちょっとずつ変わっていって。

ひーくんと一緒にいる時間も昔よりはずっと少なくなった。

よく泣いていた彼は今はそんな事を感じさせずに、ずっと描いていた絵を仕事にしている。

気付いたら、ずっと前に行ってしまっている様な、置いてかれている様な気がした。

 

変わっていく。

昔の事をあんな事もあったね、全部いい思い出だったね、と振り返られる様な人生を送れるだろうか。今は余裕が無くてそんな風には思えないけれど。

 

「今回みたいに頑張っても、思った結果にならない事もいっぱいあるんだろうなぁ。嫌だなぁ。」

 

一人小さく呟く。また気持ちが沈んでしまう。

彼は私の独り言に気付いたのか、ペンを再び止める。

画面に真っ白なキャンバスが映し出される。

 

「考えてもしょうが無い事でまた沈んでやがんな。描いてやろうか?今のお前のひでぇ顔。」

 

ううん、と私は首を振った。

これは彼なりの励ましだ。

描いてもらいたいけど、それは今じゃない。

 

「そうか。」

 

そう言って彼は画面を閉じた。

 

 

 

 

 

 

<光視点>

 

『今から、い?』

 

突然、あかねから連絡が来た。彼女がこんな時間に来る時、何を話すのかは大体決まっている。

彼女の演劇の悩みとか、愚痴や人間関係のごたごたを聞いて、彼女はちょっとスッキリした顔で帰る。

 

でも違った、今の彼女はもっと深刻だった。

『今ガチ』の評判が良くない事は知っていた。

炎上して叩かれていることも知っていた。

溜め込んでしまう性格なのも知っていた。

彼女は強い人間、と俺は思い込んでいた。

いや違うな、思おうとしていた、が正しいだろうか。

 

どうしたもっと早く来てくれなかったのか。俺もどうして気にかけてやらなかったのか。

もしかすると、こんな酷い状態に彼女はならなかったのに。

俺は何も気付いてやれなかった。彼女の苦しみも悩みも。

最悪の事態だってあり得た。俺はそれを防げる人間の一人であった筈なのに。

 

 

 

 

 

そして俺は、確信した。確信してしまった。

 

 

 

 

 

俺はこの子の隣にいるべき人間ではないと。

 

 

 

 

 

 

「描いてやろうか?今のお前のひでぇ顔。」

 

 

 

 

 

彼女はううん、と首を横に振った。

この言葉は彼女には励ましに聞こえていただろうか?

俺にはそんな気持ちは欠片も無かった。

 

これは拒絶の言葉、覚悟の言葉。

誰かを描くのは自分の感情が揺さぶれた時だけ。自分に決めた禁忌をあえて犯す。あえて犯すことで俺は区切りをつける。

 

彼女と俺は、もう同じ道なんて歩いていなかった。

自分だけが歩み寄っていると勘違いして、彼女はもう隣に居なかったのだ。

 

俺では彼女を救えない。俺以外の誰かに、救いの手をもらうべきだ。

俺は居なくなろう。もう俺は彼女に必要とされていない。

 

俺らの道はもう違えたのだ。どこかの区切りで、未練なく離れるのがお互いの為に最良の選択だろう。進路も固め始めても良い時期でもある。うってつけの時期じゃないか。

 

「こんな風になるなんて、分かってたはずなのにな。」

 

部屋の中で独り呟く。

芸能人とちょっと絵が描ける一般人が、同じ道を歩めるわけ無いと、気付いていた筈なのに。

ぬるま湯な関係でなぁなぁにして、続けていても傷つく結果にしたならないのは分かってたのに、

 

少しずつ、少しずつ、覚悟を決めよう。

少しずつ、少しずつ、俺は別の道を進もう。

遠い未来、こんな関係もあったなぁ、と昔を思い出しながら彼女の活躍をテレビで眺める事が出来るように。

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