私は程なく現場に復帰した。
理由はアクア君が中心で作ってくれたPVだった。
その映像が、現場に戻れなかった私を後押ししてくれた。
さらに『今ガチ』はとあるきっかけで無事締めくくる事が出来た。
そのきっかけは星野アイ。
演劇で培ったプロファイリングを活用し、私は番組内で星野アイを演じた。意外な所から繋がっていくものだ。
番組の終盤でアクア君とは恋人になった。でも、私は気付いていた。彼は私を異性として見ていない事に。彼に問いかけると、やはりそれは当たっていた。
でも彼は女優として強い興味があると言っていた。それは、私の頑張りが認められて、私が言われて一番嬉しい事だから。
形だけの付き合いも、いつか本物になりうる可能性は残されている。
私は今ひーくんの部屋の前にいる。
『今ガチ』の放送も無事終わり、改めて彼に感謝を伝えるためだ。
幼少期から、彼は星野アイの絵を描くことに執着していた。
彼は自分の納得する絵を完成させた。
これで彼の執着は終わったのだろうか?
今も彼女の幻影を追い続けているのだろうか?
星野アイのスイッチを入れる。
もう会う事の出来ない筈の人を目の前で再現したら、彼はどんな反応をするのだろうか?
喜んでくれるだろうか?褒めてくれるだろうか?それとも面倒臭そうに躱してくるだろうか?私の事を描いてくれるのだろうか?
ひょこっと顔だけを出す。
「やあ、ひーくんひさし振り♪いや、そーでもないっか。」
そう言って部屋にお邪魔する。
彼はこちらを一瞥すると眉を寄せ、一つ溜息をつく。
「……はぁ。ふざけに来たんなら帰れ。」
ひと目見ただけでいつもと違う態度の彼。
一瞬で違いに気付いたみたいだけど、まだ引く訳には行かない。
「ふざけてなんかないよ〜、『今ガチ』でやってたやつだよ♪どお?ひーくん?こういうの好き?」
「リアクションみれば分かんだろ。」
「んーやっぱダメか〜結構人気だったんだけどな〜。も・し・か・し・て♪あのキスのこと思い出してたり?」
「あれは複雑な感情だったな。妹のキスシーン見せられてる気まずい兄の気分が近いか。」
「ふ〜ん、そんな風にみてたんだぁ〜。」
私の方がちょっとだけ年上なのに、という気持ちは隠しておく。
彼は私の星乃アイを見ても、いつもと違った反応はしてくれなかった。
彼には不評な様だし、そろそろ良いか。自信あったんだけどなぁ。
瞳を閉じ、星野アイを解く。
「はい、終わり。こんにちは、ひーくん。」
「……挨拶し直すのか徹底してんな。」
そんな事を言いつつ、彼は作業に戻る。
「……ありがとうね。この前は。」
ちょっと照れくさかった。でも私は本当に感謝していた。
「……俺は何にもしてない。ただ居るのを許しただけだ。」
「違う。あれが良かったんだよ。」
あの日の夜、彼はずっと私の傍に居てくれていた。私が一番心細い気持ちだった時に。
私が感謝を伝えても、自分の功績を彼は否定する。言葉では彼には伝わってくれないらしい。
「お礼にさ、何でもしてあげるって言ったら、何して欲しい?」
「……じゃあ何でもする、って言葉はこっち界隈では大変卑猥な意味だから使うなよ(迫真)」
「そうなんだ?」
「俺は忠告したからな。」
「?」
意味深な物言いに疑問を感じるけれど、今は突っ込まないでおこう。
元ネタは彼は教えてくれなかったから後で調べとこっと。
「じゃ、私帰るね。お礼を伝えたかっただけだから。邪魔しちゃってゴメンね。お仕事頑張って。」
「おう、じゃあな。」
「うん、バイバイ。」
〈光視点〉
あかねは星乃アイの衣を纏って俺の前に現れた。
俺の拒絶を悟られたのかと思った。
俺を絵を描き始めたきっかけである星乃アイ。
彼女は自分の持つその演技で、その覚悟を踏みにじって来るのかと。
ふざけるな。
そっちが先に進んだんじゃないか。
そっちが先に行動で示したんじゃないか。
でも違った。俺の懸念していた事は起こらなかった。
拍子抜けしてしまった。彼女はいつもの彼女だった。
クソ真面目で演技に一生懸命でお人よしで、
そして今回みたいにたまに蠱惑的で。
「お礼にさ、何でもしてあげるって言ったら、何して欲しい?」
彼女は無防備だ。
彼女はありがとう、と言った。だが俺は何もしていない。自分の価値を知らないで、魅力を知らないで、才能を知らないで、無防備な姿をさらけ出す。
誰かに都合良く使われてしまうぞ、才能を羨望、嫉妬、利用する奴らに、と忠告したかった。
が、その言葉は飲み込む。それは他の誰かに言ってもらえば良い。もしくは自分でいつか気付けば良い。
俺はとっさに思い付いた言葉を返す。彼女は不思議そうにしていたが、これは話さない方が良いだろう。
彼女は番組内で恋人が出来た。彼女はまた一つ前に行ってしまった。俺はまだ何も決められず足踏みしている。
えいやと思い切り良く前に進めればいいけれど、どの選択肢を取れば良いのか迷っている。
ここに残って仕事を続けるのか、
ここではない何処かに行って仕事をするのか、
普通に進学して一般的な社会人へとなっていくのか、
芸大に行って知識と技術を高めて仕事をするのか、
どの可能性もある。あらゆる可能性があるから迷っている。
でも、近いうちに決断しなければいけない。
決断が遅れてしまえば、取り返しのつかない事だって、きっとある。
俺は納得のいく決断が出来るのだろうか?
前に進むことが出来るのだろうか?
そもそも前に進めているのだろうか?
俺の心に残るもやもやは払拭出来ないまま、画面端に移る時計が進んで行くのを、ただ俺はぼんやりと眺めていた。