最近のひーくんはそっけない。
私がアクア君と交際し始めた時ぐらいからだろうか。
彼なりに気を使ってくれているのかもしれない。
私たちがビジネス上の関係なのは彼には隠している。
そのうち本当になるかもしれないから。
それとも何か私に知られたくない隠し事をしているのだろうか?
彼が隠したがっているのなら、深く詮索はするつもりは無かった。
誰にだって隠し事の一つや二つはあると思う。
私もプロファイリング中の様子を誰かに知られたく無い。ただ反応が気になる人はいる。
アクア君だったら、興味深げに質問してくれそうだ。ひーくんだったら、……彼の反応を見る前に私が恥ずか死しちゃうかも……
一つ伝えたいことがあって、ひーくんの部屋にお邪魔する。。
部屋に入ると、彼は口をもぐもぐしていた。
「こんにちは、ひーくん。何か食べてるの?」
「……ファミマのレタスサンドイッチ。」
食べながら喋るのは行儀が悪いと思う。私が聞いたのも悪かったけどさ。
彼に注意しつつ、私も意見を挟む。
「えー私はセブンの方が好きだけどな。家からも近いし、わざわざちょっと遠いとこまで買いに行く程かな?」
「なぬ?今お主、セブンのレタスサンドイッチの方が美味いと言ったな?……よし、戦争だ。」
タブレットを取り出し、こっちに熱く語りながらもの凄い速さで線をで線を引いていく。その線はあっという間にサンドイッチになった。
「ファミマの素晴らしい所は、手に取りたくなるような厚みのあるこのシャキシャキレタス!この食感が素晴らしい、そして下にあるハムとチーズがまぁ憎たらしくも絶妙なアクセントになっているんだよ!これまたさらに絶妙な所は、レタスを上にした時と下の時の塩味の変化!上にしたときはあっさりとした味わいでスルっと食べられて、下にすると絶妙に塩気が強くてもう一口食べたくなる!食っても食っても腹が減る仕上がりよ!この前は買い占めさせて3個も食べてしましましたよありがとうございます!」
タンタンタンとペン先でレタスとチーズの間を行ったり来たりし、このサンドイッチが如何に素晴らしいかを力説しつつも必要以上に絵は描き込まれていき、本物以上に瑞々しいレタスとジューシーそうなハムとチーズへと変貌していく。彼には本当にこう見えているのかもしれない。
その絵を交えた即興プレゼンに勢いに思わず引いてしまう。また彼の変な所に火を点けてしまったなぁと心の中で後悔する。きのこたけのこ、チョコボール、カントリーマーム等々、彼の中ではマリアナ海溝並みの深い溝があるかの如く、意見の違いがあるとこうしてプレゼンを始めてしまうのだ。
「おおっとまた悪い癖が出てしまった。削除っと。」
そして正気に戻る。熱くなった時のトリップ癖は直した方が良いなぁ、とは思うけれども、仕事柄出てしまうのだろうとも思うので、流石に言葉にはしたことは無い。そのうち言いたいとは思っているが多分治らないんだろうなぁ。自覚はしてるみたいだし。
「あぁ、勿体ない。」
つい口から出てしまった。彼は何の未練も無く、先程描いた絵を消してしまう。POPとして売り込んでも良いレベルだったのに、と思うのは流石に卑しい考えだろうか。
「いや良いでしょ。説明で描いただけの簡単な絵だったし。」
器用にペンをクルクル回しながらあっけからんと言う彼。今までの経験から描いていると言ってしまえばそれまでだけど、彼の特異な能力に私は気付いている。
「ねぇ?私に何か変わった所って分かる?」
「何を藪から棒に。まぁ良いや、付き合いましょう。」
じーっとこちらを凝視し、えぇなんだっけなと独り言を言った後。
「ほんの少し髪が伸びてる。以前より肌がほんの少し荒れてる。これは彼氏が出来て垢抜けようとしてるあれだ、黒川あかぬけさんだ。」
私は勝手に『瞬間記憶』の能力がずば抜けてると解釈している。以前に何度か試したことがあって、小物とか化粧品の細部まで数秒しか見せていないのに描いて見せたり、私の学校のノートの内容を見ただけでその場で書いてしまったり。
髪を伸ばし始めたのは合ってるんだけど、肌の調子が戻って無いのは今ガチの時のストレスで肌が戻って無いから……だと思いたい、時間あるときエステ行こうかな……
「さっき消したの勿体ないって言ったけどな。仕事以外でも
一応ちょっとした感じで稼いではいるぞ。」
そう言ってPCを操作し見せてくれたのは、Youtubeのチャンネルとpixivのfanbox。
定期的に趣味絵のライブ配信をやっていて、出来たものをfanboxにUPしているようだ。
「Xwitterから配信に導線作って、出来た絵をfanboxで有料で公開。それよりちょっと高い値段でpsdファイル、描いたやつの元データね、をダウンロード出来る様にしてる。Xwitterだけだと金にならないが、他の二つを繋ぐとあら不思議、収益化コンテンツの完成だ。」
「い、意外とちゃっかりしている……」
「スパチャと有料支援でお小遣い程度になれば良いと思って始めたんだが、自分もちょっとビビる額になってて焦ってる。稼ぎの税金関係はミスると脱税になるから税理士に丸投げしてるけど。」
ひょっとすると、彼は想像以上に稼いでいるのではないだろうか?
でも流石に貯金額とかを聞いてしまうのは躊躇った。彼に卑しい女扱いされてしまいそうだ。
おっと、今日は新しい仕事を貰ったことの報告だった。彼のペースに巻き込まれてすっかり忘れてしまっていた。
流石に仕事が忙しい時期は来てくれなかったりするけど、
「そういえばさ、新しい舞台の仕事貰ったんだ~」
「ふ~ん。今回はどんな作品よ?」
「『東京ブレイド』、だよ。」
「おぉ、アレ面白いよな。」
「だよね~、私は鞘姫の役をやる予定。で!刀鬼役はなんとアクア君!絶対キャスティングした人狙ってると思わない?」
「『今ガチ』で話題になったカップリングだもんな。鉄は熱いうちに打てというか使えるモンは何でも使ってやるって配役した人の意図もあるんだろうな。」
「刀鬼、鞘姫と来ると、残るはつるぎ役だけど。」
「まぁこれも結構驚きなんだけど、有馬かな、だよ。」
「……まーた因果な奴選んだなスタッフは。」
有馬かなには子役時代から役を持っていかれていて、愚痴の話題の一つとして結構話していた。
「というかさ、配役俺に話しちゃって良いの?結構機密情報だったりしない?」
彼は配役を知ってしまって心配そうにしていた。演者の情報は直ぐに出るし、ジャンル的にはひーくんの方か関係深いんだからリスク犯して漏らすリターン無いでしょ、と説明して納得してもらった。
「あ、忘れてたわ、俺関係者だったわ。」
「え!?」
そう言って彼はPC画面を操作して、画像を表示する。いつの間にか、仕事を引き受けていたのは驚きだ。ってかさっきの説明無駄だったじゃんか。時間を返して欲しい。
「アニメ化したときのやつ。話の最後に一瞬だけ一枚絵出てるだろ?急にデカい出版社から連絡来て引き受けたやつ。なーんで二枚も描かされたんだか。」
「あ~あれかぁ。アニメの最後の絵っていつ頃から始まったんだろ?昔は無かったよね?」
彼は愚痴りながら、SNSにアップしていたらしい画像をペラペラと出していく。結構描いてるんだ。
「知らん。ま、俺としては人気作に一枚噛めた訳だから願ったり叶ったりだったわ。」
この前言ってた大きい仕事はこれかと聞くと速攻否定された。人気の作品で仕事貰えるって凄い事だと思うんだけどな。
「……あ~有馬かなかぁ、有馬かなねぇ……」
東京ブレイドの配役の事を思い出しているのか、彼は引っかかる物言いをしていた。
演者として、有馬かなに興味を持つ彼に、少し不機嫌な気持ちを隠しつつ理由を促す。
「子役時代の頃は最高だったんだけどな~今の彼女見ててもつまらんくない?」
それは非常に共感できた。
幼少期は彼女は輝いていた。幼い私が女優を目指すきっかけになる位に。
演者としてのやりたい仕事も彼女に持っていかれて悔しい思いもした。
今は人気は下火になり、演技も作品の質を上げようとする意図は感じるけれども、昔の輝きはもう彼女には無かった。アイドルも始めてなりふり構っていない様に感じた。
積年の恨みを晴らすチャンスがやっと来た。
今回は私の領域。負けられない。
彼女の事は気に入らないし、嫉妬する気持ちもある。
幼年期の彼女にまだ未練が残っているひーくんもひーくんだ。言ってやりたかった。今の彼女はもう昔みたいな演技は出来ないぞ、と。
気まぐれと悪戯心に彼に聞いてみる。
「ねぇ、連絡先知ってるから、一度会ってみる?」
私はとても意地が悪いな、と思う。
私では彼の興味を引けないから、描いてくれる程になっていないから、昔彼のお眼鏡に叶った有馬かなを利用しようとしている。彼女にあって、私に無い物を知るきっかけを得ようと、彼に揺さぶりをかけている。
私の言葉を聞いた彼の動きが止まる。
気に触れる事を言ってしまっただろうか?私の裏の意図に気付いたのだろうか?彼は口を開いた途端、
「俺は有馬かなのファンであるファンであるのだけれどあくまでファンなのであって偶然持っているいち幼馴染の芸能人の立場を利用してこうしてお近づきになるのはファンとして如何なものかと思うわけでそもそもチケットや握手券やCDを手に入れて認知もされない人もいる訳で言うなれば一方向的な愛なのだけれども二次元のキャラクターに対する愛もアイドルに対するファンの気持ちに通ずる訳で二次元でクリエイターをしている俺としては他のファンに非常に申し訳無いというかとてもとてもとてもとても魅力的な提案だけれどもあれちょっとまてよ芸能界はコネが大事と言う話もあるしここで俺がコネを使ったとしても運があるというか何というかいやでもやはり一ファンとして陰で応援したいという気持ちがくぁwせdrftgyふじこlp」
「早い早い早い!!ひーくんの気持ちは分かったから一回落ち着こうか!」
頭をてしてしと軽く叩いて彼を現実へと引き戻す。まだファンじゃんか。
「ハッ!またやっちまったか。スマン。」
まだ彼は有馬かなに執着している。
あぁ、やっぱ聞かなきゃ良かったな。
過去に縛られて、前に進めなくて、足踏みしている彼の姿を見たくなかったな。
私じゃ彼を前に振り向かせられない。
そんな現実がとてももどかしかった。
「もし、さ、本人があの絵を見せてくれって言ったら見せるつもりある?」
彼はしばらく黙り込む。
「……彼女は……有馬かなはそもそも見せてくれ、とは言わないだろうな。過去の栄光にまた縋る様な真似は本人が許さない。」
「会ったこと無いのに、そこまで言い切っちゃうんだ。」
「分かるさ。今までずっと追って来たんだ。最近も何度か描こうと思ったんだがな。が、ペンが動かねぇんだ。俺が描きたい彼女ではもう無いんだ。だが、ここらへんが潮時なのかもな。」
未来が怖かった。
次の舞台で彼が見限ってしまったら、執着する対象がどこにも無くなってしまったら、彼はどうするんだろう?宙ぶらりんになった彼は、ふっとどこかに消えてしまうんじゃないか?そんな不安が頭をよぎってしまった。
「……そっか。ごめんね、変な事聞いて。」
「気にしてない。」
「舞台、見に来てね。私、頑張るから。見ててね、私の事。」
「……おう。」
私のやることは変わらない、良い演技をすること。舞台を成功させること。
彼の描きたいものが、有馬かなではなく私になったら良いな、なんて都合の良いことを考えながら。