東京ブレイドの舞台、付き合い99%、期待が1%で言うなれば殆ど興味が無かった。
舞台の幕が上がる、殆どの役者の演技は上手い、姫川という演者も、あかねも、そして有馬かなも。でもそれだけだった、感情を揺さぶるモノは何も無かった。
駄目か、今回もハズレか。
しかし舞台終盤、その考えは見事に裏切られた。
あの頃の有馬かなが帰ってきた。帰ってきたのだ。彼女はまだ終わっていなかった。戻って来たぞ、身勝手に太陽の様に輝く彼女が。
想定外だ、嬉しい誤算だ、楽しくなってきやがった。俺はまだ描ける。
「……この前はありがとうございました。」
東京ブレイド舞台が終わり帰り際、ちょっと天パ黒髪の見知らぬ女性がこちらに話しかけてきた。頭の中で検索をかける。学校にこんな感じの女子いた気がするけど誰だったかな・・・
「・・・」
「どうも?えーっとどちらさんでしたっけ?」
無言に耐えきれず、こちらから質問してみるが返答は無し。困った。
「こんにちは。私は吉祥寺頼子です。『今日は甘口で』の原作者と言えば分かるかな?で、この子は『東京ブレイド』の原作者の鮫島アビ子さん。今日の主役の一人。アビ子!自己紹介しないと分からないでしょ。え~っとお二人はどこかで接点がおありで?」
保護者役?お目付役?みたいな人がこちらに自己紹介してくれた。助かりました。…というか学校じゃなくて仕事関係の人だった。そりゃ舞台を見にくる学生なんてマニアックすぎるか。しかも東京ブレイドと今日は甘口でなんて両方大物も大物じゃないか。
「どうもご丁寧に。活動名はH/K、本名は梶光です。ん~と多分ですが、アニメの時の挿絵の話なんじゃないですかね?」
「あのイラストレータの!アニメの時描かれていたんですね。ん~流石に覚えてないなぁ。」
「これ!」
鮫島さんがスマホを操作して吉祥寺さんに画面を見せていた。おぉ…これだったか…と、彼女も思い出した様子。
「H/Kさんの絵は、凄く、綺麗で、可愛くて、今にも動き出しそうで、アニメの時は担当者の人に我儘言って二枚もお願いしてもらって、嬉しくてその…大好きです!Xwitter更新楽しみにしてます!課金します!」
「いや~嬉しいなぁ。鮫島さん、一枚良い絵が描けそうなんで、良い舞台が見られた記念に出来たらお送りしますよ。単行本派なんで申し訳ないですが、次の巻楽しみにしてます。」
「ありがとうございます!ん-早く見たいなぁ。」
口元をもにゅもにゅさせながら嬉の感情を振りまいている彼女。超有名作家が実はファンだったとは意外だなぁと他人事だったりする。
「梶君は漫画は興味無いの?ここまで描けるんだから良い線行くと思うんだけど?」
「いや~俺はストーリーとか構成考えるの苦手ですし性に合わないなと。」
「ま~そっか~。もしやりたくなったら私に声かけて、出版社に口添えしてあげるから。」
「もし食いっぱぐれそうになったらお願いします。」
「あちゃ~やんわり断られちゃったか~」
そう言って額に手を当てる吉祥寺さん。いや漫画とかって締め切り大変じゃん?ただでさえゴミクズみたいな生活が悲惨になってしまう。
売れっ子二人との不思議な出会いはそこそこに、帰路を急ぐ。歩みが自然と早足になる。
熱が冷めないうちに、この熱を絵に落とし込む。
今、描きたいなんて思ったのは初めてだ。血沸き肉躍るとはこんな感情なのか。
家に帰り速攻PCの電源を入れる。立ち上がる時間すらも、もどかしい。
ソフトを起動し、ペンを握る。
これからは俺の時間だ。
<あかね視点>
無事、東京ブレイドの初舞台も終わった。良い舞台に出来た、想定外だったのは有馬かなが舞台本番でピークを迎えたこと。彼女はやはり凄かったのだ。
……彼はどうしているだろうか?彼女を見て彼はどう感じたのだろうか?
「お邪魔しま~す。」
彼の部屋の扉を開ける。カーテンを閉め切った薄暗い部屋に煌々と光るモニター。モニターにはほぼ完成した絵と、ペンを走らせている彼の姿があった。
その表情はいつもと違った。本当に本当に楽しそうだった。
「こんにちは、ひーくん。また描いてるんだ。」
「うっす。俺にはコレしか無いんでね。」
挨拶はそこそこにモニターに目をやる。そこに描かれていたのは東京ブレイドのつるぎ、いや、東京ブレイドのつるぎ役の有馬かなだった。
そういえば有馬かなとの対決は勝敗のルールは決めていなかった。本人と直接話してもお互い負けられないから、話は平行線になるだろう。
関係者に聞いて勝敗を決めるのが妥当だろうか。
でも今、ここには完成しかけの有馬かなの絵がある。
彼の判断は私の負けだった。
「何か不機嫌そうだな。めっちゃ頬膨らんでるぞ。」
「……分かってるくせに。」
「そっちだって分かって上で聞いてんだろ。」
復活した有馬かなにはかなわなかった。
でも、嬉しくもあった。あの舞台の有馬かなは私が憧れた彼女だった。
ここにも、彼女の演技に動かされた人間がいる。
「東京ブレイドの演劇来てくれてたよね?」
「あぁ、良い舞台だったな。」
「誰が一番良かった?」
「圧倒的に有馬かな。」
彼の絵は、あの舞台の彼女をそのまま、ここに持ってきたみたいな、太陽の様な輝きを放っていた。
『私を見て』
眩しい。
目が眩むような明るさを宿しつつ、それなのに目が離せない。
網膜に焼き付くような、太陽をここに持ってきたみたいな絵がここにあった。
そして、彼も前に進んでしまった。私では無く、彼女の演技で。
私の前を行く人達は、どうしてこんなに眩しいんだろう?
「……実はな、今回の舞台の有馬かなには期待していなかった。俺はもう有馬かなの絵は描けないと思っていたんだけどな。」
ふぅ、と一つ溜息を吐いた後に彼は話し始める。
「この前も、B小町のライブを見てきた。その時思ったんだよ。もうあの時の有馬かなは見られないんだろうなってね。」
「私の劇は呼んでも時々しか来てくれないのに。」
「……話の腰を折るなよ。お前も良かったと思わないか?」
「……うん。超良かった。」
そうなのだ。有馬かなは超良かったのだ。
彼を動かす位に。
だから、彼はこのままではいけない。
スマホを操作してある人物と連絡を取る。
「よし、アポ取れた。」
「ん?」
「見せようよ、彼女に。」
これは私の、自分勝手な我儘だ。
彼の本気を、小さな部屋の中に閉じ込めたままではいけない。
彼はこういうやり方は好きではないかもしれない。
誰かが連れていかないと、彼の本気はこの小さな部屋の中で終わってしまう。
私は見たかった、彼がもっと先へ進むのを。
彼の才能が脚光を浴びるのをこの目で、彼の隣で見たかった。