彼女との待ち合わせ場所はとある喫茶店。扉を開けると珈琲がフワッと香る。
店の中には、不服そうに仏頂面をした有馬かな……とMEMがいた。
「あかねおひさ~!例の幼馴染君は一緒じゃないんだ?」
「あ!MEMもいたんだ久しぶり~!彼はもう少ししたら来るって。」
「いや~偶然小耳に挟んじゃって~、人気イラストレーターのH/Kに会えるならビジネスチャンスかな~、なんて~アハハハ~。」
「勝手に付いて来ただけだから気にしないで。」
「乗り気じゃなかったの無理やり引っ張って来たの私だから!……H/Kと言えば!つい先日も大手VTuber事務所のママになって、二次元の業界でかなり熱い人だからね!そんな有名人が幼馴染とは……あかねも隅に置けないねぇ。」
彼が新たな仕事を始めていたのは驚きだ。
……MEMにはわざわざ来てもらって申し訳ないけれど、彼が絵を見せる時は席を外してもらうかもしれない。
「で、絵を見せる為だけに、私をこんな所に呼び出すなんて、何様のつもり?」
「ごめんね、かなちゃん。これはね、彼の絵を直接見てもらいたい、っていう私の我儘なんだ。」
「……いつものアンタらしくないわね。下手な絵だったら承知しないわよ、黒川あかね。」
「それは絶対大丈夫。私が保証するよ。」
「そんなにハードル上げちゃって大丈夫?私の眼は厳しいわよ。」
「彼はね、本人が納得のいった絵は、外に出さないんだ。お仕事での絵も、SNSに出してる絵も、彼の本気じゃない。彼の絵を外に出すきっかけにならないかなって、かなちゃんには来てもらったの。」
「つまり、私はアンタのダシに使われたって訳?本っ当気に入らない。」
「でも、大丈夫。損はさせないから。彼は役者の有馬かなの幼少期からずっと今まで、ファンだったんだから。」
「……まだいたのね、役者の私のファン。もうとうの昔に居なくなっちゃったと思ってたけど。」
喫茶店の扉が開く、彼が到着した様だ。
私たちの姿を見つけると、彼は軽く会釈する。
「ども。」
「や~初めまして~私はMEMって言います~、で!こっちはご存じだと思うけど~、」
「有馬かなです。」
「どうもご丁寧に。H/Kです。すいませんね、わざわざ来てもらって。」
お互いに挨拶を交わす。さっそく本題に入らせてもらおう。
「ちゃんと持ってきた?」
「あぁ。この為に来たのに忘れる訳無いだろ。」
「そだよね。あと…MEMちょ居るけど大丈夫?」
「……まぁ、問題ない。」
彼は鞄からタブレットを取り出し、画像を出して二人へと向ける。
「!……ツッ……」「……すご……」
そこに映し出されたのは、あの日の有馬かな。
太陽の様に輝く、その熱量で誰の眼も釘付けにした彼女だった。
「……良い絵ね。」
「それはどうも。」
「……何か恥ずいわね。自分をこう見せられるのって。」
彼女は手で顔を隠しつつ、彼から目を逸らす。
「一つ聞いて良いか?」
「何よ?」
「役者の有馬かなは、この演技を誰に見てもらいたかったんだ?」
「……っ……それは言えないわ。」
「……すまない、不躾な質問をしてすまなかった。」
私は気付いている。彼女があの演技を誰に見て欲しかったのかを。
かなちゃんにひとつ目配せする。
「……私、ちょっとお花摘んでくるね。」
「私も。二人はお仕事の話でもしてなさい。」
「は~い任せといて~」
<MEM視点>
「さてさてお仕事の話……の前に、君の知りたかった事、お姉さんが教えてあげようか?」
「……彼女が言いたくないことを無理に知ろうとする程、俺は無遠慮な人間じゃないですよ。」
「意外と紳士だ……じゃ私からは何も言わない。」
彼の事は今ガチの時にあかねから聞いていた。
幼馴染の事、絵が上手い事。ここまでだとは思っていなかったけど。
「君も大変だね。」
彼に才能が無ければ、一般人だったら、楽だったのになと思う。
才能のある人間は他人が放っておかない。
本人の意思が無かったとしても、結局、表舞台に来てしまう。
「今、ここに連れられてきたこと、ですかね?」
「まぁそれもあるかも。いろいろだよ、いろいろ。」
「はぁ。」
あの絵は太陽の様に眩しかった。
あかねが見せたがった理由も分かる。
あの絵を見せられて、輝きに魅せられて。
彼の本気が、世間の脚光を浴びずに終わってしまうのが嫌だったんだと思う。
「私も仕事で板挟みになることが多いから、なんとなく分かるってだけだけどさ。彼女たちの事は結構知ってるからさ。君がここに来たのがホント不思議。」
彼が只の凡人だったら、もっと簡単に諦められただろうに。
「もっと楽な道を選んでも、誰も文句は言わなかったのに、って思ってね。」
「……俺は俺の行きたい道に進みますよ。それが大変だったとしても。」
人と人の線が綺麗に繋げられたら、人間関係はどんなに楽だっただろう。
でもそんな綺麗な線なんて簡単じゃなくて、皆の思惑とエゴがあって、ぐちゃぐちゃに複雑に絡み合って繋がっている。
彼がいて黒川あかねがいて有馬かながいて、もう一人男の子がいて。
「何かあったら相談に乗ってあげるよ。同じ苦労人仲間として、ね。」
<あかね視点>
二人の視界から見えなくなると、彼女は語りだした。
「……絵も凄いけど、突っ込んで聞いてくるわね彼。心見透かされてるんじゃないかと思っちゃったわ。」
「ごめんね。彼、絵の事になると周り見えなくなっちゃうタイプの人だから。」
「芸術家肌の人ってそういう人多いわよね~嫌いじゃないけど。……で、どうしてわざわざ、あの絵を見せてくれた訳?」
「……私じゃ駄目だったから。」
「……」
「ひーくn……光君はね、私じゃ駄目だったんだ。私が頑張っても、彼の興味は私には向けられなかったんだ。」
「……何か訳アリみたいね。きょーみ無いから詮索する気は無いけど。」
「だからさ、かなちゃんにはあの時みたいに、ずっと輝いてて欲しいなって。彼が描きたい唯一の存在だからさ。」
「……意外ね。アンタならとっくに描いてもらっててもおかしくないじゃない。」
「どうしてなんだろうね?私とかなちゃん、何が違うんだろうね?」
「さぁ?私は彼の事は全然知らないし。例えばよ?……彼は表向きの演技じゃなく、根底にある意識を見ていて、演技をしつつも冷静な自分がいる相手には興味が沸かない、ってのはどう?」
「……可能性あるかも、凄いねかなちゃんは。」
「私とアンタの今の違いを客観的に話しただけよ。合ってるかは分からないし、そもそも彼がそれを意識してるかも不明じゃない。」
確かにそうかもしれない。
誰もが凄いと思う演技をすれば、彼は描いてくれると思ってた。
彼は皆とは違う別のものを見ていて、それが彼の琴線に触れた時に描いているとしたら。
私の演技は彼に届かない。
「じゃ、私は先にお暇させてもらうわね。もう用事は終わったし。彼にはありがとうと伝えておいて。」
「……そっか、そうだね。じゃあ、またね。彼にはちゃんと伝えとく。」
「次の現場でそんな弱弱しい面見せたら、ひっぱたくから。」
ーーーーーー
「……かなちゃん、ありがとうって言ってた。」
「そうか。……有馬かな、良い顔だったな。」
無理やり連れて来た時は不満そうだったけど、終わってみれば存外彼は満足そうだった。
「おっきい仕事って。VTuberの事だったんだ。」
「あぁ。あくまで個人的に大きい仕事と思ってるだけ、だけどな。有馬かなは復活した。
が、今後あんな風に良い方向に転がる保証なんて無い。10年待った。だから待つなんて悠長な事は止めだ。自分で作れば良い。」
自分自身の手で自分の描きたいものを作る。
彼にはその手段も実力もある。
彼は私なんか居なくても、彼に出来ることをしようとしている。
彼は私が思っているより早く、前へ進もうとしていた。
彼はまた遠くに行ってしまう。
私が行かせたのに、私が選択したのに。
「頑張ってね。」
「勿論。」
その行動は結果的に正しかった筈なのに。
彼の後ろ姿に手を伸ばす。手を伸ばせば触れられるのに、心はどうしてかとても遠かった。
「ん?」
「……何でもない。」
自分の気持ちが分からなかった。追いかけたいのか、背中を押してあげたいのか、それとも追い抜きたいのか、それとも横を歩きたいのか。
想いと行動が乖離して、その選択はもう取り返しの付かない所まで行ってしまうのか。
今は全部に目を瞑って、身体だけは横を歩いて、時が来たときの自分に決めてもらうとしよう。