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鯢吞亭で奇妙な噂。
はたして、噂の主はどんな子なのでしょうか?
鯢呑亭。口数の少ないおやじさんと、かわいく、人当たりの良い看板娘が切り盛りしており、人里の人々に人気の飲み屋。
「なあ、美宵ちゃん。知ってるか?」
そして人気の飲み屋では。
「ここいらで妖怪が出るらしいぞ」
美味い煮物と胡乱な噂が良い酒のあてとなっていた。
◆◆◆
「……で、儂らではないのか…と?」
蚕食鯢吞亭。かわいく、人当たりの良い看板
「正直に言ってしまえば、そうですね」
かわいい看板座敷童-奥野田美宵は鯢吞亭にてあまった煮物と酒を噂のせいで不機嫌な化け狸―二ツ岩マミゾウに差し出す。
夕方は鯢吞亭、夜は蚕食鯢吞亭を開いているこの店では、夜な夜な呑み食いしているのを人間にバレてはいけないことが絶対としている。
美宵も客の妖怪もそのことを分かっており、隠ぺいは完璧だ。
ただの火のない煙だとは思うが、念のためだ。常連を呼んで相談して聞くしかない。そう思った次第で、今夜は美宵主催の常連の会を開いた。
「ふむ……確かに儂は夕方の鯢吞亭にも立ち寄り、酒を煽っておるし、人目につきやすい。しかし、儂の変化は完璧じゃ。博麗の巫女にのされたくもないし、少なくとも夕方はおとなしいのを、お前さんも分かってるじゃろう?」
マミゾウはそう反論し、煮物をつまむ。
確かに、マミゾウの変装は完璧だ。完全に人の喧騒に溶け込めている。噂の主はマミゾウではなさそうだ。では、別の妖怪?美宵はさっきから大きな杯で酒を煽っている鬼―伊吹萃香の方を見る。
「―プハッ…なんだ?私のせいかぁ?言っておくが、今回は絶対に私じゃぁいぞぉ―だって、私がバレたら鬼が出る噂になるじゃないかぁ!」
ケラケラと萃香は笑い、杯を美宵に突き出す。
「で?そこの天狗の意見は?」
杯に酒が注がれている中、最後の常連―射命丸文を横目に見る。文はビクリと肩を震わせた後、大きな溜息をつく。
「……確かに、人目に付きやすい記者という職業であり、マミゾウさんみたいに変装も上手ではありません…しかし、件の噂は私ではないと思います」
「ほう?なぜそう言い切れるんだ?」
―怖気ずくな。萃香の睨みに竦んだ文は酒をあおり、再び萃香の方を見る。
「天狗は風、それこそ風の噂を操れる種族です。仮に私の噂だとしても、その程度の噂、たやすくもみ消し、何もない日々に戻っています。そもそも、噂の内容自体、私とは関係ない内容でした」
文は萃香との問答を済ませ、力を抜き、酒を呑みなおす。
「ふむ……ここいらで飲んだくれる儂らは全員否定か。して、噂の詳しい内容は?」
「えっと、お客さんからは、ふらっと呑みの席にまぎれて一緒に呑んで、気づいたらいなくなる。やけに少なくなったおつまみと半分くらい酒の入った器とその請求がその存在が夢ではないことを知らせる……らしいです」
「なんだぁ?その飲んだくれの言い訳や食い逃げみたいな噂は」
美宵から噂話を聞き、萃香は呆れた声を出す。
「でも、私もその人じゃなくて、別の人…ウワサ子さんにお料理を出した記憶がありますし、ウワサ子さんがその人にお会計を任せた記憶があるんですよ。あるのですけど、人だったかも思い出せないんです……このままじゃ、この店になんか変なのがいるとかぼったくりとかのウワサが回ってお店が……」
「なんじゃ、ウワサ子って、いや、ウワサの妖怪疑惑の奴っていうのは分かるのじゃが……まぁ、話を聞く限り、ウワサ子は文ではなさそうじゃな。文はを升単位で呑むしのぉ……しかし、それでならまぁいいかで呑み続けるような問題でもなさそうじゃのう。下手したら巫女の飛び火がこちらにかかってくるかもしれん」
あわあわしている美宵を横目にマミゾウは煙草を呑みながらつぶやく。
「しかし、調べるにも何も、一体どうやってですか?記事にしようと先立って聞き込みや張り込みはしましたが、空振りでしたよ?」
「……ぬうりひょん」
文のしけた報告を聞き、おかわりを催促していた萃香がつぶやく。
「ぬうりひょん?」
「ぬうと現れ、ひょんと去る妖怪だよ。人に紛れる妖怪さ。文の調査力で空振りとなると、おそらく、それに近い奴だろう」
「――ぬうと現れ、か…なら儂がウワサ子を釣ってしんぜよう」
美宵に予想した妖怪を説明している萃香の横でマミゾウはその説明を聞き、呆けながらも答える。
「え!?できるのですか?」
「ん?おうとも。外の世界の昔馴染みが似た能力での。その類の能力なら、対策済みじゃ」
「ふむ。そんな黄昏れるくらいの昔馴染みとは、どんな奴だったんだ?恋人か?」
「ニヤニヤするな萃香。ただの―そう―ただのぬえよりも昔馴染みの。妹みたいなものじゃ」
一服、紫煙をくゆらせたマミゾウは立ち上がり、お代を置く。
「ごちそうさん。明日また来るわい。それまでには準備は済ませておく」
ぴしゃりと戸を閉じ、マミゾウが去った店内に一瞬の静寂がおとずれる。
「しかし、面倒だな。自分の正体を隠して忍び込む妖怪。しかも大きな異変も起こしていない。力の弱い妖怪か、気まぐれか、毒のように侵食しているのか…」
「……それ、あなたが言うことなのですか?萃香さん」
「あー……確かにそうだな!」
文のツッコミで生じた萃香の笑い声は大きく深夜の空へ響いた。
◆◆◆
「はぁ…結局ウワサ子さんを捕まえることなく、いつもの会になったじゃないですか!」
翌日の蚕食鯢吞亭。昨日と同じ面子に美宵は酒と余った焼き魚をドンと渡しながら叫んでいた。
「まあまあ、マミゾウはそうは思ってないらしいぞ?」
「ふぉっふぉっふぉっ。実際、ウワサ子は釣れたしのぉ……っと、すまぬ」
自前の酒を呑みながら笑う萃香を横に、マミゾウは魚を受け取ろうとする。しかし、マミゾウの手元は狂い、魚は皿ごとテーブルに落下する。
「どうした?老眼が悪化したか?」
「じゃかましい。わざと度の低い眼鏡をかけているのを忘れていただけじゃ。いかんせん、意識せんと細かい所作ができんのじゃ」
「なぜそんなことをしているのですか?見えずらくないですか?」
「だからこそ、じゃ。美宵よ。人のように潜み、しかして何もしないぬうりひょん。その能力は何だと思う?」
「え?…普通に、潜むーとか、隠れるーとかじゃないんですか?」
「美宵ちゃん。それだとマミゾウさんが度の低い眼鏡…いえ、わざと見えづらい視界を作っている理由が分かりませんよ」
「あ、そうですね…えーっと、だとー……」
「マミゾウ。くどい。ただ、そこにいてもおかしくない。そんな奴になりきっている。化けの皮でも被っているんだろ?」
文のツッコミのせいで混乱している美宵を見かねて、萃香は溜息を付きながら答える。
「なんぞ、つまらんのう。じゃが、正解じゃ。正確には、自身の外面を人に近づけ、能力でどこにいてもおかしくない。ただの喧騒の。集団の一部にいる存在になる。詳細は省くが、大方そんなからくりじゃ」
大きな一服を吐く。紫煙はあたり一面を覆い、部屋は煙だらけになる。煙そうにしている美宵から、煙を散らそうと、文が風を調理場に流す中、マミゾウは手を広げる。
「つまり、自身の姿。外面が第三者から認識させなければ、集団の一部に化けることもできず、ウワサ子から、化けの皮の剥がれたぬうりひょんが現れる」
煙から今までの面子とは異なる影がボウと揺らめく。マミゾウは立ち上がり、そこまで歩み寄る。
「さ、自己紹介でもしてもらおうかの?妹分よ?」
煙が晴れるとそこには、町娘の恰好の少女が座っていた。
「自己紹介の前に1つ――姉さん。喫煙マナーは守ってください。すごく煙いです」
文が煙草の煙を散らしたのは単純に煙を食事や美宵にかけさせないため。
マナー悪いけど、みんなに度の狂った眼鏡をかけさせるのも面倒だし、手っ取り早く煙を撒きました。