近況の報告を聞きたいあまり、新参者は一人竹林へ。
「……暑いねぇ……」
迷いの竹林の奥底。うだるような暑さを提供する日差しが竹によって遮られてはいるものの、竹林特有の嫌な湿気が相まって、嫌な暑さがラウの身にまとわりつく。
「しかし、迷いの竹林とはよく言ったものねぇ。あくびが出るほどの緩やかな傾斜、見飽きるほど同じ風景。獣道はあれど、どれも無茶苦茶で参考にすらならない――うむ!方向感覚が狂わない方がおかしい!」
腰に手を当て、1人竹林の道中で仁王立ちで豪語するラウ。しかし、その声は虚しく竹林にこだまするのみだった。
「…はぁ……しかし、妹紅ちゃんがいると酒場で天狗の嬢ちゃんに聞いたのはいいものの、予想以上に竹林が広いねぇ……仕方ない。今夜はここで野宿するつもりで出口へフラフラするかねぇ――と、おや?」
「…っと、声の主はここかー…って、ラウ姉ぇ!?」
溜息交じりに腹をくくったのも束の間、藪から目を丸くした白髪の少女が出てきた。
燃えるような赤い瞳。藪の木の葉や蜘蛛の糸が絡まってもなお透き通る絹のような輝きを持つ白髪。格好は異なっていても、この独特の儚さと同居する美しさを持つ彼女を、ラウは見間違えるはずはなかった。
「おぉ!妹紅ちゃんじゃないか!いやぁーここら辺にいるとは聞いていたが、本当に居たとはねぇー!大きくなった?髪伸びた?綺麗になったねぇー!」
「あ゛ー暑い!引っ付くな!ちゃん付けやめてって言ってるでしょ!蓬莱人が大きくならないのは知ってるでしょ!」
求めていた救世主兼旧友を見つけることができ、ラウは妹紅に抱きつき、妹紅に嫌がられ、引きはがされる。そんな行為に満足しつつ、口をとがらせる。
「えー妹紅ちゃんいけずぅー」
「いけずで結構。あーあ!せっかく外まで案内しようと思ったんだけどなー」
「待った、妹紅ちゃ……妹紅殿。古き日に出会い、古き日に別れてから、月と太陽が生と死を繰り返し幾星霜。此度の感動的な出会いを祝うため、チョコレートを手土産として持参してきたのです。ぜひ、そう、是非とも貴方様の家で共に祝杯を頂ければと思うのですが……いかがでしょうか」
「ラウ姉ぇ……急に姿勢低くなるじゃん…まぁ、いいけど、さ、行くよ」
膝をつき、裾を掴むラウに対し、腕を掴み立たせた妹紅は、ラウをひきつれ、竹林の中へと進むのであった。
◆◆◆
「さ、ここが私の拠点だ。ゆっくりしな」
ラウは妹紅に居間まで案内される。木造の古めかしい家屋。木の香りとほのかに燻る煙の匂いが鼻孔をくすぐり、安心感を与えてくれる。
「ふむ―なかなか良い部屋じゃぁないか。洞窟で野垂れていた頃と比べると大違いだねぇ」
「昔のことはいいじゃん。これでも色々成長したし、吹っ切れたしね」
恥ずかしがる妹紅を横に、ラウは彼女の言葉を聞き、スンと目を細める。
「ほう……蓬莱人が成長。吹っ切れとはねぇ……件のなよ竹のかぐや姫絡みかい?」
妹紅の父の恥をさらし、妹紅に復讐の焔を灯したなよ竹のかぐや姫。ラウと別れた日、何年経とうが、何をしてでも、彼女を殺す。そんな誓いを立てたを思い出し、吹っ切れたという彼女の言葉を聞き、ラウは妹紅の成長を感じた。
「うん。話せば長いさ。座って土産と昔話を肴に酒盛ろうさ」
妹紅は酒を出し、ラウはチョコレートを置き、共に座敷で座る。そして、妹紅は昔話を始める。
妹紅が殺したいほど恨んでいたかぐや姫―蓬莱山輝夜に迎え入れられた話。
昨日は妹紅が死に、今日は輝夜が死ぬ。そんな殺し合いを続けていた話。
輝夜が月の兎を匿い、月を隠した大騒動。「永夜異変」のおかげで輝夜達の住処―永遠亭が里や神社といった幻想郷の人々に解放されたこと。
そして、輝夜の差し金で来た連中のせいで肝試しに巻き込まれたこと。
「――で、私もなんだかんだ竹林の救助活動みたいな案内人をやりながら炭焼きで生計を建ててるって感じ」
「ふむ……わっちと別れてから、色々成長しとるの」
妹紅の話を聞きながらの酒盛り。つまみのチョコは半分まで減っており、深けた夜に外は鳴き虫が音楽会を敢行している。
「どうしたラウ姉ぇ?そんな感慨深い顔しちゃって、年取った?」
「じゃかましい。小娘が。まぁ、いろんな看取りでも見てると嫌でも年を感じるがな」
ニシシといたずら娘っぽく笑う妹紅をいなし、ラウは昔を懐かしむ。
「そうだね……ラウ姉ぇみたいに獣の国の指導者をやっていると余計かもね。獣は人以上に儚いし……そうだラウ姉ぇ。煙草ある?」
ラウの言葉に釣られ、同じく懐かしむ妹紅は突然、ズンとラウの方に体を寄せる。
「ふむ?どれがいい?紙?葉巻?パイプかい?」
「ラウ姉ぇが巻いたやつ!」
「おぬしはそれが好きだねぇ…少し待ちな」
「あ!それまだ使ってくれたんだ!」
溜息をつきつつ懐から折りたたまれた煙草入れを取り出す。紅花染めの赤の濃い赤紫色に染まった煙草入れは、妹紅からもらったそれは、今でも大切な宝物だ。
宝物を開くとそこには、刻み煙草と紙が入っており、ラウは手慣れた手つきで巻き始める。
「あぁ、物持ちがいいのがわっちの得意なことだしねぇ…それに、これに煙草を入れていたら大事そうに煙草を吞んでいた妹紅ちゃ…妹紅を思いだせるしねぇ」
「だって、ラウ姉の煙草、なんか特別感があるもん!」
「ハハッ…嬉しいことを言うねぇ……ほい。わっちも火をもらっていいかい?」
ラウは1本、妹紅に巻いたたばこを渡し、自分も煙草を1本咥える。妹紅はそれを取り、咥えた後、指先から火を灯し、ラウの煙草を先に点けてから、次に自分の煙草に火を点ける。
灯した火は煙草を点け、紫煙が燻る。
「……ふう。やっぱラウ姉ぇの巻いた煙草が一番だね。より過去を弔えた気がする」
「煙草の煙は祖霊との交信手段に用いられると聞く。加えて、妖が巻いた煙草に不死の術者が出した炎で点けた煙じゃ。神秘だけで言えば右に出るのは中々ないじゃろう」
「……ねえ、ラウ姉」
フウと吐いた紫煙が窓へと流れる。外は満月――月の光に照らされ、紫の一本線がどこまでも天へ昇っていく。
「ん?」
「色々あったけど、今は楽しく生きてるよ。ラウ姉ぇのおかげでね」
「ふふ――じゃかましい小娘が。それはお前さんの力で手に入れたものだ。自慢される覚えはあれど、感謝される覚えはない」
「素直じゃないなぁー……じゃあ、自慢するよ。最近、輝夜と遊んだり、里の子供にも人気なんだよ!」
妹紅はニッと笑う。そんな彼女を月の光が照らし、神々しく、華やかに彩る。
「ほう…殺し殺されの関係かと思ってたけど、なよ竹のお嬢とは存外仲がいいのだねぇ」
「うん。2人とも蓬莱人だしね。昔は殺伐としていたけど、今は暇つぶしに遊びで殺し合いしている程度だよ」
「…なんぞ、蓬莱人の死生観は理解できんが、まぁ、主観で仲がいいなら良い…の…かね?」
若干引きつつも、妹紅の成長に喜び、微笑みを見せる。そんなラウを見て、ハッと妹紅は急に思いついたのか、口を開く。
「ねえ、最近ここに来たんでしょ?なら私が永遠亭とか案内しようか?」
「ほう、それはありがたい。丁度、永遠亭とやらが気になったしねぇ」
「なら約束。でもその前に」
妹紅は残ったチョコレートを1つ手に取り、口へ運ぶ。
「もう少し、くだを巻こうか」
「賛成」
妖と蓬莱人の会とともに、夜は更けていった。