不死者を想う弔い合戦。
相手は不死者。自分は寿命ある者。
この復讐譚は無意味なのでしょうか?
「ほらほら!それじゃあ私に傷1つも与えられないわよ!」
ラウが幕を開けた輝夜への復讐譚は、ラウの勢い虚しく防戦一方だった。
輝夜が枝を振り回し、極彩色の弾を放つ。ラウはその高密度の光弾に押され、避けるしか手が無くなる。そんな戦いとも言えない惨劇だった。
「ック…姫様という生き物は、運動不足が花と踏んでいたが、存外アグレッシブだったようだねぇ…変な木の枝で光弾を放つとは思わなんだよ」
「あら?お姫様は暗殺でしか妹紅を殺せないとお思いで?それに、これは蓬莱の玉の枝。生半可な復讐の心だと、これに浄化されるわよ?」
輝夜は蓬莱の玉の枝をわざとらしく振り、見せびらかす。7つの煌びやかな宝玉は、周囲の弾幕の光に共鳴し、より強く、眩暈がしそうなほど輝く。
「蓬莱の玉の枝……お前さんが求婚者に与えた難題の1つか」
「ええ、私が持ってきた月の植物、優曇華の枝。月の植物って、案外便利でしょ?」
「月の植物。ね……そりゃ見つからんわけだ。書物でお前さんを読んだことはあるけど、これは評価を変えないとだねぇ」
儚い、触ると消える泡のような姫様。書物でそんな感想を抱いたラウだったが、図太い神経の持ち主の豪胆な姫に評価が上書きされる。しかし、そんな上書きは許さないかのように、弾幕の勢いは増していく。そんな弾幕の前に、ラウは冷や汗と悪戯っぽい笑みをこぼす。
「流石に、このままだとキツイか……なら――早着替の時間だよ!」
バッと慣れた浅黄色の着物を脱ぐ。衣を外したラウの姿は、左前
「どうしたの?コスプレなんかして?」
「まあ見てなさいな。わっちの能力の一端をね!――よっとね!」
ニヤリと不気味な笑みをしたラウは、目の前まで迫った球を拳で軽く弾く。弾かれた球は青い空へと舞い上がった。
「な…なにそれ!?」
「ははっ!なぁに、鬼の威を借りたまでさ。さあ!今のわっちは鬼じゃ!さあさぁ!仕切り直しだ!思う存分、死合おうじゃぁないか!」
◆◆◆
鬼となったラウはまさしく鬼のごとき猛攻だった。避けるしかなかった弾幕は、鬼の衣を羽織ったラウの前には、ただのそよ風に過ぎず、光弾を素手で弾き、着々と距離を詰めていく。
「その能力、デタラメね!弾幕の意味がないじゃない!」
「おうさ!鬼は力がデタラメでデタラメに力押しする妖だからな。これくらいデタラメでなければ!さぁ!そろそろ仕舞だよ!歯ぁ食いしばりな!いざ、いざ、いざ!四歩必殺!」
「チッ。不味い!」
身の危険を感じた輝夜は、常人の域を超えた速度で距離を取り、先ほどまでと比べ物にならないほどの濃い弾幕を視界いっぱいに張る。その極彩色の光で普通なら、目がつぶれるほどだ。
「いい反応だねぇ、どんな能力か分からないけど――無駄だよ!」
一歩、踏みしめ弾幕を散らす。
二歩、球に乗り、球を蹴とばし、輝夜へ接近。
「やぁ、姫様。やっと触れられるねぇ」
三歩、輝夜を蹴り、地に落とす。
「カハッ――」
急激な高低差の暴力に輝夜は肺の中の空気を全て吐き出し、蓬莱の玉の枝をも手放す。半分意識を持っていかれながらも、無意識半分の意地で抵抗しようと落とした蓬莱の球の枝を取ろうとする。
「遅い!これで幕引きだよ!」
四歩、落ちた月の民を殴る。
「――はぁ……はぁ…ふ――ふふ……さ、流石ね……鬼の力を模すことすら可能な貴方の力――ぜひ詳しく知りたいわね」
しかし、息絶え絶えな輝夜を穿たんとする拳は、1枚の巨大な金色の板に遮られた。
ラウの背丈をゆうに超える巨大な板。拳すら通らない堅牢な板は、ラウの姿を反射するほどの清潔さをもっていた。
「でも、今は勝敗に集中しなきゃね」
チョンと板を押す。板はラウの拳の反作用虚しく、ラウへと倒れていく。
「ッチ、一旦距離を――って、足が――」
「復讐鬼さん。私はね。永遠と永遠と須臾を操ることができるの……まぁ、有り体に言えば、さっきみたいに瞬間移動したり、今のあなたみたいに、動きという変化も拒絶できる……まぁ、私にとっては、その程度の能力よ」
「そしてこれは、金閣寺の一枚天井……見たことある?金閣寺。意外に大きいわよね?木の板といえど、あの大きさを支える一枚天井……結構痛いわよ?でも、金色に押しつぶされるなんて素敵だからいいわよね?」
忌み言を言う間もなく、天井の倒れる速度は加速度的に上昇する。季節外れの汚い紅葉を咲かせるまであとわずかという瞬間――
「ラウ姉ぇ!」
さっきぶりの懐かしい声が聞こえた直後に、ラウは板の外へ突き飛ばされる。そして、天井が倒れる。その下で紅葉を咲かせたのは、ラウではなく、妹紅だった。
「妹紅!?何してるの!?」
思わぬ飛び入り客に驚く輝夜は、すぐさま、倒れた金の板をどかし、片づける。しかし、致死量の圧力を浴びた妹紅は文字通り死に体だ。下半身は識別できないほどにひしゃげ、口からも腰からも大量の血液が流れ出ている。
「妹紅ちゃんめ……輝夜殿。試合は中止でいいかい?妹紅ちゃんの治療をするよ」
ラウは妹紅の額に手を当てる。つい先ほど死んだ死体にも関わらず、妹紅の体は異常なほど冷たくなっていた。
「何やってるの?蓬莱人でも、このレベルだと回復に数刻はかかるわよ?」
「分かっておる。妹紅ちゃんは焼死以外は復帰に時間がかかるしねぇ……でも、蓬莱人の性質は生きずして死なず。お前さんの永遠の力の様に、変化は拒絶する性質を持つ。わっちはその内面をうまく使うような。その程度しか使えん能力さ……ほら。さっさと起きな――妹紅ちゃん」
ラウは蓬莱人の性質
識別不能だった下半身は、飛び散った骨が、肉が、皮膚が集まり形を取り戻し、妹紅の姿となる。
異常な冷たさを保持していた体温は、心の臓の鼓動の復帰と共に温かさを取り戻す。
そして、閉じた瞳は再び光を求め、開く。
「がぁあ゛…輝夜ぁ!このなんだよ!あの荷重!致死量じゃないか!ラウ姉ぇに当たってたらどうするんだ!死んでたぞ!――オェ」
息を吹き返し、胃や肺に溜まった血を吐き出しながら、妹紅は輝夜をにらみつける。輝夜はそんなの知らぬ存ぜぬと、裾を口に当て、笑う。
「あら、彼女、死ねない
「おや、バレたか」
「――え?どういうこと?」
悪戯がばれたかのように舌を出し笑うラウを見て、理解が追いついていない妹紅はポカンと口を開き、残った血を吐き出す。
妹紅の知識では、彼女――ラウはただの妖怪だ。他の妖怪よろしく寿命は無いに等しいにしろ、ひどい外傷や病。存在の否定で死ぬ存在だ。ラウが死なない対策を?どうやって?ぐるぐると思考を巡らせた妹紅の答えは――
「え?ラウ姉ぇ、蓬莱の薬飲んだ?」
「たわけ小娘。お前さんとの約束でその手の薬には手を付けとらんよ」
「はぁ……ほら、妹紅。彼女の着物。左前…死に装束
輝夜は溜息を交え、ラウの服装を指さす。
「うむ。左前の着物は死者の衣装。本当は麻着物だけど、それはそれさ。死者の本質はそれ以上死ねないこと。つまり、この外面に内面を適応させると、死者に限りなく近い者になる。そうなったら、大体の攻撃では死ないっていうカラクリさ。まぁ、痛いものは痛いけどね。しかし、流石にあの板は肝を冷やしたねぇ…なんだい、あの板。反則じゃないかい?」
「まぁね。私も本気出しちゃったからね。貴方がその意気で来たから、私もその意気やよしと殺す気でいったってこと。カラクリはわからなかったけど、死ぬ気がないか死にたがりと考えたからね」
フンスとマウントを取る輝夜に妹紅はバツの悪そうな顔で目をそらす。そんな可愛げを見せている妹紅を見て微笑むラウだが、しばらくして、輝夜へ顔を向ける。
「しかし、妹紅ちゃんがかばってくれたとはいえ、負けは負けだねぇ」
「ええ、私の勝ち。復讐は不完全燃焼かしら?復讐鬼さん?」
地面に仰向けに倒れこみ、伸びをするラウを覗き込む輝夜の表情は、全てを見通しているかのような澄んだ表情だった。
一方、妹紅は突然復讐という単語を聞き、再びきょとんとする。
「お前さんの意気のおかげでわっちの意気もどっかに燃え尽きたよ。灰すら残らないほどにね。それに、対策をしたせいで死にかけたけど、逆に言うと、無意味に殺そうとはしない方と見た。存外、仲良くやれてそうで安心したよ」
「ふふ、ならまた妹紅ちゃんと勝負しようかしら?もちろん、ラウさんとも」
「ちゃんって。ラウ姉ぇ!またちゃん付けで呼んだ!?あと何?復讐って!」
「はっはっはっ、まぁ、その話は後で。そうだった!謝罪と言ってはなんだけど、これはいかがかい?外の世界の大吟醸。いい酒だよ」
ラウは倒れこんだまま裾から酒瓶を取り出す。その酒瓶を見て、輝夜は口角が上がり、話をそらされた妹紅は頬を膨らませる。
「あら、いい酒ね。なら手打ちね」
ポンと叩いた輝夜の手拍子で、ラウの無意味で有意義な復讐譚は幕を閉じた。
◆◆◆
手打ちの酒を受け取り、妹紅がラウを引っ張り去ったことで1人となった竹林の広場。傾いた赤い太陽を浴び、輝夜は大きく深呼吸している。妹紅の流した血の匂いと若い竹の匂いと夕日の香ばしい匂いが交じり彼女の肺を満たす。
「いいのですか?姫様?」
「何が?永琳」
そんな輝夜に、先ほどまで隠れていた永琳は問いかける。
「あのラウとかいう娘。姫様を踏み台にしたように思えます」
「ええそうね。目的は不明だけど、大方、幻想郷の住人がどれ位の力量か見たかったんじゃない?まったく。外の世界の妖怪も、いまだに血の気が多いのね」
「結果はあの娘の負け。どう見ますか?」
「さぁ?また喧嘩を吹っ掛けてくるのも良し。おとなしくするのも良し。誰かを巻き込むも良し。楽しんで静観でもしましょ。私たちはどう転んでも面白がれる立場なんだし、楽しみましょ……でも、今は」
輝夜は酒瓶を振り、永琳の方に振り返り、微笑む。赤い日差しのおかげか、その姿には、どこか儚さを感じる。
「これを楽しむとしましょう?」