電池。現代の世界では切っても切り離せない物。
そして、すぐに交換し、捨てられるもの。
容易にに捨てたものをずっと覚えられる物をずっと覚え続ける人などいないわけで。
忘れ去れ、漂着する次第であります。
ラウと輝夜が復讐劇を終えた日の夕方。殺伐とした喜劇がどこかで起きていたとしても、相も変わらず鯢吞亭は、看板娘効果もあり大盛況だ。今日は何が多く売れたとか、あの子とあの子がくっついたとか。そんな噂話の喧騒があちこちで起きている。
「ふぅ――今日も平和だのう」
そんな酒端会議を肴に1匹の妖怪は。二ツ岩マミゾウは1人酒を嗜む。本当は、妹分のラウと積もった話の掃除と行きたかったが、旧友との観光なら仕方ないと、話は積み上げたまま1人で飲んだくれていた。
「お邪魔しまーす……って、ゲ、面倒な方が居た」
そんな侘しい1人酒の席を開いている客に渋い顔を向ける少女が店に入ってきた。
紅白の巫女服に黒がかった茶髪をまとめ上げる大きなリボンをつける少女は幻想郷広しといえど、1人しかいない――妖怪の天敵にして妖怪の味方――人と妖怪の仲介人にして人と妖怪を隔てる壁。
「霊夢よ。うら若き乙女にゲとはなんじゃゲとは」
「うら若きって…まぁいいわ。大人しくしなさいよ――あ、美宵ちゃん。お酒頂戴」
「はーい!」
「へいへい。さて、霊夢よ他の席は満席じゃ。侘しい乙女と共に一杯いくかい?」
苦虫を嚙み潰した顔の霊夢は渋々座り美宵の元気な返事と共に出されたお通しをつまむ。今日はいい根菜が手に入ったらしく、きんぴらごぼうが出てきた。シャキシャキとした歯ごたえと甘めに味付けされたゴボウは、アクセントの七味と絶妙にマッチし、上品な味付けだ。霊夢の口にも合ったようで、渋い目から輝きを取り戻す。
「しかし、霊夢さんがこの時間に来るなんて珍しいですね。一体、どうしたのですか?」
「とぼけないで。マミゾウの妹分が幻想入りしたって言うから様子を見に来たのよ。美宵ちゃんも会ったんじゃないの?」
美宵にお酌をされていた霊夢はギラリと2人を睨む。カミソリの様なその視線は、マミゾウはただ笑い、聞き流し、美宵は手を震わせる結果を導いた。
「おや?つい先日来たばかりなのに、博麗の巫女の耳にまで届くとは。姉も鼻高々じゃな」
「ご丁寧に文が伝えに来たのよ。面白がって。はぁ――早苗といい、董子といい、外からやってきた存在は問題しか起こさないんだから……」
「はっはっはっ、厄介を起こすのが幻想郷の住人の性じゃしのぉ」
溜息をつきつつ酒を煽る霊夢をよそに、マミゾウはケラケラと笑う。
「できればその本分を抑えてほしいのだけど。面倒事を対処するのは私なのよ?……はぁ、でも、件の妹はここにはいないのね。姉に倣って酒を煽ってると踏んだのだけど、はぁ……ここでも無駄足だったわね」
「あいにく、旧友と観光じゃ。言付けなら儂が承ろうか?」
「いや、直接顔を見ないとだし、結構よ……そうだ。ここで会ったついでに、あんたには情報提供をしてもらいたいのだけど」
「そう簡単にするとでも?」
「あら?別にいいわよ?ありがたーいお札が何枚か私の手元から無くなるだけだし」
霊夢はスッとお札を手に持つ。マミゾウは顔を青くしながら首を横に振る。博麗の巫女のありがたいお札効果を痛感しているマミゾウにとっては、この上ない脅し文句だ。
「べ、別に言わんとはいってないぞ?して、何についてじゃ?ちなみに儂のすりーさいずは」
「言わんでいい。最近、魔法の森でこれがいっぱい落ちててね。拾ったはいいものの、何か分からず、霖之助さんに聞こうと思ったら留守。魔理沙も留守。仕方ないから人里で聞いても空振り。で、これが何か聞きたいのよ。見た感じ、何かを封じ込めてるっぽいから迂闊にいじれなくてね」
霊夢は懐からゴロンと細長く小指ほどしかない棒を机に転がす。側面に青地に金の装飾メッキが彩られた棒。両端は銀の地が出ており、一方は盛り上がっており、まるで蓋をされているかの様だった。
「ふむ……これは電池じゃな」
「電池?」
その封印が施されてそうな物をマミゾウは眼鏡をずらしながら確認する。それは、現代に明るいマミゾウにとっては馴染みの物だった。
「簡単に言うと、電気…雷の数万分の1くらいしかないが、その力を使えるようにしたものじゃな。外の世界はこれを使う製品が多いのぉ。恐らく、捨てられただか、長期保管だかで忘れ去られて幻想入りでもしたんじゃろ」
「あー加奈子とかがなんか画策している、ゲンシリョクハツデン?とかで生んでる電力って奴?たいそうな設備のくせに、こんなのでもできるのね」
マミゾウの回答に霊夢は守谷の事業を思い出す。
加奈子が音頭を取り、地霊殿と妖怪の山の協力を得て建てた原子力発電所。霊夢は早苗の頼みで常温核反応を可能にさせる金属を神降ろしで手に入れ譲った。
「あぁ、そういえば、山の上の神さんがアレを建てていたのぉ、お前さんにあの知識があるなら話が早い。あれよりかは大分力は落ちるが…1本借りるぞ」
「別にいいけど…何それ?」
マミゾウは霊夢から電池を1本拝借し、自分の懐から2本1組の糸のような物を取り出す。
糸は、赤と黒に色分けされており、金属とガラスが組み合わされた器具で結びつけられている。
「電球じゃ。これを電池に繋げるとっ」
電池の両端を電球のコードではさむ。繋がった電球はパッとガラス部分が光る。
霊夢はその光景にぎょっとする。幻想郷は未だに油で火を灯し、明かりを確保している。そんな世界では異質な光景だ。
「電池の力で光る」
「すごいじゃない!あんの守谷。こんな便利な力を隠してたのね」
霊夢はわなわなとこみ上げた嫉妬混じりな怒りをテーブルに叩きつける。その衝撃に奥で耳を立てていた美宵はビクリと肩を震わせる。マミゾウは苦笑いし霊夢をたしなめる。
「守谷もあれこれ済めばここにも通すんじゃないかね?いかんせん、これを量産するにしろ、電気を通すにしろ、素材も人も足らん。河童も大規模工事は苦手だしの」
「なーんだ。でも、いいことを思いついたわ!ありがと!」
残念そうな顔を見せたと思ったら、何かを思いつき、明るい顔へと変貌した霊夢は、どたばたと店を去った。
「まったく、コロコロと表情が変わる奴じゃ……しかし霊夢め、一体何をするのやら……って、あやつ、酒代置いとらん…もしかして」
「すいません。マミゾウさん持ちでお願いします」
「まじか」
美宵の言葉に絶望しながら、嵐のような晩酌は終わった。
◆◆◆
「……まじか」
翌昼。マミゾウの日課の散歩を行っていると、唖然とした光景が広がっていた。
霊夢が嬉々として電池を人々に売っていたのだ。
「お守りいかがですかー雷神様の加護がはいってますよーこれで豊作ですよー」
「おい、霊夢よ……一体全体、何をやっておる」
マミゾウは、困惑しつつも霊夢に近づく。そんな困惑などいざ知らずの霊夢はマミゾウの方を振り返り、満面の笑みで売っていた電池を突き出す。
「あら?貴方も一つどう?雷避けくらいにはなるでしょ?」
「それが意味わからんのじゃが」
「あら?これは電気を保存しているのでしょう?なら、これはまさしく、雷神様の荒魂が眠ってる立派なご神体よ。雷は農家の味方。雷が当たった土地は豊作になる。雷の力を持つこれはまさしく、大願成就、豊作のお守りよ」
マミゾウは霊夢から昨日の礼と言わんばかりの半ば強制的にお守りの体制をとった電池を受け取る。電池は、どこからか手に入れたのか、コードをぐるぐると巻きに巻かれ、博麗神社と書かれた布の袋に入っている。
「はぁ……まぁ、お前さんの好きにやったらええか」
「言われなくともよ。もらうもんもらったのなら、さっさと去る!」
「へいへい」
邪魔者かのように手を払う霊夢に追われ、マミゾウは退散していった。
◆◆◆
「なるほど……守谷陣営の持つ原子力だかの発電施設の下位互換が大量に」
「で、巫女は電池のお守りを売っておったわい」
逢魔が時を過ぎた妖の領分の深夜の蚕食鯢吞亭。鬼と狸と座敷童は霊夢のお守りときんぴらごぼうの残りを肴に話していた。
「ちなみに、その電池ってどうやってできてるんですか?」
美宵はカウンターにせり出し、お守りを見る。ポンとテーブルに放りだし、袋からちらりと電池が見える。マミゾウはキセルからプウと煙をくゆらせた後、口を開く。
「儂もわからん。儂は利用者じゃからの」
マミゾウは化学がはびこっている外の世界に暮らしていたが、専門家ではない。深入りしたのはいつも妹分。マミゾウは文明の利器を使っていただけだった。
「電池は電位差によって生じる化学反応を用いた発電装置…まぁ、特別な液で湿らせた棒で電気を生み出していると考えてください。件の守谷の奴とは全然仕組みが違います」
「おや?盗み聞きはよくないぜ?お前は吸血鬼ではないだろ?堂々と入ったらどうだ?」
扉の奥から解説が飛んでくる。その声に反応し、萃香は扉の向こうへ挑発をすると、ガラガラと扉が開かれる。そこには、ラウが微笑んでいた。
「これは失礼。今度は堂々と聞きます」
「はっ、元々勝手に来るのが店ってもんだろ?――で?霊夢のお守りは売れていたのかい?」
「結構売れていたの。流石に博麗の巫女様の箔があると怪しいものでも売れるんじゃのぉ」
「電池でお守りとは――って、これは……」
「ん?どうした?ラウよ」
ポンと置かれているお守りを見て、ラウは顔をしかめる。
「姉さん。お守り壊していい?」
「おう」
「あぁ!大丈夫なんですかぁ?雷神様の祟りとか…」
「そんなものないですよ。ただの電池の工作物。しかも…この作り、中途半端にコード巻かれてるし、中身生きてるし……はぁ――メンドクサイ」
「ん?どうした?」
手際よくバラバラにするラウを見てオロオロする美宵を横に、当の本人は構造を見て大きく落胆する。
「姉さん。これを買った人全員調べてください。住居とできれば農民なら畑の位置も」
「ふむ。任された。部下の狸に情報を集めさせよう。全員となると、4日ほどかかると思うが間に合うか?」
「随時情報を頂けたら……後は……工作をしなければ――女将さん。炭あります?」
「え?ええ、ありますよ一体どうしたのですか?」
「少し面倒な緊急事態が起きそうでしてね……まぁ、博麗の巫女様の尻ぬぐいの準備ですよ」
「おいおい。ラウ。話が見えないぞ。一体どうしたんだ?」
淡々と話を進めていく姉妹と、ない祟りを恐れアワアワしている美宵を見かね、萃香は事情の説明を求める。ラウは、自身の焦燥を落ち着かせ、要求に答える。
「まず、前提の知識として、電池には有害な成分が封じ込められています。劣化で漏れ、人肌に触れたら大惨事です。それに、このコードは導電物質――金属が中に入ってます。これが下手に電池の両極に触れたらボヤ騒ぎ。いえ、大火事です」
「なるほど。危険で電気を生み出せるね……はっ、本当に雷神様が入ってそうだ。しかし、情報を知ってどうするつもりだい?農民の夜は早いが、耳ざといし目ざといぞ?下手に行動したら大騒ぎだ。博麗の巫女様のお守りを奪おうとは!ってね」
グイッと酒を煽る萃香はリスクを伝える。そんな萃香の姿勢やよそに、ラウはフフンと鼻を鳴らす。
「これでも手先は器用でしてね。贋作には自身がありますし、コソ泥にも自信があるんです。幸運にも材料の炭がありますしね」
「……おい、姉分よ。堂々と偽物すり替えと泥棒宣言をしたぞ。こんな妹でいいのか?」
「おうとも。自慢の妹じゃ」
「よーし!妹分、頑張っちゃうぞー!」
美宵から炭を受け取るのを待ちながら、ラウはそそくさと下準備を始め、萃香はあきれ顔だ。
少し自慢げなマミゾウの燻らせる甘い紫煙がわずかに漂って夜は更けていった。