今日はハレの日。
縁日の喧騒を背景に散歩するのも乙でございます。
調べものや盗品が無ければの話ではございますが。
「お待たせいたしました。姉さん」
「おう。待った待った――って、お前さん。その服好きじゃのう」
「ええ、なにかと便利ですし、可愛いでしょ?」
「いや、可愛いのは同意するがのぉ……」
博麗神社への道中。小奇麗な道には、人間のために灯された提灯が点在している。
そんな道中を見守る道祖神の前で、ラウとマミゾウは落ち合っていた。
今日は博麗神社で行われる、夏の締めの縁日だ。道祖神のその先では、トランペットやバイオリンが奏でる音楽や人々の喧騒が聞こえ、温かみのある光に導かれるがごとく、人々が道祖神を通り過ぎていく。
そんなハレの日でもいつも通りのラウの服装に、マミゾウは苦言を呈した。そんなマミゾウの苦情をサラリとかわし、その場でクルリと舞う。お気に入りの緑青色の町娘の服装はヒラリと舞い上がり、練り香の甘い香りがフワリと鼻孔をくすぐる。
「儂的には、もっと洒落た方が好きじゃが、今日はお守り騒動の事後調査と祭りの散歩が主だしのぉ……今の方が都合が良いか」
「ええ、お洒落はまだ先です。しかし、事後調査に、この電池は不要なのでは?」
「ふぉっふぉっふぉっ――まぁ、少し回れば必要だと分かる。さ、行こうか」
ラウはマミゾウに言われて持ってきた電池入りの袋を持ち上げる。ハレの日の中に電池。それも博麗の巫女製のお守りから奪った電池だ。
窃盗品ほどハレの日に合わない物はない。だのに、マミゾウはラウに手持ちの電池全てを持って来いと要求してきた。
真意は分からないが、損にはならない。そんな信頼を元に持ってきたはいいものの、謎ばかりだ。
そんな謎に対して、ぐるぐると思考を巡らせると、ふと、チクリという胸の痛みが思考を遮る。
「そうだ、姉さんに1つ頼み事があるのを思い出しました。変化をお願いしても良いですか?」
「ふむ?どこをじゃ?」
手を合わせ、頼み事をするラウに、マミゾウはウインクをして答える。
ラウは手先を用いるだけで済む贋作を作るのは得意だが、妖力を用いた贋作作り――変化は大の苦手だ。そのため、必要な際はいつも他人頼みだ。
「ここを」
「……ラウよ。これはやせ我慢が過ぎるんじゃぁないかの」
ラウが緩めた胸元を見て、マミゾウは顔を曇らせる。胸は焼けただれ、赤黒い皮膚は、嫌な湿気を帯びている。
「いえ、博麗の巫女様においたを頂きましてね――化粧で誤魔化そうにも、いかんせん痛くって」
「霊夢の退魔札か……確かに、アレは弾幕ごっこ用でない限り、かなり痛い代物じゃが……いささか酷すぎはしないかの?ラウよ、弱ったか?」
「ふふ――わっちが虚弱体質なのは昔からでしょ?」
「はぁ――お前さんは他の輩より脆いんじゃから威勢より身を心配しろって…じっとしておれ」
マミゾウは懐から木の葉を取り出し、ラウの胸元に当て、妖力を流す。とたんに、木の葉はラウの肌に貼りつき、爛れた肌は、正常な肌に見えるようになった。
「よし、これで元と同じじゃろう」
「ありがと、姉さん。後は、わっちの能力で――」
ラウは元通りの見かけの肌に触れ、内側の爛れた肌に外側のを同一にさせ、完治させる。変化と自分の能力で完成する手法は、己のみで完結できない反面、回復、性能向上には一番だ。
「ふぅ――これで胸がスッとしました」
「――なんかはだけた奴がいると思ったら、痴女のラウ姉ぇと狸の旦那じゃないか」
「おう、妹紅殿よ。久しいな」
そんな大怪我騒動に妹紅が横から入ってきた。
「妹紅ちゃんよ。痴女とは失礼な痴女とは――それより、妹紅ちゃんも縁日散歩かい?」
「うん、ラウ姉ぇは狸の旦那と散歩かい?」
「ええ、姉さんとお散歩さ」
「姉さんってもしかして――ええ!ラウ姉と旦那って姉妹なの!?」
妹紅は旧友の知られざる家族構成を知り、一歩後ずさりながら、驚いた。
そんな妹紅を見てラウはクスクスと笑う。
「ええ、血は繋がってないけど、ちゃんと姉妹だよ。ちなみに、姉さんの反応的に知り合いかい?」
「うん、ちょっとした異変がきっかけでね。まさか、友人の姉とは思わなかったよ」
「儂もまさか妹紅殿がラウの旧友とは思わなんだよ」
「はぁー……世間は狭いねぇ――そうだ!2人が良ければなんだけど、一緒に周らない?」
「ほう、それは良い提案じゃのぉ。ラウもいいかの?」
「姉さんが良いのであれば、わっちも大歓迎です。さぁ、共に行きましょう」
ケガの完治を終え、友の新たな関係を知った3人は共に博麗神社へと向かっていった。
◆◆◆
「ふむ、これはこれは、中々盛況じゃぁないか――お守り屋以外は」
夏の終わりを告げる祭りの喧騒はすさまじく、変装した河童や普通の人間が、食べ物やら、遊びやらを提供していた。
そんな騒がしさとは裏腹に、本殿のお守り屋は閑古鳥が鳴いており、つい先日まで大騒動を巻き起こしたお守りは無く、神獣らしき狛犬の獣人が大あくびで店番をしているのみだった。
「ふむ……件のお守りの様子をと思ったけれど、これは一足遅かったかねぇ……完売だ」
「いや、部下に見張らせたが、どうやらそもそも件のお守りは売っとらんかったらしい」
ラウの落胆を聞き、足元に寄ってきた狸からの情報をマミゾウは与える。
「ふむ?あの
「ん?霊夢の奴、前日まで畑の祈祷に回っていたが、ラウ姉ぇがらみか?」
ブツブツと思考を巡らせるラウの横で、妹紅は祭りの前日まで霊夢が珍しく真面目に畑の豊作祈願をしていたことを思い出す。
あの傍若無人が服を着て歩いている奴が自ら巫女の仕事をするとは珍しいと思っていたが、なるほど、ラウが発破をかけたか。そう妹紅は納得をした。
「ふーん、お守りはスッパリ諦め、供給を絶たれた需要は自力で祈祷で賄い、尻を拭う――ほーう……中々面白い奴じゃぁないか」
そんな妹紅の納得はつゆ知らず、ラウは、自分の提案を蹴ってまで、自力で何とかした霊夢に関心を覚えていた。
そんなすれ違いを起こしながら、3人は本殿の奥から少女がこちらに近づいてくるのに気づく。
「はぁ――探してたけど、寝起きには会いたくなかった奴がいたわ……今日は厄日かしら」
そこにはぼさぼさ髪で生あくびを噛みしめながらこちらを睨みつける霊夢がいた。
「おや、霊夢よ。麗しき乙女たちにゲとはなんじゃゲとは」
「うるさい10世紀才――で?そこの初めてみる顔が噂のアンタの妹?」
「おい妹紅殿よ。あの博麗の巫女様の耳に届くとは、お前さんも隅におけんのぉ」
「へへ」
寝起きの少ししゃがれた声でラウを睨みつけた霊夢をよそに、マミゾウは妹紅に冗談を振る。振られた妹紅は、それに乗じ、わざとらしく頭を掻き、照れる。
「へへ――じゃぁないわよ。その隣よ隣。あんたがラウって奴?」
「ええ、ラウって奴でございます。お前さんが博麗の巫女様で?初めまして。いつも姉がお世話になっております」
ラウは大げさに礼をして挨拶をする。先ほどの冗談のせいでイライラしている霊夢は、大きな溜息しながら頭をかく。
「はぁ――別にお世話してないんだけど……まぁいいわ。いい!アンタに教えてあげる――ここはアンタらのための世界じゃない。せいぜい大人しくしてなさい。私に迷惑かけて調伏されたくなかったらね!」
「ええ、ええ。かしこまりました」
詰め寄る霊夢をサラリと躱し、フラフラと彼女と距離をとる。
「なんか腹立つ顔……いいわね!ちょっと前から仮面の女とか現れてこっちも大変なんだから!」
「それはそれは。ご愁傷様です」
「――ックゥー!ーあ゛ー腹立ってきた!今すぐ私の威光を知らしめてやろうかしら!」
「オホン――忙しいところすまないが霊夢よ。お守り屋大盛況じゃがいいのかの?」
マミゾウはどこからか取り出したお祓い棒をラウの首筋に当てる霊夢に忠告をする。
霊夢が振り返るとそこには、先ほどの静寂とは打って変わって、長蛇の列のお守り屋で涙目になりながら客をさばいている神獣の姿が視界にあった。
「まず! いい!面倒な事するんじゃないわよ!」
「……さ、行こうか」
ウインクしてマミゾウはラウの手をつなぐ。どうやらお守りの客はマミゾウの差し金――いや、
「ありがとうございます。姉さん」
「これ以上長居すると本当に調伏の火の粉が飛んできそうじゃしな、退散退散じゃ」
お守り屋で少し引きつったビジネススマイルを振りまいている霊夢をよそに、一行はもう1つの目的地へと向かって行くのだった。
◆◆◆
「さ、ここが電池が必要な場所じゃ」
マミゾウが案内した先には、飴屋を営んでいる少女達がいた。
「おう!マミゾウの旦那!久しいな!」
「おう、山童の。調子はどうかの?」
深緑の迷彩調の服装をした山童の少女は、気さくにマミゾウに挨拶をする。
「ボチボチだな。飴屋はいいね。珍しさから人が多く来るし、旦那の部下の派遣と仕入れルートのおかげでウハウハさ――で、そっちが噂の?」
「うむ。名をラウ。儂の可愛い妹分じゃ」
「なるほどなるほど、私は山城たかね。いつもは妖怪の山で中間問屋をやってる。まぁ、今は出店の管理人だがね。そして、電池の回収問屋さ」
「回収問屋?」
騒がしい飴屋を背に、たかねはラウに近づき、値踏みをしながら語る。そんなたかねの自己紹介にラウは首をかしげる。
「そ、妖怪の山は排他的で物資は少ないが、一部は先進的でね。河童は電動部品を扱える。今回の霊夢のお守り騒動はどうでもいいが、電池はぜひとも欲しい一品だ。霊夢や民家のお守りから、奪取するのはいかんせん手をこまねいていたが、大旦那から、電池に関して、こちらに働きかけがあったのさ」
「なるほど。確かに電池は持っているけど、いくら姉さんの掛け合いとはいえ、わっちも手間賃をいただけないとねぇ」
「もちろん織り込み済みさ。私ら山童は金勘定には妥協しないよ――さ、そろばんの弾き合いでもしようか」
たかねは飴屋の会計にあったそろばんを取り出し、買値をラウに提示する。ラウは顎に手を当て、そろばんの玉を1つ下げる。
「ふむ……ではこれで」
「……おい、そろばんは知ってるかい?これじゃあ、前より少なくなる」
怪訝な顔をするたかねにウインクをしながら近づき、耳打ちをする。
「ええ、で、ご相談なんだけど。妖怪の山観光をお願いしたい。いかんせん、わっちはここの地理は明るくてねぇ。姉さんにお願いしたいけど、排他的なら、餅屋さんの手もお借りしたい」
「ふむ……お前さん、商売下手だね。それなら高くして吹っ掛けた方がいい」
にやけ顔のラウとは裏腹に、たかねは溜息をつく。
「あら、これは失礼」
「そのわざとらしい顔――どこまで考えているのやら……まあ構わないさ。元の値段で案内と飴も付けてやるよ。ただし、河童と山童の領域と守矢神社までだ。妖怪の山は縄張りが多くてね。フリーパスが出せるのはそのくらいさ」
「ええ、十分です」
笑みを崩さないラウに怪訝な顔を送りつけながら、たかねは差し出された電池を受け取り、対価の金と水飴を差し出す。
「さ、これで十分だろ。祭りは長く、あんたの幻想郷歴は短い。楽しんできな」
たかねは別れを告げ、店の奥へと消えていった。そんなたかねの後姿を見て、妹紅はラウに尋ねる。
「なぁ、ラウ姉ぇ。なんで低く吹っ掛けたんだ?」
「なぁに、会計係を挑発したんだよ、おそらく、あいつの手口は、最初の値段をわざと低く見積って相手に値段を吊り上げさせるように誘導させる。そうしたら、自分の財布は想定内の被害で済み、相手――わっちも気持ちよく売り物できるって寸法さ。で、わっちは値段を想定よりさらに下げた。明らかに安いサービスを求めてね。これを貸し借りに勘定されては構わんと、たかねのお嬢は、己がプライドを守るため、ただ働き込みで想定内の値段に戻したのさ。結果、わっちは欲しいサービスをほとんどタダで貰えたのさ。まぁ、彼女のプライドを馬鹿にする手法だし、彼女の忠告的に、もう二度と使えん交渉だけどね」
「ふ……ふーん?な、なるほど?」
「妹紅殿よ。あんま気にするではない。半分口八丁じゃ。まぁ、妖怪の山の案内を儂がしずらいから先の交渉は得じゃったと考えればよい」
「あら、バレましたか……しかし、姉さんも顔が広いですね。博麗の巫女様に、妹紅ちゃん。妖怪の山の会計係と顔なじみとは」
「ふぉっふぉっふぉっ。儂なら地上のみならず、地獄も案内してやろうぞ。なんせ、畜生界のドンの1人と顔見知りじゃからな」
自慢たっぷりに笑うマミゾウを横にラウは遠くを見る。
「……姉の裏稼業を知った妹はどう言う顔をすればいいのかねぇ」
「親兄弟亡くなってしばらく経つ人に聞かないでよ」
「ふぉっふぉっふぉっ。さぁ、もう少しフラリとしようか」
秋の夜長を祝う縁日は、マミゾウの高笑いを喧騒に混ぜながら、過ぎていった。