【本編完結】もしもさりなちゃんがゴローと結婚するとしたら 作:ぶり大根(元・孤高の牛)
僕は誰からも愛される事は無かった。
いや、そもそも生まれた時に既に父親に至ってはとっくに存在していなかったというのが正解だろうか。
父親は母親を孕ませた後に行方をくらませてそれ以来一度も見知った人間の前に姿を現した事は無かったと聞く。
まあ、そんな事はどうでも良い。
母親は僕を愛さなかった。
直接的な虐待は恐らく行わなかったと記憶しているが、とにかく僕に無関心で無感情だった。
今でこそ分かるがあれは俗に言うネグレクト、所謂育児放棄だったのだろう、必要最低限の食事と自分が楽をする為に教え込んだ生きる為に行う必要最低限の事以外何一つ関わらなかった。
そんなだから僕は自分の命の価値も、他人の命の価値も、そしてその他万物への命の価値も知らなかった、いや知る機会さえ与えられなかった。
だから、だろう。
その俗に言う母親と呼ばれる存在である物体が事故に遭ったと聞いた時も、搬送先の病院で死んだと聞いた時も、通夜も、火葬時も、葬式も、それが終わってからも、そして今も。
『それ』の死に対して何一つの関心も感情も浮かばないのは。
親戚からは
「まだ死を理解出来ないのだろう」
「あまりのショックで泣く事すら出来ない」
「哀れな子ども」
そう見られていた。
だが、次第にその感情は無機質な僕を恐怖の目で見始めた。
「不気味だ」
「子どもらしくない」
「怖い」
と。
そしていつしか僕は児童養護施設に入れられ、そこで数年を過ごす内にふと気付いてしまった。
ある日テレビを見ていた時に目に入った光景がある。
『大ベテラン俳優、惜しまれながらの最後の別れ』
――嗚呼。
これが、命の価値。
愛された者が死ぬ瞬間こそが最大に命輝く瞬間なのだろう。
ならば僕は『価値ある命』に好かれ『価値ある命』を奪う事で僕自身を『価値ある命』へと変貌させよう、それこそが生きる意味なのだろう。
『愛されたい』それを行う為に劇団にも所属した。
ある意味テレビの影響と言えばそれは正しいか、丁度良くその養護施設に来た劇団に直談判して拾ってもらった。
結果としては、良くも悪くもそこそこ止まりだけれど。
いや、悪い事の方が多かったがその劇団に所属した事でアイと出会う事が出来た。
ワークショップとして来た彼女は最初は無愛想だと思っていたのに彼女もまた同じ境遇にいたと聞かされ、気付けば惹かれ合っていて、身体も重ねた。
そうすればお互い『誰かに愛される事、誰かの事を愛する事』それが分かると思って。
だがそんなものは幻想で、結局のところ何も分からなくて。
劇団に入ってすぐに犯されたあの時と同じなのかと感じてしまって。
ならばやはり、彼女を殺すしかないのだろうと結論が付いた。
幸いにも彼女はグループ知名度こそ中堅止まりも他のとは一線を画した『価値のあるアイドル』だった。
しかし不幸にもそれが僕の命の価値をすり減らしている、そう思っていたのも事実だ。
だとしたら彼女を殺す事で初めて愛を知れるのではないか、そうして彼女のファンを一人引き入れ言葉巧みに操り殺そうと目論むも、失敗に終わった。
それどころか洗脳したはずのファンまで正気に戻された。
愛を知る機会は失われた。
だとすれば僕の命の価値は?もう知る機会は無いのか?そうして僕は絶望に苛まれた。
「本当なら何としてでもアイを殺そうとした。僕の命の重さを知る為に」
「ふーん。それで?今はセンセがいるから違うと?」
「そうだね。最初の頃はとんでもない変人と知り合ったものだと思っていたけれど……なんかあの人、お節介極まりないよね」
「でも良い人でしょ?」
「まあね。にしてもリアクションが薄いなアイは。一応僕、アイを殺そうとしてたんだよ?」
「そんな事よりセンセが思った以上の人たらしと分かった事の方が重要だもん……チッ、分かってはいたけどなんかフクザツ……」
「え?今舌打ちしたよね?」
本来ならそこで終わりのはずだった。
だが、救いの手はあった……皮肉にもそれは、ターゲットとして一度狙った事のあるアイの主治医だったが。
彼は僕を否定しなかった、他の誰しもが怖がり表じゃ一切出さなかった『あの目』を肯定してくれた。
そして頼れと言ってきた。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも連絡先を交換したあの日以降、僕の殺人衝動が出てくる事は無かった。
きっとそれは、自分の命の価値を、彼が様々な事を通して教えてくれたからで。
だからこうしてあれから半年以上経過して、踏ん切りが付いた僕はアイと会っていた。
今ならばフラットな関係性で話せるだろうと確信して。
……思った以上に彼女はふてぶてしく生きてたみたいだけど。
「だってだって好きになった時にはもう試合終了の恋で、それなのに人たらしであっちもこっちも懐かれて……ただでさえ甘える時間減ってるのに……センセったらほんとに……」
「……アイは、愛を知る事が出来た?」
「うーん?うーん……男女間の愛じゃないけれど、親愛?みたいなの?は知れたかもね。ヒカルはどうなの?」
「僕は……」
僕は、どうなんだろうか。
確かに先生のお陰で僕は真人間に少しずつ近付いているのかも知れない、だがそれとこれとは話が別だ、愛を知れたかどうかは正直定かでは無い。
だが、だと言うのに。
別に知らなくても良いやと思う様になっていた。
今はまだその段階に無いだけなのだと思える様になったから。
でも。
「……僕は、今度こそ。時間が掛かっても良い。
「……私の事もって事?」
「そう。今の僕にアイへの恋心は無い、アイも僕への恋心は無いだろう。でも、それとこれとは別として、もう一度ちゃんと君と向き合っていきたい。……僕の責任で弔った子どもの事もある、でもそれを抜きにしても今度はフラットな関係性で、友人として付き合いをしていきたい、その中で友人としての友愛を知りたい。ダメかな?」
やはり僕はアイという人間に興味を惹かれていた。
彼女がどういう魅力があり、どういう生き方をしてきて、今どういった生き方をしているのか。
それと真摯に向き合い、一人の人間として関わっていく事が出来ればもしかしたら愛を知れる可能性がある。
それが無いとしても、アイを知る事は出来る。
もう一度0から歩み出すと言うならば、アイとの関係性を0からまた構築していくのが明確なスタートラインだろう。
「変わったねえ、ヒカル。良いよ、さりなもセンセも普段は宮崎住みで丁度私の事情知ってる友達欲しかったし。もうあの頃のヒカルじゃないって分かるし」
「ありがとう、これからまたよろしくね」
「うん。良かったらステージも見に来てよ?」
「……気が向けばね」
「連れないな〜、まあそこがヒカルらしいと言えばらしいんだけどさ」
これからの僕が歩む道は、これからの僕しか知らない。
せめてその道が幸せでなかったとしても、死ぬ瞬間に『そこまで悪くなかった』そう言える人生が送れる様に。
そう、願うのだった。