【本編完結】もしもさりなちゃんがゴローと結婚するとしたら 作:ぶり大根(元・孤高の牛)
「……ここ、か」
まだ桜も満開にならない3月の中旬。
吾郎は1軒の少し古びた家の前に佇んでいた。
それは自分の過去との精算をする為に、強い後悔と苦しみともう一度向き合う為に。
「僕はもう……逃げたくない」
そのキッカケは、なんでもない様な1件の手紙からだった。
『よう、先生。突然手紙なんて送っちまって悪いな。実は嫁と別れる事になったんだ。元々ソリも合わなかったのもあるが……息子のさ、本当の父親。俺じゃなかったんだってよ……笑っちまうよなあ、こんなにも愛されてなかったなんて。
悔しくて、苦しくて、今にも何か衝動的に動いちまいそうになったけど……辞めた。俺はもう一度役者として生きるって先生と約束したからな。あと、俺と血が繋がってなくても息子は息子だって思ってるしな。
んでよ、そうして色んな事乗り越えたお陰か深夜の1クールドラマだけど主役、やっと貰えたんだ。先生が俺の事後押ししてくれたお陰だ、本当にありがとうよ。息子にも、やっと俺の演技を見せてやれると思うと楽しみなんだ。で、礼を言いたくて手紙出したんだ……小っ恥ずかしいけどどうしても伝えたくてな。あ、ちなみにタイトルは……』
上原清十郎、かつて吾郎がBARで出会った呑んだくれの俳優だった。
しかしその彼はその出会いにより奮起し、地獄のような辛い現実に直面しても耐え切り注目度こそ低いが主役という念願を手にしていた。
そう、彼は自分と向き合い家族と向き合い乗り越え少しずつではあるものの人生をリスタートさせていたのだ。
そしてそれがしたためられた手紙を見て、何も思わない吾郎では無い。
さりなと結婚するまで自分には家族なんていない……そう思って人生を過ごしてきていた、それがさも当然と言わんばかりに。
だが本当にそうだろうか、自分はただただ逃げていただけなのではないだろうか、ただただ見たくない現実から目を逸らしていただけなのではないだろうか。
そう思うと、どうしても行動を起こしてしまうのが今の吾郎だった。
「……ふぅ」
幸いにも、祖母の葬式に参列していた時に父親……の現在の家族に、連絡先をもらっていた事を覚えていた彼はその連絡先の住所に向かう事を即座に決意。
さりなにも後押しをされ着くには着いた。
「馬鹿、ここまで来て何緊張してるんだ」
が、あと1歩で手が震えてしまう。
もう30数年会っていない、顔なんて知るはずも無い父親。
思えばアポなんて取らずに勢いだけで来てしまった手前どう会えば良い、どう話しかければいいなんて全くノープラン。
最後の最後で爪の甘さが露呈していたのだった。
「……おや、家に何か御用ですか?」
「あ……その……」
どうしようか、と右往左往していると後ろから声を掛けられる。
出掛けていたのか自転車から降りてきた高齢の男性が優しそうに声を掛ける、その姿はどこか吾郎にも似た雰囲気を漂わせていた。
確信する、この男性こそが『雨宮吾郎の父親である』と。
グッと拳を握りしめる。
ここで何も言えなかったら、逃げたままの人生で終わる……そう思っていたから。
拒絶される可能性の方が高い、何ならもう何一つ覚えていないかもしれない……そんな恐怖や不安と戦いながらも、彼は声を絞り出す。
「僕は…………僕は、雨宮吾郎……と言います」
「雨宮、吾郎……」
高齢の男性は名前を聞いた瞬間、大きく目を見開く。
それは男性がその名前に大きく聞き覚えがあるという事を証明するにはあまりにも容易だった。
「お前……吾郎……吾郎なのか……!?」
「貴方は……僕の実の父親……ですか……?」
意を決した吾郎の言葉に、どう声を掛けるべきかと男性はしどろもどろになり数瞬考え込む素振りを見せる。
やはり唐突に来てしまったのはまずかったか、と彼が後悔しかけた瞬間にその口はおずおずといった様相で開かれた。
「……ここで話し込むのもなんだ、家に上がると良い」
「……はい」
動揺を隠せていない男性だったが、それでも言葉は紡がれた。
30数年前に捨てたはずの想いが突然蘇った……蘇らざるを得なかったのだから仕方ないだろう。
それでも平静を装おうとするくらいは出来たのは、心の中でいつかこんな日が来るという事を覚悟した日があったからか。
それは最早本人にも分からない。
「あら、お客さん?……って、貴方は」
「事情は後で話す。すまんが居間を借りるからしばらく2人きりにさせてくれないか」
「……分かったわ、その前にお茶だけ」
「ああ」
男性の妻と思しき女性は吾郎を見るなり全てを察していた。
彼の祖母、その葬式に来ていた実父の関係者というのが彼女であった為だった。
吾郎は1つ会釈をし居間へと招かれる。
「座ると良い」
「……失礼します」
重い空気が流れる。
それもそのはず、いくら30年以上前の話と言えどお互いに心に深い傷を負った出来事であるのは間違いない。
どう声を上げるか……となった時に、先に沈黙を破ったのは男性の方だった。
「本当に……吾郎なんだな」
「……祖母の葬式に、奥さんが来ていたのを覚えています。そして……連絡先を渡してくれた事も」
「……全く、アイツは。だが、ならどうして俺を訪ねて来たんだ。俺は……お前に言ってはならない事を言ったんだぞ」
吾郎は目を見開く、それは予想だにしていなかった言葉だった。
今でも恨んでいるものだと思っていたからだ。
だから……それを言われて、彼は不意に熱いものがじわりと込み上げてくるのを実感する。
「僕は……逃げていた。僕が生まれた事で母さんが死んでしまって、貴方に恨まれて。それを言われたという事実を言伝に突き付けられただけで、生きている価値が無いんだと、生まれるべき存在じゃなかったんだと。
でも、知り合いが……辛い現実を突き付けられた知り合いがそれに立ち向かう姿を見て、そして『生きるのを楽しいと思えてきたから』今度は逃げずに立ち向かいたかった。だから迷惑かもしれないとは思いつつも、こうして会いに来てしまいました」
彼は思う。
もしもさりなに出会っていなければ、間違いなくこの現実と、父親とは一生向き合うキッカケすら無く生きていたのだろうと。
そしてあの日あのBARに立ち寄らなければ、上原清十郎に出会わなければ決心出来なかっただろうと。
「確かに俺はお前を恨んだ、恨んでしまった、そしてお前を捨ててしまった。だが……歳を重ねれば重ねる程、後悔した。
ただただ生まれてきただけのお前に罪なんて無いはずだったのに、アイツは望んでお前を産んだのに……どうして捨ててしまったんだろうと。でも、今更……会いに行けなかった……身勝手に捨てた身で会いに……行ける訳が無かった……」
男性も強い後悔をしていた。
少し考えれば分かる話だった、彼は生まれてきただけで何一つ罪は無く、産む決心をした当時の妻は吾郎を愛してほしかったと。
顔を伏せ、両手で頭を抱える男性の目からは大粒の雫が滴っていた。
35年の後悔がそこにはあった。
自分の罪の重さを自覚した末の涙だった。
そして吾郎もまた、溢れるものを抑えきれなかった。
「そうか……僕も父さんも、もう恨んじゃいないんだなあ……」
「そう、だな……」
だが吾郎の顔は、笑顔だった。
お互いに知らないところですれ違い後悔し会えなかっただけだった、そう分かればこそ彼はもう心にわだかまり等無かった。
「ほんと、親子揃って似た者同士だなあ」
「しかし、お前がアイドルと結婚しているとは驚きだな」
「しかも結婚してからアイドルになった現役女子高生だからね……僕もアイドルになると聞かされた時は驚いたもんだよ」
わだかまりが解ければ後は親子の時間だ。
彼等はお互いの近況に付いて話していた、父親は歳は取ったもののまだまだ健康体そのものだという事、吾郎はさりなの事を。
流石に父親も面食らっていたが、ニュースでさりなの事を聞く機会があったのかすぐに納得していた。
「しかもその子と武道館で挙式をするんだろう?凄い育ち方をしたもんだ」
「あはは……」
「何はともあれ一生モノになるんだ、ちゃんと楽しむんだぞ」
心のつっかえは取れた。
しかし吾郎にはまだ1つだけやりたいと思っていた事が残っていた。
少し恥ずかしそうにしながらも、そっと切り出す。
「な、なあ父さん」
「どうした」
「その……関係者席……さ、まだ2個空いてるんだ」
「……」
「良かったらさ、2人に来てほしいんだ」
「妻も……良いのか?」
「あの人がいなかったら父さんに辿り着けなかったし、何より父さんを支え続けてくれていた人だろ?……僕が呼びたいんだ」
武道館挙式のチケット、それも関係者席のものだった。
わざわざ吾郎は2枚、壱護に頼んで用意してもらっていた。
それを『空いている』と表現したのは照れ隠しだろうか。
「ありがとう。妻もきっと喜ぶ」
「うん。……それじゃあ僕は帰るよ、急に来てごめん」
「ああ」
夜も遅くなるとさりなが心配してしまうから、と立ち上がる。
まだぎこちないが、お互い少し晴れやかな顔をしていて。
「……吾郎」
父親が呼び止める、少し名残惜しそうな声で。
それに無言で振り向く。
「今度、2人で飲もう」
「うん」
決して離れていた35年は簡単に埋まるものではない。
しかしそれ以上に。
『親子』は強いもので結ばれている、そう信じて。
今度こそ次回最終話のはず!!今度こそね!!
しかし推しの子の展開読めなさすぎて寧ろ本編何一つ関係無いこの作品が何も影響受けなかったの面白すぎる、やっぱり最強はゴロさりだったか…