【本編完結】もしもさりなちゃんがゴローと結婚するとしたら   作:ぶり大根(元・孤高の牛)

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アイだって本当は強い子なんかじゃなくて、一人の少女である


もしもアイとさりなちゃんが邂逅したら-2-

 みんなには、夢はあるだろうか。

 小さな夢でも大きな夢でも良い、そんなものが。

 僕にはなかった、そもそもが生きる意味さえ見いだせないまま生きてきたのだから当たり前だが。

 

「風が気持ちいいな」

 

 屋上で一服しながら風に当たると、とある事を思い出す。

 12歳になるかどうか、と言った頃さりなから聞いた『夢』の話だ。

 

 

『アイみたいに格好良い衣装着て、可愛い歌うたって、みんなにコール貰ったりしてさ!』

 

『大きなステージに立ってみんなに喜んでもらって!』

 

『夢だな〜』

 

 

 病気が完治するかどうかも分からず……いや、この時は既に天童寺家の顔もすっかり見なくなっていた頃だから治る見込みはほぼ無い状態と言っても過言では無かった。

 その中で願ったこの想いは果たしてどれだけの気持ちで発せられていたのだろう。

 どれ程願い、諦め、それでも徐々に霞んでいくその夢に追い縋り続けたのだろう。

 

「……今もまだ、持ってるのかな」

 

 さりなはそういったワガママを一切言わない。

 今が十二分に幸せだから言う必要が無いと言えばそれはそうなのだろうが、あの時願った想いがそう簡単に消えるとは到底思えない。

 ならば、もしかしたら。

 今でもアイドルになる夢を秘めているのではないだろうか。

 

「本人が言わない限り分からないから、分からず終いかも知れないけどな」

 

 それとなく、今度夢でも聞いてみようと夕陽が落ち行く茜色に染まった屋上を後にする。

 

 

 そう言えばあの日からさりなとアイは意気投合したのか長年の親友の様な息の合い方を見せる様になった。

 名前すら覚えられるのかと思っていたが杞憂の様だった。

 死産の影響で思い詰めたり鬱になってしまわないか心配だったが、さりなも察してくれているのかアイに笑顔が戻ってきている。

 なら、僕もいつまでも落ち込んでばかりもいられないというものだ。

 

「さりなー?入るぞー」

 

 アイの方は偽名を使ってるから口を滑らせる事が無い様に注意して病室に入る、相変わらずきゃいきゃいと年頃の女子らしい可愛らしい声が聞こえてくる。

 

「あ、せんせ!」

 

 とてとてと走り寄ってくる我が嫁、うん今日も可愛い。

 そんな我が嫁は何やら言いたい事があるのか、ソワソワしているご様子……なら、ここは年長者である僕が喋りやすい雰囲気を作らないとな。

 

「どうした?アイとの話で僕に言いたいエピソードでも出来たかい?」

 

「それもあるんだけど!……その、少し折り入って話が」

 

「さりながそう言うって事は、何かしらやりたい事でも出来た?」

 

 その目は、間違いようも無くあの日辛い中で夢を語った時のさりなの目をしていた。

 そうか……アイに誘われたかな、これは。

 アイは突飛押しもない事をするとは思っていたけれど……もしそうなら、とんでもない子かも知れない。

 

「うん……あのね、私……アイドル、したいの……」

 

「私が誘ったんだ〜☆夢だって話してたからさりなならアイドルやれるんじゃないかーって。こーんなにも溢れ出る人を惹きつけるオーラしてるんだもん、私が保証するけど確実に成功するよ!」

 

 うーん、これはとんでもない子で確定かなあ。

 でもさりながアイドルやれば確実に成功するは本当に同意したい。

 この可愛さは天下取れるよ、いやほんとに。

 とはいえ宮崎からいきなり東京となると色々と考えなければならない事も出てくる訳で。

 

「……B小町って現状学生多めだよね?」

 

「うん。だから活動は週末主体だね」

 

「さりなは勉強も人並みにやってるし、今まで良い子過ぎるくらいに育ってきたからなあ……僕としては応援したいと思ってる。ただこれは勿論だけど『社長さんがOKしてくれたら』と『週末限定』の話になるからね」

 

「わぁ!ありがとうせんせ!」

 

「いえーい、やったねさりな〜!」

 

「うん!ありがとアイ!」

 

 勉強も苦手と言いつつ頑張って平均点以上のアベレージは確保出来てるし、週末限定なら学校を疎かにする事も無い。

 それにずっと夢だったのは僕も知っているんだからここまでおあつらえ向きに条件が揃ってしまったら後は応援するだけだ。

 

「ううん、これはなんて言うかお礼でもあるから」

 

「お礼?」

 

「私さ、赤ちゃん失ったって言ってもそんなに泣かなかったじゃん?」

 

「……そう、なのかな?」

 

「センセの前でも、さりなの前でも、一人でも、泣かなかった……泣けなかった、が正しい……かも知れない。悲しかったし、これからの事だってたくさん考えてたんだけどね。泣き方が分からなかったんだ、ずっと嘘の仮面を被って生きてきたせいで、ね。でも……やっと、赤ちゃんの事ちゃんと泣ける気がするから。……さりなと話してて、自然と笑う事がこんなにも簡単だって気付けたから」

 

「アイ……」

 

 アイは悲しそうに、それでいて笑顔で話していた。

 心が強いなんて思っていたけれど、全くそんな事なんて無かった。

 この子はただひたすらに我慢して、そして我慢し過ぎて忘れてしまっていただけだったんだ。

 

「じゃ、私おとーさん呼んでくるからちょっと待ってて〜」

 

 そう言ったアイの背中は、ほんの少しだけ震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――愛ってなんだろう。

 愛する事、愛される事、私はそのどちらも分からなかった。

 だから赤ちゃんの事も大切ではあったけれど、失っても泣けなかった、泣く事が出来なかった。

 

 そんな時にセンセがカウセリングついでにと話す事になったのがさりな、センセの奥さん。

 聞いててやっぱり敵わないな〜と思うようなエピソードばっかりでちょっと妬けちゃう事もあったけど、どこまでも嘘偽り無い笑顔で話すさりなと接してる内に今まで仮面を被りながら笑っていたのが自然と笑える様になった。

 

「だからアイドルに誘ったんだけどね」

 

 さりなには人を惹き付けて、自然と笑顔にさせる力がある――私はそう直感的に確信した。

 だから夢がアイドルだったと聞いてすぐ誘った、恩返しの意味も込めてね。

 

「あーあ、帰ったら赤ちゃんの為に買った服とかベッド……どうにかしなきゃなあ……」

 

 自然と笑える様になって、他の感情ももしかしたら。

 そう思った。

 

 ポツポツと涙が頬を伝う、泣くなんていつぶりだろう。

 お母さんに虐待された時だって、赤ちゃんを失った時だって、しゃちょーの事おとーさんと呼べた時だって、無かったのに。

 

「……泣くって、こんなにも悲しくなるんだぁ……」

 

 今までだって悲しいと思っていたのに。

 そんなものとは比べ物にならないくらい、涙と一緒に悲しさが流れてくる。

 

「ごめんね……ごめんね……産んであげられなくて……あ……う、あぁ……」

 

 誰もいない廊下で、今はただ泣くのを止める事が出来なかった。




個人的には心の底から笑う事が出来なかった、愛を伝える事が出来なかった人間が心の底から泣けるのかという議題が今話を書くに当たって付き纏っており、流れ自体は決まっていましたが割とかなり慎重な執筆となっています
なのでこういった解釈でアイの人間像を描かせていただきました


雨宮さりなの秘密
パッと見で分かるくらいアイ(151cm)より背が低い
自称150cmだが同級生のデータ屋男子曰く「146cm」らしい
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