【本編完結】もしもさりなちゃんがゴローと結婚するとしたら 作:ぶり大根(元・孤高の牛)
俺はもしかしたらあの日あの場所で、若しくは近い将来破滅して死んでいたかも知れないと最近良く思う。
アイ……唯一心の拠り所だったアイドル。
そのアイドルが妊娠していたと知った、というかとあるガキから知らされたんだがそれで安直にも絶望してアイを殺害なんて選択肢を選ぼうとした俺は今振り返ってみれば特大の馬鹿だ。
まあそれも先に主治医を殺そうとしてヘマして助けられて諭されちまって、すっかり丸くなってこんなところにいる訳だが。
病室で一人……ではなく、割と大人数部屋ではあるが。
にしても、だ。
「よし、ツモだ、2000-4000は…2100-4100か」
「あっちゃー兄ちゃんつえーな」
「やっぱり若い子の脳みそは凄いなあ」
「この前なんて碁でも遂に負かされたわ」
「本当かい、コイツぁ驚いた」
しかしこの病室、飽きない。
最初はジジイだらけでどうなるかと思ったが話してみると陽気なジジイが多くて、一見仏頂面で気難しそうだったジジイもただの麻雀爺さんだったりと、人に恵まれたと言えば恵まれたのかも知れない。
暇過ぎて爺さんに教えて貰って覚えたボードゲームで暇も潰せるし、つまらないと思ってたボードゲームがこんなにも楽しめるものになるとは思いもしなかった。
「……ほんと、こんなに世界が違って見えるなんてな」
「なんか言ったかい?わしゃ耳が遠くての、良く聞き取れんのじゃ」
「いや……ボードゲームなんてやった事無かったから楽しみ方なんて全く知らなかったけれど、こんなに面白ぇなんてってしみじみ思ってさ。感謝してるよ」
「そうかいそうかい、いや〜今時こんなに囲碁や将棋にハマってくれる若者なんてそうはいないから宮崎住みならウチの孫にも教えてやってほしいんだがねえ」
だから……いつもなら言わないけれど、あの先生に感謝して、今ここにいる事に感謝してちょっとだけ踏み出してみようと思えた。
「……じゃあさ。東京帰ってからも月1くらいで来るから、またみんなで一緒に麻雀とか碁とか将棋とかさ、やろうぜ」
「良いのかい?結構お金掛かるけれど……」
「いーんだよ、俺って割とつまんない人生送ってて人生迷子ってやつ?になってたから、こうして見える世界が変わったキッカケっての?そういうの手放したくないんだよ」
実際費用は割と掛かる、わざわざ毎回空の旅しないとならないのは少し冒険だしこれから買うアイやB小町みんなのグッズ費用も多少削る事にはなる。
だが、この関係性をここで終わらせたくなかった。
「みんな元気に退院してよ、また集まってたくさん楽しい事教えてくれよ、頼むぜ爺さん達」
「はは、それなら俺達も長生きしなくちゃなあ」
そう言って笑う爺さん達を見て、勇気を出して言ってみて良かったとホッと胸を撫で下ろす。
なんだ、世界ってこんなにも簡単に見え方が変わるもんなんだな。
……だったら、いつかきっと。
俺がアイに引け目をせずにまた推せる日も来るのかも知れないな。
漠然とだが、そう思う事にするのだった。
「ふわぁ……こんな深夜に目が覚めるなんてなあ」
深夜、誰も彼も寝静まった頃に下手に起きたが最後眠れなくなってしまってリハビリがてらちょっとトイレに行っていた。
別に眠れなくても特段困る事も無いが、やる事も無くて困ったもんだと手持ち無沙汰にウロウロして結局窓から夜空を眺める事にした。
そうすれば何となく落ち着く気がしたから。
「推してた頃は一番星を見つけるのが趣味だったっけか」
アイは一番星だ。
それにあやかって俺は日課の様に毎日一番星を見つけてはカメラに収めていた、そうすればほんの少しくらいはアイの気持ちが分かるかも知れないという幼稚な発想だったが。
結局アイを恨んでいたと言っても俺は中途半端だった。
自室にはファンだった頃のグッズもポスターも、そして印刷して取っておいた一番星の写真も何一つ捨てられずにいたから。
きっと心のどこかじゃこんな事したくない、アイを傷付けなくないなんて思ってたんだろうなとふと思い返す。
「ま、雨宮先生には感謝しとかないとな」
あの人アレからちょくちょく病室に来ては気に掛けてくれてたし、何だかんだちょっと仲良くなったんだよな。
現役JKの嫁がいるのだけはリアルに羨ましかったけど、てか可愛すぎじゃねあの子。アイドルなれるポテンシャルあるよ、なったら推すし。
……まさか所帯持ちがアイドルなんてしないだろうけれど。
「ひゃっ」
「あ、だ、大丈夫か?」
そんな風に色々考えていると不意に誰かがぶつかって来た感触がした、夜中だし誰かいるとは思わないだろうが不注意は危ないぞ……
「ごめんなさ〜い…………リョースケくん?」
「あ……アイ……」
いや待て、待て待て待て待て。
いくらなんでもここでアイと鉢合わせるのは聞いてないだろ。
確かに俺は引け目をせずにまた推せる日をと言ったがこんな早くターニングポイント来る事ある?おかしくない?
「リョースケくんだよねっ、いつも握手会とか来てくれてた!しかもいつも全員分の握手券買ってくれてたよね!うわ〜久しぶり〜最近ライブ来なかったから心配してたんだよ〜」
しかも認知されてる……だと……
確かに俺はアイ最推しと言えどB小町全員を応援する為に高校生になってからは毎回全員分の握手券を買って話していたが……
「あ……えっと」
「もしかしてライブ来れなかったのって宮崎に引っ越してたから?だとしたら仕方ないよね」
……いや、どうする。
ここで適当に誤魔化したところでアイは信じるだろう、だってアイドルはファンにとって、たとえ生でライブを観ようと『画面の向こう側』の存在なんだ。
だからここで逃げたって……
「お、れは…………ごめんっアイ!」
「ふぇ?急にどうしたの?」
「俺……本当は……アイの妊娠を知って……それで……勝手に恨んで……」
「…………そっか、バレてたんだぁ」
逃げられる訳が無かった。
ここで逃げたら、今までと何にも変わらないじゃないか。
一歩踏み出すって決めたんだろ、だったら嫌われても良いからちゃんとこの心に決着を付けるんだ。
「なら尚更仕方ないよね。私だって今更簡単に妊娠した事、浅はかだったって思ってるし」
「でも今は違う。信じてもらえるか分かんねえけど、雨宮先生に色々と助けてもらってな……考えが変わった」
「そっかそっか、センセはほんとに凄いなあ……」
浅はかだと言う言葉に重みを感じてしまう。
出産の結果もあの人に教えてもらっているから……尚更な。
「……なあ、アイ」
しかしそんな感傷に浸るのは後だ。
もしかしたらこの次には否定されるかも知れない、それでも俺はこれを言わないといけないのだから。
「なーに?」
「俺さ、また……ライブ、行っても良いかな……また、推しても、良いかな……」
「???何言ってるの?リョースケくんは私の中じゃずっと大切なファンの一人だよ?」
しかしそれを言われて、俺は不意打ちを喰らったのと同時に目から熱いものが流れてくるのを抑えきれなかった。
今の話を聞いても『ずっと大切なファン』と言ってくれたアイ。
許されても良いのだと、感じる事が出来た。
「ありがとう……ごめん……アイ……」
「いーよ、でもずっと私最推しでいてね☆今度は幻滅させる事はしないから☆」
そんなの当たり前だ、とは言えなかった。
涙が止まらなかったから。
「ふーん、B小町新メンバー発表ねえ」
「……雨宮さりな?」
「……ぶっ飛びすぎじゃね?」
その後、B小町に推しが増える事になるのだがそれはまた別の話だ。
リョースケ
この後退院してまず『人生で初めて撮った一番星』の写真とこの写真の説明と応援の手紙を送った
アイの家には星の砂とその写真が大事に飾られているそうな