明星ヒマリにまつわるエトセトラ 作:アラベスク@arabesuque_38
ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、「全知」の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、「ヴェリタス」の元部長かつ「特異現象捜査部」部長。
この私──明星ヒマリを構成する要素を、最低限切り出せばこのような評価になるでしょうか。
身体が不自由だということが知られているのと同じくらい、私の頭脳がミレニアム最高のものであるということもまた、周知の事実です。嫉妬の目で見られこそすれ、私のことを憐みの目で見るミレニアム生はいないということも当然のことでしょう。
『先生、少々大変なことになりました。大至急、隠れ家に来ていただけませんか? お待ちしています』
端末に指を滑らせ、モモトークにそんなメッセージを打ち込みます。もう既に何回も前科がある私相手でも、こんな風にメッセージを打てば先生はすぐに来てくれるのですから。
どちらかというと頼られる立場にあることが多い私ですが、先生の前ではそうではありません。優秀すぎる私のことを何度もお説教するのはあの人くらいなものです。
そんな『大人』の先生に対して、不思議と困らせるような言動を取ってしまう原因について、思考を巡らせたこともありました。
誰もが認めるミレニアム最高の頭脳を持つ、この私。孤高を愛し、孤独に愛されたミレニアムに咲く一輪の高嶺の花。
そんな私と対等に並び立つ者など、そうはいないのです。ましてやこの私の頭脳に寄り添い、理解し、支えるという偉業は、並大抵の人物では挑戦しようという気すら起きないものです。
それを貴方は────、
『困っている生徒を助けることに理由なんていらないからね』
と。
それが『当然』であると。理由すら語るに及ばず、ただただ『困っている』という事実だけで手を差し伸べる。そこには気負いもなく、職務に対する責任感のみが貴方の行動原理でした。
先生、貴方のような人は初めてです。
ミレニアム随一の超天才清楚系病弱美少女ハッカーである「明星ヒマリ」と対等になるのでもなく、かといって下から追い縋ろうとするのでもなく。
私の遥か高みから、救いの手を差し伸べてくれる。もっとも貴方には決してそんなつもりはないのでしょうけれど。
────それは私にとって、初めての経験でした。
高嶺の花であろうとする私は、他人に弱みを見せないように──あるいは気にする素振りを見せないように振舞ってきました。
感情さえ心の奥底に隠してしまう悲劇の天才美少女──そんな私がついつい甘えてしまうのは……先生、貴方だけなんですよ?
「ヒマリ! 大丈夫!?」
「あら、先生。いらっしゃいましたか」
息を切らせて隠れ家に駆け込んできた先生。ぜいぜいと荒く息を吐き、紅潮させた頬には額から垂れた汗の雫。大きく肩を上下させ、血相を変えて飛び込んできた貴方に私の胸は不思議と高鳴ってしまうのです。
「うん。あれ……何かあったんじゃ?」
「ええ。大変なのは本当です、先生」
どくんどくんどくん、と。涼しい顔で座っているだけなのに、心臓は早鐘のように打っています。血液がまるでマグマのように熱く身体中を駆け巡り、普段は少々高く設定している室温をこっそりと下げました。
ふふっ、まさかエイミではなく私が室温を下げることになるなんて。先生と一緒にいると……まだまだ新しいことが学べるのですね。
「私が落ち着いたように見えるのは……ミレニアムが誇る超絶天才清楚系病弱美少女ハッカーと呼ばれていますので、ポーカーフェイスが自然と染みついてしまったからではないでしょうか?」
「──……なんだかこの、前にも一度やらなかった?」
「あら……ふふっ。この私とこんな素敵なやり取りを何度もできるなんて……先生はなんという幸せ者なのでしょうか」
「……で? 何か話があるんじゃないの?」
少し呆れたような態度を見せながらも私のすぐ傍にまで来てくれる。貴方は絶対に生徒を見捨てない。それがどんな問題児だろうとも。
先生、貴方のその優しさがみんなを狂わせるのですよ? ええ、それはこの残月のように淡く儚い病弱美少女の私も例外ではありません。
「ええ。少し確かめたいことがありましたので」
「確かめたいこと?」
「ふふっ……はい。もっとも……もう、その目的は達成してしまいましたけど」
「ええ……?」
戸惑いを隠せない表情を浮かべる先生に口角が少し上がってしまいます。後頭部に手をやって、首を倒す姿もなかなか乙なモノですね。
先生の一挙手一投足に、野に咲く花のように慎ましい胸が乱高下してしまいます。万年雪のように白く美しい私の頬に朱が差してしまいそうですね。
「ふふっ、折角こんなところまで足を運んでくださったのですから。何かお礼でも……そうですね、先生。デートをしませんか?」
「デート?」
「ええ。特異現象捜査部として、もう少し分析をしないといけませんので」
ジッと見つめられていると顔が熱くなっていることが先生にバレてしまいそうで、人差し指を立てて提案します。それらしい理由をつけて……本当はもう少し貴方と、一緒の時間を過ごしたいだけなのですが。
「ふふっ。さぁ、行きましょう。眉目秀麗、才色兼備な完璧美少女の私の時間は宝石よりも貴重なのですよ?」
呆気に取られている先生を置いて、さっさと隠れ家から出てしまいましょうか。
そうでもしないと……この胸の高鳴りが貴方にまで聞こえてしまいそうですから。
***
「デートって言ってたけど……本当に仕事を手伝ってもらってもいいの?」
「あら。私の隠れ家からシャーレまで手を取り合って歩いて来たではありませんか。それに……相思相愛の男女が人目を避けて会ったのですから、まごうことなくデートでしょう?」
「──……ヒマリがいいならそれでいいけど、実際助かるし」
相思相愛、という言葉に眉をピクリと動かした先生は、それでも聞かなかった体を選択したようですね。まったく、もう少し動揺してもよいのではないですか?
落胆のあまり、稀代の超天才清楚系病弱美少女ハッカーたるこの私、明星ヒマリの孤高に咲く一輪の花の蕾のような可憐な唇から、まるで朝靄のように淡く儚い吐息が漏れてしまいます。
あれから隠れ家を出た私たちは、ミレニアムからシャーレへとやってきました。
道中は先生の手に私の手を絡め、まるで恋人同士のように睦まじく──ええ、実にデートのように振舞って、とても楽しい時間を過ごさせていただきましたとも。
手袋越しで肌の接触もないはずなのに、不思議と心が満たされて、心なしか体温も普段より高いような気さえしていました。
「いつもお忙しい先生のお手を煩わせたのですから。これくらい造作もないことです……うふふ」
「なんだか悪いなぁ……」
「あら、先生がどうしても気になるとおっしゃるなら……お仕事の後にディナーでもいかがですか? ちょうど夜景の綺麗なレストランがこの近くにあるようですよ?」
先生の端末に用意していた情報を転送します。今まさにD.U.区内で大人気のデートスポット。『勝負を決めるならここ』とクロノス報道部が発行しているゴシップ誌で特集されていたところです。
雰囲気も良く、私のような車椅子使用者にも優しいとのことですから。先生とならとても楽しい時間が過ごせると思いますよ?
「もしかして、最初からそれが狙いだった?」
「ふふっ。さて、何のことでしょう? ────ああ、先生。お返事は聞かなくてもわかっていますから、もう予約も済んでいますよ?」
「──……だと思ったよ」
まんまと悪戯を成功させた子供のような気分です。やれやれと肩を竦める先生が、姿勢を正して自身の端末に向き合いました。
キリッと顔を引き締めて、真剣な表情を浮かべます。その横顔に、ドキリと心臓が跳ねてしまいそうになりました。
「それなら早く終わらせないとね」
「──っ。え、ええ……超天才美少女ハッカーに掛かれば、この程度すぐにでも」
「頼りにしてるよ、ヒマリ」
「ふふっ……ええ、はい」
ああ……本当にずるい人ですね、先生は。ミレニアム随一の超天才美少女ハッカーたるこの私が、貴方のことを手玉に取ろうと奔走しているのに。
当の貴方に情愛を込めて名前を呼ばれるだけで……こんなにも心が乱れてしまうのですから。
心臓がドキドキして破裂しそうな感覚、何かが直撃したような衝撃。先生と一緒にいるだけで安心して満たされたような心地。言語化するのが非常に難しく、それでもこの気持ちの正体ははっきりとしてしまっています。
感情さえ心の奥底に隠してしまえるはずの、清楚で可憐な百合の花のようなこの私ですら、秘めた感情が抑えられなくなってしまいそうになるなんて。
──ええ、認めましょう。私、明星ヒマリは……先生に恋をしているのですから。
「今日のように私と一緒に過ごせるなんて……本当に素晴らしい一日になりますね。あら、もう少し喜んでもいいんですよ? ふふっ」