明星ヒマリにまつわるエトセトラ   作:アラベスク@arabesuque_38

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明星ヒマリの純真

「聞きましたよ、先生。エイミに下着を選んだそうですね」

 

 珍しくシャーレに訪れたヒマリが開口一番そんなことを言い出した。白く透き通る絹のような肌をほんのりと薄桃色に染めて、きっと彼女の脳細胞と同じ色をした瞳が私の目を鋭く射抜く。

 つう──と背筋を冷たい汗が伝った。

 

「私はミレニアム随一の天才清楚系病弱美少女ハッカーですよ?」

 

 何で知ってるの? という疑問に対する答えは簡潔でそしてぐうの音も出ない程に雄弁だった。

 清楚も、病弱も、美少女も、まったく関係ないと思うけど。キヴォトスのあらゆる情報を観測できると豪語する彼女に対してかくしごとなんてできるわけはなかった。

 

「『全知』の学位は伊達ではないということです」

 

 ふんす、と満足げに嘆息を漏らすヒマリが「さぁ、観念してください」とばかりに私に弁明を促した。一応言い訳くらいは聞いてくれるらしい。

 エイミに半ば不意討ち気味に呼び出されたこと、「下着も服の一種だから」と羞恥を感じないエイミに押し切られてしまったこと、たとえどんなことだろうとも生徒に頼られた以上は『先生』として力になろうとしたこと。

 できうる限り簡潔に、あの時のことをヒマリに伝えた。

 

「ふふっ……まぁ、先生のことですから。そのようなことだとは思っていました」

 

 身振り手振りを交えて必死に伝えたのがよかったのだろう。一応ではあるけれど、その矛先を収めてくれそうな雰囲気をヒマリから感じた。

 ──ふぅ、これで一件落着。そうなれば話は終わりでよかったのだけれども。

 

「ですが……それはそれとして。後輩に抜け駆けされたままというのは、この新雪のように高潔で、清水の如く澄み切った純正なミネラルウォーターのような私とはいえ到底承服できることではありませんね。別にエイミが羨ましいだとか私も先生の気を惹きたいだとか一緒に下着を見に行くなんてまるでデートのようじゃないですか……等と思っているわけではありません。本当ですよ?ええ、そうですとも。こうなった以上は責任をもって私を買い物デートに連れて行くべきではありませんか?ふふっ、それがいいでしょう。では、そうと決まれば善は急げと言いますから……さぁ先生。早く行きましょう」

 

 何やら一息に早口で捲し立てるヒマリに押される形で。いつの間にか彼女と一緒に出掛けることになっていた。

 ────どうして?

 

***

 

「さぁ、先生。太陽も嫉妬し、ビーチで羨望のまなざしを欲しいままにする、真夏に舞い降りた大輪の向日葵のようなこの私の水着を選ぶことができるなんて……先生はなんて幸運の持ち主なんでしょうか。感謝のハグをしてもよいのですよ?」

 

 嬉しそうに頬を綻ばせながらヒマリが腕を広げてみせた。ここで彼女の言葉通りに行動してみせたら、きっと真っ赤に染めた顔を見られるのだろうけれど、衆人環視の中でそんなことをするわけにもいかない。

 ヒマリに連れてこられたのはレディース用の水着売り場。夏真っ盛りのこの季節、たくさんの生徒たちで賑わっていた。そんな中、大人の男性が一人、いくらヒマリが一緒にいるからといっても目立たないわけがない。

 周りからひそひそと「あれってシャーレの……?」「生徒に自分好みの水着を?」なんて声が聞こえてくるし、非常にいたたまれない。

 

「ねぇ、ヒマリ。なんで水着売り場なの?」

 

 できることなら一刻も早くここから逃げ出したかった。「清楚系美少女ですから、さすがに下着は少々恥ずかしいですし」と言われてノコノコついて行ったのが間違いだったのだろうか。

 確かに下着売り場に連れて行かれても困るのだけど、それが水着になったところで大して変わらないと思う。結局は素肌に布一枚なのだから。

 

「あら。マキから聞きませんでした? 今度ヴェリタスのみんなと、トキとエイミも一緒に海に行くではありませんか。当然、先生もお呼びしておりますよ?」

 

 そういえば、そんな誘いを受けていた気がする。ヒマリも一緒だという話は聞いてなかった気がするけど。

 

「ふふっ、チーちゃんもハレも、それはもう張り切って──……うふふ、これは内緒でしたね」

 

 どれにしましょうか、とウキウキとした様子で水着を物色するヒマリをぼんやりと眺めた。こうしてみると彼女も17歳の少女なんだと実感する。彼女を構成する要素のひとつである高い頭脳と知性。それとは裏腹にオカルト好きな一面。

 身体が不自由で儚げな印象を持つ彼女が、こうして楽しそうに水着を選んでいる姿は────なんというか彼女の魅力的な一面を垣間見られたような気がした。

 星座占いに一喜一憂するところも、ヒマリの可愛いところだしな──なんて、そう考えてしまっている時点で、もう私は彼女に勝てないのかもしれない。

 

「あら、こんなものまであるのですね……こ、これは流石にきわどすぎでしょうか。い、いえ、この傾国の美少女たる私が着るに相応しいと────ひゃっ、これはもう紐ではないですかっ。どうやって隠すというのですか。 ──いえ。ここで引いては夏のビーチに降臨するたる超天才美少女ハッカーの名折れ……やはりここはこのマイクロビキニで先生を……の、悩殺するべき、でしょう」

 

 ああでもないこうでもない、と真剣な面持ちで水着を選ぶヒマリにそっと近づき、ほとんど布地のない公序良俗に反するようなものは没収しておいた。

 少しばかり見たい気もするけれど、そんなことは口が裂けても言えない。黒い布はヒマリの透き通るように白い肌にすごく似合いそうだとも思ったけれど、そう言ってしまったらきっと彼女は得意げになってしまうだろうから。

 

「ひゃっ……!? べ、別にそれを選ぶつもりなんてありません。ほ、本当ですよ! こう……その、魔が差した……といいますか。それにそのようは破廉恥なものはこの清楚の具現化たる私には似合いませんとも。ええ、その通りです」

 

 その後も試着室に際どい水着を運び込もうとする彼女のことを阻止しつつ、彼女の気が済むまでファッションショーに付き合うことになった。

 

***

 

「結構陽射しが強いですね……日焼け止めをしっかりと塗っておいてよかったです」

 

 麦わら帽子を被り直しつつ、羽織ったパーカーの袖を摘まむ。結局ヒマリが選んだ水着はドレープのあるタンキニタイプのものだった。色鮮やかな花柄がよく似合っていて、パレオを身に纏うとリゾートワンピースのような印象を受ける。

 ほとんど露出のない恰好だけれど、それが逆に彼女らしい。美しいドレープラインが華奢な彼女の肢体を包み、女性らしい優美さを演出していた。

 どうでしょうか、と少し気恥ずかしそうに感想を求めた彼女に率直な回答をして、耳まで真っ赤にした彼女が麦わら帽子を深く被り直したのは、二人だけの秘密ということになった。

 

「こんがり焼けたヒマリも見たいけどね」

「ふふっ、そうですね。小麦色の肌の私もきっと美しいことでしょう」

 

 波打ち際で水を掛け合って遊ぶヴェリタスのみんなを眩しそうに見つめるヒマリ。脚が動かない彼女はビーチパラソルの下に引いたシートの上に座りながら、少しだけしょんぼりとしていた。

 その能力の高さゆえに彼女の身体の不自由さをあげつらうミレニアム生はおらず、ヒマリ自身もそのハンデをおくびにも出さない。それでも、今日ばかりは……私の前だけでは、その裏側を見せてくれていた。

 

「ヒマリ、海に入りたかったりする?」

「ふふっ。大丈夫ですよ、先生。私はここで見ているだけでも十分楽しいですから」

 

 そう言って微笑むヒマリの顔に少し翳りが見えたのを見逃す私ではなかった。

 

「一緒に入れば大丈夫だよ」

「え? きゃっ」

 

 ヒマリの膝の裏に手を入れる。手を私の首に回すように促して、ゆっくりと彼女を抱きかかえた。脱げ落ちたパーカーと帽子は風で飛ばされないように重しを乗せる。パレオを脱がしてあげた時のヒマリの顔は日に焼けたように真っ赤に染まっていた。

 スラっと伸びた真っ白な脚が艶めかしい。普段は見えない部分が見えているという背徳感。恥ずかしさのあまりに両手で顔を覆っているヒマリの肢体は、雲の上に咲く一輪の花のように美しかった。

 

「落ちないようにしっかり掴まっててね」

「え、ええ……よ、よろしくお願いします……」

 

 お姫様抱っこで持ち上げたヒマリの身体はビックリするくらい軽い。念のためと、膨らませておいた浮き輪をヒマリに持たせ、揺らさないように気を付けながら海へと近づいていく。

 おっかなびっくりといった感じのヒマリがぎゅっと私に抱き着いてきた。大丈夫、と頷いて海へと足を踏み入れた。

 

「きゃっ! ……ふふふっ、海って冷たいんですね、先生……」

 

 ぎゅう、と身体を押し付けるように抱き着いてきたヒマリをしっかりと抱き返す。満開の花のように笑みが咲き誇った彼女の顔をジッと見つめた。

 

「ヒマリ」

「なんですか、先生」

「私の前では素直に、やりたいことを言ってほしい。そうしてくれたら、こんな風にヒマリの願いをできる限り叶えるから」

 

 私の言葉にヒマリがその目を大きく開いた。

 特徴的な長い耳がピコピコと可愛らしく揺れている。ぎゅっと彼女の腕の力が少し強まるのを感じた。

 

「ふふっ……なんだかプロポーズのようですよ? 先生」

「うん、それもヒマリの望みなら」

 

 しっとりと濡れた美しい白髪が彼女の頬に貼りついている。水に浸からないように結い上げられた長い髪の隙間から見える真っ白なうなじが、艶めかしく水面に揺れていた。

 

「私は面倒な女ですよ、先生」

「知ってる。でも、ヒマリと一緒ならなんだってできるし、ヒマリのできないこともこうして一緒にならできる気がするんだ」

 

 もう一度しっかりとヒマリの身体を抱きしめる。

 少しでも力を入れたら折れてしまいそうな程に頼りなく、華奢な肢体。それでも、確かに彼女の存在を腕の中にしっかりと感じられた。

 

「うふふっ、先生。今日は本当に、素晴らしい日になりますね。誰もが認める最高の頭脳を持ち、才色兼備、眉目秀麗な乙女であり、キヴォトス随一の超天才清楚系病弱美少女ハッカーである私に愛を囁けるのですから……本当に、先生は、とびっきりの幸運の持ち主です」

 

 濡れたように潤む瞳とほんのりと色づいた頬。首に回されたヒマリの腕に少しだけ力が入る。

 口の中に広がったのはレモンのような甘酸っぱさではなくて────、

 

 

 

 ────ほんのりとしょっぱくて、どこまでも甘い、花の蜜のような味がした。

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