「ルドの昔の話、結構興味ある」
ことの始まりは姫様の一言だった。
今日の予定を確認し、一日特にやることも無い暇人だった俺は少し考えてまあいいか、と結論を出すわけだ。
というわけで早速だが少し過去のことでも語ろうと思う。
きっと冒頭から日記でも読み返すのがよくある始まりってやつなのかもしれないが、残念ながらドがつく田舎村にとって紙もペンもインクすらもとんでもない高級品であり日記をつける贅沢なんて許されるはずも無かったため、代わりにここで語るのは俺ことルド・ランティスの記憶の振り返りだ。
ド田舎村に生まれ、徴兵によって村に売られ平民の兵士として戦場で使い捨てられるはずの俺がどうにかこうにか生き残り、国の滅亡と共に旅に出て、そして今こうして呑気にちょうどいいし後でこれまでの日誌でも書いてみるかと思い立った経緯。
その始まりは五歳の時。
俺が『オレ』を思いだした日だった。
* * *
いわゆる前世の記憶というものを俺が思いだしたのは、五歳の時……ちょうど両親が流行り病によって二人揃って死んだ翌日だった。
閑散とした田舎村に葬儀を行うような習慣があるはずも無く、仄暗い穴に置かれ、冷たい土をかけられていく両親を見ながら最早涙すら枯れ、疲れ果て眠った翌朝、目を覚ました瞬間に自分のものでは無い自分の記憶が呼び起こされた。
流れ込んでくる途方もない情報量に目を回しながらも少しずつ少しずつ記憶を咀嚼し。
俺ではない『オレ』の記憶を受け入れ、自分が生まれ変わったことを理解した。
前世の『オレ』はどうやらこことは全く違う文明の中で生きていた人間らしい。
少なくともこの村には『電気』なんてものも無ければ、前世の世界に『魔力』なんてものは存在しないらしい。
つまり根本的に世界が違うのだろう。
そんな発想に至った自分に少し驚く。少なくとも五歳児の頭から出てくる発想ではない、と自分では思うのだがどうやら『オレ』の記憶を受け入れる中で前世の『オレ』の思考能力というものが受け継がれているらしい。
とはいえそれで俺が俺以外の誰かになるのかと言われるとそうでも無いのだが。
というのも『オレ』の記憶には知識などはあっても自分自身を示すものが何一つとして無かった。
なんとなく『オレ』と呼んでいるが、その実『私』だったのかもしれないし『僕』だったのかもしれない、前世の自分に関する記憶というものは一切なく、どんな人間だったのかどんな人生を送っていたのかすら分からない。
だからまあ前世の記憶、というよりは前世の知識、というほうが正しいのかもしれない。
だがそれを記憶、と呼ぶのは結局自分が自分ではない誰かだったという実感を僅かながらでも感じているからだろう。
まあそんなことはどうでもいいのだ、少なくとも五歳の子供が独り、両親を亡くし頼る宛ても無いという圧倒的事実の前には風にそよぐ枯れ葉より軽い話だ。
―――村の人間は俺を助けてくれないだろう。
前世の記憶を思い出してから実感するのだがどうにもこの村に住人というのは閉鎖的だ。
俺の両親は俺が生まれる数年前にこの村に住み着いてきたらしく、未だに村の中では余所者扱いだった。
それでも俺の父親は村で唯一狩りができる人間であり、貴重な食肉の供給源であったが故に排斥はされていなかったが、それでも村の人間から家族への視線は冷ややかなものだった。
俺の両親がこんな村の外れ、山にほど近いところに家を建てたのもそんな村人の視線から逃れるためだったのかもしれない。
つまり俺は俺の力だけでどうにか生き延びる必要がある。
まだ五歳のこの子供の力で、だ。
―――せめて狩りのやり方だけでも教えてもらっていれば。
子供の力でどこまでできるかなんてわかったものでは無いけれど、それでもこうなるのならば知識だけでも欲しかった。
きっともう少し歳を取れば父さんも俺に狩りの仕方を教えてくれるつもりだったのだろうけれど……最早時すでに遅しだ。
村の役に立てなければこの狭いコミュニティの中であっという間に排斥される。いや、例え排斥されなくともすでに誰も自分を助けてくれないことは間違いない。
父さんのように食肉など、村にとって有益なものを持って行って物々交換で足りないものを手に入れなければどうにもならない。
蘇った前世の記憶によって飛躍的に回るようになった頭がそれを伝えてくる。
考える、考える、考える。
家にある食料は麦や干し肉などの比較的保存の効くものが中心だ。自分の記憶の中の母さんの後ろ姿と前世の記憶を合わせれば調理の仕方くらいは分かる……と思いたい。
それに前世の世界と違って『あいえいち』だとか『がすこんろ』なんてものはないのだから薪が必要だ。
どうやらこの世界の文明というのは前世のそれに比べると随分と劣っているらしく、なまじ知識として前世の利便性を知るが故に今の生活と比して不便を感じて仕方ない。
幸いにして火起こしは『
この『魔石』に関してはどうやら前世の世界には存在しなかったらしい。
人の体の中には『魔力』というエネルギーがあって、『魔石』はそのエネルギーを使用して発動することができる。
『火打ちの魔石』はだいたいどんな家庭でも持っている文字通り『火を熾す』ための魔石だ。藁など引火しやすいものの近くで魔力を通せば魔石の周囲に火花が散って火が点く。
これがあれば火熾しの心配はいらないだろうが燃やし続けるならば当然薪が必要になる。
だが父さんが病に倒れたせいで薪のストックは残り少ない。これもまた自力でどうにかしなければならなかった。
五歳の子供の体で父さんが使っていたような手斧を振り下ろし薪を割るなどできるだろうか?
無理に決まっている。となると使えるのは小枝などになるのだろうが、それだって結局山のほうに行かねば手に入らない代物だ。
―――どうあっても山に行くことは避けられない。
そのこと理解し、覚悟を決める。
朝から家中をひっくり返し、父さんが使っていただろう猟具を探せば出てきたのは獲物を入れるための『網』と小動物を捕えるための『籠罠』*1、それと『槍』があった。
短槍というのだろうか?
直径一メートルほどの装飾も無いシンプルな槍ではあったが、先端の刃の部分は鋭く研がれおり、しっかりと手入れされていたので少なくとも使われているものらしい。
家を出る時父さんが槍を持っている場面など見たことが無かったのだが、庭先に建てられたこじんまりとした倉庫の中に隠すように高い場所に置かれていたので、もしかすると父さんが見られないように隠していたのかもしれない。
まあ『オレ』の記憶のお陰でこうして大人さながらに思考をぶん回せているわけだが、以前のただの五歳児だった時の俺が見たら触って見たくなっていたかもしれないのでそれもまた当然だったかもしれない。
それはさておき、しっかり手入れされている上に父さんが出かけることなど山に猟に向かう時以外は村に行くときくらい。
だが村に行くのに俺もついて行ったことがあるが父さんが槍を持っていた様子も無かった以上この槍は山に行くのに持って行った、と考えるのが良いだろう。
ただいくら短槍と言ってもそれは大人の視点で見た話であり、子供の俺からすれば長く、何より重たい武器だった。
それから三食分程度の食糧を入れた布鞄と近くの川で組んできた水を入れた水筒を担ぎ、猟具の網と籠罠持ち、最後に槍を引きずりながら山へと向かう。
正直出来得る限りの準備はしたが、山を舐めるな、と『オレ』の記憶が叫んでいる。だが他にどうしろというのだ、と考えればその声も消えていった。
実際問題、今の俺では他にやりようが思い浮かばない。
このまま家に引きこもっていても一週間で食べるものも無くなり、一か月以内に餓死することは間違い無かった。
である以上、どれほど危険だろうが生きる可能性を信じて向かうしかないのだ。