栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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9:強化合宿③

「うっ、おお……ッ!」

「セカンド!」

 

 2失点を喫した一回裏、その後どうにか立て直しツーアウトまで漕ぎ着けたものの、なかなか後一つが取れず満塁のピンチを迎える。

 しかし晴真は臆さず自分のピッチングを貫き、インハイのストレートで詰まらせ、セカンドフライに仕留めてみせる。第一打席ではど真ん中に抜けた甘い球を右中間に運ばれ、ツーベースヒットを打たれた一番バッターを相手にリベンジを果たした。

 

 たった1イニングを投げただけなのに、疲労感と汗の量が酷いことになっている。投球内容も合わせて晴真は改めて、今日のコンディションが最悪であることを再認識するのだった。いつもの調子でいけないことがこんなにも辛いとは、始める前までは思ってもいなかっただろう。

 

「ふう……スリーアウトがこんなに遠いとはね」

「コントロールの甘さもそうだが、球速やボールのキレもだいぶ落ちているな」

「後ろから見てても本調子じゃないのが分かるぜ」

「今日は150キロも出てないんじゃね?」

 

 全員が本来の力を出せていたなら、この失点はなかったかもしれない。それを言ったところで何も変わらないのはそうなのだが、それでも自分達はこんなものではないという気持ちにはなる。それだけ選手達には疲労が重く伸し掛かっていた。

 実際にフルコンディションだったとして、別に実力差が劇的に変わる訳ではないのだが……そう思わねば闘志が掻き消えてしまいそうなのだ。

 

「いいか、今の体調で無理に打ちにいったところで初回の二の舞になるだけだ。こういう時は打ち気を抑え球筋を見ることに徹し、自分に打てそうな球を確実に捉えていけ。相手ピッチャーだって一人の人間……常に繊細なコントロールはできないし、球数が嵩めば体力も相応に消耗する」

「おう!」

「打てる球は確実に、強く振るんだぞ!」

「大丈夫、分かってるさ!」

 

 いつもなら打ちにいったかもしれない球も、打ちたい欲求を抑え見極めることに徹する。安易にバットを振ることを止め、相手に球数を多く投げさせることを目的とした攻撃にシフトする。

 ボール球を見極め手を出さなければ、カウントは慧峰有利に進みその球数を稼げる。しかしこの程度の作戦は相手も強豪校、一人二人相手したところで看破してくるだろう。だがそうなれば手を出されないボール球は減り、枠を捉える……即ちバットがちゃんと届く球が増えてくるということになる。

 

 ストライクゾーンで勝負しようと思えば、その分厳しいコースを突く必要がある。とは言えどんなに優秀なピッチャーも、常にそれができるという訳ではない。投げたとしてせいぜい、一試合で1、2球あるかどうかという程度だろうが。それでも必ずどこかでやってくる甘い球を確実に狙い撃つのだ。

 

「っぐう……!」

「ストライク!バッターアウト!」

 

 まぁ、そう上手くいく訳がない。

 よく見て、粘って……その末にフルカウントになればどうしても頭を過ぎる、見逃し三振だけは避けたいという気持ち。相手が素晴らしいコントロールで際どいコースに投げる程、その気持ちはより強く頭の中を支配する。打たないなら見逃すべきだと頭では分かってはいるのに……バッターの本能とでも言うべきものが、それを許さないのだ。

 

「ストライク、バッターアウト!」

「ちくしょう、打てねー!」

 

 3回表が終わり打者一巡したが、ヒットは一打もなく出塁も沢滝の四球のみ。裏の守備ではエラーを1つ出したものの、どうにか初回のような失点はなく切り抜けられているが……ここまで打てないとなると守備にも影響が出てくるだろう。その悪影響はすぐに失点という形で現れる。

 

 ガン

 

「打ったあー!」

「フェンス上段の特大ホームラン!」

「流石ウチの主砲だぜ!」

「これで3点差だ!」

 

 4回裏、迎える先頭打者は二打席目にライト前ヒットを放った向こうの四番。一打席目にもタイムリーを打たれている相手だが、ここを抑えれば流れを切れるかもしれない。反撃の糸口を掴むためにも必ず打ち取る……強い思いで投げた第一球は注文通りのアウトコース。しかし相手はこれに照準を合わせフルスイングし、ライト方向への見事な流し打ちを決めてみせたのだった。

 先頭打者でランナーがいなかったのが、不幸中の幸いというべきか。ソロホームランでは1失点で済むため傷は浅い。これで3ー0となったためむしろ今の打てない打線では致命傷じゃないか?という意見もあるがそこはスルーしておく。

 

「今のはバッターを褒めるしかない。失点はしたが切り替えていけ」

「大丈夫……一つずつ、取っていくよ」

 

 ──コースも球速もバッチリだったはず、なのにそれでもフェンスまで持っていかれた。これが強い選手のバッティング……!

 

 練習が始まってからのこの一ヶ月。晴真は何度か練習試合を経験したが、ホームランを打たれたことは一度もなかった。初めての被弾がメンタルに悪さすることを懸念し、沢滝は必要ならケアをしてやるつもりでマウンドに声をかけにいった。

 実際は相手の力を体感させられ、萎えるどころか闘志が更に増していた。ギラギラと燃え上がる瞳を見て沢滝はこれなら大丈夫と判断し、最低限の助言に留め戻っていく。強みであった球速とキレを失い3失点を喫しても尚、挑戦者の笑みを浮かべられる晴真の姿に、沢滝はエースの器を感じていた。

 

 初回から落ちた球速やキレを取り戻してはいないものの、イニングを重ねる度に球に強い力が籠るようになってきている。なかなか定まらなかったコントロールも、狙い打たれホームランにされてしまいこそしたが、高さもコースも注文通りの素晴らしい一投だった。疲労が重く伸し掛かる中でのこのパフォーマンスは、まさに素晴らしいとしか言いようがないものだ。最初からどうせやるなら勝ちたいと晴真は言っていたが、負けず嫌いもここまでくれば本当に大したものである。

 その威勢が続けられるのならば、ちゃんとここに投げ込んでみろ。彼の強気な姿勢を崩させないようインコースに構え、沢滝は晴真の闘争心に更に薪を焚べていく。キャッチャーとして投手の心を後押しすることで、晴真がエースとしてここで一皮剥けてくれるよう仕向けていったのだ。

 

「ボール!」

「力み過ぎだ、もっと低くこい!」

 

 要求より高いボールだったこともあり、当たりそうになったバッターが思わず仰け反る。しかし今の球は球威が確実に先程までより上がっていた。これはもしや……そう思った沢滝はさっきのコースよりも少し真ん中寄りに構え様子を見る。ここなら打者に当たる心配はないし、死球が過らない分腕も思いっきり振れるだろう。

 そんな思惑で構えたど真ん中のミットに、晴真はその思惑通り思いっきり腕を振って応えた。そしてその一球はバッターの空振りを誘い、心地よい音を立ててミットに収まっていった。

 

「ストライク!」

「い、今球速くなってなかったか……?」

「150は出てたよな」

「こんな学校にあんな投手がいるなんて」

 

 何故急に本来の良さを取り戻せたのか。疲れた分力を込めようと、余計な力みが生まれフォームに悪影響が出ていたのが、それを止めて余計な力を抜けるようになったことで改善されたのである。

 ワザと力を入れるなどという無駄を省き、出せる分だけの出力で投げる。これをできるようになったことで、いい感じに力みが取れて腕を振り切れるようになったのだ。

 

 やはり全開時には及ばないものの、それに近い球威を確保できるようになったことでピッチングの質は大幅に高まった。晴真は変化球のない直球だけの投手であるが、それでも150キロを超える伸びるストレートは簡単に打てる球ではない。

 このまま5番バッターを三振に落とし、沢滝のリードの元、内外高低を巧みに投げ分けるピッチングで4回、5回を無失点で切り抜けるのだった。

 

「この回の裏から森園を登板させる。お前に代打は出さないから、最後に一仕事してこい」

「オーケー、投げるだけが仕事じゃないもんね」

 

 6回表、先頭打者として打席に入る晴真はここで自分の役目は終わりだと告げられる。一応まだ投げる元気は残っているのだが、今日はもう一試合ある上に明日も二試合あるので、そこで先発するために身体を少しでも休めておけということなのだろう。代打を出さないのは晴真の方が控えの先輩達より打てる可能性が高いからか。

 ここで役目が終わりなら、最後くらいは出塁して次に繋いでやりたい。自分の次に打席に入る沢滝も自分が得点圏まで進むことができれば、タイムリーを打って返すくらいはしてくれるだろう。何にせよここで反撃のための点を取る。

 

 ──打つとしたら、決め球の前に投げてくる内角のストレート……!

 

 ここまで一本も安打が出ていないが、二巡目以降は無駄にアウトカウントを重ねてはいない。少しでも粘った甲斐あって、相手バッテリーのパターンを引き出すことに成功していた。

 相手投手の決め球は、右打者相手にはスライダーそして左打者にはシンカー。どちらも打者から逃げるような軌道を描く変化球であり、その前には変化をより強く印象付けるために、インハイを目掛けてストレートを投げてくることが多い。このストレートを投げてくるタイミングは、ツーストライクまで進んでから一旦外すくらいが多い。改めて投げられる外に逃げる変化球は、バッターにはとても遠い球に感じられることだろう。

 

 しかし、これでストライクを取れたら儲けものと考えているのか、あるいはインコースに投げるのは苦手なのか……このストレートは割とコントロールが甘くなることが多い。球速140キロは超えているだろうしこれ自体も打ち辛い球だが、来ると分かっているのなら狙えない球ではない。

 

「ストライク!」

 

 ──まだ……

 

「ボール!」

 

「ボール!ボールツー!」

 

 ──まだ、堪えろ。

 

「ストライク!」

 

 ──次だ、次でストレートが来る……!

 

 カウント2ー2、狙いのストレートが最も来やすい状況は整った。これで打てなければもうお手上げするしかない、そんなことを思うとバットを握る手にも力が入る。

 

「御影、深呼吸!」

「……!スゥー……うん、ありがとう」

 

 緊張は味方には伝わっていたらしい。ネクストバッターズサークルから届く忠言に従い、晴真は大きく息を吸い上げる。全身に酸素が行き渡って血液が巡る感覚を味わうと、いつの間にかバットを握る腕からは無駄な力が抜けているのが分かった。

 これならしっかりバットを振れる──心身万全に待ち構えた第5球。晴真は狙い通りのストレートを真芯で捉え振り抜き、打ち上がった打球はぐんぐん加速。勢いそのままにフェンスを大きく揺らす特大ホームランとなった。

 

「……ッしゃあ!」

 

「ナイスバッティング御影ー!」

「今の普通の球場なら150mは飛んでただろ!」

「投打どっちも凄いとかズリぃぞー!」

「そのセンス半分よこせ!」

 

 最後に一仕事、それも最高の結果で果たした晴真をベンチが喝采で迎え入れる。ハイタッチの要求に律儀に応えながら沢滝の方を向くと、彼もまた打席の方へ歩きながらこちらを振り返っていた。

 

「ナイスバッティング」

「……!ありがとう」

 

 たった一言の、シンプルで飾り気のないその言葉が何よりも嬉しいものであった。

 

 この回の続く攻撃は、四球で出塁した沢滝が盗塁を決め更にセカンドゴロの間に三塁へ。続いた2番の中島が捉えた初球のスライダーが、飛距離十分の犠牲フライとなる。これにより慧峰高校は更に1点を追加することに成功した。

 ここで攻撃は終わったが、3ー2と一点差に詰め寄ったことでチームの士気は高く飛び上がる。変わった森園もこの空気を変えまいと気合いの入りようは凄まじく、疲れているのは他の選手達と同じだが普段に勝るとも劣らない、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた。

 

「ストライク、バッターアウト!」

「うっしゃあ!」

 

 大した練習をしてこなかった森園は、同年代と比べてもその能力は高い方とは言えない。球速は自己ベストでも130キロに満たず、変化球も変化球を名乗るにはしょっぱい変化しかしない。他所の高校なら控えめに言って戦力外、そんな評価でも適正になる程度の雑魚投手だ。

 しかしそんな雑魚であっても、負ければ悔しいし負けたくないという意地もある。沢滝に思い出させてもらったこの気持ちを、二度と裏切りたくないという強い想いが彼と棚原にはあった。その気持ちは本来の実力差を覆し、2回を投げ僅か1失点2三振という結果を生み出すのだった。

 

「8回からは棚原、続けよ」

「おう、やってやるぜ!」

 

 8回裏、4ー2で変わったもう一人の三年生投手である棚原もまた燃えていた。いや投球内容ではなく闘志の話であるのだが。

 この男もまた、これまでの二年間大した練習を積まずだらけてきた弱い男である。森園よりは初めの頃は多少マシな態度だったが、結果は先輩達の圧に負け迎合した程度のもの。おかげでサイドスローの癖に対してコントロールも良くない上に、まともな変化球が投げられない、ただ球速が普通の投手より遅いだけの雑魚と化していた。

 

 それでも変わることはできた。今はまだ変化の途中ではあるけれど、だらけ切った自分とおさらばしたいと努力することができるようになった。成果として手に入れたもの──サイドスローを活かした幅の広いピッチングで、市原第三の打線をノーヒットで抑えることに成功するのだった。これには最終回を前にした打線も勢い付く。

 

 ──先輩達、ちゃんと強いな。

 

 先輩達二人の投球を見て、晴真もまた良い刺激を貰っていた。身体能力だけ見れば彼らに劣る部分は晴真にはないのだろうが、それでも二人はしっかりリリーフとしての仕事を果たしてみせた。

 彼らと自分の違いと言えば、変化球を持っているかどうかというくらいだろう。その程度の違いさえスペックの差を大きく埋めていくのだから、その分自分の伸び代も確信できる。消化したイニング数の差はあれど、今日は先輩達の方がピッチング内容は上だった。しょっぱい変化球でもここまでスペック差を縮められるのなら、自分はもっと凄い変化球を手に入れてやろうという決意をした。

 

「かっとばせー!」

「まだツーアウトだぞー!」

 

 変化球を手に入れるという決意は固めたが、まだ試合は終わっていない。声を張り上げてバッターを応援し……そしてツーアウトで打席に立った佐竹の打球が併殺となるところを見届けた。

 試合結果は4ー2で市原第三高校の勝利。惜しいとは言えない敗北であった。




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