合宿最終日 最後のミーティング中
「いやあ……負けた負けた」
「どの試合も、リードすらできんかったなぁ……」
「どこも本当に強かった」
「最後の山吹高校戦なんて、マジでバットどころかミットが重いのなんのって。ボテボテのゴロすらも弾くとか自分が信じられなかったぜ」
「四試合合わせて20エラーですもんねぇ」
「得点の方は四試合合計で4点だけ……失点なんて35失点だから九倍くらいの差だな」
一試合目は最後まで追い付かず、4ー2で裏の守備まで回るまでもなく終戦。この試合が点差的にも内容的にも一番の接戦であったことは、語るまでもないことだろう。
二試合目、堅洲水産高校戦は相手の打線に打ち込まれ初回から6失点を喫し、そのままズルズルと流れを持っていかれ11ー0で敗戦。これが公式試合なら7回コールドで終わっていた。ちなみに打線の方はノーヒットノーランを達成されてしまった。
三試合目、美納高校戦はエラーが1イニングに最低一回のペースで起きるなど、あまりにもお粗末な守備で毎回失点を重ねることとなる。相手高からの試合中止の忠言すら届く始末であり、13ー1の5回コールドで試合を切り上げることとなった。
四試合目、山吹高校戦はこれが最後の試合ということもありみんな力を振り絞っていたが……そんな搾りかす程度の力で勝てるような、甘い相手である訳がなかった。ヘロヘロになりながらもどうにか試合の体裁は保つことはできたが、7ー1という完敗に終わった。
「四試合終えて、どんなことを感じた?」
「疲れた!!」
「だろうな。美納高校さんには申し訳ないお粗末な内容だったし、堅洲水産高校さんとの試合も公式戦ならコールドで終わっていた。それでも今回一番の格上だった市原第三高校さんとは、一番手だったとは言え最も善戦できていた。そもそもこんなに短いスパンで試合なんてプロでもしないんだ、全敗したとは言え引き摺るような結果じゃない」
「そうだよな……万全なら、もっと上手くやれてたはずなんだ」
「夏は絶対リベンジしてやる!いや、地区が違うし当たるかどうか知らんけど」
「……沢滝君、一ついいかな?」
それぞれが練習試合の感想を言い合う中、晴真は沢滝に一つやりたいことがあると話した。
今回の四試合を終えてみて、自分が取られた点はリリーフの二人の約二倍。イニングに差があるとは言え自分の方が能力は高いはずなのに、それが全く通用していなかった。なら自分と先輩達の違いはどこにあるのか……それは変化球の有無。変化球を習得すれば、自分はストレートのみの今より更に抑えられるようになるはずだと。
「という訳で、変化球を教えてください」
「却下だ」
「何で!?」
「自分の経験値を考えてみろ、ストレートだけでも未だに操り切れていないだろう?そんな体たらくで下手に変化球に手を付けたところで、固まりかけたフォームを崩すだけだぞ。お前のストレートはまだ伸び代を大きく残している、変化球に手を出すのはこれを伸ばし切ってからでいい」
「そっか……なら、残念だけど仕方ないね」
「あまり気を落とすなよ。ストレートだけでも十分成果を出せるようになったなら教えてやるさ」
──あまり強く反抗はできない……
ストレートですらまだ未熟と言われると、反論できないので晴真は黙るしかない。十分な成果を出せるようになったら──具体的にはストレートだけで完封ができるようになったら、変化球を教えてくれるという約束をしたのでそれで我慢しておく。
確かに全くストレートを活かせず、堅洲水産と美納相手にはバッピと言われても仕方がないくらいの炎上ぶりであった。疲れに惑わされず自分のピッチングを貫けていたなら、例え負けるに変わりないとしてもここまでの炎上はしなかっただろう。自分が未熟であったことが呼んだ結果なので、反論も見つからずただただ噛み締めるしかない。
そもそも野球を始めて一ヶ月と少し、この程度の期間で試合を成立させられる投手になれているだけでも異様な成長速度なのだ。天性の肩力で投げられる160キロのストレートといい、晴真は自分の天才肌な部分をあまり自覚していない。一足跳びで成長できる者程、むしろ地に足付けて基礎を磨いていく必要があるのだ。
「明日は月曜日なので部活は休みだ。合宿の疲れは1日そこらで抜けるようなものじゃないが、疲れを持ち越せば通常練習に差し障るからな。どんな風に休めばいいか分からない、そういう奴はアドバイスしてやるからいくらでも質問しろ。しっかり身体を休めて、また練習を頑張るように!解散だ!」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」
「ああ……身体が重てえよぉ……これで家まで帰んの辛過ぎる」
「マジで人生で一番頑張った日だわ……」
「生まれ変わっても二度とやりたくねえ」
沢滝の一言で合宿は終わり、部員達はそれぞれの家へと帰っていった。5日間みっちり鍛えられた結果全身バキバキの筋肉痛だし、疲労で身体が重くて帰り道すら億劫に感じられる。
きっとこれからも、大会の前とか大型連休のある週にはこうやって合宿をするのだろう。何度も途中挫けそうになったし、それを乗り越えてやり切った今は二度とやりたくないと胸を張って言える。だがそんな情けない心中の吐露とは裏腹に、彼らの表情はとても楽しげなものであった。
〜
6月某日 トーナメント抽選会当日
「今頃沢滝君は抽選会か……あの人実力は凄いけどくじ運の方はどうなんだろ?」
「ああいう強い奴ってよぉ、運だけはめちゃくちゃ悪かったりするんだよなぁ」
「あー、悪運に揉まれて鍛えられたみたいな」
「強豪ばっかの死のブロックに入れられたりして」
主将である沢滝が抽選会で不在なので、部員達は事前に渡されていた課題を元に、それぞれの練習に励んでいた。
沢滝が見れない間は、怪我をされては困るためあまり激しい練習をさせられることはない。そのため雑談をする余裕を持つこともできていた。話の種はもちろん、トーナメントの対戦相手がいったいどこになるのかというところ。練習試合はどうやっているのか分からないがやけに強い相手ばかり持ってくるが、公式戦だとその手腕はどうなるのか。弱い相手を引いて勝ち進める確率を上げてくれるのか、それとも強い相手を引いて、ここで勝てば後が楽だぞみたいな状態を作り上げるのか。
強化合宿から更に一ヶ月程の時が経ち、その間も練習と練習試合を重ねて、大きくレベルアップできた自覚と自信はある。沢滝がどんな対戦相手を引いてこようとも、全力で戦い勝利を掴み取ってみせるという覚悟を決めているのだった。
「お、帰ってきたか」
「おかえり。抽選会どうだったよ?」
「ただいま。最悪だったぞ」
「……悪い話がありそうだな」
雑談を続けながらも練習は真面目にこなし、下校時刻が近付いてきた頃沢滝は戻ってきた。部員達は片付けをしながら沢滝を出迎えたが、彼の表情からあまりいい話はないということを悟る。
「何かあったのか?」
「……耳に入れない方がいい話だぞ、胸糞悪くなるからな。それよりも抽選会の結果がこれだ」
「トーナメント表……どれどれ」
「慧峰、慧峰……あった」
「うわぁ……」
「皇心学館……何でこいつらノーシードなの?」
何か機嫌の悪くなることがあった様だが、沢滝はそれを話さずトーナメント表を公開する。慧峰高校の文字を探して眼を動かしてみると……その名の隣には皇心学館の文字があった。
前年度夏の甲子園優勝校。そんな強豪校と初戦で当たることが決まってしまったのである。一瞬不機嫌の原因はそれかとも思ったが、胸糞悪いとまで言う程なら違うのだろう。二ヶ月も付き合っていれば流石にそれくらいのことは分かる。当たることが理由ではないといえ、その理由に皇心学館が関係しているであろうことも。
「……そういえばさ、僕らって部活以外でみんなで集まるようなことなかったよね。抽選会でいったい何があったのかも知りたいし、みんなでファミレスでも行きませんか?」
わざわざ隠したということは、自分達にも関係があることなのだろう。沢滝はこういう気遣いを結構してくれるし、その気持ちはありがたいものであることは変わらない。
しかし、同じ野球部の仲間である彼にいつまでも守ってもらうというのは違うだろうと思う。不愉快な話があるのなら、それを知らずに呑気にしているというのはあり得ない。晴真は話を聞き出すための場を作るべく、交流不足を口実に19時以降も全員が集まれる提案をするのだった。
「別にいいけどよ……俺も知りたいし」
「沢滝的に良いのか?」
「……とても屈辱的な内容だ。聞いたところで何の益にもならんぞ」
「それでも、知っておくべきだよ。僕達だってこの二ヶ月でちゃんと強くなったんだから、いつまでも君の気遣いに甘える訳にはいかない。同じ野球部の仲間なん、精神面くらいは対等でいたい」
「ならいい。この時間はどこの店も混むだろうから俺の家に集まるか、夕食も時間的にうちでそのまま済ませた方がいいな」
「え、マジ?沢滝の家?」
ファミレスでもという提案だったが、夜の混雑する時間帯に団体で行くのは迷惑なので、沢滝の提案で彼の家に集まることとなった。
思えば初めの頃に、沢滝が保護者の説得のためそれぞれの家に来たことはあったが、沢滝の家には誰も行ったことがない。正直どんなところに住んでいるのかとか、家族はどんな人達なんだろうとか、気になることは多いので、部員達は沢滝のその提案を二つ返事で受け入れた。気持ちとしては未到のダンジョンに踏み込む冒険者に近い。
「行く前にスーパーに寄るぞ、代金は俺が出すから渡すメモ通りに買い物をしてきてくれ」
「いいのかよ?金なら出すぜ」
「構わん。それより保護者に今日は帰りが遅くなると連絡しておけよ。夕飯は食べていくこともな」
「あ、そりゃそうだな」
ということで全員連絡を入れ終わり、沢滝の家に向けて出発する一同。途中寄ったスーパーで部員の親に会うなどのイベントを挟みつつ、料理の材料を揃えて改めて歩いていく。自転車で通学している部員を荷物持ちとして使いながら歩くこと数分。スーパーから程近いところにある、大きめのマンションに辿り着いた。
「ここの二階奥が俺の家だ。他の住人の迷惑になるからあまり騒がないようにな」
「思ってたよりだいぶデカいな」
「家賃高そう」
「もしかしなくても金持ちか?」
「騒ぐなっつったろ」
「すんませんっした」
よその迷惑にならないよう、静かに速やかに沢滝の部屋である201号室にお邪魔する。大きな外観に見合う広い部屋の中は、綺麗に掃除が行き届いており家主の几帳面さが窺える。野球道具や本棚などを除けば後は生活必需品くらいしかなく、唯一充実している台所以外は、かなり見ていてつまらない部屋であると言えるだろう。
初めてお邪魔した感想は特にない。こういう感じなのかなというイメージから、ほとんど外れていなかったある意味期待外れの部屋だったからだ。
「早速料理を始めるか。何人かはこっちで手伝え、後は適当に時間を潰していろ」
「じゃあ、僕が手伝うよ」
「俺も」
「御影と大塚か、頼んだぞ」
「いろいろ本があんなー……なぁ沢滝、この本って読んでもいいか?」
「汚すなよ」
晴真と大塚の手伝いを受けつつ、沢滝が料理を作り終わるまで静かに時間を潰す。美味しい料理のいい香りが空腹を刺激してくるのを、様子を眺めたりたくさんある本を読んだりしながら待ち続けた。
そうこうしている内にテーブルに皿が並び、お待ちかねの夕食の時間が始まる。炊飯器の容量では明らかに足りない米をレトルトで補いながら、大量のおかずで一気に平らげる。疲れていると食事が喉を通らないということもあるそうだが、彼らにはそんなことは関係ない。
「うめぇ」
「合宿の時も思ったけど、沢滝のやつホント何でもできんのな」
「ありがとう……それしか言葉が見つからない」
「俺らも頑張ったんだが?」
「そうですよ、沢滝君だけじゃないですよ」
「なかなか腕が良くて助かったぞ。家でも自炊するようになったと聞いていたが、その成果がちゃんと現れていたな」
和気藹々と食事は進み、皿が全て空になりご飯もなくなったところで後片付けの時間が来る。大量の皿洗いやゴミの掃除を全員で協力して行い、僅かな時間で片付けを効率的に終わらせるのだった。
「よし、それじゃあ話してもらおうか」
「唐突だな」
「後の用がこれだけだしね」
「だからって切り替え雑過ぎんだろ」
後片付けも終われば、残っている用事は抽選会での出来事を聞き出すことだけ。唐突に変わった流れにツッコミを入れながらも、沢滝は当時のことを思い出し少しずつ話し始めた。
「くじを引いた、帰り道だったな──」