栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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11:夏の大会 決戦前夜

 抽選会、それは夏の大会のトーナメント表を決める大事な日。日々の業務で忙しい教頭に任せるのも酷な話なので、部員の練習を見れないのは心配だが沢滝は自分で行くことにした。

 会場に到着すると、自分はかなり遅い到着だったようで既に多くの人間が集まっている。全ての学校の制服を覚えているわけではないし、そもそも生徒が来ていないところもあるが、実績高く知った所はそれなりに多い。くじによる多少の差異はあれ彼らの全てを打ち倒さねば、甲子園は辿り着けない。

 

 ──練習試合じゃ、レベルの高い相手ばかり用意してきたからな。運悪く初手強豪を引いたところでアイツらもジタバタしないだろうが……強い学校はなるべく後の方が望ましい。

 

 遅かれ早かれ強豪と当たるのなら、それはより遅いタイミングが好ましい。こちらの情報を集められるリスクはあるが、それよりも勝ち進むことで自信を付けてやれるメリットの方が大きいからだ。

 到着したのが遅かったことで、くじ引きの順番は後回しにされる。沢滝は『残り物には福がある』の精神は持ち合わせていないので、後からより早めに終わらせたかったのだが……掃除が遅れて帰りのHRがずれ込んだのが痛かった。

 

「八千代高校、1番」

 

「天神学園、144番」

 

 春の大会で好成績を残した高校から、シード枠が埋められていく。これが全て埋まったら次はノーシード校のくじ引きの番になる。いかに長くシードとの対戦を避けられるか、ノーシードの高校が目指すのはそんなところだろう。勝ち目が薄いなら当たる瞬間を先延ばしすれば、勝ち進める可能性を少しでも上げられるかもしれないのだから。

 慧峰高校も当然ノーシードである。3月に行われる春の大会の予選で敗北していたため、沢滝と晴真が入学する前から、シード権獲得の条件である春の都大会ベスト16以上を逃していたためである。いくら二人が強力な選手とは言え、流石に入学前の出来事はどうにもならない。

 

「皇心学館、2番」

 

 ──去年の優勝校……確か春の都大会じゃ初戦で八千代に負けたんだったな。

 

 どうやら、すぐに優勝候補同士の潰し合いが見られるようになるらしい。皇心学館にとっては絶好のリベンジの機会だが、3番を引いた高校にとってはたまったものではないだろう。優勝候補と連戦など沢滝でも本番なら避けたいところだ、次々とくじを引いていく他の高校が、離れた数字を引いて安堵の息を吐くのを見て、その思いに共感する。ご存知の通り、3番を引くことになるのは沢滝なのだが。

 着々と決まっていく組み合わせに、複数人で参加している高校からは蘊蓄などの声が聞こえてくる。沢滝は真後ろの席が喧しいのを聞き流しながら順番を待ち続け、自分の番に呼ばれた時これ幸いとそそくさと喧騒の元から離れるのだった。

 

「慧峰高校、3番」

 

 ──フラグ回収、というやつか。

 

 進めど進めど3番が引かれないことで、嫌な予感はしていたのだが。やはりと言うべきか沢滝は最悪のハズレを引いてしまう。慧峰の実力を知っているのかいないのか、それは分からないが辺りからは少なくない同情が聞こえてくる。

 かわいそうにだの、思い出作りにはいい引きだの好き放題言われるのを無視し、席に戻ろうとしたのだが……まずそこで第一のポイントがあった。

 

「かわいそうになぁ……最近また噂を聞くようになったのに運がねえ」

「運命レベルで没落が決まってるみてぇだ」

「しーッ!あんま言ってやるなよ、慧峰の人オレらのすぐ前の席だぞ!」

「おっととと……こりゃ失礼」

 

 後ろで騒ぐ他の高校の話し声。ひそひそと声量を落として仲間内だけで喋るようにしているが、席が近いこともあり普通に聞こえてくる。勝手な同情をするだけならまだいいが、それが聞こえていると分かっていて尚続けるのが腹立たしい。

 後ろの高校は、ゴールデンウィーク後に練習試合をして負かしたことのあるところだ。負けたことの憂さ晴らしなのか、単に部員の性格が悪いだけなのかは知らないが、わざと聞こえるように陰口を叩いてニヤニヤ笑うその神経が分からなかった。まぁ彼らの引いたくじもシード校の近く……同じような境遇の相手を見下すことで、自分達のくじ運の悪さから目を背けているのだろう。

 

 そう思うことにして、沢滝は後ろの高校を意識から外したのだが……すぐには収まらない苛立ちに更に油を注ぐように、帰り際に第二のポイントは向こうの方からやってきた。

 

「おっと、すいませ……」

「ああ、何だお前は!?」

 

 抽選会が終わり、自販機で飲み物を買ってから学校に戻ろうとしたその時。沢滝は後ろから勢い良く歩いてきた男にぶつかられ、面倒事になったら困るとさっさと謝って去ろうとしたのだが。この人通りの多い場で駆け足に歩く自分を棚に上げ、男はぶつかったのは自分の癖に沢滝に難癖を付けてきた。

 やれこんな所で立ち止まるなだの、歩いてる人がいるなら気付いて避けるのが道理だの、目上の人間に対する礼儀がなっていないだの、男のくせに髪を伸ばしているなんて頭がおかしいだの、こんなのがいる学校が強い訳がないだの、一方的な決めつけと誹謗中傷を繰り返す。無視して帰りたいところではあるが、それでこの男の機嫌を損ねた時嫌がらせが学校にこないとも限らない。早く満足してくれと心の中で願いながら、沢滝は男の怒鳴り声を右から左へと聞き流していた。

 

 東東京の面子とはあまり練習試合を組んでこなかったので、慧峰高校の現在を知らないことにはまぁ理解できる。この男の立場を考えればお前が知っておかないでどうするとも思うが、辛抱してきた沢滝の堪忍袋を破いたのは去り際の台詞であった。

 

「監督!他校の部員相手に何してるんですか、こんなことして我が校の品位を損ねないでください!」

「ふん……ッ!教育的指導に学校の違いなど関係ないわ!ガキの罪を咎めるのも大人の仕事よ!」

「どこの学校でも当たる可能性はあるんですよ!?無闇に刺激しないでください!」

「どこと当たろうが、八千代と大東栄、天神以外は脅威でも何でもないわ!路傍の石に気を配る必要がどこにある!?」

 

 言いたい放題の末、付き添いで来ていたマネージャーらしき男に連れられて、暴言の男……皇心学館の監督は逃げるようにこの場を去った。残されたのは飲み物の缶を握る手に力が入る沢滝と、一部始終を遠巻きに眺めていた野次馬共。声量を落としながらも聞こえるように喋る奴らに睨みをかけ、沢滝は更に腕に力を込めていく。

 馬鹿にされるのは腹立たしいが、ずっと真面目にやってきた連中からすれば努力が足りていないことも力不足なことも事実なのでまだ納得できる。それよりも何よりも、沢滝の神経を逆撫でしたのはあの皇心学館監督の無神経さだ。何故大事な初戦の対戦相手のことを覚えていないのだ?

 

 昔は強かった野球部が没落したのも、初戦負けが当たり前で、他の高校にとってボーナスステージと化していることも、今の二、三年生がサボってばかりのだらしない人間だったことも、優勝候補との連戦というハズレくじを引いたのも、側から見ればまた一回戦負けが決まったようなものなのも。

 人通りの多い場を周りの迷惑も考えずにズカズカ歩き回る馬鹿にぶつかられたのも、自販機の方に注意がいってて避けきれなかったことも、高校球児でありながら髪を伸ばしていることも。どれも誹謗中傷の発言とはいえ、大部分は一応本当のことであると言えなくもない。だからいちいち噛み付いて逆ギレさせるよりはと、男の長々とした無駄に声が大きくて長い話を聞き流していたのだ。これが対戦相手への威嚇とかならまだ良かったのだが……

 

 ──直前に対戦が決まった相手の姿すら覚えていないとはどういう了見だ、あのオッサン……!

 

 監督の方もマネージャー?の方もそうだが、いろいろ文句をつけてくる割に謝罪もなければ学校への言及もなく、自分達の面子や違うだけを醜く捲し立てる始末。その上で『どこの学校でも当たる可能性はある』ときたものだ。目の前にいるのは可能性どころか、一回戦で当たることが確定している相手だというのによくそんなことを宣える。

 そもそも眼中に入っていない、わざわざ具体的に学校名を挙げた以上そういうことなのだろう。初戦で負けることなど想定すらしていない、常勝を是とする強豪校にしても傲慢な態度だ。

 

 ──上等だ、吐いた唾は飲み込ませてやる。

 

 ざわざわと騒ぐ周りの声が、先程までとはどこか違う意味合いになったのを感じる。こちらを見ているのには変わりないが、いったい何か変わったことがあったのか……思いながらふと自分の手を見ると飲むつもりだった缶コーヒーを、開封する前に握り潰してしまっていた。

 

「……拭くか」

 

 ぼたぼたとこぼれ落ちる黒い汁を、自前のハンカチで黙々と拭い去っていく。あまりこの視線の中で長居したくなかった沢滝は、汚れを拭き終えるとすぐにその場を去っていくのだった。

 

 〜

 

「とまぁ、こんなことがあった訳だが」

「待って?スチール缶握り潰したの?しかも新品の開けてもいないやつを?」

 

 事の顛末を話し終えた沢滝だが、皆の関心は皇心学館の監督よりも彼の握力の方に寄っていた。そりゃあスチール缶(未開封)を素手で握り潰し、中身が漏れる程の穴を開ける握力はおかしい。しかし今日の本題はそこではないのでスルーされた。

 閑話休題、対戦相手に認識すらされていない屈辱を受けた話に戻る。今日まで一年生の二人は慧峰で勝つために、二、三年生は堕落し切った自分を変えまた強い野球部を取り戻すために、辛く苦しく時にノックアウトされるような練習をしてきた。その努力は諦めていた親の気持ちを動かす程本気であり、慧峰は再びそして今度は強さを継続できるチームを目指してきた。

 

 認識されず、努力は全て無駄なものとして扱われた上に、こっちは見かけたら蹴飛ばす路傍の石とすら思われてもいない。これが屈辱でないのならいったい何をそう呼べばいいのだろうか。

 

「ムカつくのは確かだよなぁ」

「いつまでも主役面しゃがって」

「自分らもノーシードのくせに」

「石ころに躓く痛みを教えてやろうぜ」

「待てよ、石ころとすら思われてないんだぜ」

「じゃあアスファルトの凸凹だ」

 

 流石にここまで虚仮にされては、部員皆堪忍袋の尾が切れる。ある程度までなら事実を言っているだけだからと、黙って屈辱に耐えていただろう。だがここまでラインを越えた侮辱を食らっては、どんな聖人だって怒るに決まっている。

 全員屈辱と怒りで心を満たし、皇心学館に思い知らせてやると決めた。歯牙にもかけなかったものに背中から刺される痛みがどういうものか、その傲慢な態度に教えてやるのだ。

 

「明日以降の練習は、対皇心学館を想定して行なっていくぞ。幸いなことに奴らの情報は露出の多い名門校故たっぷりとある。データを集めて丸裸にした上で、確実に叩き潰してやるぞ!」

「おお!」

 

 決意を一致させ、今日はお開きとなった。

 

 〜

 

「いきなり去年の優勝校かぁ……沢滝君は勝つ算段があるみたいだけど、大丈夫なのかな?」

 

 時刻は21時を回り、バスを降りた晴真は自宅に向けて暗い夜道を歩いていた。いきなり優勝候補と激突することが決まった悪運は痛いが、それでも余裕を崩さない沢滝の態度は本当に頼もしい。そんなことを考えながら特に長くもない帰路を歩く中、ふとあることを思い出した。

 

 ──そういや、皇心学館ってウチの近くにあるんだったな……ちょっと覗いてみようかな?

 

 そう、皇心学館高校は晴真の家から歩いて行ける程近い距離の所にあるのだ。元々は晴真自身こっちに受験する気もあったが、受験生だった当時は別に野球にモチベーションがある訳でもなく、慧峰高校の方が偏差値が高くその上入学の敷居も低いので、結局皇心学館は選ばなかったのだ。

 今の時間なら部活動は終わっているだろうが、自主練をしている選手ならまだいるかもしれない。名門校の選手の自主性を信じた晴真は、今度の対戦相手がどんなものかを確かめるべく、帰る前に皇心学館に寄ってみることにした。通学路から覗くくらいだから大丈夫だろうという言い訳も添えて。

 

「……お、思った通り練習してる。道路から見えるところでやってくれてて良かった」

 

 予想通り、部活動自体は終わっていたようだが何人かの選手が個別で練習に励んでいた。慧峰ならここまで熱心な自主練は沢滝がさせないので、少しは良いなと思う気持ちが無いでもない。一人の練習で大量のボールを使えるのは羨ましいところである。

 

「っと……誰か来た」

 

 複数の人影が近付いてくるのに気付き、晴真は咄嗟に身を隠す。ただの通行人である以上別に隠れる必要はないのだが、こっそり覗き見に来た後ろめたさがあったのかもしれない。

 人影は4人。ユニフォームを来た巨漢とジャージ姿の女生徒、即ち野球部の選手とマネージャーなのだろう。何故三人もたった一人の選手に付いているのか不思議だが……きっとこの選手かモテる男だということなのだろう。初心者故に情報に疎い晴真ですらある程度は知っている、『高校野球史に、いや野球史に名を刻むことが確定している』と謳われる怪物ルーキー。

 

稲羽(いなば)狐太郎(こたろう)……」

 

 まだ遥か遠い未来、何度も晴真の前に立ちはだかることとなる宿命のライバルとの出会いだった。

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