栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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12:夏の大会 開会式

「あ……あったよ、最後の一つ!」

「ありがとう。これで今日の練習も終わりだ」

 

 練習後のボール拾いをしていたらしく、飛ばしたボールが見つかった喜びの声が聞こえてくる。息を潜めているので表情は見えないが、会話の内容からそれなりに多く、使った後のボールを探していたことは理解できた。

 それにしても、四人もいるのなら固まるのではなく手分けした方が良さそうなものだが……

 

「そういえば狐太郎君、初戦の相手がどんなところか知ってる?」

「慧峰高校……だっけ?他所の高校とか詳しくないから全然分かんなくてさー。八千代とかみたいなウチくらい強いところならともかく、それ以外の雑魚なんて覚えてる暇ないもんね」

「ホント、なーんで春に負けちゃったかな」

「あまり言ってやるな。大会の出場はどのチームにも許された権利だ」

 

 ──何だか、感じ悪いなぁ……

 

 一言一言に上から目線を感じ、初めてみた相手なのに印象はすこぶる悪くなる。名門校に入るとこうなる……という訳ではないのだろう。実際これまで戦ってきた他県の強豪は、強さと相手に対する礼儀をきちんと持ち合わせていた。他の選手は違い、こいつらが特別態度が悪いというだけだと信じたいところである。

 今の会話だけでも十分腹立たしいが、まだ慧峰への所感を聞けていない。食ってかかりたい気持ちをグッとお腹に力を込めて抑え、晴真は会話の流れを静かに追っていった。

 

「慧峰高校……名前は知っているよ。東東京の野球部がある高校は、入学する時に一通り調べて頭に叩き込んでおいたからね。50年以上も昔は甲子園も当たり前のように行ける名門だったそうだが、今は糞の掃き溜めに等しい集団だ」

「へー、じゃあ楽勝ってことじゃん!」

「あー……だけど狐太郎君、私他所にいる友達から聞いたことあるんだけど、今年の慧峰は結構強いみたいよ?友達の高校、練習試合して大差付けられて負けたって言ってたし」

「……大丈夫、心配はいらないよ。何故なら──」

 

 勿体ぶらず理由を早く言えと待つ。そして晴真はそれを聞き──静かにキレた。

 

「所詮は一時の気の迷いでやる気を出しただけの、屑の集まりなのだから。単なる気紛れや戯れでどうにかなる程、高校野球は甘い世界じゃない……彼らには私が責任持って、常日頃から努力し続けてきた者の強さを教えてやろうと思っている」

「さっすが狐太郎!エースで四番!」

「またカッコいいところ見せてよね!」

「5回コールドだ!」

 

 ──は?

 

 何を言っているんだこの男は?先輩達の頑張りが一時の気紛れ?何も見ていない癖に、何も知らない癖にどうしてそんなことをほざけるのだ?

 話し声が遠ざかっていく。どうやら用事を終えて戻るつもりのようだ。あの発言にブチギレて飛び出さなかった自分を褒めてやりたいところだが、怒りが勝ち過ぎて飛び出すなど考えもしなかった。余り感情が振れると却って冷静になるというが、それはどうやら真実であったようだ。

 

「5回コールド、ねぇ……」

 

 その結末がお望みなら、その通りにやってやろうではないか。

 自分の知る沢滝は、冷静で注意やアドバイスならともかくあまり怒りはしない人だった。そんな彼があんなにも怒りに燃えていた訳を、晴真は身を以て知ってしまった。その結果甲子園に向けて高まっていたモチベーションが、怒りと屈辱に煽られて更にパワーアップを果たすのだった。

 

 ──努力を続けるって簡単なことじゃないよ。辛いし苦しいし、理由をでっち上げてでも逃げたいと思うようなキツいものなんだよ。それでも先輩達はみんな頑張ってたんだ……一度は逃げたものに再び向き合って、恥を背負って頑張ってたんだぞ!

 

 努力というのは賽の河原に似ている。いつまでもいつまでも石を積み上げていきながら、それは大したことのない理由で簡単に崩れ去る。崩れるその度に新しく石を積み上げ、一生来ないかもしれない報われる日を待つのだ。しかも仏の手が伸びてきたとしても、それまでに積んだ石の高さでその手を自力で掴むことができなければ、その者は救われることさえあり得ないのだ。

 最初から努力ができる環境にいて、努力を楽しめる下地がある奴にいったい、先輩達の何が分かるというのだろうか。積み上げた石を崩されるどころか積み上げることすら許されなかった人達が、やっとそれをできるようになったのだ。稲羽の言う『常日頃から努力し続ける』こと、先輩達はそれを沢滝が来て初めて許されるようになったのだ。一時の気の迷いや気紛れだけで、自分のためだとしても苦しい努力を続けられるものか。

 

 晴真は身を以て知っている。中学時代やっていた水泳がそうだった、たった一人で何百mも何千mも冷たい水の中を泳ぐあの孤独。小数点以下のタイムを縮めるのに何度も何度も往復を重ね、敵より少しだけでも先を目指すあの辛さを。

 正直なところ、辛過ぎて練習を辞めたいと思ったことは一度や二度じゃない。それでも自分を諦めたくなかったから、当時大会で競っていた奴らに負けたくなかったから、応援してくれる家族や友人の期待に応えたかったから、逃げ出すことなく最後まで頑張ってこれたのだ。そうして頑張った結果が三年時の中体連水泳大会優勝だった。

 

 先輩達だって当時の自分と同じだ。甲子園を諦めたくないから、腐っていた自分を超えて自分はこんなものではないと証明したいから、沢滝や保護者の皆さんが頑張れる環境を作り支えてくれるから、今頑張ることができている。

 

 絶対に、あんな侮辱をされていい人達じゃない。

 

「この屈辱……絶対に返してやるから」

 

 誰の姿も見えなくなったグラウンドに向け、夏の大会で報いを受けさせることを晴真は誓う。憤怒の炎が青々と、彼の心中で燃え上がっていた。

 

「もしもし沢滝君?皇心学館のことでちょっと話があるんだけど……」

 

 〜

 

 夏の都大会 開会式当日

 

 東東京地区全ての参加校が一堂に会する中、慧峰高校の面々もその渦中にいた。開会式が始まるまでは待機になるが、その間はこの辺を通り過ぎていく他の高校の選手達を観察している。

 関東大会でベスト4に入った八千代高校に、同じくベスト16に入った天神高校。公立校だが甲子園出場経験もある大谷高校、甲子園まで届いたことはないが、対抗馬として十分強い安岡商業に立心会館などの中堅校。去年一昨年慧峰に辛酸を舐めさせた文武高校と玉村第一高校、その他にも東界大海邦や猛士学園などなど。甲子園を志す数々の高校がこの場に集まっていた。

 

 甲子園に辿り着けるのは、この内一校のみ。

 

 真面目に甲子園を目指しここに来るのは、慧峰の二、三年生にとっては初めての経験である。浮き足立った先輩達を宥めすかして落ち着かせ、開会式が始まるのを今か今かと待っていた。

 

「ふっう……何か今頃緊張してきた……!」

「今更かよ、俺なんて3日前からだぜ?」

「俺は4月からずっと」

「緊張度合いで張り合うな、馬鹿馬鹿しい」

「御影は緊張とかする方?」

「僕はあんまり……一応大会には慣れてるんで」

 

 聞いたら力の抜けそうな会話をしつつ、晴真達も周りの声や目線に気を配っている。東東京地区の高校とはあまり練習試合は組んでないが、皇心学館と初戦で戦うことへの同情なのか、かなりの高校から関心を向けられているようであった。

 主に話題となっているのは、皇心学館の噛ませ犬になることへの同情や一年生である晴真が背番号1を背負っていること、後は沢滝の高校球児らしからぬ見た目くらいか。一応去年も一昨年も出場自体はしているため、晴真が一年生であることくらいなら知っている高校もあるようである。

 

 自分達が要因ではないとは言え、大会で注目されるなんて経験は先輩達にはこれまでなかった。この視線と陰口が、多少なりとも緊張に影響しているのかもしれない。しかし最も年下であり頼れる一年生二人がまったく落ち着いていることで、少しずつ平常心を取り戻してきた。開会式が始まる頃には萎縮する人間は誰もいなくなっていた。

 

『選手入場』

 

「さぁ、行くぞ」

「おうよ!」

 

 全選手の入場が自分達の番になり、慧峰高校も球場の中へ歩き出す。7月の太陽はカンカンと照り付けていて、帽子を被っていてもとても暑い。熱中症で倒れないよう沢滝が注意を促しながら、足並みを揃えて威勢よく歩いていった。

 この後は前年度の東・西の優勝校による優勝旗の返還や、お偉いさんの開会の言葉などプログラムは滞りなく進み、全選手退場の時間となる。何人かは暑さにやられて途中で消えたようだが、慧峰の面々は誰一人ダウンしなかったので問題はない。

 

「おっす慧峰さんー」

「市原第三の……こんにちは」

「初戦皇心学館とだって?大変だねー」

「ご心配ありがとうございます」

 

 開会式の後は時折このように、西東京地区の高校の選手が挨拶に来ることもあった。負けっぱなしだったとは言え練習試合で縁ができた相手、お互いに健闘を祈ることができる。地区が違うので潰し合う心配がいらないのも大きい。

 練習が始まってからは僅か三ヶ月と短い期間ではあったが、快く練習試合に応じてくれたこの市原第三高校などの協力で、この僅かな期間でもかなりの経験を選手に積ませることができた。その大きな感謝を込めて、沢滝は挨拶にわざわざ来てくれた市原第三の主将と固く握手を結ぶのだった。

 

「……沢滝君、あれ」

「……皇心学館か」

 

 市原第三の主将も去り、自分達もそろそろここから撤収するかと考えていたところで、晴真は皇心学館の面々が来たことに気付く。沢滝をはじめ別の方を向いて見ていなかった奴らに声をかけ、ありったけの敵意と恨みを込めた眼で睨み付ける。どうやら彼らの眼中には全く以て入っていないようだが。

 抽選会でしたという監督の発言を、選手達も同じことを思っているのかは知らない……実際にそれを聞いた晴真以外は。だが監督の発言はチームの発言でもある。他の選手が慧峰に何を思っているのかは知らないが、こちらを舐め切ったことを抜かした報いはきっちりと受けてもらおうじゃないか。全員の心は打倒皇心学館で一致していた。

 

「あまりジロジロ見るものでもないな」

「この後午後から試合だっけ」

「そうだ。それまでに作戦のおさらいをするぞ」

「……いよいよ、始まるんだな」

 

 今日はこのまま試合があるが、午後からのため少し時間が空く。その時間を使って全員で今日の作戦を改めて共有するのだ。

 相手は皇心学館。前年度夏の甲子園大会優勝校であり、慧峰が練習試合で戦った中では最も実績の高い清火大附属を倒している高校だ。一昨年の出場は逃しているものの、過去10年間で去年を合わせて7度の出場と3度の優勝を経験している、ぐうの音も出ない程の名門校である。

 

 警戒すべき相手はレギュラー全員……と言いたいところだが、皇心学館は今の監督に変わってからの約20年間は、客観的に見て明らかに格下の相手に対してはレギュラーの起用が少ない。それを踏まえ考えると慧峰相手にもそうくる可能性は高い。万年初戦負けの弱小を相手に、わざわざ今までの流れを崩してまでレギュラーは使わないだろう。

 例外として、ピッチャーのみ背番号1のエースが投げることがあるのだが……一年生投手に有望な選手がいる場合、それを優先する傾向にある。今回の場合は大型ルーキー稲羽狐太郎が、ほぼ確実に先発してくるだろうという予想である。

 

「以上の点を踏まえると、皇心学館の要注意選手はこの稲羽狐太郎だけになる。もちろん名門校のベンチに入れる選手だ、控えだからと言って弱い訳じゃ断じてない。それでもレギュラーと比べれば強さは見劣りする……俺達なら勝てる相手だ」

「でも、負けてたら途中で出てくるんじゃ?」

「それまでには十分点差を付けられているはずだ。この試合は御影の提言通り、5回コールドで終わらせる……早いイニングからそれだけの点差を付けているなら、そこから出てきても手遅れだ」

「稲羽狐太郎……あいつが先発、なんだよな」

 

 レギュラーが初めからは出ないとするなら、唯一の要注意選手である稲羽狐太郎。要注意であると同時に狙うべき皇心学館の『穴』でもある。

 

 稲羽狐太郎。身長225cm、体重139kgという恵まれた体格と体格通りの剛力を武器に、名門皇心学館で一年生ながらにレギュラーに抜擢されたスーパールーキー。春の都大会は八千代高校を相手に敗北を喫することとなったが、稲羽はこの試合の9回に登板し、八千代のクリーンナップを三者連続三球三振で斬って落とした。試合には負けたものの大きな爪痕を遺し、その巨体と真面目な性格に高校から野球を始めたという経験の浅さが受け、稲羽は一躍有名になったのだ。

 彼の持ち味は何と言っても、その長身から豪快に投げ下ろされる、都大会では最速173km/hを記録したストレートだろう。八千代のクリーンナップが手も足も出ず見逃し三振した、恐るべき球速のストレート……これを狙う。

 

「春に投げてた球は9球全部インコース……恐らくそれ以外へのコントロールに慣れていないのだろうというのが御影の見解だ。たった1イニングのデータでは確信はできんが、コイツが御影と同じく高校から野球を始めたことを考えると、別にあり得ない話ではない」

「キャッチャーだいぶミット動いてたもんな」

「あの速度でインコースは死球が怖い」

「御影に高さを再現してもらったから、球の軌道は慣れることができただろう。球速も晴真のストレートがよく伸びることを考えれば、打つ頃の速度はそう変わらない。俺達なら十分奴を打てる──これをただの強がりから確信に変えるために、まず俺がホームランを打つ。お前達はそれを見てしっかり自分が打つイメージを整えろ」

 

 速い球なら晴真も投げられる。マウンドを高く盛って長身を再現することで、稲羽のストレートに近い球を打つ練習を続けてきた。球質が違う分完全にとはいかないが、限りなく近い球を打てるようになったことである程度自信は付けている。これを沢滝の一発を皮切りに本物に変える。

 決して無敵なんかじゃない。こちらにも付け入る隙があるのなら、容赦なくそこを突かせてもらおうじゃないか。

 

「そして、守備に関してだが」

「沢滝君、ちょっといいかな」

「何だ、何かあるのか?」

「うん、本当だったらの話だけどさ……」

 

 守備のおさらいの前に、晴真は自分の考えていた作戦を沢滝に伝える。その内容に選手達は騒つくがすぐに落ち着きを取り戻し、それを採用しての守備作戦が改めて組まれるのだった。

 

「えげつねぇこと考えやがるなぁ」

「成功すりゃリターンはでかいけど」

「ま、やるっきゃねーべ」

「そろそろ時間だ、グラウンドに行くぞ」

「勝ちましょう、皆さん!」

「おうよ!」

 

 泣いても笑っても、一度負けたら夏はそこで全て終わる。球児達の青春を賭けた一世一代の大勝負の舞台に、慧峰高校は今日降り立つ。

 

「……勝つのは、僕達だ」

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