栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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13:都大会1回戦 皇心学館①

「初戦からこんなことを言うのも何だが、今日までよくみんな頑張ってくれた」

「何だよ藪から棒に」

「まだ試合始まってもねぇぞ」

「黙って聞け。今までずっと周りに疎まれ努力することを否定されてきたお前達にとって、初日の俺は何とも目障りで迷惑な存在だっただろう。それでもお前達は俺を信じ着いてきてくれた。これまでとは一転して厳しくなった練習にも、どんなに辛くても苦しくても泣き言を言わず頑張ってきたな。俺には甲子園にいくためのプランがあったが、それも俺を信じて着いてくればの話だ」

「……」

「正直に言って、誰も途中で脱落しなかったことを俺は予想できていなかった。元からやる気のあった御影以外はダメだろうと、そう思っていたんだ──だからまずはそれを詫びたい。そして、俺を信じて着いてきてくれてありがとう」

 

 整列の前に、慧峰の選手達に向けて沢滝からの感謝の言葉が贈られた。どんなに力があっても、どんなに綿密なプランがあっても、野球は9人いなければプレイできない。自分に従い信じて着いてきてくれた彼らへの、沢滝なりの感謝を言葉で返した。そして同時に、彼らの精神力を見誤っていたことへの詫びをする。

 次は行動で示す番だ。自分に着いてくるのなら甲子園に連れて行ってやると約束した、これまでは選手達を鍛えることで示してきたが、ここからは自らの働きで約束を果たす。

 

「観客席を見てみろ。皇心学館の応援団に奴らを観に来た観客やスカウト、メディアなんかもたくさん集まっているが……あの中に、俺達のことを応援してくれる人はいない。客席の全てが俺達の負けと皇心学館の完全勝利を期待している」

「……その期待を、潰すんだよね」

「そうだ。俺達は皇心学館の噛ませ犬になりに来たんじゃない……勝って甲子園への切符を掴むためにここにいる。さぁ行くぞ、度肝を抜いてやれ!」

「おお!」

 

 先攻 慧峰高校 スタメン

 1沢滝零士(捕)右/右

 2中島信之(右)右/左

 3青木孝治(左)右/右

 4大塚真二(一)右/右

 5真堂祐輔(三)右/右

 6長田大助(中)右/左

 7二瓶篤志(遊)右/左

 8御影晴真(投)左/左

 9小林昭人(二)右/左

 

 後攻 皇心学館 スタメン

 1大平景(遊)右/左

 2田辺勝春(二)右/右

 3一ノ瀬拓真(一)右/左

 4稲羽狐太郎(投)右/左

 5浅田和希(右)右/右

 6大河内充(三)右/右

 7三上大我(中)右/右

 8松任谷仁(左)右/右

 9宮城智也(捕)右/右

 

 試合が、始まる。

 

『一番、キャッチャー、沢滝君』

「よろしくお願いします」

 

 先攻はジャンケンで勝った慧峰高校。右打席に立ち先頭打者の沢滝がマウンドの稲羽と対峙する。実際に相対した225cmは、マウンドの盛り上がりもあってより高く感じられた。

 あの身長、あの腕の長さを考えればリリースポイントは3m以上にもなるだろう。そんな高いところからインコースに振り下ろす170キロは、それはもう打者にとっては恐怖だろう……ただし、それは打席に立っているのが沢滝でなければの話だ。

 

 ──まずは、出鼻を挫く。

 

 ファーストストライクを叩き、後続にちゃんと打てる相手だということを伝える。それが一番打者として沢滝のすべき役割。春の大会で稲羽の投げた球に変化球は一つもなく、馬鹿の一つ覚えのようにインコースに投げていた。

 経験の浅さ故に変化球をものにできていないか、単純に不要だったから投げなかっただけか。どちらにせよ格下と舐めた相手に対して、いきなり変化球から入ることはないだろう。インコースのストレート以外は無視して構わない。170キロの速球も来ると分かっていればどうにでもできるものだ。

 

「不埒者め……」

 

 これが初対面だが、稲羽は沢滝に対しあまり良い印象を抱いていなかった。高校球児に全く相応しくない長く伸ばした髪に、しかも黒ではなく灰色という染めたに決まっている不自然な色。慧峰の野球部はよくない集団という噂は知っていたが、こんな者までいることを許しているなんて許せない。高校野球を冒涜していると怒りに燃えていた。

 最近は頑張っていたそうだが、沢滝のような者がいるようなチームが真面目な訳がない。高校球児を代表してその腐った性根を叩き直してやる、そんな心で稲羽は第1球を投げた──

 

 ガン

 

「え……」

「は…………………………?」

 

 ──インコースぎりぎり。胸元に飛び込むように投げ込まれたそのストレートは、沢滝の一振りでバックスクリーンに一直線に飛び込んだ。勢い衰えず打球は電光掲示板を貫き、稲羽の名を表示していた液晶を粉々にする。

 初球先頭打者ホームランにより、慧峰高校が先制点を取得した。打ったその瞬間……沢滝が自分に向けて微笑んだのを、稲羽はいったい何が起きたのか分からないまま呆然と見ていた。

 

「打ったああ────!?」

「アイツマジでやりやがった!」

「先制点!先制点だ!」

「ナイスバッティング沢滝ー!」

 

「稲羽が打たれた……?」

「嘘、だろ……172キロだぞ……!?」

「何かの冗談じゃないの……?」

「たまたまだよ、たまたま……だよ、ね……?」

 

 悪い夢ではなく現実である。コントロールの良くない稲羽が、珍しく要求通りのコースに狂いなく投げたストレートは、それを待っていた沢滝のバットによって軽々と粉砕された。なまじリード通りに投げられたため、投球を見てからスイングを補正する手間すら必要なく。

 ベンチにいる慧峰の選手だけが喜び、それ以外は困惑するか押し黙るかという状況の中、沢滝はダイヤモンドを周り終えホームベースを踏む。先制点が入るのが確定した瞬間に、彼が「こんなものか」とポツリと呟いたのを、皇心学館のキャッチャー宮城智也は聞き逃さなかった。どういう意味かとその真意を問い正す前に、沢滝は彼に一切構わずベンチに戻ってしまっていた。

 

「沢滝、ナイスバッティング!」

「初球先頭打者ホームランだぜ!」

「手本は見せたぞ。あの球を打つイメージができたなら、お前達もしっかり続けよ」

「っしゃあ!俺も打ってやる!」

 

『二番、ライト、中島君』

 

 皇心学館のバッテリーが狼狽えながら『今のホームランはたまたまだ』『後続にまぐれが続くなんてことはない』『二番から三人でスリーアウト取ってそれで終わらせよう』と話をする中、中島は悠々と左打席に入る。沢滝が作ってくれた流れを自分の凡退でいきなり挫いては、続くバッターにもその悪印象を残してしまう。勝利のために必ず打つという気持ちでバッティングに臨んでいた。

 しかし、流れに乗った程度で簡単に打てるようになる程170キロは簡単な球じゃない。分かりやすいボール球はきっちりと見逃し、前に飛ばせずともファールで粘り6球程投げさせたが、中島は最終的にセカンドゴロに倒れた。

 

「チッ……ダメだった!でも、アウトコースの球めちゃくちゃ分かりやすいぞ!しかも全然コントロールできてないから見送り余裕!今まで以上にインコース狙っていけ!」

「しゃあ、仇は討ってやるよ!」

 

『三番、レフト、青木君』

 

 中島を打ち取ったことで、やはり沢滝のホームランは偶然の産物であると断定したバッテリー。ここからクリーンナップだが、このままの勢いで抑えていけるだろうと高を括っていた。それがあまりにも舐めた態度だということを知らずに。

 青木は高めの球が来るのを待っていた。ストライクはインコースでしか入らないので、アウトコースの球は初めから無視して構わない。腕が地面と垂直になるように振られたら、それがアウトコースに投げる時のモーションだ。身体が大きい分モーションも大きくなり、動きは分かりやすい。

 

 別に低めの球も打てない訳じゃないだろうが、こういう速球自慢の……悪く言えば球速以外能のない投手は、変化球で躱せないことやコントロールの未熟を誤魔化すために強気にくることが多い。高めの球の方が目星を付けやすいのだ。

 

「うっ……しゃあい!」

 

「打った!」

「左中間抜けたぞ、二つ狙え二つ!」

「ツーベースヒットぉ!」

「ナイスバッティング青木ー!」

 

「また打たれたよ……!?」

「何で、相手の高校は弱小じゃなかったの……?」

 

 一度だけなら偶然で済ませられたが、二度目があってはそうはいかない。二塁でヒットを打った喜びを爆発させる青木が滑稽に映る程、スタンドは驚きで静まり返っていた。そして二度あることは三度と言わず──四度も五度も訪れる。

 

「御影の球の方が打ち辛いぜ!」

 

 四番大塚、左中間を破るツーベースヒットを放ち走者が生還。点差を更に広げる。

 

「来ると分かってるなら……押し負けはしない!」

 

 五番真堂、センターオーバーのツーベースヒットでまたしてもタイムリーを放つ。クリーンナップによる三者連続のツーベースヒットで、慧峰高校は点差を3点に広げた。

 まだまだ勢いは止まらない。動揺し乱れた制球ではバットを振るまでもなく、六番長田は四球を選び出塁する。七番二瓶もインコースの球を引っ張って一、二塁間を抜き、これで一死満塁というシチュエーションで晴真の打席が回ってきた。

 

「大丈夫だ……相手は下位打線、確かに四球と不運な当たりで出塁は許したが、次のバッターは一年の投手だからな。ただでさえ打撃練習の減る投手……しかも一年、打撃が良いはずがない」

「分かっています。ゲッツーでこの回を切り抜けることができればベスト……そうでなくとも、アウト一つはここで必ず取りましょう!」

「信じてるぜ、怪物」

「ええ……必ずや、期待に応えてみせます」

 

『八番、ピッチャー、御影君』

「よろしくお願いします」

 

 満塁となり、バッテリーはこのピンチをどう切り抜けるのかを二人で画策する。結論としては『相手は下位打線のそれも投手なのだから、いつも通りに投げて押し切ればいい』となった。この期に及んで相手を低く見過ぎているのもそうだが……何より彼らは晴真が普通に打てる選手であることも、下位打線に入っているのは、バッティングに集中し過ぎてピッチングを疎かにしないようにという、沢滝の配慮が理由であることも知らない。だからここまで炎上と言っていい程打たれたのにも関わらず、余裕の態度を崩さないのだ。

 左打席に入り、軽くバットを数回振って適度に力を抜いて構える。皇心学館バッテリーの舐め腐った考えなど露知らず、晴真は一死満塁というチャンスをどう活かすかのみに集中していた。練習試合でなら沢滝からの指示があったが、今回沢滝は特に何も言ってこなかったので自分で考える必要がある。

 

 ──まぁ、やるべきことは決まってるよね。

 

 狙うのはホームラン、この場面で併殺があり得るゴロやライナー性の低い打球はいらない。フライを外野に深く打ち上げて、犠牲フライで最低限1点は追加する。併殺にさえならなければ1点は保証されたようなものだし、それなら凡退になっても沢滝はアドバイスくらいで済ませるだろう……済ませるのだろうが、それは己が許さない。

 ここで4点を入れることができれば、稲羽のメンタルに致命的なダメージを与えられる。ガタガタに歪んだ心のままでは、身体を思い通りに動かすことなどできやしない。そうなれば慧峰の勝利がより現実的なものとなるだろう。もっともそうなる前に投手としては見限られるだろうが。

 

 ──まずはアウトコース……これは無視でいい。

 

 第一球、腕が地面と垂直になっていることから外の球が来ると予測。案の定大きく外れてボールになったストレートを、電光掲示板は167キロと表示をしていた。打ち込まれて動揺しているのか確実に遅くなってはいるが、それでも自分の最速より更に速い球を投げられるのは少し妬ましい。

 妬みはさておき第二球、今度はインコースに投げてくるようだが晴真は動かなかった。低めを狙い過ぎてリリースが遅くなり、ボールを地面に叩きつけてしまったからである。カウント0ー2、ここまで振るまでもないボールしか投げられていないが、流石に次……もしくは四球目までにはストライクを入れてくるだろう。そうでなければ押し出しで一点を献上した上で尚も満塁、皇心学館としては絶対にそれは避けたいところだろう。

 

 ──次、だね。

 

 狙うは第三球。コントロールが乱れているのなら0ー3は避けたいだろうし、ある程度コースを甘くしてでもストライクを取りにくるだろう。その甘い球を狙い打つ。

 皇心学館を覗きに行った時、晴真は夜中も構わず練習に取り組む姿に感心した。甲子園常連の名門校の意識の高さを見た気がした。こうして一人一人が高くモチベーションを保ち取り組む、それがずっと続けられてきたから、新設から今に至るまでずっと強く在り続けられていたのだと。

 

 確かに、稲羽はスーパールーキーと呼ばれるのに相応しい素質がある。だが彼はまだ皇心学館で何も成し得てはいない。皇心学館のために費やした時間ももたらした実績も何もないくせに、素質だけで得たレギュラーの座を誇り他者を貶める。そんな稲羽の態度が、晴真は何よりも気に入らなかった。

 

 ──ウチの先輩達は……お前なんかに貶められていいような人じゃ、断じてない!

 

 晴真は第三球──ストライクを取る意識が先行し過ぎてど真ん中に入ったストレートを、バットの真芯て捉えそのまま振り抜いた。白球は高くアーチを描いてバックスクリーンを越え、勢い衰えず神宮の外へ消えていくのだった。

 

「満・塁・ホームラーン!!!」

「ブラボー!ブラボー!」

 

「……」

 

 最早騒めきすら起こらない。静まり返ったスタンドを尻目に晴真は塁を周り、ベンチで待っていたチームメイトからのあらん限りの祝福を受ける。温度差で風邪を引く人が出そうだなぁと思う程、ベンチとスタンドの熱量は違っていた。

 

「ナイスバッティング。一気に突き放せたな」

「そうだね。でも、これで終わりじゃないでしょ」

 

 走者が一掃され、グラウンドには集まり狼狽える皇心学館の選手だけが残される。

 しかし、どれだけ動揺しようが小細工を練ろうが関係ない。このまま畳み掛けて挽回のしようもない致命傷を奴らに与える。ネクストバッターズサークルを出る九番の小林を、晴真は先輩達と共に大きな声援で送り出した。

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