栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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14:都大会1回戦 皇心学館②

「ナイスバッティング沢滝ー!」

「どんな球でもカンケーない!」

 

 7ー0と攻勢続く一回表。九番小林はフルカウントからのアウトコースを見送ったが、これがストライクを取られたことで見逃し三振。外の球はどうせ外れると余裕を持っていたが、どんなにコントロールが甘くとも入ることはある。あくまで偶然なので過剰に警戒することはないが、それでも慢心はいけないとよく分かる打席であった。

 そしてツーアウトランナーなし、打者一巡で迎える沢滝の二打席目。一打席目は初球を捉えてホームランにしたが、今回は一番打者らしく粘って球数を投げさせる。ボール球はストライクとの軌道の違いが分かりやすく見極めは容易、四球を避けようと入れにいった球を弾いてファールを量産する。

 

 さっさと歩かせれば良いものを、プライドが邪魔をするのか打ち取ろうと躍起になっている。無駄に数を投げることとなった11球目──先程と同じく外の良いところに来たストレートを、沢滝は流し打ち打球はライトスタンドに吸い込まれていった。どこに投げようが打たれることには変わりない……そう思わせるために、わざわざ外の球でストライクが来るのを待っていたのだ。

 これで点差は8点に広がり、あと2点追加すれば5回コールドが実現可能な点差になる。あとアウト一つで攻撃は終わりだが、稲羽のストレートは捉えられているし、ここまで一切投げてきていないことから変化球もない。まだまだ点を取ることは十分に可能だというのが沢滝の見立てであった。

 

『二番、ライト、中島君』

「おっす、お願いしまーす」

 

 続いて打席に立つのは二番の中島、一打席目はセカンドゴロに倒れてしまったが、この打席ではそう簡単にはアウトになってはやらない。

 凡退したとはいえ、一打席目だってバットに当てることはできているのだ。沢滝のようにどこに来ようが捉えられるとはいかなくとも、インコースの球なら十分打てる見込みはある。気持ち的に狙うのは本日四本目のホームラン。

 

「打ったあ!」

「いいぞいいぞ中島!」

 

 まぁ、狙ってホームランが打てるなら慧峰高校は落ちぶれやしない。弾道が低く柵越えは叶わなかったがヒットは打てた。センターが柵に当たり弾けた打球処理にモタついている間に、中島は二塁を蹴って三つを狙う。外野から矢のような鋭い送球がサードに向かうが、それをキャッチされる前に中島は三塁ベースを踏んだ。

 スリーベースヒットでまたチャンスを作った慧峰打線、しかもここからクリーンナップに回る。打席には一打席目でツーベースを放った青木、さっきのように連続ツーベースとなるか。

 

「監督からの伝言だ。『まだ一回の表、取り返すチャンスはいくらでもある。あと一つアウトを取ってベンチに戻ってこい』だと。監督はまだまだお前を見限っちゃいねえってことさ」

「それにウチの打線にお前の打力があれば、8点なんてすぐにひっくり返せるさ。確かにバンバン打ち込まれちゃいるし、どんな魔法を使ったのか知らないが、回を跨げばどんな魔法も時間切れだ。奴らの攻勢もここまでだ」

 

 必死に稲羽を落ち着かせ、どうにか調子を取り戻してもらおうとするキャッチャー。彼自身今のこの状況を信じ切れず困惑しているが、それでも実際に投げては打たれている稲羽よりはまだマシだ。

 確かに稲羽はストレートしか持ち球がない。いくら速いとはいえ、ヤマを張ればいつかはまぐれ当たりの一つくらいはあり得るだろう。まぐれと言うには慧峰の攻撃は繋がり過ぎだが……とにかくこの回はあと一つ、あと一つアウトを取ることさえできればどうにかなる。お前を信じているぞと稲羽に伝えキャッチャーは持ち場に戻った。

 

『三番、レフト、青木君』

「しゃあ、打つぜ!」

 

 さっきの打席の良いイメージを持ち込み、青木は意気揚々と打席に入る。同じようなスイングができるなら、きっと今回も外野までしっかり飛んでいく打球を打てるはず。引っ張りを警戒してレフト方向に寄った守備を確認し、青木は結論付けた。

 あんなに寄られては確かに打ち辛い。引っ張りしか教えられてこなかった自分達には、沢滝を除いては分かっていてもそこに飛ばさざるを得ない言わば死地のような守備だ。しかしどんな守備も完璧ではない──どこかにバランスを寄せる程、皺寄せでそれ以外の場所は歪になってしまうものなのだ。

 

 ならば流し打ちでライトを狙うのかというと、それもまた違う。青木にボールを懐まで呼び込んで打ち返すような技術はないし、無理にやろうとしても凡ゴロが関の山だろう。レフトは警戒され過ぎていてライトには打つ技術がない──ならば狙うべきはセンター方向へのセンター返し一択。

 打てる球が来るまで待つ。キャッチャーもだいぶ捕るのに苦労しているようで、ミットが泳いだり不意を突かれたように「あっ!?」と叫んだり。やはり170キロの球は捕る側からしても、一筋縄ではいかないということなのだろう。むしろレギュラーでなくとも捕球ができているのだから、良く頑張っていると褒められるべきである。

 

 まぁ、今は試合中だしそもそも敵同士なので青木にはキャッチャーの苦労は関係ない。むしろもっともっと苦労してもらい、慧峰の大量得点に貢献してほしいところだ。

 

「こ、こ……だぁ!」

 

 内よりの球を引っ張っても、それ用にシフトを敷いた守備に阻まれるので狙うは真ん中の球。制球が乱れる瞬間を反射で捉え、ジャストミートした打球は低く弧を描いて飛ぶ。引っ張り警戒からのセンター返しに、センターは必死に球を追いかけて走るも追い付けない。打球はフェンスに直撃すると小さなバウンドを繰り返し、力無く外野に転がった。

 打ったと同時に走った中島が、余裕を持ってホームに生還する。慧峰高校に9点目が入るのと外野守備の状況を確認し、三塁まで行けると踏んだ青木は勢いそのまま二塁を蹴る。

 

「クソが……調子に、乗んなァ!」

「アウト!チェンジ!」

 

「うお、矢のような送球……これがレーザービームってやつかい」

「控えとは言え、やっぱ強豪だな」

 

 三つを狙った青木だが、シチュエーションが中島の時と同じなせいで相手に耐性が付いていた。迅速に転がった打球を掴むと、一歩目で反転姿勢調整を同時に行い、二歩目で助走をつけ、三歩目で高過ぎず低過ぎず、矢のような送球で青木がサードベースを踏む前にアウトにしてみせた。

 結局失点してしまったが、アウトを取るという目的は果たせた。そのおかげか皇心学館のベンチもギャラリーも安心したかのように、次の攻撃に向けて気運を高めている。まるでこっちだっていくらでも点が取れるんだぞと言うかのように。

 

「お前の言う通り、稲羽は四番だったな」

「そうだね。でもこの回は関係ないや」

「……ほう、頼もしいな」

「任せてよ。きっと、今日の僕なら今までで一番のピッチングができるはずだからさ」

 

 晴真は事前の作戦会議で、皇心学館を覗き見した時に聞いたことを皆に伝えていた。その時に聞いた言葉で、稲羽が先発と主砲を同時に担う可能性が出てきた。

 それが本当なら……実際そうだったが、打ち崩した時にバットで失点を取り返そうと躍起になられることもあり得る。あの恵まれた身体でパワーがないなんてことはあり得ないだろうし、そもそもそうでなければ四番には置かないだろうが。ともかく打撃から復調されるなど以ての外、稲羽にはこの試合中は打ちのめされたままでいてほしい。

 

 という訳で考案した作戦があるのだが……晴真はこの回でそれを使うつもりはなかった。何故なら奴の打順は四番、即ち前の三人に出塁を許さなければそもそも出番もないのだから。

 

「……球、速いな」

「でも狐太郎程じゃねえ」

「俺達なら、打てる」

「表で好き放題した分を返してやる」

 

 投球練習をする様子から、晴真の球の速さを見た皇心学館の選手達。弱小校のはずの高校にいる選手とは思えない程速いのは確かだが、それでも狐太郎程速い訳じゃない。特に奴にはホームランも一本打たれているし、打ちのめして借りを返してやる……叩きのめされた控えの仇を討つべく、レギュラーメンバーは闘志を燃やしていた。

 

『皇心学館選手交代のお知らせです。一番大平君に代わって、代打城本君』

 

 一回の裏の攻撃、皇心学館は初手からレギュラーを代打として出してきた。表でいいようにやられた以上控えを使い続けるのは敗退行為、ならば今からでも主力に頑張ってもらう他ない。皇心学館のベンチは投手以外のレギュラー8人、その控え8人、そして投手が4人の計20人となっており、少なくとも野手は全員代打が出るだろう。稲羽に関しては打力も期待して残すだろうが。

 

 ──誰でもいいよ。出てきてもらったところ悪いけど……今日は誰にも、負ける気がしない。

 

 左打席に立ち、じっとこちらを睨む打者に冷ややかな視線を返す。晴真は一息吸い込むと、沢滝のアウトローに構えたミットに向けて、しっかりと腕を振り渾身の一球を投げ込んだ。

 

「ストライク!」

「……ッ!?」

 

 判定はストライク。キャッチャーの構えに対して寸分の狂いもなく投げ込まれたストレートを、打者は見送ることしかできなかった。積極的にバットを振って、相手投手にプレッシャーをかけていくはずだったのに。

 打席に立って初めて分かる、晴真のストレートの打ち辛さ。掲示板に160km/hと表示される程の球だし、投球練習も見ていたから球速があることは分かっていた。それでももっと速い球を知っている自分達なら打てる……そう思っていたのに。

 

「ストライク!」

「またっ、同じ……!?」

 

 またしてもアウトローにビタリとハマる。ストレートの軌道的にはボールになるはずなのに、気付けば二度ともストライクを取られていた。

 晴真の球は、その回転数の多さと()()()縦回転で空気抵抗を極限まで減少させ投げられている。その結果『普通のストレート』よりストライクゾーンに届くまでに減速し辛く、文字通り()()()()の軌道を描くため球が落ちないのだ。普通のストレートを想像して軌道を予測すれば、晴真のストレートは予測より更に上を通っていく。晴真のストレートは所謂ノビのあるストレートなのだ。

 

 即ち──

 

「ストライク、バッターアウト!」

「ぐっ……!」

「ナイスボール、注文通りだったぞ!」

「ありがとう」

 

 ──初見でもバットに当てられるような、簡単なボールではない。外二つと続けて投げられた直後のインコースを空振りし、皇心学館はたったの3球でアウトを一つ献上することとなった。

 

『二番田辺君に代わりまして、代打菅原君』

「あっす!」

 

 一番手があっさり撃沈し、続く二番手が親の仇を見つけたかのように晴真を見て表情を歪める。目を細めてキッと睨みつけるのをスルーし、晴真は脚を高く掲げた。このまま目一杯脚を前に出していくのが今までのやり方だったが、今の晴真は少し余裕を持って脚を着地させている。

 球の質を下げることなく、フォームに余裕を持たせることで一球ごとの消耗を減らす。ストレート一本でやっていくのなら、そのストレートのクオリティは最重要となる。練習試合ではイニングを食う程消耗し打ち込まれやすくなっていたので、それを反省しフォームを改良していたのだ。

 

「ストライク!」

「んなの……」

 

 バッターの戸惑う呟きは、小さくても近くで聞ける沢滝には伝わってくる。フォームを改良したことによる利点はもう一つ、モーションが小さくなったことでリリースが早くなり、投球のテンポが格段に改善されたのだ。

 相手に考える暇を与えない、ヤマを張る暇を与えない。こちらのリズムに乗せることでバッターのリズムを乱し、本来のバッティングができなくなるよう仕向ける。中途半端なスイング、中途半端な選球眼では、晴真の歯牙にもかからない。

 

「ストライク、バッターアウト!」

「また、三球三振……!」

 

「も、もうツーアウト取られちゃってる……!」

「何で……何でこんなことになってるの……!」

「ウチって強いんじゃなかったの……?」

「慧峰高校……なんなの、こいつら……!?」

 

『三番一ノ瀬君に代わって、代打二宮君』

 

「御影、『あと一つ』だぞ」

「大丈夫……しっかり取ろう」

 

 ここからはクリーンナップ。レギュラーの中でも特に打力に優れた選手が相手になるが、それくらいで怯むような精神は持ち合わせていない。変化球がなくとも今までの経験を力に変え、持てる武器全てを使って打ち取るのみ。

 第一球、沢滝が選んだのはインコース膝元をすり抜ける球。内に来た球を打ちにいくも想定よりもだいぶ速かった球を捉えられず、打者は豪快に空振りストライク。やはりクリーンナップは一発を重視しフルスイングしてくる、ならばボールに少し工夫を加える必要がある。続く二球目は更にボール一個分低く投げる。一応ストライクと見えないこともない球だが、打者が見逃せばボールにされるだろうという難しい球だ。しかし……

 

「ストライクツー!」

「んなに……ッ!?」

 

 結果はストライク。二宮は同じところに安易に続けるはずがないと踏み見送ったのだが、沢滝はこの際どい球をミットを微妙に動かす。審判から見てストライクになるように捕球することで、打者の判断を裏目に変えたのであった。

 

 ──フレーミング、ってやつかぁ。

 

 際どい球がストライクとなるのは、投げる側としてはとてもありがたいし助かる。これで心置きなく三球目が投げられるというものだ。一転して今度はインコースでありながら、高めを要求するミットを目掛けて投げる。迷いなく投げられた球を何度も同じ手は食わないとばかりに、二宮は高めに合わせたバットを振る──がしかし、スイングの瞬間ミートするはずだった球はバットの遥か下を潜り、快音を立ててキャッチャーミットに収まる。

 

「……は?」

「ストライク、バッターアウト!チェンジ!」

 

 種明かしをすると何てことはない。いつもの回転数の多いストレートではなく、回転数の少ない普通のストレートを投げただけ。晴真のそれを狙おうとすると、普通のストレートが変化球に様変わりしてしまうのだ。

 文字通り真っ直ぐ突き進むストレートと、打者の前で深く沈むストレート。どちらも同じストレートだが、使い分けることで真価を発揮する。

 

 その結果が、三者連続三球三振であった。

 

「御影ナイスピッチ!」

「お前ホント天才!」

「このままもっと点差広げてやろうぜ!」

「しゃあ、次は俺達の番だな!」

 

 ここから二回表、慧峰のターンは終わらない。

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