栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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15:都大会1回戦 皇心学館③

『四番、ファースト、大塚君』

「よろしくお願いしますっ!」

 

「投手交代、なかったね」

「苦い思いも経験の内ということだろうな」

 

 二回表、先頭バッターは初回でタイムリーツーベースを放った四番の大塚。稲羽のメンタルがガタついて調子を落としている内に、最低でもあと1点は追加しておきたいところ。ならば狙うべきはソロホームランだが、大塚の打力ではホームランを狙って打つのは難しい。

 幸いと言うべきか、皇心学館は投手を変えてこず稲羽を続投させている。沢滝の見立てだとこの辺りで二、三年の投手の登板もあり得たそうだが、炎上した後に自力で立て直す機会を与えたいということなのだろう。球を捉えている投手をそのまま使ってくれるのは、慧峰としてはありがたい。

 

「さぁこい……今度はホームランだぜ」

 

 稲羽は大きく脚を掲げ振り被る。豪快なモーションからは炎上の影響は見えないが、それでも確実に奴の精神を蝕んでいるはず。実際得意のインコースに投げたのにも関わらず、大きくミットを外しボールとなっていた。

 皇心学館との対戦が決まってから、先発として稲羽が出てくると予想された時点で、彼の対策は球だけでなく性格なども含めて取ってきた。インタビューの掲載された雑誌や、皇心学館を特集したテレビ番組やネットニュース、晴真が覗き見に行った時に持ち帰ってきた情報などを統合し、稲羽は『昔気質の真面目な人物で、特に不真面目な者や不義理非道理を嫌う』と分かった。そしてその気質から周りに慕われ人望を得ているということも。

 

 稲羽から見れば、慧峰の面々は軽薄で不真面目な特に嫌いな要素の詰まった面子に見えるだろう。サボり上等の二、三年生に、高校球児とは思えない程髪を伸ばし色も黒ではない沢滝、年上を差し置いてエースナンバーを背負う晴真。嫌いな相手を自らの手で叩き潰してやりたいと思うことに、何も不自然なことはない。

 だからこそ付け入る隙は大きかった。経験の浅さと見下している相手からの想定外の痛撃、先輩達の夏を自分の炎上で終わらせてしまうかもしれないという恐怖。真面目に真正面から物事を捉えるような人間からすれば、そのプレッシャーは計り知れないものになるだろう。

 

「ボールツー!」

「もっと崩れてもいいんだぜー?」

 

 重すぎるプレッシャーは人を狂わせる。いつもならできることができなくなる、やること成すことクオリティが著しく落ちる、伸し掛かるそれを振り払おうとする余り思考が安直に成り下がる。

 人の流れを崩し自滅させる……次の一球は稲羽がこうなるよう仕向けた、慧峰の悪意への報いだったのかもしれない。

 

「デッドボール!」

「あっぐ、うぅぅ……!?」

 

 指が滑ったのか、腕を振り切れなかったのか……稲羽の投げた三球目はコントロールを外し、内角の球を打つ気でいた大塚の脚に直撃した。170キロが当たったことで悶絶し倒れる大塚、何が起きたか分からないように呆然と立ち尽くす稲羽、事故の様相に静まり返るスタンド。審判すら狼狽える中唯一冷静だった沢滝が飛び出すまで、球場はとても嫌な雰囲気に包まれていた。

 

「大塚!大丈夫か、立てるか!?」

「へへ、大丈夫大丈夫……ビックリしたけどこれで一塁分もう、けッ……!?」

「……ダメだな。救急車をお願いします!動けないようなので担架の用意も!」

「……っ!あ、ああ」

 

 倒れた大塚は一塁まで歩こうとするが、立ち上がろうとしたその瞬間患部である左太腿に電流を流されたかのような激痛が走る。これでは試合は不可能だと判断し、沢滝は脚を動かさせないよう大塚を仰向けにさせ担架と救急車の到着を待った。

 試合は一時的に中断され、到着した救急車に大塚が搬送されるのを見送ってから再開となる。初戦から離脱せざるを得なくなった大塚の表情は、現実を受け入れられないように酷く歪んでいた。

 

「何で、何でこんな……ッ!」

「……今は検査が優先だ。立つことすらままならない程の痛みなら、大腿骨が折れている可能性も十分あり得る。病院で然るべき検査と処置を受けてからまた戻ってくるんだ」

「けど!その時には、試合は……」

「俺達が勝つ。だからお前は今すべきことをしろ」

 

 検査の結果骨が折れているとするなら、例え甲子園行きを決めようと治療は間に合わないだろう。大塚の高校野球は実質ここで終わりだ。そんな現実を簡単に受け入れられるなんて、そんな訳がない。

 今まで夢も希望もなかった部活が……一勝すらも奇跡だった部活が。勝てるようになって楽しくなってきたのに、諦めて目を背けていた甲子園をもう一度目指す覚悟ができたのに。今まで失望させてきた人達に報いることができるはずだったのに。こんな結末を受け入れるなんて、できる訳がない。

 

「骨折したと決まった訳じゃありません。打撲とか内出血とか、骨折よりは軽傷な可能性も全然残っています」

「御影……!」

「夏は僕達が終わらせません。だから先輩は病院に行ってください……必ず、次に繋ぎますから」

「……ああ。頼むぜ、エース」

 

 ただの打撲くらいで済んでいるなら、一、二週間もあれば治すことはできる。その可能性に賭けるためには無理をせず、病院でちゃんと怪我の程を診てもらう必要がある。動けない身で居座られても邪魔なだけなので、晴真は大塚が搬送に納得できるよう説得し納得させた。担架で運ばれていく前に最後に見た表情は、いろいろな感情が入り混じった涙で酷く歪んでいた。

 

『皇心学館、シートの変更と選手の交代をお知らせします。ピッチャー稲羽君がレフトに、代わってピッチャー吉竹君』

 

「遂に代わったか」

「ま、あれで続投は流石に……な」

「こっちも臨時代走を出すぞ。青木、行ってこい」

「おう」

「佐竹、裏からはお前がファーストに入れ。サブとして鍛えてきた守備の見せ所だぞ」

「が、頑張るから」

 

 稲羽の2m越えの巨体が、度重なるショックで縮こまった今はとても小さく見える。ベンチには下げないところを見るに、まだ皇心学館の監督は稲羽に挽回を期待しているようだが……ああまで打ちのめされた後でそう簡単に立ち直れるのだろうか。まぁ打ちのめす側には関係のないことだが。

 それよりも今見るべきなのは、代わって登板する背番号18の二年生ピッチャー。右のサイドスローで球速はMAXでも130キロ前半、しかし緻密なコントロールとキレのあるスライダー、右打者の足下に深く沈むシンカーを操る投手である。変化球とコントロールの分、慧峰にとって稲羽より余程厄介なピッチャーだ。

 

「稲羽の速いストレートを打っている俺達に対してストレートを枠に入れてはこないはずだ。狙うとしたらスライダー、変化量が大きいから変化する前に身体の前で捕まえろ」

「シンカーはどうする?」

「スライダーよりも球速が遅くなる分、見てからで対応は間に合う。バットが届くなら遠慮なく叩いて弾き返してやればいい」

「……オーケイ!」

 

 ノーアウト一塁、臨時代走の青木を一塁に置き打順は五番の真堂から試合を再開する。一人退場したことによる精神的なショックは大きいが、それでも勝つためには気にしている場合ではない。大事な代わり端の初球、ここを狙い打って停滞した流れを再び慧峰に引き戻すのだ。

 集中、集中……投げられた球はアウトコース低めのシンカー、何とかバットに当てるも打球は力無くサードの正面に転がり、捕球したサードはすぐさまこれをセカンドへ。受け取ったセカンドもすぐにファーストへ返し、これにより5ー4ー3のゲッツーが成立した。

 

「くっ……想定よりもだいぶ沈むな」

「アレは……シンカーが来ると分かっていないと厳しいな。追い込まれるまでは、シンカーは捨てた方が良さそうだ」

「にしてもアレ思いっきりボールだったぜ」

「入ってると思ったんだよ!」

 

 ボールゾーンに投げられたボールだったが、球の遅さからシンカーと判断した真堂はストライクになると踏んで振りにいったのだが……シンカーのキレは想定よりも凄まじく、ストライクゾーンを通って更にボールゾーンに沈んだことで、カス当たりしかできず結果ゲッツーとなってしまった。

 稲羽以外の投手も研究はしてきたが、先発で来ると決め打って特に対策してきた稲羽よりはやはり対策の精度は一枚落ちる。この打席結果はその精度の差が現れた打席だったと言えるだろう。

 

「ストライク、バッターアウト!チェンジ!」

「ぐぅ……ムズいな、これ!」

 

 続いて打席に入った長田も、フルカウントまでどうにか粘ったが決めにきたスライダーを捉えられず空振り三振。あえなく凡退となった。

 

「稲羽の攻撃からだ。やるか」

「やろう。とことんまで潰してやろう」

「……全員、これから作戦を実行するが確実に酷いブーイングが飛んでくる。スタンドからの口撃には耳を貸さなくていい、どんな罵詈雑言も聞き流せ」

「ああ……善処するぜ」

「勝つため、だもんな」

「外野なんて関係ねぇよ」

 

 ちらり、と晴真は視線を逸らし皇心学館のベンチを伺う。そこでは稲羽が素振り用の木製バットを力一杯振り回す姿があった。遠目でも分かりやす過ぎるくらい気負っていることが伝わり、そうさせた側ながら少なからず同情を覚えた。力強く握り締めていたせいで、グリップがへし折れて本体があらぬ所へ飛んで行ったのを見てから、晴真は意識を切り替えてマウンドに向かった。

 

 ──これからもっと、気負ってもらうよ。

 

『二回裏、皇心学館の攻撃は四番、レフト稲羽君』

「……よろしくお願い致します!」

 

 大炎上したのは自分の責任、しかも死球で降板したせいで、自分のピッチングで失態を取り戻すことは叶わなかった。ならばもう取り戻す手段はバッティングしかないのだから、どうしても力が入ることはよく理解できる、理解できる──

 

「おい、慧峰のベンチ出てきたぞ……」

「まさか……おい」

 

 ──なればこそ、慧峰が汚名返上の機会など用意してやる訳がない。晴真が提案しそして採用された稲羽をとことんまで陥れ、潰すことでその悪影響をチーム全体に波及させる作戦。その仕上げとも言えるのがこの申告敬遠であった。

 稲羽に対して投げる球はない。審判から一塁に向かうよう促されているが、受け入れられないとでも言うように呆然と立っている稲羽。

 

()()試合を止めるつもりか?」

「……!」

 

 沢滝が最大限嫌味らしく放ったその言葉で、ハッとさせられたように小走りで一塁へ走る。顔は紅潮し様々な感情が交差したその姿は、惨めと言うにも哀れと言うにも足りない小さな背中であった。

 ただ敬遠したというだけではない。『他のレギュラーを差し置いて、わざわざほとんど折れている一年生を敬遠した』ということが重要だ。二、三年生はこの光景を見てこう感じるだろう、「自分達は対策を立てるまでもないと言うのか』と。一年間二年間血の滲むような努力をして、皇心学館という環境で力を付けてきた自分達よりも、今年初めてボールに触れたような、なんの経験もなかった完全初心者を警戒するのかと。

 

 稲羽を崩すだけでなく、そこを基点として皇心学館の選手達のプライドに亀裂を入れる。それが慧峰の立てた対皇心学館の作戦であった。

 強い怒りは人に力を与える。身体をいつも通りに動かせなくなる程の余計な力を。そんな手で握られたバットをまともに振れる訳がない。打席に立った五番バッターの姿に、晴真はこの作戦がこれ以上なく上手くいっていることを察した。

 

 ──そんな握りじゃ、アウトコースの球には手が届かないでしょ。そして稲羽君……いつまでも不貞腐れてる場合じゃないと思うけど?

 

 一塁ベースからほとんど動かず、稲羽は拳を強く握り締め悔しさに身体を震わせている。こちらを全く見ていない上にリードも取らないとあれば、次の展開は予測できるというもの。沢滝のリードに従い晴真はストレートを投げ、そしてその予測通りアウトコース低めの球を『普通の』ストレートで引っ掛けさせる。

 バットの先に当たったボールは晴真の前に転々と転がり、それを慎重にキャッチするとすぐさま二塁に送球する。セカンドの小林が送球を受け取りベースを踏んでまずアウト一つ、そして一塁への送球をランナーが届く前に受けアウト二つ目。1ー4ー3のゲッツーが成立した。

 

「しゃあぁぁゲッツー!」

「ナイスボール御影ェ!」

「ナイスゲッツーでした、あと一つお願いします!」

「ツーアウトだぞ、まだまだ気を抜くなよ!」

 

 そして六番を三振に斬って落とし、敬遠を一つ挟みながらも二回の守備を3人で終了させる。終わってみればお互い無得点の二回の攻防──しかしこここそが試合のターニングポイントであった。

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