栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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16:都大会1回戦 皇心学館④

 ここからの試合は、はっきり言って見ていてつまらない一方的な展開であった。

 

 三回表、四球を選び出塁した二瓶を晴真が右中間を破るタイムリーツーベースで返し1点。10点差が付いたことでコールド圏内に入る。九番小林にも一・二塁間を破るヒットが生まれ、無死一・三塁で迎える沢滝の第三打席。

 

「やっぱりホームランかぁ」

「もう驚かなくなってきたぜ」

 

 勝負に打って出た皇心学館バッテリー。ゴロ狙いで低めに放たれたスライダーを、変化する前に身体の前で捕まえそのまま思いっきり引っ張る。

 打球はレフトスタンドに吸い込まれていき、皇心学館の応援をしていた観客や、偵察に来ていた他校の生徒を越えて、推定飛距離160m以上のスリーランホームランとなった。これで3点が追加されてこの回4点を取ったことになる。沢滝はこのホームランによって、この試合で一人で三本塁打6打点を叩き出す大活躍と相なった。

 

『皇心学館、投手交代のお知らせです』

 

 皇心学館は堪らず投手を交代、三番手の左投手加納がマウンドに立つ。140後半のストレートとスプリットを武器とする本格派だが、流石に出てくるタイミングが悪過ぎた。何せさっきまで170キロを軽々打っていた打線を、変化球があるとは言えど140キロで相手しなければならないのだから。

 当然と言えば当然の結果──ファーストストライクを完璧に狙い打たれ、打球はバックスクリーンに一直線に向かい激突。中島のソロホームランで更に1点を追加し15ー0となった。

 

 その後は七番まででスリーアウトを取り、どうにか裏に漕ぎ着けた皇心学館だったが。上位打線がどうにもできなかったストレートを、七・八・九番でどうにかできるはずもなく。セーフティバントの構えを取ったり、極端に内側に構えたりして揺さぶりをかけるが、それが効果を上げることはなく全員あえなく三振に終わった。

 ここまで三回を終えて、晴真が使った球数は僅か24球。この試合を見ていた観客の一人は、『この時点でもう終わりみたいなムードになっていた』と語っている。それ程までに攻略の糸口も掴ませない完璧な投球を晴真はしていたのだ。

 

「汚ねえぞー!」

「正々堂々勝負しろー!」

 

 ──まだ言ってるよ、しつこいなぁ。

 

「何度も言うが、気にするなよ」

「分かってる……けど、やっぱクるわ」

 

 露骨に勝負を避けたのは稲羽だけだが、その時のことを1イニング経った今も擦られている。その瞬間はゴミを投げつけられたりもしたので、罵声を浴びせられるだけの今はだいぶマシな方だが。

 ベンチ上のスタンドも敵の応援だらけで、とても近いところからも容赦なく罵声は浴びせられる。気にしないよう無視を貫こうとしても、流石にこうも近いと精神的にクるものがある。今のところはミスに繋がってはいないが、今後このプレッシャーが原因でエラーを起こさないとも限らない。沢滝は選手達に逐一声をかけ、ストレスを和らげるよう努めていたが。その中で罵詈雑言などどこ吹く風と言ったように平常心の人間が一人。

 

『四回表、慧峰高校の攻撃は。八番、ピッチャー御影君』

「よろしくお願いします」

「何で……何でお前がそんな……!」

 

 皇心学館の加納はとても苛立っていた。チームがこうして批判を浴びる要因を作ったのに、自分に非はないとばかりに落ち着いている晴真に。レギュラーを差し置いて一年生を敬遠したことも、他のレギュラーを簡単に打ち取る力があることも、何もかも気に入らなかった。

 だからこの一球は、そんな彼への恨みつらみを抑え切れなかったが故のものだったのだろう。

 

「……ッ!」

 

「アイツ……今狙って投げやがったぞ!?」

「退場だ、退場させろ!」

 

 明らかに、晴真に狙いを定めて投げられたストレートだったが、腕の動きから察知して間一髪避けることができた。避けなければボールは晴真の頭部に直撃していただろう。そうなれば慧峰に二人目の負傷退場者が出ていたはずだ。

 咄嗟の判断が功を奏し、結果的には加納が危険球退場となるだけで終わった。彼のしたことはあまりにも浅慮で迂闊だったが、ここまでフラストレーションを溜めさせたことを思えば、少しは同情の余地もあるのかもしれない。それが人の頭を狙っていい理由には絶対になる訳がないのだが。

 

『ピッチャー、加納君に代わって柳原君』

 

 ──遂に出てきたか、最後の投手。この人を攻略すればもう、皇心学館に残ってる投手はレフトに移った稲羽君だけだ。

 

 皇心学館最後の投手、背番号1を背負ったエースが遂にマウンドに立つ。MAX154キロの本格派右投手であり、変化球は高速スライダーにカーブとスプリットの三つ。コントロールやスタミナも申し分なく、ここまで投げた三人と比べても、総合力はダントツでトップの名投手である。

 既に15点差付けている以上、無理して攻略するような相手ではない。ましてや投手でありつい先程故意死球騒ぎがあった晴真が、わざわざ打ちにいく必要は尚更ない。確認のためベンチの沢滝から指示を仰ごうとするが、出されたサインは『打てる球をしっかり打て』であった。沢滝はまだ点を取るべきだと考えているらしい。

 

 意外な程積極的な姿勢だが、攻めろという指示なら従わない理由は特にない。晴真はホームランを打つことを目標にバットを短く握った。

 狙うは一番狙いやすいストレート。変化球に狙いをつけることも可能だろうが、速い球の方が目が慣れていることもあって狙いやすい。打てるとしたらストレートくらいだろう。今はとても投打の調子が良いことを考えると、どんな球が来てももしかしたら打てるかもしれないが。

 

「……やっぱり、映像よりだいぶ速いや」

 

 一球目は外角低めスプリット、これは少し外れてボール。研究のために見た過去の試合映像よりだいぶ速く打ち辛くなっているが、釣られず見極めればボールになる球だ。ここで晴真が簡単に変化球に引っかかって凡退してしまえば、後に続く打者により難しい投手だと思わせてしまう。

 点を取っていくのなら、先頭打者はそう簡単にアウトを取られてはならない。どんな難しいボールも追い続けて粘り抜いてやる、そう意気込んで臨んでいた打席だったが……相手の投手の方がまだ本調子ではなかったようで、粘るまでもなく四連続ボールで出塁となった。

 

 ──良いんだけど、良いんだけどさぁ……

 

 まだ肩が温まっていないのか、ここまで二打席連続で打点を上げている晴真を警戒したのか、単純に諦めムードに入っているのか、柳原がいったい何を考えていたのかは分からないが、こうも簡単に勝負を避けられてしまうのは釈然としない。ダブスタと言われれば何の反論もできないが。

 

「セーフ!」

「うおお、あっぶねぇ……!」

 

 続く九番小林は、低めの変化球にバットを振る腕を止めきれず平凡なショートゴロ。しかしゲッツーを取られるところをセカンドが捕球ミスし、この間に晴真は二塁でセーフ。小林自身もアウトになることなく一塁に辿り着いたことで、ノーアウト一・二塁という絶好のチャンスで沢滝に打席が回る。

 三打席連続ホームランを放っている打者を相手に皇心学館バッテリーの取った選択は勝負。柳原なら抑えられると思っているのか、自分達は敬遠なんてしないという意思表示か、またまた既に試合は諦めて思い出作りをさせるつもりなのか。真意は分からないが確かに言えることは、バッテリーはかなり長い間意見が纏まらず揉めていたということ。

 

「……ま、こうなるよな」

 

 その選択の結果は、バックスクリーンを大きく飛び越える特大のスリーランホームラン。慧峰高校の六本目のホームランで、スコアはこれで18ー0と更に広がりを見せた。

 一度でも被弾を許してしまうと、後に続く打者が途端に元気付く。中島のツーベースヒットに青木の内野ゴロで更に進塁、そして佐竹のセンター前へのタイムリーヒットで追加点。真堂はライトフライに打ち取ったが、二瓶に四球を出してしまい二死一・三塁で打者一巡。晴真に打席が回る。

 

「打ったあ!」

「二瓶走れ走れ、いけるぞ!」

 

 結果は五球目の内角のストレートを捉え、右中間を破るヒット。三塁ランナーの佐竹は悠々とホームを踏みタイムリーとなる。

 ベンチからの言葉を信じて、二瓶も三塁を蹴りそのままホームを目指す。しかしセンターから飛んだストライク送球は、塁を踏む前にキャッチャーミットに収まる。タッチアウトで追加点はならずこれでスリーアウトチェンジとなった。

 

 20ー0で迎える四回裏、皇心学館も打者一巡し一番打者から再スタートを切る。一打席目で球筋を見た分粘って食らいついてくるが、それでも晴真のピッチングはその更に上をいく。

 一番は『いつもの』ストレートを二球続けてからの『普通の』ストレートで空振り三振。二番は初球に当てたもののどん詰まり、力無く上がった打球をサードがしっかり取ってサードフライ。三番はストライクとボールの見極めや、クサいところのカットで粘り八球を投げさせる。それでも最後は押し切られてショートゴロ。クリーンナップの一角の実力は見せたがそれでも足りなかった。

 

 ──後、1イニング。

 

 五回表、先頭の小林はあっという間に見逃し三振でワンアウト。沢滝は敬遠されるや否や盗塁を決行し二塁を犯すと、ランエンドヒットで一気にホーム生還を果たし追加点。中島の打球はただの内野ゴロだったがタイムリーに変えてみせた。

 二死ランナーなしで三番青木、ここは柳原がエースの意地を見せて空振り三振。二回を投げて6失点と内容は散々だったものの、その姿は立派なエースのそれであった。どんなに絶望的な状況でも毅然とした態度を崩さず、マウンドではチームの柱として存在感を示し続ける。同じエースナンバーを背負う者としては見習うべき姿であった。

 

『五回裏、皇心学館の攻撃は四番レフト稲羽君』

 

 この回で12点以上取らなければ、皇心学館のコールド負けが確定する五回裏。先頭打者の稲羽はバットを握る腕に力を込めながら、今度こそは自分の力で失態を取り返せるようにと祈っていた。

 一打席目は敬遠された上に、ゲッツーで塁上でもほとんど仕事をすることなく終わった。流石にここまで点差を付けた上で、ランナーもいないこのタイミングで敬遠はないだろう。いやないと願う他なかったのだが……その祈りは届かなかい。

 

「またっ……また、敬遠!?」

「ふざけんな、勝負しろ!」

「そんなにしてまで勝ちたい訳!?」

「この卑怯者ー!」

 

 慧峰はまたしても、稲羽を相手に申告敬遠という選択肢を取った。どこまでも稲羽潰しに徹底するその態度にスタンドの不満が爆発するが、当の晴真も他の選手も批判などどこ吹く風。それどころかショックを隠さず立ち止まる稲羽に、さっさと進塁するよう促す程であった。

 

「君達は……恥ずかしいとは、思わないのか!?」

「理解できんな。勝利を求めて最善を模索し尽くすことのどこに恥がある?」

「貴様……ッ!」

「さっさと行け。次が閊えている」

 

 反論を封じ、五番打者をバッターボックスに呼んで一塁に走らせる。どんなに怒りに震えていてもそれを発散する機会は訪れない。自分のせいでチームに大きく亀裂を入れておきながら、それを正すことも許されず塁上で棒立ちするしかない。少し哀れにも映る立ち姿だった。

 

 ──いったいどんな気分なんだろうね。別に知りたくもないけどさ。

 

 焦り、怒り力の入った相手は、難しい球にも安易に手を出してしまう。低めのストレートを引っ掛けさせピッチャーゴロに、それをセカンドに送球して二塁でワンアウト。最後にファーストがしっかり捕球して一塁もアウト。二回裏を完全再現したような1ー4ー3のゲッツーが決まった。

 この後の六番も三球で空振り三振。スリーアウトゲームセット。21ー0の五回コールドで慧峰高校の勝利が確定した。

 

「終わり……?」

「嘘でしょ……嘘だって言ってよ……!」

 

「勝った……んだよな?俺達」

「公式戦、初勝利だ……」

「コールド勝ち、マジでやっちまったか……」

「いくぞお前達、整列だ」

 

 勝てなかった二、三年生達にとっても、今回が初公式戦の一年生にとっても初めての勝利。慧峰高校の新しき一歩は、スタンドからの罵声とゴミの雨と共に踏み出された。

 

「21ー0で、慧峰高校の勝ち!」

「ありがとうございました!」

「……!」

「ありがとう、ございました」

 

 悪辣とも言える手を使ったからこそ、最後まで態度は礼を尽くさねばならない。ありがちな省略した掛け声も一瞬で終わらせるお辞儀もせず、しっかり頭を下げ対戦の礼を告げた。皇心学館の面々はまだ整理が付いていないのか、皆茫然自失としており声もまばらであった。グラウンドから両チームが捌ける頃ようやく啜り泣く声が聞こえてくる。

 

「言い訳くらい、いくらでもできるだろうに」

「どんなに言葉を重ねても、負けたらそこで終わりですから」

「……もし、負けたらさぁ。俺達もあんな風に涙を流せるのかな」

「さぁな。少なくとも……流す涙の、意味は違う」

 

 最初の鬼門を越えることはできた。甲子園まではあと七勝……先はまだまだ長く、道のりには大きな障害がごまんとある。たとえどんな結末を辿ろうと悔いだけは残さないようにしよう──皇心学館の選手達の流す涙に、そんな決意を結んだ。

 

 ──負けたく、ない。負けさせたく、ない。

 

 勝ち続けるだけ道は続く。願わくば、その終点が頂上となるように……晴真もまた、改めてエースとして勝ち続けることを心に誓う。

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