「みんな、一回戦突破おめでとう!」
「教頭先生!?観に来てくれてたんですね」
「周りみんな皇心学館の応援で、全然気付けなかったでしょ?保護者の方も何人か来てたよ。車用意してくれてるそうだから、それに乗せてもらってから学校に戻るといい。……沢滝君がメディアの相手をしてるけど、今は不用意に出て行かない方がいい。どこから狙ってるか分からないからね」
「そっすね……俺ら完全に悪役だったもんな」
どこから待ち伏せされているか分からないので、今は不用意に出る訳にはいかない。メディアの突撃取材とかならまだしも、皇心学館の敗北を怨む者にお礼参りされる危険もあり得る。
メディアは一部を沢滝が引き受けているが、いつこちらに取材が来るとも限らない。応援に来てくれていた保護者の車に何人かに分けて乗り、どうにか無事に学校まで戻ることができた。
「この後はミーティング?」
「反省会みたいなのやるんだってさ。できれば大塚の見舞いにも行きたいけど……そっちは流石に今日中は厳しいかな」
「気を付けて帰ってよ。他の保護者さんにも連絡入れておくから、もしもアンタらだけで帰るのが無理そうなら電話してね」
「ありがと、母さん」
三年の小林の母の連絡で、他の来れなかった保護者にも迎えの連絡が伝わる。今のところは追手も来ていないし大丈夫そうだが、帰る頃も大丈夫とは言い切れないのでありがたい話であった。
沢滝が戻るまでしばらく待っていると、晴真はネットニュースの速報で今回の試合が報じられていることに気付いた。見出しは『前回王者まさかの敗戦 悪辣な伏兵の前に散る』……書き方から感じる悪意がとんでもない。中身も相当慧峰のことを悪く書いているかと思いきや、作戦の標的にされた稲羽のことばかりが書かれている。
──この記事の書き方だと、僕らよりも稲羽君の方が悪者みたいな感じだなぁ。
内容をざっくり纏めると、研究され丸裸にされたにも関わらず登板し続けて失点を重ね、その汚名を晴らすこともなく無為に枠を潰した。一年の内からスーパールーキーとして持て囃され、天狗になった慢心がこの結果を招いた。敬遠された二度の打席共に塁に棒立ちするばかりで、ロクにリードを取ろうともせず併殺を許した。慧峰の作戦は稲羽の経験の浅さに漬け込んだ、極めて悪辣でスポーツマンシップに反する邪道であるというものだ。
確かに否定できないところはある。稲羽が炎上したことも、棒立ちして簡単にゲッツーを許したことも事実だし、一人を徹底的に潰す作戦がスポーツマンシップに則っているとは言い切れない。書き方の悪意を除けば、一応正論と言えなくもない。
「お、試合の速報?」
「偏向報道です、見る価値ありませんでした」
いくら正論の要素があるとしても、それはルールに則って戦ったチームや、どんなに陥れられても汚名を雪ごうとした個人を誹謗中傷していい理由にはならない。気になって覗きにきた先輩にこんなニュース見る価値はないと伝え、晴真はスマホをポケットにしまう。
「済まない、遅くなったな」
「おかえり、無事だったか?」
「変なのに巻き込まれたりしなかった?」
「そんなものにいちいち構うか。……大塚と連絡が取れた。大腿骨骨折、退院までに早くとも10日はかかるし、完治には早くとも四ヶ月はかかる見込みだそうだ。手術は無事成功したとのことだから今後はリハビリだな」
「退院……ってことは、入院すんのか」
「じゃあ、あいつはもう」
学校に戻ってくるまでの間に、沢滝は大塚と連絡を取り合っていた。ぶつけられた脚はやはり折れてしまっており、手術は成功したものの入院が必要な上に完治にも長い時間がかかるのだという。どう足掻いても8月までに復帰することは叶わない……大塚の高校野球はここで終わったのだ。
だかまだ全てが終わった訳ではない。慧峰高校が負けない限り、選手としてでなくとも大塚の野球生活はまだまだ続けられる。選手としてでなくとも戦う方法はある。怪我してそれでハイ終わりだなんて納得できない。慧峰のためにできることを模索していくと決めたという大塚の声は、音声だけでも表情が分かる程強くなっていた。
「あいつはまだ諦めていない。俺達にできることは勝ち続けることだけだ。戦線離脱した大塚を気の毒だと思うのなら……勝ち続けて1日でも長く、あいつを高校球児でいさせてやれ」
「あ、ああ……!」
「もちろん、最後まで勝とう」
「負けられない理由が増えたな」
自分のためにも、離脱せざるを得なかった大塚のためにも、こんな自分達をもう一度信じて支えてくれた人達のためにも、絶対に勝ち続けて甲子園の土を踏もう。一つ大きな山を乗り越えて慧峰高校野球部は心新たに勝利を誓った。
慧峰の誓いはさておき、集まった名目である今日の試合の感想会を行っていく。今日の試合は研究と作戦がしっかりハマったことで、21ー0という圧倒的大差で勝利を収めることができた。先発全員安打にノーヒットノーランノーエラー、正直言って出来過ぎの部類だが得られたものは大きい。今日の経験をただの確変で終わらせないためにも、再現性をこれから求めていく。
「まずは皇心学館の先発、稲羽からヒットを打った奴らに聞いていこうか。170キロを優に超えるストレートを相手に、どんなことを考えながらどんなスイングで打っていった?」
「事前情報で分かったことが、稲羽がまだ野球経験が浅いってことくらいだったからな。唯一出てた春の大会だと内角にしか投げてなかったから、それでヤマ張って振り抜いた」
「御影の協力で球筋再現できてたから、おかげ様で眼も少しは慣れたし振り遅れなかったな。やっぱり分かるのと分からないのじゃ全然違うよ」
「アウトコースに投げる時、明らかに腕が上がるって聞いてたのも大きかったよ。外角の球は全然コントロールできてなかったから、切り捨ても躊躇いなくできたしカウントも稼げた。他の投手と比べても粗が目立つから、稲羽君をマークして正解だったと僕は思ってるよ」
稲羽の経験の浅さに付け込む作戦は、皆のまだまだ低い実力でもしっかり効果を発揮してくれた。ストレートを内角にしか投げてこないから、変化球を考慮する必要がなく外角も捨てられる。高め低め以外の判断をしなくていいという単純さが、沢滝の先制打で更に『打てる』という印象を植え付けられたことで良い影響を打線にもたらした。
投手交代後も普通にヒットを打てたのは、やはり沢滝がしっかり打ってくれたからだろう。相手の渾身の一投を、いとも簡単にスタンドに送る沢滝のバッティングは、投手からすれば醒めない悪夢以外の何者でもない。しかもそれに続いて他の打者まで打てるようになるのだから、ホームラン単発で終わらないというのが尚更質が悪い。
「あとは、御影もめっちゃ打ってたよな」
「二打数二安打、一本塁打一四球か」
「御影はさ、こんだけ打てるのなら上位打線の方が良いんじゃねえの?打席が増えたら得点の期待値もグーンと上がるだろ」
「今は投球の方に集中したいので」
投球と言えば、今日の晴真のピッチングは本当に素晴らしいものであった。ストレート一本で皇心学館打線を完璧に抑え込み、敬遠以外では一塁を踏むことさえ許さなかった。コールドで終わったので正式な記録にはならないが、ノーヒットノーランならやった相手が格下でも自慢が許される。皇心学館が相手だったのだから、晴真は尚のこと今日のことを誇りに思うべきである。
数字だけでも凄いのだが、実際の投球内容も素晴らしいものがある。何せ打者17人に対して投げた球数は僅か40球。四回に一度だけフルカウントにしたのを除けば、それ以外ではツーボールすらないというストライク先行ぶりであった。変化球がなくとも、ストレートのストライクだけで相手打者を手玉に取れる……今日の晴真のピッチングは、まさにストレートを使いこなしていたと言えた。
「ん……それなら、変化球を教えてもらえる条件は満たしたってこと?」
「まぁそうだな。明日の練習で……」
「明日と言わず今日からやろう!コールドで終わったからあんまり消耗してないし。練習は今日はないけどウチなら庭にブルペンあるし」
「休め……と言いたいところだが、間違ったことを言ってる訳じゃないしな。今日は触りだけだぞ」
「十分だよ、よろしくね」
「あ、それなら俺も変化球習いたいな」
「俺も。出番なかったし」
今日の試合の総評は、『研究と対策が上手く作用したことで投打共に高い成績を残せた。無駄なアウトを限りなく少なくしエラーもなく、完璧な試合ができたと言える。このクオリティが今日限りとならないよう、経験と成功体験をしっかりと次に活かしていく』となった。
晴真は今日のピッチングで変化球をすぐに習う条件であった『ストレートだけで完封する』を部分的にではあるものの成し遂げた。コールド勝ちなので参考記録だが、ノーヒットノーランで終わらせたのでそれで良しということにする。森園と棚原と一緒に家のブルペンで、感想会の後に変化球を教えてもらう運びとなる。次の試合までは4日しかないので身に付くかは分からないが。
「二回戦は四日後、相手は去年の大会ベスト16に残った志士堂高校だ。皇心学館の後だから見劣りするだろうがもちろん強い。大物を食らおうと格下は自分達であるということを忘れず、油断なく戦っていくように」
「志士堂高校……確か、去年に硬式野球部ができたばっかのところだったな」
「てことは、一年と二年しかいないのか」
「一年だけでベスト16……凄いことするよなぁ」
明日からの練習で対策を練り、対志士堂高校仕様に仕上げていく。そのためにも今日は休んで英気を養っておかねばならない。沢滝は簡単に特徴だけを伝え残りは明日以降とし解散とした。
「お待たせ。お父さんが迎えに来てくれるから車に乗ってウチまで行こう。夕飯も食べていくなら用意するそうだけどどうする?」
「マジ?なら……せっかくだしご相伴に預からせてもらおうかな」
「材料費必要なら払うよ」
「大丈夫ですよ。沢滝君はどうするの?」
「せっかくだし甘えるとしよう。新しくレシピを作ったからそれも渡しておきたいな」
「わー……」
晴真の父が出してくれる車を待ち、それに乗って御影邸に四人で向かう。着いた時がちょうど料理を始めるところだったので、料理ができるまで練習をすることになった。警戒していたメディアや皇心学館の報復も特に出会うことはなく、安全にやってこれたのは幸運であったと言える。
御影邸のブルペンはお手製の割に造りがしっかりとしており、広さも十分でネットも張って近所迷惑も防止しているというなかなかの出来栄え。練習に使うボールが、三人で使うには少し足りないところくらいが欠点か。とは言え普段は晴真しかここを使わないので見る必要のない欠点だが。
「あれ、晴真くんのお友達?」
「姉さん。先輩と同級生だよ」
「は、初めましてお邪魔してます」
「御影君は素晴らしい投手ですよははは」
「……キャラが崩れてるぞ。初めまして、慧峰高校野球部主将の沢滝です」
「晴真くんの姉の晴那です。運動部なのに礼儀正しいんだねー、いい先輩だね晴真くん」
どうやら主将と名乗ったことで、沢滝が先輩の方だと勘違いしたらしい。晴真が「いやこっちが同級生の方だよ」と訂正すると、「え!?風格が一年生のそれじゃないよ……」と驚いていた。家で野球部の話をするとよく話題に上がるので、姉も沢滝のことは知識としては知っているはずなのだが。
晴那も夕飯ができるまでは暇とのことで、練習を眺めていくことにするらしい。選手の家族には隠すことなど何もないので、ぜひ頑張っているところを見てやってほしいと沢滝はこれを歓迎した。
「まず、変化球を投げると一口に言っても変化球の種類は多岐に渡る。その中から自分に合ったものを選んで身に付け、そこから握りやフォームに改良を加え自分だけの形を整えていく」
「俺が投げてるのがスライダーとカーブ」
「俺はスライダーとフォークだな」
「ここにシュートやシンカーも加えれば、よく聞く変化球が揃うな。まぁ一通り試してはもらうが俺が教えると決めているのは二つだ」
「ほう?」
「ツーシーム、そしてチェンジアップ」
ツーシーム……ツーシームファストとも呼ばれる直球に近い変化球である。一般的にストレートを投げる時の握りである『フォーシーム』と違いボールの縫い目に縦に沿うように握る。ストレートよりも揚力が小さく伸びにくいため、同じフォームで投げた時こちらの方が大きく変化する。
チェンジアップ……こちらはストレートよりも球速が落ちて且つ、他の変化球に当てはまらないならだいたいこう呼ばれる。球速が落ちてストレートと緩急を付けられるなら、どんな握りで投げても自由という幅の広さが特徴的で、投げる人によって握りも変化も千差万別なある意味難しい変化球。
「ツーシームは僕が投げてる『普通の』ストレートの発展版みたいな感じになるのか。チェンジアップは左投手なら必須って聞いたことあるや」
「これだけでもだいぶ変わりそうだな」
「160キロに変化球とかもはやプロだぜ」
「これがツーシーム、これがチェンジアップの一般的な握りだ。試しにこれで投げてみろ」
──さて、初変化球はどんなものかな?
教わった握りでボールを持ち、晴真は興奮抑え切らぬ中マウンドに立つ。果たしてどんな変化をするのか……楽しみの一球が投げられた。
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