栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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18:お試し

 まずはツーシームから投げていく。特にいじったりはせずオーソドックスな握りで、腕の振りもストレートと全く同じように。『普通の』ストレートを投げる時と同じように投げたが、球速が少し落ちた代わりにより大きく沈むようになった。

 初見の打者から見れば、フォークやスプリットと見紛う程の大きな変化量。特に自己流にカスタムせずともこれだけ変化させられるなら、球速を上げるだけでも実戦級の変化球になるだろう。

 

「これはなかなか……使えそうだな」

「球速は……153キロだってよ。これでも十分速いと思うけど、ストレートと比べるとやっぱり全然違うから見極められやすくなるかな?」

「まぁ一番オーソドックスな握りだし、御影に合うようにカスタムすれば球速も上がるだろ。コントロールの方はどんな感じだったんだ?」

「特に違和感はなかったですね。ストレートと変わらない感覚で投げられるし、指がかからないとか球が抜けていくみたいな感覚もありませんでした」

「まぁ、感触が良さそうで何よりだ」

「次はもう少し変えてみようかな」

 

 一球目を投げた感触を元に、握りを少しずらしてみたり振りをいじってみたりと、より投げやすくより速くより変化するやり方を探っていく。何十球か投げて最終的に、『腕の振りはそのまま 縫い目にしっかり指をかける いつものストレートの時のように回転をかける』で投げていくこととなった。

 細かく小さな変更点だが、投げやすくなったことで球速は160キロを出せるようになり、肝心の変化もより大きくなった。右打者からは逃げるような軌道と、手元近くでフォークやスプリットのように深く沈む変化。今までの『いつもの』『普通の』ストレートの二択がより進化したと言える。

 

「次はチェンジアップだな。これに関しては緩急を付けられるならぶっちゃけどう投げてもいい。ストレートより遅く、他の変化球に当てはまらなければそれがチェンジアップになるからな」

「これが一番オーソドックスな握り」

「何というか……力が入らなさそうですね」

「だから良いんだろ?ストレートと同じように投げてるのに、ストレートより全然遅いし変化も違うから打者はめちゃくちゃ戸惑うぜ」

「注意点としては、性質上どうしても遅いボールになるから抜けると棒球になることだな。後は左打者に対しては向かってくるボールになるから、右打者よりも打たれやすい。チェンジアップを投げる時はいつもよりも低めを意識して投げろ」

「オーケー。取り敢えず試してみるよ」

 

 緩く遅い球は、コントロールを誤れば打者にとっては絶好球となってしまう。あくまでストレートと合わせて緩急を付けることが目的のため、とにかく低く投げる意識が大切になるのだ。

 ストレートと腕の振りは同じ、腕を地面に叩きつけるくらいのイメージで投げる。ストレートのタイミングで投げられながらも勢いが死んだ球は、スッと晴真の手元を離れ、ゆるりとストライクゾーンを通過していった。

 

「まだ高い……が、十分遅いな。コントロール次第で使い物になりそうだ」

「136キロか……俺の全力ストレートより速いんだけどどうなってんの?」

「球速差25キロか。今の球でも緩急を付ける用としては十分遅いが、コントロールを良くしていく過程でもっと遅くできそうだな」

「次は握りを変えて投げてみるね」

 

 いろいろと握りを試したり、投げ方も工夫を凝らしてみてより良いチェンジアップを模索する。似たような型があったツーシームと違い、こちらは少し難航した。夕飯が出来上がるまでには納得のいく形を作れなかったので、練習の続きはご飯を食べてからやることにした。

 夕飯の献立は主食のご飯と味噌汁に加え、おかずに豚肉の塩ダレ炒めと付け合わせのキャベツ、白和えに切り干し大根の炒め煮というもの。ご飯は玄米がブレンドされたものであり、味噌汁には里芋や人参ゴボウなどが入った煮物に近いもの。なかなか手間が掛かっているだけに味も上々であり、用意されたご飯は一粒残さず空となった。

 

「ごちそうさまでした」

「ホントいい食べっぷりだったわねー。美味しかったなら何よりだわ。沢滝君がくれたレシピ、簡単なのに美味しいものばっかりで凄く助かってるわ」

「お役に立てているなら良かったです」

「この後もまた練習?」

「うん。僕ばっか投げてるし、森園先輩と棚原先輩にも投げてもらわないとね」

「じゃないと来た意味がないもんな」

 

 御影母と沢滝が料理について話している間に、三人はブルペンに戻り練習を再開する。さっきまでは晴真しか投げていなかったので、順番を譲って次は森園が投げることに決まった。

 慧峰高校三年生、森園公平。投手としての能力はMAX135キロのストレートに、変化球はスライダーとカーブの二種類。コントロールは内と外の投げ分けくらいならできるが、9分割や4分割のような緻密な修正はできない。今までの怠けのツケが祟りスタミナは五回保てばいい方な上に、ボールのキレも大したことはない二流の投手である。

 

「ま、それも過去の話……だ!」

「沢滝のおかげで、だいぶ成長できたもんな」

 

 沢滝と出会った4月のあの時から、二人は晴真程とはいかないものの大きく成長できていた。球速が上がりコントロールも良くなり、変化球の変化量やキレも大幅に改善された。並レベルの高校なら主力投手の一角になれる戦力を身に付けたが、沢滝曰くこれでも『二年真面目にやっていたなら、既に通り過ぎていたはずの領域』らしい。

 まだまだ強くなることはできるが、それは言うなれば本来の成長曲線に軌道修正しているだけ。遅れを取り戻しているというだけに過ぎない。かつての自分と決別し突き離すためにも、もっと努力を重ねて強くなりたいという想いが二人にはあった。

 

「いいコースに決まりましたね。偶然だろうけど」

「いいんだよ偶然で。次はカーブ……」

「これもいいコース。バッターが立ってても今のは簡単には打てねえだろ」

「去年までは……いや、4月までは自分がこんな球投げられるだなんて思ってもなかったのにな」

 

 森園も棚原も、高校で自分達が勝つことをほとんど諦めていた。先輩達に毒されて練習を平気でサボるようになって、中学時代と比べても成長してないどころか相対的に見て劣化した。たまに試合があってもすぐに負けるし、投げるのは先輩だったので公式戦で投げる機会は一度もなかった。二人はこれまで自分の投球が勝ち負けを決めるという段階にすら至れていなかったのだ。

 三年に上がって、最上級生になったから投げる機会を得られるかと思ったが……今度は後輩に凄まじい才能を持ったエースが現れた。きっとどれだけ努力しようと、高校生の内に自分達が晴真に敵うことはないのだろう。もしかしたらこれからの試合も、晴真の力なら一人でどうにかするかもしれない。

 

 それでも、別に良いと思うようになった。

 

 自分達のことを、晴真と同じように扱ってくれることが嬉しかったのだ。沢滝はこんな自分達のことを切り捨てるのではなく、使えるように鍛え直すという選択をしてくれた。これまで怠けたツケを取り戻す手伝いをしてくれた。公式戦で投げる機会は今後もないのかもしれないけど、それだけでも十分に二人の心は救われたのだ。

 

「しっかりやれよ、御影。お前の後ろにはこんなのしか控えてないんだからな」

「お前と比べりゃ月とスッポン、強くなっても頼りない情けない先輩で済まねえな」

「何を人任せなことを言うか、この馬鹿野郎共」

「あ、おかえり」

 

 何球かを投げながら後ろ向きな話をしていると、御影母と話を終えた沢滝が戻ってくる。どうやら三人の話している内容は、沢滝のいた所にもしっかり聞こえていたらしい。

 沢滝は別に、晴真だけに投げさせて甲子園まで行こうとは考えていない。新一年生を戦力のアテにしていなかった訳ではないが、そもそもこんな高校に入ってくるような選手は普通、即戦力になるなんて考慮するに値しない。だから投手としてやってきた二人は本来なら主力になるはずだった。実際はどデカい原石の存在があったのだが。

 

「三回戦、次の試合を乗り越えた後は八千代高校が相手になる。奴らを倒すにはお前達の力が必ず必要になる……自分を卑下するようなことは言うな。自分の価値を自分で貶めるな」

「……すまん」

「ごめん……」

「てことは、志士堂戦は僕が投げるのか」

「そうだな。志士堂との試合では、変化球の実験のために御影に先発してもらう。森園と棚原もコールドにしなければ投げる機会はあるだろうが、八千代と戦うことを考えるなら……なるべく次も御影には一人で投げ抜いてもらいたいところだな」

 

 森園も棚原も、これまで公式戦で投げた経験がないため他所の高校ではデータが取れない。皇心学館戦をコールドで終えたことで、この試合でも投げる機会はなくなった。そのため二人の存在は八千代を出し抜くための切り札になり得るのだ。

 切り札の価値を維持するためにも、志士堂戦には晴真の完投が求められる。もちろん八千代戦でも晴真の力は必要になるので、体力を温存するためにもコールド勝ちが望ましい。ただでさえクリーンナップの一角が怪我で離脱した、厳しい状況の中で無茶なことを言うことになるが。

 

「八千代相手に……俺達の力が」

「相手、関東のベスト4だぜ?」

「戦えるさ。俺が言うんだ、信じられるだろう?」

「先輩、往生際が悪いですよ。そんなに自分の力が心配なら、もっと強くなってくださいな!」

 

 未だにグチグチ言う二人にボールを渡し、練習を再開させる。晴真もまた二人の実力を……それ以上に腐り腑抜けた過去から脱却した、彼らの心の強さを信じている。

 自分で自分を信じられないのなら、信じられるようになるまで鍛えて褒めて伸ばせばいい。必ずや彼らの晴れ舞台はやってくるし、その日を迎えられるようにしてみせる。そのためにも志士堂戦は一人で抑え切る。自分も練習の輪に加わりながら、晴真は心の中で一つ決心をした。

 

 勝てないと思うことは自由だ。だけどその自由を許さない人間がいることも、そう思う人間を信じることもまた自由なのである。

 

 〜

 

 同日19:00 東山総合病院

 

「アイツら今頃、何してんのかなぁ……」

「試合の直後だからな。家でゆっくりと休んでるんじゃないか?」

 

 手術した左脚のリハビリのため、しばらく入院することになった大塚。入院中は当然だが野球の練習はできないし、リハビリのない時間はまるまる暇な時間になってしまう。学校の課題が一応あるにはあるのだが、それもすぐに解き終わったので本当に暇な時間を過ごしているのであった。

 いつまでも手持ち無沙汰は嫌だ。怪我の報を聞いてすぐに見舞いにきてくれた蛟竜に、大塚がそう愚痴をこぼすと、『リハビリがあるのは明日からだろうに』と揚げ足を取られる。だがそれだけではなく鞄から大きな荷物を取り出すと、『暇な時間があるならこれを作ってやるといい』と、大塚に工作をするよう促すのだった。

 

「こういうのってさ、普通業者に頼んだりして作ってもらうもんじゃないのか?」

「野球部にそんな部費はないだろう。環境整備だけで素寒貧だと聞いているぞ」

「そうだけどさあ……ま、こういうのがあった方がみんなのやる気も湧いてくるか」

「私達も応援はしているが、現地にまで来ることは今日のように難しいからな。他の連中は野球部など視界にも入っていないだろうし、保護者の皆さんも仕事や家事で忙しい。やるなら暇ができたお前しかいないんだ。出来栄えに妥協はするなよ?」

 

 当然手抜きなどするつもりはない。やると決めたからにはしっかりとやり遂げる、それが大塚のしたこれまでの自分の反省でもある。

 一年の頃、野球部に入った大塚は『このチームを俺が救ってやるんだ』と息巻いていた。結局は先輩達という腐ったミカンに巻き込まれ、自分も腐るという末路を辿ることになったが。沢滝がいなければ自分は腐ったままで、周りの人を失望させたままでいただろう。取り返しをつけてもらったからこその反省……大塚は二度とできない決心はしない、したならやり遂げると誓ったのだ。

 

「……ようやく、お前にウチが勝つところを見せられると思ったんだけどな」

「これから見られるさ。不満なのはそれを成したのが自分でないことか?それとも自分が勝利の輪の中に入れなくなったことか?」

「……どっちかと言えば後者だな。お前には俺が、俺達が勝つところを見てほしかった」

「できない約束などするものではない、ということだな。だがお前の戦いもまだ終わっていない。そうだろう?」

 

 その言葉に頷き肯定する。

 

 選手としては、確かに大塚の高校野球は終わってしまった。だが、それで大塚の高校野球全てが終わった訳ではない。選手として戦うことはできなくても、できることはいくらでもあるのだから。

 まだ何も、終わってなんかいない。自分の信じて着いて行った人は、必ず『甲子園に行く』約束を守ってくれるはずだから。だから今は、この身体でもやり遂げよう。自分で自分を終わらせないように、戦い続ける彼らに報いるように。

 

「さて、私も手伝うとしようか」

「いいのか?時間は大丈夫なのかよ」

「消灯時間は21時だろう?まだまだ時間はあるし大丈夫さ」

「……じゃ、共同作業といくかぁ」

 

 巨大な白布を広げ、二人はペンを手に取った。

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