栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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1:まずやるべきこと

「今日の部活動はこれで終わりだ。各自で使用した道具を片付けて、完全下校時刻までに速やかに下校するように。それでは解散!」

「お疲れ様でした!」

「ああそうだ。今週中にみんなの保護者と通話か直接話をしておきたいことがあるから、お前達の方で保護者にそう伝えておいてくれ」

「……お、おう?伝えておくぜ」

 

 時刻は19時を過ぎ、完全下校時刻の19時半となる前に沢滝は今日の活動終了を告げる。部員達は草むしりと砂利の除去で疲労困憊ながら、苦行からようやく解き放たれたとばかりに、晴れやかな面で帰宅していった。

 最後の伝言は、解放感で忘れてしまったり保護者不在で不可能なことも考えられるので、明日改めて同じことを伝えられるだろう。何はともあれ本日の野球部の活動は、グラウンドの雑草や砂利の除去を3割程終えただけであった。

 

「何だ御影、帰らないのか?」

「お疲れ様。いやさ、母親に連絡したら今からでも来てくれて構わないって言うから。ウチの親に用があるなら、今日は一緒に帰らない?お互いに唯一の同期だし、親睦を深めるのも兼ねてさ」

「成る程な。なら早速お邪魔させてもら……通話ができるのなら電話口でも構わんぞ?」

「直接会った方が話しやすいでしょ」

 

 話すだけなら、スマホを借りて通話をするだけで事足りるのだが。晴真は沢滝と親睦を深める機会を逃さぬよう、有無を言わせる前にスマホをカバンにしまい部室に出た。その迅速な行動に呆れと感心が半々といった様子で、沢滝は小さく笑う。

 

「……なら、お邪魔させてもらうか。案内頼むぞ」

「もちろん。バス過ぎる前に停留所に行こう」

 

 〜

 

 慧峰高校入口ー烈日商店街前

 

「沢滝君は髪長いよね。女子でもそんなに伸ばしてるのそんなにいないけど、拘りでもあるの?」

「別に拘りがある訳じゃないが……伸ばしていると喜ぶ人がいるんだ。短くして悲しまれるくらいなら伸ばしていた方がいい」

「きっと、大切な人なんだろうね。そんな風に想う相手がいるって、幸せなことだと思うよ」

「……そうだな。お前も、大事に想う人がいるなら大切にしろよ。そいつが、いつまでも元気で健康でいてくれるとは限らないのだから」

 

 最寄りの停留所からバスに乗り、乗り継ぎなしで揺られること約20分。その間二人はちょっとした雑談で暇を潰していた。お互いに今日初めて会った相手なので、知らないことはたくさんある。中身のそんなにない会話ではあったが、停留所に着くまで会話が途切れない程度には、他愛のない雑談も割と楽しいものであったようだ。

 バスを降りてからも、家まで少し距離があるためその分は徒歩。まだまだ冷たい四月の夜風に吹かれながら、静かな道を進んでいく。

 

 ──こうして近くで見ると、スポーツ選手よりはモデルとかって感じだよね。ウチの親結構見た目で決めつけること多いんだけど……ちゃんと話し合いできるといいなぁ。

 

「何だ、さっきからジロジロと」

「いやね、やっぱり沢滝君は高校球児には見えないなって思って。きっと中学の頃はそれはもう女子にモテまくりだったんじゃない?」

「そんなことはない。むしろ孤立する側だったぞ」

「そうなんだ?ちょっと意外……あ、着いたよ」

 

 親と直接会うに当たって懸念点はあるが、晴真はそれを黙殺することにした。

 晴真の両親……特に母は、初対面の相手の性格を第一印象で決めつけるきらいがある。スマホ越しの会話では互いの顔が見えないし、それで最初は良い印象を持たれたとしても、後に会ってしまった時に印象が反転してしまう恐れがある。沢滝の見た目はほぼ確実に、彼女の価値観に合わないからだ。

 

 沢滝の外見は正直、世間が野球少年と聞いて思い浮かべるようなそれとはかけ離れている。坊主頭とは真逆の腰まで伸ばしたロングヘアに、地毛なのか染めているのかは分からないが、灰色という普通とはかけ離れた色の毛。肌色も殆ど日焼けしておらず色白の部類である。

 彼の姿を見て母がどんな感情を抱くのか、晴真が考えてみた結果……高校球児に相応しい姿じゃないと否定してくるだろうという結論に至る。果たして本当に話し合いが成立するのだろうか。不安は大きいが早い内に会っていてくれた方が、後々起こるだろう面倒にも対処する時間を多く取れる。どんなに面倒でも今の内に終わらせておいた方がいい。

 

 ──まぁ、きっと上手くやってくれるさ。甲子園のために必要なことみたいだし……ね。

 

 不安は大きいが、沢滝なら甲子園の約束のために上手いことやってくれるだろう。そう信じて晴真は玄関の鍵を開くのだった。

 

「ただいま」

「あらおかえりなさい、晴真。……その子が私達に会いたいって言ってたお友達?」

「夜分遅くにすみません。御影君と同じく野球部に所属しています、沢滝零士といいます」

「へえ……野球部員、ねぇ……」

 

 案の定というか、御影母は沢滝の姿を見て悪い物でも見つけたかのような冷たい顔になる。少しでも自分の思う『普通』とかけ離れた相手を、悪人と決めつけてかかる悪い癖が出ていた。

 

「こんなのが野球部なの……」

「そんな言い方やめてよ。沢滝君、リビングの方に案内するからどうぞ上がって」

「お邪魔します」

「二人に話があるみたいだから、父さんもちゃんと呼んでおいてね」

 

 よく知りもしない相手を悪く言われるのは、聞く側としても不愉快なものである。晴真は母の発言を遮って沢滝をリビングまで案内した。沢滝はその間礼儀正しい対応を心がけており、少しは母の態度も軟化するかと期待していたが……父を呼びにいく後ろ姿を見るに、望みは薄そうであった。

 座布団を勧めて隣同士で座り、御影両親がやって来るのを待つ。自分の家ということで晴真は割とだらけた座り方をしているが、沢滝はきっちり背筋を伸ばした正座で待っていた。

 

 ──姿勢、いいなぁ……

 

 自分は印象のいいところを何度か見ているし、母も見た目だけでなくこういった部分を見て、それで判断してくれるといいのだが。晴真は自分の座る姿勢を正しながらそんなことを考える。特に長い時間待つこともなく、御影両親はやって来た。

 

「初めまして。沢滝君だったね。晴真の父です」

「沢滝零士です。本日は夜遅い中お時間いただき、本当にありがとうございます」

「まだ8時前だし、これくらい構わないよ。それで話があるというのはいったい?」

「きっと大した話はありませんよ」

「聞く前からそんなことを言うんじゃない」

「ありがとうございます。では、本題に──」

 

 決めつける御影母を制止し、御影父は沢滝に本題に入るよう促す。一言礼を言ってから、沢滝は今日訪ねた訳を話し始めた。

 

「お二人もご存知と思いますが、慧峰高校野球部はサボりやそれを咎める部員への嫌がらせが横行する最低の組織でした」

「……知ってるよ。それで、」

「今年からはそれを改め心機一転、夏の甲子園出場を目指して部員一同団結しています。これから夏の大会に向けて練習に励んでいく所存ですが、周りと比べても実力差は歴然──この差を埋めるためには並大抵ではない努力を必要とします。しかし練習をこのまま続けるには、どうしても部員の力だけでは補い切れないものがあります」

「それは?」

「食事や移動、道具の調達などといった──金銭や生活に関わる部分です。お金がないならアルバイトでもすればいいとは思うでしょうが、甲子園を目標とするならそのために必要な練習は、学校側に定められた練習時間では賄い切れません。部活動時間に加えて自主練や学業も合わされば、アルバイトとの両立は時間的にも体力的にも厳しいのです」

「それで協力が欲しいと?でも……それはちょっと虫の良い話じゃないかな」

 

 互いに最もな言い分ではある。部員だけではどうしても金のかかる部分は賄えないし、その部分は保護者に頼るしかない。しかし今までまともに練習をしてこなかったチームが、どの面下げてそんな厚かましい頼みをできるだろうか。虫の良い話だと言われるのも仕方ないことである。

 

 ──そのために、保護者に会おうとしてたんだ。

 

 それでもここで、必ず保護者の理解と協力は得る必要がある。高校生とはいえまだ保護者の庇護下にあるべき子ども──毎日の食事も試合会場などへの移動も、必要な道具を揃えるのも、全て保護者が野球をするためのお金を出してくれるからこそ。

 今までその好意を無碍にしてきたことは、確かに慧峰高校野球部の責任である。だからこそ今それを許してもらい再び協力してもらうためにも、沢滝は説得を成功させなければならないのだ。

 

「確かに虫の良い話です。今まで野球をすることを許してもらっておきながら、練習もせずにだらだら過ごすだけだったのがウチです。ですが今の世代は心を入れ替え、真剣に甲子園を目指して努力しようとしています」

「それは、全員じゃないだろう?」

「いえ、全員に……」

「晴真が野球部に入ったのはね、中学までやってた他のスポーツに飽きたからなんだ。野球部を選んだのは観るのは好きだったからというだけで、晴真にそれ程甲子園にかける熱意なんてないよ。帰宅部は暇なだけだし、何か部活でもやっておくかって……その程度の軽い気持ちさ」

「………………」

「他ならぬウチの息子が、真剣に甲子園を目指していないんだから。入ってる部活が同じというだけの他人のためなんかに、ましてや今までサボりが容認されてたような奴らのために、協力なんてする気になる訳がない。君が真剣にやろうとしていることは理解するけど……こればかりはね」

 

 その通りだ。親の認識と晴真が沢滝に言った言葉は乖離している。実際に彼の宣言に感銘を受け同調するまで、晴真は別に野球のモチベーションを高く持っている訳ではなかったのだから。

 晴真は中学時代まで水泳をやっていた。こっちはそれなりに熱意もあり結果も残したのだが、それで満足したのか熱が冷めてしまったのだ。でも運動は好きだし、帰宅部やるにしても別に他にやりたいことなんて思いつかないし……そうして妥協するように野球部を選んだ。

 

 慧峰の野球部が弱者なことも、ロクでもない噂が多いことも知ってたけど、それなりに頑張って試合に出れたりしたらそれで良いかな……くらいの軽い気持ちで晴真はいたのだ。最も実情は噂で聞いていたよりも大分酷かったが。

 

「父さん」

「何だ?」

「確かに、最初はそうだったよ。別にモチベも高くないし、それなりに楽しめれば良かった。それでも今は違うんだ──あの場にいなかった父さんには、言っても分からないとは思うけど。沢滝君の覚悟と熱意は腐ってた先輩達の心を動かしたんだ。サボり上等だったあの人達が、グラウンドの草むしりとか砂利取りを文句なしにやってるんだよ?これが真剣でなくて何て言うのさ」

「しかしだな、三日坊主になる可能性は」

「それに僕も思い出したんだ。どんなにキツくても水泳を頑張ってた理由を──勝ちたい。誰が相手でも負けたくない。その道を目指すからには一番高いところがいい──先輩達に負けて悪様に良いように言われて悔しくないのかって問うのを聞いて、僕も初心を思い出したんだよ。それなりに頑張るなんて初めから、僕には無理だったんだ」

「晴真……」

 

 今は自分も真剣に甲子園を目指している。晴真はそのことをはっきりと両親に伝えた。目は合わせて逸らさず、言葉も詰まらせず自分が本気であることを理解させる。

 そして、その上で頭を下げた。

 

「お願いします、父さん、母さん。僕達が頑張るだけでは甲子園には届きません。どうか……僕達に力を貸してください」

「晴真……あなた、本気で言っているのね?」

「お前がいいと言うのなら……俺達がもう断る理由はないさ。沢滝君、息子は野球経験はないが水泳では全国クラスの実力があった。鍛えればきっと良い戦力になるはずだ。どうかよろしく頼むよ」

「……ご協力、本当にありがとうございます」

 

 沢滝の熱意は元より伝わっていて、その上で晴真にやる気がなかったからこそ、御影両親は甲子園への道の協力を拒んでいた。だから晴真にその気がある分かれば、拒む理由もなくなる。協力することを約束してくれた二人に、沢滝は深々と感謝の意を込めて頭を下げるのだった。

 

「よろしければこちらをどうぞ」

「これは……冊子?あなたが作ったの?」

「はい。練習を続けていくにあたり保護者の皆さんに知っておいてもらいたいことを、なるべく分かりやすくなるように綴ったものです。微力なものではありますが、お役に立てれば幸いです」

「凄いなこれ……大会の日程とか道具の値段とか、栄養価の高い料理のレシピとかもある。もしかしてこれ全部一人で作ったの?」

「はい。何もかも保護者の皆さんにおんぶに抱っこという訳にもいきませんので、できることくらいはやっておこうと思い作りました」

「ははぁ……」

「最近の子って凄いのねぇ……」

 

 ──いや、僕を見られても困るんだけど?僕にはこんなの作れないって。

 

 何はともあれ、御影家での保護者の説得は無事に成功に終わった。用を済ませた沢滝は長居は無用とばかりに帰り支度を始める。晴真は彼を見送るべく自身も玄関まで来ていた。

 

「御影、今日はありがとう。お前の言葉がなければ説得はできていなかっただろうな。おかげ様で良い結果を得ることができた」

「自分のためだし気にしないでいいよ。これを部員全員分やるんでしょ?大変なのはこれからだし……僕も一緒にやろうか?」

「いやいい。お前は野球の道具に触れて手に馴染ませたり細かなルールを覚えたり、練習を始める前でもできることをやっておけ。環境整備が終わったら忙しくなるぞ、しっかり着いてこいよ」

「もちろん。それじゃあまた明日ね」

「ゆっくり休んでおけよ。……お邪魔しました」

 

 パタリ

 

 扉が閉まりロックがかかる音を聞いてから、晴真は自室に戻った。言われた通り明日に備えてしっかり休むために。寝るにはまだ早い時間だが、予定もないしベッドに飛び込む。ふかふかのマットレスがバッチリ身体を捕まえてくれた。

 

「……僕も、頑張らないとだね」

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