栄冠は灰色に輝く   作:笛とホラ吹き

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19:圧倒的な

「で、応援幕を作っているのか」

「おう。こういうのがあると、応援されてるなぁって感じが出るだろ?」

「なかなか大掛かりになりそうですね」

「楽しみにしてろよ。きっと昔のウチにも負けない出来にしてやるからよ」

 

 一回戦を終えた次の日、学校も休みということで晴真は入院している大塚の見舞いに来ていた。見舞いの品として晴真は漫画雑誌などの、娯楽用品を。一緒に来た沢滝は栄養補助食品などの、消化の良い食べ物を。それぞれ持参したのだが……同じ考えの人間は多かったようで、病室には食べ物や漫画が山のように積まれていた。

 入院中は暇も多いだろうという、皆からの気遣いだったのだが。大塚は入院している間にやることを決めていたようで、特に暇を持て余しているということはなかった。見舞い品のいくらかは積まれたままになってしまうだろうが、患者に元気があるというのは良いことである。

 

「そういや他の奴らは?」

「一気に大勢で来ると、他の患者に迷惑だからな。何度かに分けて来るぞ」

「まずは僕達だけです」

「いっぱい来んのか……」

 

 リハビリの時間が来るまで、晴真達はいろいろと話をする。応援幕がいつできるのかとか、入院中は勉強はどうするのかとか、病院食はあまり良い話を聞かないが、食事はちゃんと摂れているかとか。

 応援幕は少なくとも、二回戦までに完成させるのは難しいとのこと。蛟竜の手伝いがあるとは言えたった二人で作るには、応援幕というのは些か規模が大きい。出来上がりまでは早くても10日くらいはかかるだろうという判断であった。勉強に関しては学校側から、提出することで出席扱いにしてくれる課題を出してくれるとのことらしい。今日は日曜日なので課題はないが、あっても授業分くらいだし大した量にはならないだろう。

 

「飯はちゃんと食えてるぜ。よく言われてる程不味いとは思わないけど……確かに味気ないな。練習の後はたくさん食べないとだったから、量も少なくなって物足りないって気持ちもある」

「運動量が減るのに食事量が減らなかったら一気に太るぞ。差し入れを買う時はリハビリ時間以外でも自主トレをしておくといい、ただしPT*1と相談した上で無理のない範囲でな」

「分かってる、無茶はしないさ」

「まぁ、今は車椅子にも座れないんだしできることもそうないだろうがな」

 

 いろいろと話している内に、面会時間は30分程経過する。流石に長居し過ぎなので二人は最後に挨拶だけして病室を後にすることにした。

 

「それじゃあまた時間のある時に来るぞ。リハビリ頑張れよ、あと褥瘡ができないように定期的に姿勢は変えること」

「大塚先輩、失礼しますね」

「ああ……あ、そうだ御影。お前今変化球の練習をしてるんだって?」

「はい、ツーシームとチェンジアップを」

「頑張れよ。ウチの勝利はお前の左腕にかかってるんだからな」

「……先輩、投手は僕だけじゃないですよ」

 

 戦っているのは自分だけではない。一緒に過ごしてきた仲間の力も信じろと伝え、二人は今度こそ病院を去った。この左腕にかかっている責任は確かに重いが、森園や棚原にはそれがないなんてそんなことはないのだから。

 見舞いが帰って静かになった病室で、大塚は一人大きく息を吐く。励ましをもらうとやる気が出てくるというものだが、リハビリはまだ時間が来ないのでできない。仕方ないのでナースコールで看護師を呼びCPMを始めるのだった。

 

「……俺も、頑張らんとな!」

 

 〜

 

 同刻 志士堂高校グラウンド

 

「そう、しっかりバットを振っていって!160キロを相手に中途半端なスイングしたって、バットに掠りもしないよ!」

 

 志士堂高校野球部監督、緒方芳美。昨年新設されたばかりのこの高校に赴任した彼女は、同じく新設された野球部の顧問兼任監督に任命される。部員数僅か10名、その内野球経験者は2人という限界集団だったが。入念な下調べと前時代的とも言える膨大な練習量で、そのハンデを克服し見事チームをベスト16まで導いた。秋は序盤に強豪とかち合ってしまったこともあって、あまり良い戦績は残せなかったが。それでも素人集団をしっかりと成長させた素晴らしい監督と言えるだろう。

 今年は有望な一年生が新入学し、二年生もオフの間に更なる成長を遂げてくれた。秋と変わらずくじ運はあまり良くなかったが、いきなりぶつかるはずだった優勝候補は伏兵に討たれた。志士堂には追い風が吹いていると、緒方はそう考えていた。

 

「まさか、皇心学館が負けるとはなぁ」

「対策積んできたのが無駄になっちまったよ」

「慧峰があんなに強いなんて普通思わないじゃん?皇心学館と当たるよりはマシだろうけど」

「何にせよ、嫌な相手だよなぁ……」

 

 志士堂の掲げる目標は日本一である。それを達成するためにも、まずは去年の己らを超えていかねばならないが。まさか最大の壁になると思っていた皇心学館が、当たる前に勝手にコケてくれるなんて考えてもいなかった。

 他のどこと当たろうが、皇心学館と直接対峙するよりはマシなので僥倖と言えるのだが。それでも日本一を達成した高校を倒せるような相手に、果たして勝てるのかという心配はある。何せただ勝つだけならともかく、21ー0の5回コールドという完全勝利をかましているのだ。

 

「はい、あんまりネガティブなこと言わない!確かに慧峰高校は強かったわ、160キロを投げるエースに加え、主軸を欠いて尚打ち続けられる打線!確かに強力だけど、皇心学館が100回やったら99回負ける相手なら、慧峰は50回は勝てる相手よ!悲観する程の差は、絶対にない!」

「分かってますよ、だからこうして対策を立ててるんでしょ!」

「あの投手に変化球はない……だから160キロをどうにかできれば勝ちの目がある!」

「そしたら、ウチのエースが抑えて勝ちだ!」

 

 その声に応えるように投げられた球が、キャッチャーミットに快音を立てて収まる。スピードガンの計測した数値は129キロ……正直なところかなり遅い球だが、去年の対戦相手はこのストレートに悉く翻弄され負けていった決め球だ。

 志士堂高校エース、望月晶良。5つの変化球と特殊なストレートを操るこの投手は、相手打者を幻惑する狙いを定めさせないピッチングで、何度でも手玉に取り三振を量産する。球速こそまだまだ遅い発展途上の投手だが、何より素晴らしいのはキャッチャーにミットを動かさせないコントロール。これらの武器と相手打線への研究対策で、今度こそ甲子園への切符を狙う。

 

 部員が立ったの10人しかおらず、投げられるのが自分だけだった去年とは違う。去年の夏とは比べ物にならないくらい成長した自信があるし、頼もしい後輩もたくさんできた。たまたま確変が起きて勝てただけのラッキーチームに、このチームが負ける訳がない。勝つのは志士堂だと……そう揺るぎない自信を持って宣言した。

 

「みんな……二回戦、絶対勝とうね!」

「おう!」

 

 〜

 

 都大会二回戦 当日

 

「ストライク、バッターアウト!」

「っぐう……!」

 

「ヒュウ、三振10個目……!」

「まったくとんでもねぇ投手だぜ、御影晴真なんて名前中学で聞いたことあるか?」

 

 試合を偵察に来た八千代高校の二人は、圧倒的な実力差にむしろ感心するようになっていた。

 四回の裏が終わって、打者12人に対して晴真が取った三振はこれで10個目。当てられたのも完全に力負けしたピッチャーゴロとフライであり、未だヒットはおろか出塁すら許していない。打者二巡目になっても打たれるどころか、当てられる気配すら見えない無双振り……あんなのがどうして無名だったんだと、嘆息するしかなかった。

 

「四回裏が終わって11ー0……この回も抑えればコールドか」

「皇心学館の時は、変化球は何一つ投げてなかったみたいだけど。今回は投げてるな……あれは恐らくツーシーム……か?」

「バッターの戸惑いがこっちにも分かるぜ。アレはストレートと振りが変わってねえんだろ?160キロでストレートとツーシームの二択とか、プロじゃあるまいし頭おかしくなるぜ」

「幸いなのは、ウチと戦るときには連続先発で消耗してくれてるだろうってことだな……」

 

 相手打線に何もさせず斬り落とした後は、余裕を持ってベンチに戻ることができる。変に消耗しないよう小走り程度に速度を抑え、晴真は悠々と自軍のベンチに腰を下ろした。

 

「今のところは順調だな」

「チェンジアップの使い所がないのが残念だね」

「ないならないで構わんさ。使うべき時でもないのに無理矢理使って流れを切るくらいなら、試す機会がなくなろうとも使わないほうがいい」

「ツーシームが実用的って分かったし、それだけで十分って考えるべきだね……あ、打った」

 

 栄養補給をしながら、チェンジアップの使い所について沢滝と話す。

 今のところ、ストレートとツーシームで翻弄できているのでチェンジアップが必要ない状況である。次を考えるとどこかで試しておきたいが、無理に使うくらいならそんな機会はない方がいい。全力を出さずとも抑えられる相手に、わざわざ全力でかかることを最善を尽くしたとは言わないだろう。

 

 打線の方はすこぶる好調のようだ。変化球が多くストレートの質が特殊な投手だが、対皇心学館で速い球を打つ練習を繰り返した成果が出ていた。

 見てから打つが不可能に近かった稲羽のストレートに比べれば、せいぜい130キロ程度のストレートなど遅過ぎもいいところである。身体の前で変化する前に捕まえる──その基本が固まってきているからこそ、相手の変化球をものともせずこうして打ち崩せるようになっているのだ。

 

「志士堂の投手の投げる、あの『落ちない』ストレート……御影のそれと同じに見えるが。回転数を高めて速度を維持する御影のそれと違い、あれは逆に回転数を減らすことで、変化を抑えて球が動かないようにしているナックルボールに近い球だ」

「無回転で投げるやつだっけ」

「そうだな。空気抵抗を強く受けるから流れによって複雑で不規則な変化をする魔球──ストレートにそれを応用する発想は流石だが、見慣れてしまえばただの……いや、普通のストレート程変化しない分それ以上に棒球だ。御影の球で軌道に慣れているウチの打線なら問題なく打てる」

「巡り合わせが悪かったか……可哀想に」

 

 五回表で5点を追加した慧峰の攻撃により、志士堂はこの回の攻撃で7点以上取れなければ五回ゴールドが確定する。打順は四番からの好打順だが……それでも晴真との間にある絶望的な差を、とても埋めることなどできずやられていく。

 

「ストライク!」

 

「ストライク!」

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 触れることすら許されない。果敢にバットを振るも当てることは叶わず空振り三振となった。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 続く五番は見逃し三振。ストレートにヤマを張ってそこだけは当てることができたが、前に飛ばせず徒にカウントを進めただけ。結局粘る前にストライクゾーン際に落ちたツーシームを見逃し、あえなく三振しツーアウトとなった。

 あと一人アウトを取れば、その時点で慧峰の勝利が確定する六番の打席。クリーンナップが打てなかった球を、下位打線で打てるのかと思われたが思いの外彼は粘った。ストレートをカットしツーシームは見極めてバットを止め、ボール球にも釣られずフルカウントまで晴真に投げさせる。

 

 ──結構粘るな。けど、そのおかげで……

 

 まだ投げていないチェンジアップを試すには、今が絶好のタイミング。沢滝からもサインが出たことで晴真は握りをチェンジアップに変える。ここまで速い球しか投げていないから、打者の頭に緩急なんてカケラも意識されていないはず。サイン通りに投げることさえできれば、確実にアウトを取れるこの場面で……晴真はしっかり振りかぶった。

 

 ──本番一発目だとか、そんな言い訳はしない。

 

 腕を振り切って投げる。打者にストレートが来ると錯覚させられるように。ここぞという場面で投げられてこその変化球……いつもの球速より30キロは遅いであろうその球は、打者のタイミングを完璧に外しキャッチャーミットに収まった。

 空振り三振。これによりスリーアウトで試合は終了……16ー0で慧峰高校の勝利となった。

 

「16ー0で、慧峰高校の勝ち!」

「ありがとうございました!」

 

「とんでもねぇ内容だったな……」

「ストレートとツーシーム……ただでさえ凄まじい二択に加え、まさかあの場面まで緩急を隠し通していたとはな。本当に観に来て良かった」

「あの投手、ウチの打線で打てると思うか?」

「打つさ。来いよ慧峰……受けて立つぜ」

 

 試合を最後まで見届け、八千代の偵察二人は球場を後にした。慧峰高校のデータを手土産に三回戦までに対策を練り、油断していた皇心学館とも実力に差があった志士堂とも違う、万全の強豪として立ちはだかるのだろう。ビデオを持って去る後ろ姿を眺めながら、晴真は三回戦の激闘を予感していた。

 

 ──どうせなら、しっかり僕のことを完璧に研究してきなよ。君らを倒すのは……

 

 自分じゃない。二回戦突破を皆と喜び合う森園と棚原の方に視線を移し、晴真は二人に次の試合で全力を出せるよう激励をした。

 

「森園先輩、棚原先輩。次の試合はお二人にお任せします……よろしくお願いしますね」

「ああ……しっかり投げ抜いてやるぜ!」

「お前にばっかいい顔はさせねぇよ!」

*1
理学療法士




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